グッナイベイベー


 満身創痍だ。
 自分もたいがい血を失いすぎているが。サンジのありさまは無惨だった。

 寝入る呼吸が常でなく弱々しい。

『たいしたことねぇ』

 先刻まではそういって忙しなく疲れ果てたクルーの世話を焼いていた。

 人外の船長には大量の食事を。

 それをみているだけで傷めた腹が疼くと言いたげにぐったりとしたナミやウソップ、自分も少なからず傷を負ったことをそっちのけでばたばたと働くチョッパーにはスープらしきものを。疲れた顔など見せないロビンには彼女の一番好みの、ただしアルコール分はかなり軽めのカクテルコーヒーを。

 ゾロには、眠りを。

 食事時には強制的にたたき起こすことが常のサンジだったが、落ち着いたとたん大の字になって横たわるゾロには目もくれずそのままにしている。



 落ち着かない気分に、身体は眠りを欲していたが、むくりと起き上がったゾロだった。



 何かを焦がれる感覚にぼやけた頭は望むものを意識できず、ただ本能的に身体は勝手にそれを探し当てていた。



 サンジはひとり、男部屋で、ハンモックにも上がれなかったのか、上着を脱ぎ捨て、シャツの前を肌蹴たなりで床に転がっていた。



 傍らに座り込んでその弱い呼吸を聞きながら、ゾロは目を閉じる。眠りをカラダが求めているとは思うのにねむらないのは不思議な感覚だ。

 カラダを思う存分繋げたときも、くたりとサンジが眠り込む呼気に何の気なしに眠気をこらえてしばらく聴き入るときがある。

 そのときはたいていどこかに触れている。撫で回してもすでにさんざんくっついて馴染んだ体同士、サンジの目が覚めることはない。足りなかったときにゾロが我慢しきれず起こしてはじめたりしなければ、だが。

『さわりてぇな』

心のうちで呟いてああ、こいつに触りたかったのかと、ゾロは目を開いた。

 静かな呼吸だ。傷ついた体を休める眠りは周囲を拒絶した静謐さがある。

『さわりてぇ』

見詰めていると、なんとなくうっすらと欲求していたものが、くっきりと輪郭をもって集まった。手を伸ばしかけたが、触れたら目を覚ますだろう。・・ゾロはそのまま固まった。

 

 常なら間違いなく、何も考えずに触れて、サンジが不機嫌に目を覚まし一撃くらって諦めるか、一戦交えて抱き合うか・・。

 

 それは不本意だ。サンジの休息を妨げるのはいまはイヤだった。

 困り果ててゾロはサンジのカラダを眺める。見るだけで、我慢するしかないのだろうか。

 見れば見るほど触りたい。ゆったりとわずかに上下する平らな胸の動きとかすかな呼気の音からでなく、触れて、その温かさから、確かめたい。

 だが起こしたくはないのだともおもう。起きたらまた、やかましくじぶんはへーきだと主張するようにゾロの世話を、もしくは眠らないでいる仲間の誰かのために何かをしだすに決まっている。

ぎゅっとゾロの眉間に皺がよった。いっそちょこんとみぞおちの辺りを押して、昏睡させてしまおうか、そうして触り倒してやろうかと物騒な苛立ちを覚えながら、どうにも出来ずにサンジではなくゾロは自分に自分で触れた。

 抜いたらすっきりするだろ、と。

 サンジを見ることで、サンジの呼気をたどることで、鼓動に自分を添わせる事で、今は吐き捨てたい自身の熱を育てて高め、絞りだす。

 肌蹴たシャツの隙間からのぞいている肌はまだらだ。白と赤と青黒く。強く打ち付けてうす赤く腫れたいろと、すでに青黒く変色したところと、いつもの滑らかな白いところと。四対一対二、くらいの比率のまだらな肌いろ。

 ズボンの裾からは足先がくるぶしから見えている。脚はいためていないようだ。サンジは手足をいためない。はらわたやら背骨やらだ、いつも傷めるのは。

 不自然にかばうゆえに無駄な負傷を負うヘキがありやがる。

 腹を派手に割いて常人なら失血死当然の自分のことはかけらも反省せずにゾロはむうっと唇を尖らせて、傷一つないサンジの拳を見つめる。戦闘中はきゅっと小さくポケットに仕舞われていた手指は、いまは開かれて投げだされていた。

『くそっ』

 中指の先がぴくりと震えるのが見えた。とてつもなく美味そうな、指だった。起きるなよ、と目に殺気すらこもりながらじいっと見つめ、衝動的にパクリと。

 指先に口付けて、ゾロは射精した。

 

 ふぅっと満足の息をついて顔を上げたゾロの目に、ぱっくりと目も口も開ききったサンジの顔があった。

 寝起きのぼんやりとした、かつ驚きにぽかんとした珍しくも気の抜け切った表情だ。



 チッとゾロは舌打ちする。やべぇ、起こした。我慢する、と決心したはずが、触れた。どうせ触れて起こすなら、ハナからそうしとくんだった。もったいねぇ・・。いろいろちょっとづつ負けた気がしてのチッだった。



「寝とけ。てめえはまだ寝とけ。俺も寝る」




「・・っ、なっ、う、な、なっ」

 カーッと見る間に青白かった頬が紅潮してパクパクと開いたままだったサンジの口が開閉した。

「なっ!、てめ、なにしてやがんだよ?」

「・・うっせぇ、ねみぃ、寝かせろ」

 瞬間逆上、大激怒にいたることもできないほど驚ききって、サンジはまだ身をおこすこともできずにいる。

 己の吐き出した精液を適当に拭い、勢いを収めたブツを所定の位置に仕舞いこむのも早々にゾロはサンジの上に覆いかぶさった。重みはかけないように、ただうかつな位置で蹴りこまれにくいように、抱き込むような、寝技のような、中途半端ないつもの位置を取る。

 3秒で、眠りに入る。

 腕の中には、まだ驚愕の覚めやらない少し早くなった鼓動の、あたたかいサンジのカラダ。いつもより温度が高いのは打撲箇所が熱を持っているからだろう。血を失って体温の下がっているゾロには余計にそう強く感じられる。

 眠りをこばむ要因がなくなって、すとんとゾロは寝入った。

「てめぇ・・」

 ゾロには、サンジの抗議の声から逃げ出した、という自覚はない。結果的に、思うとおりの睡眠ポジションを得て、至極満足に勝利っぽい気分で、眠った。