サンジは忙しい。大学と調理師学校の夜間にアルバイト、おまけに、・・主婦だ。 結婚はしてないから(現状の日本の法律では・・できたとしてもサンジがそれを承諾してくれるかは不明として)正確には、違うのだが、でもほとんど・・主婦だ。 ・・養われているなあという自覚はゾロにもある。いやゾロだって学生だ。バイトもしている。ただ生活費は仕送りで賄えるので必死さが足りない。 寝過ごして無断欠勤の行く果てでクビになることはたまに。あまりの愛想のなさに「きみ向いてないんじゃない?来なくていいよ」といわれること幾たびか。 黙々と力仕事をすればいい引越し屋バイトに落ち着いてしばらくは良かったのだが、ありあまる力ともとからの雑さで荷物を破壊しすぎているとクビ。 「バラシとかいいんじゃね、壊せばいいんだしよぉ」 サンジにバカ笑いされながら勧められ、おおそりゃいいぞ、と早速見つけて翌週には日払いの賃金を手にしてなかなか良かった、と報告したゾロだった。 「・・あ?・・てめ、ホンマジにんな仕事・・。っておいおい、声とかかけらんなかったろーな」 「あ?」 払いはいいし、一日仕事だってのに歓迎会が急遽ゾロのために開催され、飲み放題、現場監督らしきオヤジたちは一本筋が通っていて飲んで話せばなかなか良い、大変に気に入られているようだったしゾロも気に入った、とゾロにしては細かく状況を説明した。 得意げな気持ちであったのかもしれない。 サンジは激しくふるふる首を振った。ほとんど青ざめていた。「今すぐ止めろ」と理由もいわず繰り返すサンジにゾロは納得が行かなかった。 次の仕事はすでに約束してあったので「シカトしろ」というサンジの言葉にもかかわらず出たのだが、その仕事空けの飲みでなんだか高そうな店で高そうな瓶に入ったアルコールに、べたべたする女をあてがわれ、酒の味も分からなくなるほど香水くさい女にそれをお酌されながら、「お前には見所がある」とやらで山ほどアホウな話をきかされ。 次の仕事は断ってきた。 ゾロは組長とやらに盃なんか交わしてもらい、山ほど子分にひざまづかれたくなどない。でぇっけえ仕事とやらをまかされたくもない。どれもでっけぇというよりはどえらく胸糞の悪い所業だ。ぶちのめす、のが良いのは同じフィールドに乗ってのことだとゾロはきちんと分かっている。 ゾロが憮然としたカオでまたバイトがだめんなった、とだけ告げると、サンジはいつもと同じく笑った。ケタケタ笑って、いつもと違うのは、よかったといったことだった。 「てめえは意外とヤクザにはむいてねえもん」 へらへら笑いながら嬉しそうにゾロに口付けた。そのくちの熱さからやや本当にサンジが心配していたことにゾロは気づいて、少々心外だった。 そんなこんなで現在ゾロはバイトをしていない。生活費は折半しているらしいが、普通にゾロが一人で暮らすよりもその総額は少ないかもしれない。仕送り額はそのままサンジに渡すのだが、半分は「余った」と戻されるのだ。 そういうわけで、酒代には困らない。バイトが無ければ、好きなだけ鍛錬も出来る。 道場の仕舞いで追い出されるように部活を終えて、家に戻り、うるさくいわれているとおり風呂に入りなおし、さっそく焼酎のペットを傾けて飲み始めながら、キッチンテーブルに向かう。 ピーっと耳慣れた音がした。 米の炊き上がりを告げる音だ。 帰宅予定時間なぞ毎日告げてもいないのになぜかぴったりとサンジのセットする炊き上がりタイマーはゾロのメシを食う時間なのだいつも。 丼に大盛りについで、がつがつと食べて飲んで、食べ終えて食器を片付けるとゾロは暇だ。 布団を二人分のべて、真ん中に座り込み、胡坐をかいて酒を飲む。思わず片手がダンベルにのびかけたが、布団の上で鍛錬するとサンジが怒るだろう。ひとっ走り外を回ってこようかとも思ったが、そうするとまた風呂に入りなおさなくてはならずそれは面倒なのだった。 そういうわけで仕方なく酒をのみ、頭の中で撓う剣先と体さばきを思い浮かべ酒で上がる体温と裏腹に頭はシンと冴える。 「・・コエーから。テレビくらいつけとけ?」 半眼で座し、身動ぎ一つしていないゾロをひょいとこずいてわれに返してから、いつの間に帰っていたのかサンジはすっと自分の気配を現した。とたんに部屋が騒々しくあったかいひとの気配に満ちる。 すでにシャワーを浴び、自分の食事を始めていたらしい。 のそのそ出て行くと、小あじの南蛮漬けと日本酒がタンとゾロ定位置に「はいよ」とばかりに置かれた。 「おう」 とゾロは顔をほころばせて席に着く。 「明日は?」 「あ?ああ・・休み」 土曜はサンジのオフなはずの一日だ。だがめったに本当の休みなときはない。予定が押せば、バイトが入ったり、受けられなかった講義をそこへ入れたり。 「疲れてっか?」 「ん。・・まあな」 「そうか」 じゃあ駄目だ。ゾロはがっかりしつつも、まあじゃあ明日は一日家にいるんだなと上昇と下降の気持ちを一緒くたに味わいつつ。 「してえ?」 「ああ。まあ、でもへーきだ。抜きゃあすむ」 「あー・・そう」 迷ったようだがサンジは視線をめぐらせて結局ゾロの遠慮を否定しなかった。 金には困らないんだからバイトするなと揉めたのは二人で暮らし始めた最初だけだ。サンジのバイトは気晴らしかつ、息抜きで生きがい・・で。ゾロにとっての鍛錬と同じだ。 サンジの箸は進んでいない。サンジは疲労が溜まると食が細るのだ。パジャマ代わりのシャツからのぞく首筋は男とは思えないほど細い。 その首がガクリと傾いた。テーブルの上に沈みかけた頭を手を伸ばしてゾロが支える。 「ア・わりぃ・・」 「もう寝ろ。もういいかげん休め」 「かたづけねぇと・・」 「いい。やっとく。寝ろ」 腕を引っ張って立たせ、布団まで連れて行く。もがもがとなにやら呟きつつ抵抗する体を布団に押し付けて背をなぜる。静かになったカラダから名残は惜しいが身を放しゾロは立ち上がってキッチンの片づけを始めた。 残り物はきっちりラップをする。皿を傾けないように冷蔵庫の中へ。 食器は慎重にそっと洗う。多少ヒビ入ったってつかえるじゃねぇかとか思ってはいけない。どの皿もサンジにとっては思い入れのある大切なものらしいので。 また皿洗い禁止令が出されては困るのだ。 綺麗に洗いヒビもいれずにふきあげて所定の位置に仕舞いこむ。テーブルの上も拭き、シンクの水滴も残さずふき取った。サンジの片付けた後を思い出し同じように出来ているか、腕を組んでうろうろとキッチン周りを歩く。フローリングの床がいつもよりペタペタするのでそうだ床拭きだと雑巾を持ち出してざっと拭った。それ以上考えてもするべきことはこれ以上何も思いつかなかったので、風呂で抜いてからサンジの隣へ潜り込んで寝た。 |