マッドサイエンティスト チャイルドメーカー





 
どういう成り行きなのか。絵にかいたような金髪美女である。いつもどおりのエプロンを身につけ、たくさんの皿を片手にして手際よく食卓へと並べてゆく。
それは、ルフィ海賊団の戦うコックさんその人のはずで、ソレ以外には見えない。
もとから細身だが、肩幅なんかはさらに華奢に見える。きゅっと張り出したバストと細いウエストのスタイルのよさはいつものワイシャツに黒の上下と言う格好にもかかわらずとても目立った。
昨日までは確かにいつもの、ふつうの青年の身体をしていたはずである。
食卓にそろったゾロ以外の仲間たちは――。あえていつもどおりの手順で朝食を運ぶ、サンジとしか思えない金髪美女、というか美少女を前にしばらく沈黙した。
ウソップは蒼白でコレハユメニチガイナイとか呟いて目をそらし、ナミはじいっと見つめていたが不自然に視線をそらし。
「あ、サンジ君。わたし今日はコーヒーミルク入りで」
サンジはにっこりとうなづき、恭しいほど上品な仕種でナミのカップにミルクを入れて差し出す。
ルフィはそもそもサンジの運んできた皿の上しか目に入っていない。ロビンは驚きもせず、いつもどおりだ。
チョッパーは上機嫌でにこにこひたすら嬉しそうにサンジを見つめている。
おおむね、ここのところの成り行きで、この事態がわかっているものの、やはり実際にそれを目にするのでは驚くなというほうが無理だ。しかし、いつもどおりに振る舞っているものの今朝から一言も口をきかないサンジが一番ショックを受けているのは明らかだった。
なにも言わないのは、彼らがみな思いやり深いからに違いない。
――こんなふざけた事態に関わりたくない、という内心の声があるにしろ。
「サンジ、きれいだなっ」
嬉しさを抑えかねたようなチョッパーの声があたりに満ちていた不自然な沈黙を破った。
 サンジはしばらくなんともぶっそうな視線でチョッパーをじっとみつめたが。
「――――・・・ありがとよ」
彼が美味そうにジャガイモの入ったオムレツの皿を抱え込んでいるのを目にしてわなわなと振るえるほど力の入った肩をだらんと落とした。
「エッエッエッ!おれってやっぱり天才だなっ」
サンジが口をきかなかったのも無理はない。
サンジの声は――いつもの低い美声が、――鈴を転がすような澄んだソプラノになっていた。
「・・おかわりいるか?」
「いる!おふぁわりっ!」
「・・呑みこんでから言え、キャプテン」
ルフィの反応は予測していたのか、二皿を抱えて来たサンジはチョッパーとルフィの二人の前にお代わりを置いた。常識では考えられないほどの食糧消費はあらかじめ見込んであるにしても、限られた船の食事である。かなりサービス、といったところだ。
チョッパーはここのところ文字通り寝食を忘れて薬の研究調合に励んでいた。
何をしていたのか解らない間、クルーの体調管理はコックの責任でもあるとサンジはそれなりに心配はしていたのだ。
昨夜遅くに、嬉しそうにサンジを揺り起こして、「完成したゾッ!」と薬をつきつけた。かなり寝ぼけていたせいもあるが、そのチョッパーの嬉しそうな表情もあって、サンジは「ありがとう」とそれを受けとって飲んだ。
不眠不休の彼の研究はサンジのためであったらしい。
でもいったいなんの薬だ?
サンジがナミのケスチアのときのように病に倒れていて・・というのならともかく、健康そのもので、むしろサンジが逆に心配しているくらいチョッパーのほうがヨロヨロしているのである。けなみも艶がない。栄養のつくもの食べさせてやらなきゃな、と考えていたくらいだ。

 訊くまでもなく、それはすぐに分かった。

 薬の効果は誰が見ても明らかなくらいはっきりとサンジの上に現れていた。

目が覚め、習慣でバスルームにいき、声も出ないくらい驚いて仰け反ったサンジである。



「・・元には戻せるんだろうな」
さすがにみなの前では切り出せず、朝食を食べ終えたナミたちが出ていったのを見計らい、さっそくにサンジは切り出した。
チョッパーはカップをひずめの間で器用に支えて飲んでいる。中身は甘くしたミルクだ。
「ウン。もちろん。サンジ、ずっと女じゃ困るだろ?あ、女の子でいる間はタバコは控えた方がいい」
「バカ言うな」
タバコの煙を勢いよく、チョッパーの顔に吹きつける。
「やめろよっ」
ゴホゴホと咽帰って鼻を抑えた。サンジはそのくらいの嫌がらせは我慢しろといいたげだ。
「じゃ、薬」
「なに?」
「元に戻る薬。さっさと出せよ」
「ナイってば。自然に約一ヶ月で戻るんだ。ほんとはもっと・・余裕があった方がいいんだろうけど。それ以上は無理で。でも十分間に合う。22日間ていうから。でもそんなに余裕もないし。早くゾロと!」
「・・一ヶ月か。ほんとにちゃんと戻るんだな?」
「・・うん、でも」
「じゃ、いい。ジタバタしたってしょうがねェしな・・」
仰け反って天を仰ぎ、ぷかりと紫煙を吐き出す。そ
の目は空ろだ。
「だから早くゾロと・・」
「云うな。聞きたくもねぇ」
本気で怒った時のサンジは取り付くしまもない。一睨みで可愛いトナカイを黙らせると猛然とタバコを吸い始めた。
 
どういう誤解かは解りたくもないが、チョッパーはサンジが喜ぶと思い込んでサンジの身体を女性のものへと変化させてしまったらしい。
さっきからゾロゾロというところをみると、その誤解の理由は、サンジとゾロが――あまり大っぴらにしているつもりはないが、狭い船内、どうしてもそういったことは隠し切れるものではない、という関係であることに由来するらしい。
しかし、そんなことを問いただしたいワケがなかった。ツガイとはオスメス、男女でなるもんである。
サンジは女が好きだ。美人でナイスバディで可愛くて女神さまで天使ちゃんなとにかく「女性」が好きなのだ。
まぁ、ありえない例外のところの、好きなヤツ、というのも出来てしまったが、それはまあなんかの間違いというか、事故というか、仕方ないというか・・。とにかく自分にも言い訳しまくって考えないようにしている事実だ。余計に、人にとやかく言われたいもんではない。
しかしあくまで、サンジとしては、自分は男で、女の子がダイスキで、男に生まれてそばには綺麗で素敵なナミさん、色っぽいロビンちゃんに毎日会えてシャーワセだと噛み締める毎日なのだ。
ただ現在、不可抗力で仕方なくやむを得ずほんとーにどういうわけだか謎の一言なワケだが・・という、ゾロのことはあるが、ゾロごときのために、女になりたいとかそんなことはカケラも有り得ないのだ。
「まさか・・、あのアホマリモが・・、頼んだわけじゃねぇだろうな!?」
 
ゾロはいつもどおりなのだが、まだ寝ている。朝食にも姿を見せなかった。それが今朝に限っては有り難いと思ったのだが。こうなってくるとたいへん頭に来る。

「そうなら、コロス!ぶっ殺す!変態クソマリモー!!」

 ぶっそうなことを喚き、サンジは推定マリモ生息地(後部甲板のゾロの寝場所)へ船底まで蹴りぬかんばかりの勢いで向かった。
「起きろッ!この変態くされ剣士ッ!!」
 いつもなら優しくも腹のあたりにコリエシュート程度をお見舞いして起こすところであるが、ぬくぬくと仰向けになっている無防備な脳天に向かってサンジは勢いよく足を踏みおろした。マリモヘッドへコン・カッセである。あたれば胡椒ツブのように綺麗に砕け散って脳髄が飛び出しそうな勢いだった。
ところが、さすがはというか運の良いというかゾロは寝返りをうちサンジの足技から無意識に逃れた。響く甲板を砕き割る騒音と明白な殺気を受けて飛び起きる。
「なっ、なにしやがるッ!」
ゾロは血相を変えて飛び起きた。そしてサンジをみて今朝のサンジと同じく声もでないほど驚いた。
ありありと気味が悪そうな視線で上から下までサンジの身体を見詰め続けた。サンジの強烈な蹴りが炸裂するまで。
当然ゾロも殴り返し、サンジはさらに蹴り返したが――、
「ちょ、ちょっと、待て!おまえ、それ」
「ぎゃーっ!!云うな、喋るな、ふざけんなあぁっ」
 一度殴った自分の拳の感触が信じられないようにまじまじとそれをみて、サンジの蹴りをただ避けるだけで、避け損ねた数発をくらいながらも応戦しない。
「落ちつけ!」
サンジの身体を抱きとめて、ゾロはさらにぎょっとしたようである。その様子がさらにサンジの怒りを煽って、ゾロの足を靴底でぎりぎり踏みにじった。
「なんだ、ヘンなモンでも食ったか?」
女女の実とか、カマカマの実とか――。
「・・一ヶ月で元に戻る」
「ああ、そりゃ、良かった・・」
ゾロは明らかにほっとした様子である。残念がるのでもない。じゃ、どういうワケでチョッパーは・・。考え込んでおとなしくなったサンジの体をゾロは恐る恐るといった手つきで確かめだした。
「偽モンじゃねぇな」
シャツの襟元を指で引っ張って覗きこみ、柔らかそうな二つの丸みを無造作に掴んで捏ねた。
「なっ!」
「下はあんのか?無くなっちまったのか?」
「・・っ、ンッ」
ぶかぶかになっているウエストはゾロの手を阻まない。確かめるように撫でられてサンジは体を震わせた。
もちろんそこにはゾロの指を受けとめるものは何もない。指はしつこくそのあたりを弄って、サンジの新たにひらいたくちへと浸入してくる。
「う、あ・・」
 サンジは憤死しそうな表情で目をつぶり何かをこらえてただ身体を震わせた。有り得ない、味わったことのない感触が身体を突き上げている。
ゾロの片手はサンジのふくらみを掴んだままだ。強すぎて痛みがある。それ以上にてっぺんが固くしこって痺れていた。
ヤメロと叫んで振り払いたいような、しかしもったいないような、だがやっぱりとても恥かしい状況だった。
「アッ、う、ゾロぅ・・」
理性を押し流されかかったサンジが甘い声を出した。と、唐突にゾロはサンジから手を放して、決まり悪そうに目をそらす。
「・・やっぱ、止めだ」
「な、なんだよ!?」
「・・なんか、オマエが女ってのは、ヘンだ」

壁にもたれてずるずるとその場にへたり込んだサンジをそこへ残し、そう呟くとくるりとゾロは背を向けて逃げ出した。

取り残されて、シャツの隙間からは胸が覗き、半ば脱がされかかった大変しどけない姿で、サンジは呆然と座りこんだままだった。




平穏な一ヶ月だった。嵐も会わず、途中に島は一つ行きあったが完全な無人島で、いつもの騒ぎも起こらない。暇になると衝突するのが日常のゾロとサンジはお互い避けあってるので喧嘩さわぎも起こらない。
船の修理に借り出されないウソップが、暇になるとろくでもない騒ぎを引き起こす船長の気をそらしているおかげで、ルフィ海賊団の航海は平和そのものだ。

「あ、明日だぞ!いいのか!?」
ちょうど一ヶ月目というその日、キッチンの扉に半分隠れる姿勢で切羽詰ったような声でサンジに問いただしたのはチョッパーだ。
「ア? ――ああ、明日戻んのか。良かった」
「そうだよっ、戻っちゃうんだぞ。いいのか、だって、まだゾロと・・」
明日の下ごしらえの手を止めてサンジはテーブルに腰掛けた。タバコに火をつけ、ぼんやりと立ち昇る煙を見上げながら、来い来いと手招きをする。
素直にチョッパーはそばへやって来て心配そうにサンジを見上げた。
「なぁ、チョッパー。なんだっておれが女になんなくっちゃならないんだ?」
「――だって」
チョッパーがためらいながら口を開き、サンジは咽帰ってタバコを吹き出した。
「子供、欲しいんだろ?」

話はさらに二ヶ月前に遡る。ちょうど、大きな島につき、そこでサンジは可愛い迷子を連れ歩くはめになった。
船着場のかなり隅っこ、廃船があちこちに繋がれているところで、目立たないように船を止めていたのだが、そんな場所だというのに独りで遊びに入り、足を怪我して泣いていたのだ。
チョッパーが手当てして、サンジが街まで連れていってやることになった。
ルフィには危なくてまかせられないし、ゾロとウソップのことは見ただけで子供が泣き声をひどくしたのである。
ロビンははなから関わる気もなく、ナミは「あなたのお父さんはお金持ち?」と冗談なのかそうでもないのかまず訊いた。
サンジが苦笑して、買いだしついでに送って来ますよ、と抱き上げて運ぶことになったのだ。
で。
女の子はまだ小さく、どうやら道はあまり覚えていないようで。半日がかりで家を尋ねあて、無事その子の母親へと送り届けたのはいいのだが。
その、お母さんが、そりゃ、もう、モノスゴイ美人だった。まだ若く美人で未亡人。豊かな赤毛で背は高くナイスバディ。ああ、貴女のような人と可愛い子供を作れたらどんなに僕はしあわせでしょう!!とサンジは船に帰ってからも騒ぎに騒いだ。
子供が欲しい、といったつもりはないんである。
子供を作るような行為がしたいわけで。

「だってサンジはゾロとツガイなんだろ!?ほんとはゾロと子供が欲しいんだ!・・だ、だからおれ・・」
大きな瞳をうるうるさせてチョッパーは必死で真剣だ。

ちょ、ちょっと待てェ!!とサンジは叫びかけて止めた。お子様には説明しにくい誤解であるし・・。
どうしたもんかと顔を白黒させるサンジに、チョッパーは追い討ちをかけた。
「どうして、セックスしなかったんだ、ゾロと!もう時間がないんだってば!」
「・・ヤツにやる気がねーんだ。しょうがないだろうよ・・」

そうか、とチョッパーは真剣に頷き、
「分かった!!」
と叫ぶなりばたばたと姿を消した。サンジはイヤ〜な予感はしたがひとまずチョッパーを追い払ったことでもあるし、明日には元に戻るというし、すっかりこのごたごたは解決したもの、と安心した。
鼻歌なんかを口ずさみ、上機嫌で明日のメニューにとりかかった。


チョッパーは、サンジが好きだ。あんな憂鬱な様子のサンジは放って置けない。いつでも美味しいものを作ってくれて、自分のけなみも汚れたりすると洗ってくれたり、とにかくサンジは優しくていいやつだ。お母さんになったらさぞ素敵だろう、と思う。
ちょっと顔を赤くしつつ、
「エッエッエッ」
と罪なく笑いながら出来あがった薬を片手にチョッパーは甲板へと向かった。
時期を考えなかったのはまずかった。ちょうど悪いタイミングだったみたいだ、とチョッパーは後悔したのである。いつでもだいじょうぶそうだったから気にしなかったのに。

ちょうどゾロが発情期でないときにあててしまうなんて。
 
ゾロは甲板で酒瓶を傾けていた。チョッパーがはい、と差し出したカップを素直に受け取り口にしたのは、まさかそんな薬とは思わなかったからに違いない。
チョッパーは常日頃、ルフィのビタミン不足を心配して(なにしろ肉が主食のやつだ)薬を飲ませたり、ゾロの酒浸りを心配してたまにコレを飲め、ということもある。そんないつもどおりの薬だと思ったのだ。
どういう薬かを説明するのは本来最低限の礼儀であるかもしれないが、ドクターくれはの薫陶よろしく、「患者が説明をきいている余裕があるかい?――信頼しなきゃ、治るもんも治らないよ」
最初にチョッパーが自分の薬を与えた、初の患者の言葉である。
「サンジ、待ってるぞ。明日には元に戻るんだ」
飲み干して、チョッパーの言葉に素直に腰を上げて歩き出したゾロだった。
なんだか体が急に熱く、ふらふらするのは気のせいだ、と思った。
「エッエッエッ!・・可愛いだろうなぁ、早く生まれてこいよ!」

のん気な、どこかずれたトナカイの嬉しそうな声だけが平和な甲板に響く。


深夜のキッチンで、どんな騒ぎが巻き起こったか。どっちかというとそれは記してはならない種類の騒ぎである。公序良俗に反する。
と、朝になってもそれは止まず、すっかり元に戻った体で、
「お、やっぱこっちの方がいいな」
とかゾロに云われさらにヒサンな目にあったサンジだ。


 もしかすると十ヶ月後には、小さなカワイらしい新たなクルーがルフィ海賊団には誕生しているかもしれない。と、そう希望しているのは天才ドクタートナカイだけだろうが。