税関




 海外から帰国したときに、税関で荷物も開けられずに「はい、行ってください」とフリーパスの人と、逆に徹底的に荷物を開けられパンツのゴムの縫い目まで調べられちゃう人、この2通りの人が世の中には存在するが、かつての私は完全に後者のタイプだった。

 最初にひどい目にあったのが、大学1年に香港に行った(この話は別項参照)帰り、成田で徹底的に調べられた時。
 最初は、なんで私だけこんなに調べられるのか分からなかったが、今思うに、「香港から帰ってきたのに、荷物は小さなバッグが一つ。お酒も土産物も持っていない」ってことが理由だったのだろう。こいつは一体、一人で香港に何しに行ってきたのだ。「観光です」と本人はうそぶいているが、こりゃ絶対アヤシイぞ!、というわけだ。
 とにかくバックの中のものを全部出させられ、バックの底の縫い目まで徹底的に調べられたのである。

 同じくらいひどかったのが、大学の卒業旅行でバンコクから成田に帰ってきた時。
 この時もバックの中身を全部引っ張り出されて調べられたのだが、困ったことが起きたのはその時だった。私のバッグの中から、女性ものの化粧道具が出てきてしまったのである。それを見た係官の目がキラッと光ったのを、私も見逃さなかった。

 実はこれにはワケがあった。
 私は同じゼミの連中と卒業旅行をしたのだが、みな旅先や使う航空会社については一家言持っている連中ばかり。一応、目的地は「タイ方面」とまでは決まったが、山岳地帯のトレッキングを主張するヤツやマレー半島南下案を曲げないヤツなど、最後まで「全員統一スケジュール」が定まらず、結局バンコクで1週間の共通時間を作り、その前後は自由、という「現地集合現地解散」の卒業旅行になったのだった。
 というわけで、私も、行きも帰りも一人旅だったのだが、ちょうど私がバンコクで帰国の準備をしている時、まだしばらく現地に一人で残る予定の同級生の女の子から、「もう使わないから持って帰ってくれ」と、その化粧道具を託されたのだった。そして、その化粧道具が成田の係官の疑惑を爆発させてしまったのである。

 「これ、女性ものですよね」
 「はい」
 「あなた、お一人ですよね、なんでこれを持ってるんですか」
 「いや、これは、これこれのワケがあって預かったものでして」
 「本当ですか?」
 「本当ですってば」
 「で、その女性は今、バンコクにいるんですね」
 「ええ、そのハズです」
 「本当にいるんですね!」
 「は、はい」
 「いま、連絡は取れますか?」
 「はい、と、取れると思います・・・」

 なにしろその頃は悪いことに、あの「疑惑の銃弾」のロス疑惑の真っ最中。そして私は「女を連れて海外に出て、向こうでバラして一人で帰ってきた」みたいに思われてるらしい。こりゃまずい。絶対にまずい。
 まあその時は、さんざん調べられ、質問されて、結局は無罪放免になったのだが、どうやらそれから「税関に引っかかるクセ」がついてしまったようだった。

 そのクセからようやく抜けられたのは、それから10年ほど経ってからだった。
 その時乗ったのはインド航空。やはりバンコク行きのためである。
 私がインド航空でバンコクに行くと聞いて、事情を知る知人たちは言った。「それはヤメたほうがいい。今度は税関とオトモダチになるくらいじゃ済まんぞ、今度こそタイホだ!」
 しかし現実は、そのまったくの逆だったのだ。

 インド航空というものに、実はその時始めて乗った。
 インド航空に乗るにあたっては、いろいろなウワサを聞いていて、その一つが「インド航空の機内食は、ひたすらカレーである」というもの。そりゃインドの航空会社だから、料理のバリエーションの一つとして、カレー味のものも出るだろうけど、「ひたすら」はないだろう、と思っていたのだが、ウワサは本当だった。日本を飛び立ってまもなく、出てきた機内食は二種類のカレーのかかったカレーライスだった。
 高度1万メートルの上空、密閉された機内の中で、数百人の乗客が一斉にカレーライスを食べ始めたら、その臭いたるやものすごい。もともと私はカレーは大好物なのだが、それでもこの「完全密室濃厚カレー空間」の前では、「あの、ちょっと窓開けてもいいですか?」と聞きたい気分になってしまうのである。ほんと、飛行機の窓を開けたくなったのは、あの時がはじめてである。
 インド航空がもう一つすごいのは、機内の映画。なんたってインド映画である。インド映画というのはひとことで言えば、宝塚の舞台で、水戸黄門の3回分の内容をミュージカルで見るようなもの。七色のきらびやかな光の中、アクションあり恋愛あり勧善懲悪ありスリルとサスペンスあり、と盛りだくさん。そしてこれを、濃〜い顔をした役者が出てきて、汗っぽく、これでもかこれでもかと演じるのである。こいつは凄い。
 しかしインド航空で一番濃密だったのは、機内食でも映画でもなく、その乗客であった。

 行きはそうでもなかった。でも帰りはひどかった。なんでこんなに集まったのだ、と思うほど大量の「あやしい日本人」が機内にいたのである。
 そもそも、バンコクの空港で東京行きの飛行機を待っている、その待合室の雰囲気からしてヘンだった。
 飛行機を待つなら、待合室の椅子に座って待てばいいのに、なんで連中は床に座って待つのだ。多分連中は、インドとかネパールとか、そのあたりをかなり長期間旅行してきたのだろう、インドの服を着て髪を伸ばし、シタールを抱えてうつろな目が宙を舞っているヤツ、ヒマラヤの山の中に、とうとう神様を見てしまったみたいな顔をしたヤツ、あるいはまだ葉っぱが効いていて思考回路がまとまらないみたいなヤツ、そんなのがここにも、そこにも、あそこにも・・・。
 そいつらを見た瞬間、私は思った。今日は絶対、私は成田の税関で引っかからないだろう。そしてその予感は的中した。そいつらが成田で次々に荷物を全開にさせられてる横で、係官は私の荷物に手も触れずに言った。「バンコクからですね、ご苦労様、はいドウゾー」。
 以来私は、一度も税関のオトモダチになっていない。

 それから数年が経ってから、私は思うようになった。もしかしたらあの時が、「青春の終わり」だったんじゃなかろうか、と。


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