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| ■ 会長のひとりごと ■■ |
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| 会長のひとりごと | |||||
| 2012 | |||||
| ◇「格安航空運賃“PEACH"」 | 2012年 4月 | ||||
| ◇映画「源氏物語」「山本五十六」 | 2012年 3月 | ||||
| ◇「日本人よ、勇気を」ドナルド・キーン | 2012年 2月 | ||||
| ◇「大阪秋の陣」と「松下幸之助の成功の金言365」 | 2012年 1月 | ||||
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会長のひとりごと ◆格安航空運賃“PEACH"◆ |
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何事も安価であることは、結構なことである。しかし、牛丼、ハンバーグ等のチエーン店 激安合戦はいかがであろうか。昨年、焼肉店でも死者が出、激安店のことが報道された ことは記憶に新しい。 また、「安全」「安心」でなければならない飛行機が、「大阪―福岡間往復500円」?? のキャッチフレーズの1番機が3月1日に関西空港を飛び立った。(航空会社“ピーチ ”「関空―新千歳空港」との2路線―ANAの関連会社) 8月からは、成田空港からの海外路線も始まるとのことである。 海外では、この種の航空会社がたくさんあり、ANAではそのグローバル化に備えての 対抗措置により経営改善を図るとのことである。 無駄を?省く(受付カウンターもあまり費用の掛からない場所に、乗り場までバス移動、 客席を増やし座席の間隔が狭いようであり、食べ物、飲み物も現金払いであるとのこと である。)その内容にもよるが、我々の年齢になると、折角の楽しい旅行なら、安全、 安心はもちろん、少し高くても気持ちよくサービスの良い方を選びたいものである。 といいつつも、10数年前であろうか、冬場の札幌で甥の結婚式が行われた。 時折、東北や北海道方面にスキーのパック旅行に行っていたのでそのパックを利用した。 飛行機代の費用で2泊3日朝夕の食事つきである。初めての利用時は、民宿みたいなと ころで、まずい食事と覚悟していたら、なんとなんと立派な温泉旅館であり、食事も満足 できる内容であった。 時には、3月の快晴の中のでの春スキーは、紺碧の空、樹氷の木々を見ながら、白い モンスターのような樹氷の林間コースを約10キロほど滑る心地はまるで夢のようである。 (決して大袈裟ではない。) 休日を利用してのパックであったが、平日なら飛行機の片道運賃で楽しめるとのことである。 プライベートのゴルフコンペ参加費用ぐらいで、2泊3日、温泉に入り朝夕食事付である。 訳が分からない、金の価値がわからないと時折悩む?(笑い)パック旅行であった。 しかし、結婚式にのみ参加の方は、当然飛行機代の外に宿泊代費用がかさむ。何か 申し訳ない気持ちであった。 旅行といえば、最近の新聞広告にも変化が表れている。 数年前から「2名1室でも同料金」、その後「土曜日宿泊、2名1室でも同料金」最近では、 「一人参加者限定旅行」等と新聞の広告覧にも変化が現れている。 やはり不況、少子高齢化の表れであろうか。 又、この頃世間をにぎわしている格安の宿泊「星野リゾート」等、食事はバイキング方式で あるようであるが、その辺を気にしなければ、家族の多い家庭や若い人には朗報であろう。 潟_イソーさんが、「100円ショップ」を開業され、全国展開されて久しい。 以前、旅行に眼鏡をえ忘れ、「ダイソー」の看板を目にし、店に入ると眼鏡売り場があった。 老眼のメガネが何種類も、フレームも何種類もある。掛けてみるとOKである。 支払いの折「これも100円ですか?」と再確認した。 勿論、アジアの製品であろう。運賃、店の経費、製作代、材料費などを考えると貨幣価値が わからなくなってくる。 安いことはいいことであるが、これでは日常生活の日本製品はなかなか売れないし、 円高の影響で輸出も鈍り、ダブルパンチであろう。 韓国、中国、東南アジア製のパソコンやテレビ、冷蔵庫なども安く出回っている。しかし、 我が家や息子(別居)は、国産品を愛用し、少しでもデフレスパイラルの歯止めの足しに なるであろう!?と思いながら。(笑い) 3月11日午後2時46分、政府主催「東日本大震災合同慰霊祭」が天皇陛下をお迎えし 国立劇場で行われた。陛下も心臓の手術間もない中、皇后陛下と共に参列された。 遺族の地元代表の3名の方がそれぞれ言葉を述べられた。その一人中年の女性の言葉 は、その内容や話し方、涙しながら1年前の状況を思い出すようにひとことひとことかみしめ ながらの話に、多くの人々が感慨深げに聞き入るひと時であった。(「結婚間もない息子が、 人を助けるために2度と帰らぬ人となり、残された身重の嫁、その後に誕生してきた孫のこ とを思うと・・・・・・。」) 我が家でも、その式典に黙とうしながらの暗い長い一日を過ごした。 東日本大震災から1年経過した。いろいろ難しい問題があるが、前を向いて歩かねばなら ない。我々もこの数年の間いろいろと多くのことに悩まされてきたが、東日本のことを考え ると愚痴は 言えない。 2012−4−1 Y.YOSHIHARA
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会長のひとりごと ◆映画「源氏物語」「山本五十六」◆ |
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最近時間の余裕ができ、待ち時間などにシルバー料金で映画を見る機会が多い。 昨年末から「源氏物語」「山本五十六」「月光の仮面」等めっきり日本映画を見る 機会が多くなった。源氏物語以外は、偶然にも戦争を題材にした映画である。 最近の日本映画も外国に負けないストーリー、迫力、演技、エキストラ、スケール などの点においても見劣りしないどころか、負けない映画をみる機会が増えた。 またテレビドラマのヒット作品の映画化、テレビでの映画のコマーシャル [*1] 等 の影響も手伝ってか、ロングランの映画をしばしば見受けられる。 毎日新聞(2011年12月)の夕刊に3ページにわたり「企画特集」として「源氏物語 千年の謎」と題し取り上げられていた。 (広告のページには、“千年の時を超え、今、「源氏物語」誕生の秘密が明かされる・・・” “光源氏と紫式部の哀しくも美しい2つの物語が交錯する・・・”) 世界文学史上、最高峰の恋愛小説「源氏物語」と、その誕生の秘密に迫る壮大かつ 絢爛豪華な歴史エンターテイメント「源氏物語 千年の謎」(毎日新聞社など製作委 }員会)が10日(12月)から全国公開される。愛に生き、苦悩する光源氏と彼を愛し たやまない女性たちの性(さが)、さらには作者紫式部を執筆に駆り立てた謎に迫り、 現実と物語の二重構造の世界がスクリーンで交錯する。光源氏を演じた人気俳優の 生田斗真さん、知性と妖艶さを併せ持つ紫式部役の実力派、中谷美紀さんに聞いた・・・。 “浜村淳さんに聞く見どころ”の覧では、 「なぜ紫式部が源氏物語を書いたのか、その動機に迫ります。数多くの映画、ドラマが 作られてきた中で初めてのことでしょう。見る側からすると、とても面白い説に基づいて えがかれます。藤原道真が紫式部に迫ったり深い仲になる場面もあって仰天すると思 います。映画では、紫式部と道真の現実の世界と、光源氏の物語世界が交互に出てき まして、その間を行き来できるのが陰陽師の安倍晴明なんです・・・・・。 邦画の底力から壮大なセットは、美術監督の今村力氏が担当 (石山寺、土御門邸のセット、彦根城玄宮園や日吉大社など滋賀県各地でロケ) 藤原道真の寝殿造りの豪邸・土御門邸は、滋賀県・琵琶湖畔の1万平方メートルに総 工費2億円をかけてのセットを組んだ。大スぺクタルと、室内の暗さが好対照を成し、 スクリーンにメリハリを生んだ。 鶴橋康夫監督からのメッセージ「百人百様の感じ方」 光源氏の青春期までを描いた映画です。現代劇と違って、たとえば御簾の中での俳優 の所作が限られているなどの制約が多く、撮影はくるしかったですね。 ・・・若い人は、失敗してもいいから、雷に打たれたような恋をしてほしいです。 (大ヒット作映画「愛の流刑地」を07年に監督) 映画のシーンがあちらこちらに飛び、私にとってあまり馴染みのない俳優(年のせいかな) が多いせいか、ストーリーを理解するのに悩んだ。東儀秀樹(一条天皇)と中谷美紀(紫式 部)は分かったが、あとの俳優は、よくわからなかった。 私の主治医であり、公私お世話になっているM病院の理事長さんも、「わしも年いったの かな。話の筋がよく理解できなかった。俳優もみな同じに見えた。」と言っておられた。 映画「山本五十六」 “戦争に勝つことではなく、終わらせること考え、未来を見据えた男” “誰より開戦に反対した聯合艦隊司令長官・山本五十六”(役所広司主演)の物語である。 スケールも大きく、多くの俳優の顔ぶれにも感動した。(玉木宏、阿部寛、柳葉敏郎、 柄本明、吉田栄作、原田美枝子、宮本信子、香川照之など) 映画「月光の仮面」 戦友が戦死、無事帰国するが、戦死者が乗り移る?シーンでジ・エンドである。 この映画も、大変いい作品であるが、よく意味のわからないままに終わるので、今も悩んで いる!。(笑い) [*2] 戦争は悲惨である。人々の生活、絆、人間性、・・・・・すべてを否定してしまう。 1000円のシルバー料金(60歳以上)で見るのであるが、「証明になるものを見せてくだ さい。」としばしばいわれる。「そんなに若く見えますか?」と質問しながらやわら免許証を 出すのであるが、免許のない人はどうするのであろうか?。 いらぬ御世話だといわれるであろうか?。 いずれにしても、日本映画も時間をかけ、金をかけ(必ずしも金をかければいいとは限ら ないが)、スケールも大きい作品、見ごたえのある作品を見れることはいいことである。 2012−3−1 Y.YOSHIHARA
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会長のひとりごと
◆「日本人よ、勇気を」ドナルド・キーン◆ |
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元旦恒例の初詣、帰りのガソリンスタンドで給油と空気圧の点検をした。 その待合室で新聞を目にした。 *「日本人よ、勇気を持ちましょう」ドナルド・キーンとの文字が目に入った。 (新潮社20l12「賀正」の挨拶文として掲載されていた。) 昨年、地震と津波に襲われた東北の様子をニューヨークで見て、 私は「ああ、あの“奥の細道”の東北は、どうなってしまうのだろう」と衝撃を受けました。 しかし、こうした災難からも、日本人はきっと立ち直っていくはずだと私は考えるようになりました。 それは、「日本的な勁(つよ)さ」というものを、心にしみて知っているからです。 昭和20年の冬、私は東京にいました。あの時の東京は、見渡すと、焼け残った蔵と煙突がある だけでした。・・・・日本人は、奇跡を起こしました。東北にも同じ奇跡が起こるのではないかと私 は思っています。なぜなら、日本人は、勁(つよ)いからです。 震災を機に、昨年日本に帰化の申請をしました。(本年6月90歳) 晴れて国籍がいただけたら、私も日本人の一員として、日本の心、日本の文化を守り続けて行く ことに微力を尽くします。新しい作品の執筆に向けて、毎日、勉強を続けています。 *東日本大震災を機に、日本に帰化を決意されたドナルド・キーン氏のインタビューが、雑誌「致知」 にも掲載されていた。(「わが生涯の旅路」ドナルド・キーン氏に聞く) 「原発の放射能を恐れて多くの外国人が日本を離れる中、“私は日本国籍を取得し永住したい”と 表明した日本文学研究者で外国人であるキーン氏の言葉が、意気消沈した日本人に大きな勇気 と希望を与えたことは記憶に新しい。キーン氏はこの国難の時期になぜ決断に踏み切ったのか。 89年の旅路を辿りつつ、日本や日本人に対する熱い思いを語っていただいた。」(約7ページに わたり語られている) 「源氏物語」との出会いが、人生を変えた・・・・・。 情報士官として真珠湾に派遣され、日本軍が残した文書を翻訳する部署に配属され・・・・・、 魂をゆさぶった亡き日本兵士の血痕が強い臭気を放つ日記を手にした。 (攻撃を受けた恐怖、南方で水の飲めない苦しさ、マラリアでなくなる仲間をどうすることもできない 悲しさ・・・・・。日記の最後に「これを拾ったアメリカ兵隊へ。戦争が終わったら、この日記を届けて 欲しい」と英語でメッセージが記されていた。・・・・・・。) 日本を再発見した文豪たち、木下順二、三島由紀夫、阿部公房、谷崎潤一郎、司馬遼太郎、 川端康成氏らとも知り合い、日本の近代文化に関心をもった。 古いものと新しいもの、儚(はかな)さと永遠といった相矛盾するものを抱えこみながら、日本文化 は豊かになりました。近代化の中でも変わらなかった。この精神文化こそ、日本が世界に誇る永 久に価値あるものだと私は思います・・・・・・・・。 阪神淡路大震災(平成7年・1995年1月17日午前5時46分)も、多くの犠牲者を出し、自衛隊の ヘリコプターが八尾空港(大阪府)と現地をひっきりなしに飛ぶ日が何日も続いたあの時から17年 の歳月が流れた。多くの遺体のために地元での処理がおぼつかないので、大阪まで空輸している とのことであった。 その2ケ月後の3月20日には、東京の地下鉄であの「オウム・サリン事件」が起こった。 (その日は、前日腰をひやし?“ぎっくり腰”のために、スキー場のベッドでテレビのLIVEを偶然見る ことになった。)その年は、自然災害から人災?まで恐怖の年であった。(その時の指名手配のひと り「平田容疑者」が、昨年12月31日大阪から新幹線で上京し自ら警察に出頭した。東大阪市に長 く隠れていたと・・・。約14年大阪に住んでいたようである。) 兵庫県は、見た目には復興したと思われるが、まだなお多くの問題を抱えているようである。 (兵庫県内に265ケ所の災害復興公営住宅があるとのことである。)入居期限の被災者復興公営 住宅からの退去が、病気や高年齢のために転居が難しいという問題で、いまだに尾を引いている と先月も報道されていた。 東日本大震災は、地震、津波、原発との三重苦で、阪神淡路大震災よりも多くの難しい問題を抱え、 その復興に時間がかかるであろう。しかしこの震災で、「日本の良さ」「助け合い」「繫がり」等の言 葉とともに、ボランティア活動の輪も広がり、若い方の中にも「地元に帰り、地元で働く。」などの声、 汗をかく行動が行われている。これを機会に日本人の良さ、考え方が若い方にも浸透していく様子 が報道されている・・・・・・。(その反面それらを悪用する人があるとの報道もある。それは一握りの 人であることを願うものである。) 年末恒例の清水寺で行われる漢字は、「絆」であった。 最近、変な事件が多発し世の中がおかしい、日本人の心はどこへ行ったのか?。 ドナルド・キーン氏が「私は日本国籍を取得し永住したい」と昨年申請され、 「日本人よ、勇気を持ちましょう」と叫ばれている。 我々ひとりひとりが身近な家族、企業、社会においてもこの「絆」を一層強め、 安全、安心な世の中にしたいものである。 2012−2−1 Y.YOSHIHRA Donald.Keene ・1922年 アメリカ・ニューヨーク生まれ ・コロンビア大学、同大学院、ケンブリッジ大学を経て、53年京都大学大学院に留学。 ・コロンビア大学教授、名誉教授を経て2011年退官 ・日本に関する著作(日本語、英語)の範囲は近松門左衛門から現代文学まで幅広い。 ・文化功労者、勲二等旭日重光章、菊池寛賞、読売文学賞など多数受賞。 ・08年文化勲章。 ・「明治天皇」(新潮社)「日本文学の歴史」「日本との出会い」(中央公論社)など著者多数。
今年の正月は雪が多く、3,4日と良好な雪質の中でスキーを満喫してきた。
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◆ 会長のひとりごと 平成「大阪秋の陣」と「松下幸之助成功の金言365」
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