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異色作家・作品紹介
ユルゲン・アルベルツ『ランドリュー』


第一次大戦後のフランスを震撼させたランドリュー事件は、チャップリンの『殺人狂時代』(ムッシュー・ヴェルドゥ)のモデルにもなったので、いわゆる『青髯殺人事件』の古典的事件としてけっこう有名だ。10人の女性と一人の子供の殺害したとしてランドリューは逮捕され、1922年2月25日に処刑されたのだが、この猟奇事件は当然のことながら当時のフランス国内ばかりか、ヨーロッパ諸国の大衆の関心を強く惹きつけたのだった。

 ユルゲン・アルベルツはこの事件を、ナチスの政権奪取後パリに亡命したユダヤ系ドイツ人のジャーナリスト、パウル・ブロックの運命と絡ませてスリリングな歴史ミステリーに仕上げている。パリが舞台だが、ゲシュタポの脅威がしだいに身近に迫るのを感じながら、ブロックはとりつかれたようにランドリュー事件の調査にのめりこんでいく。あれは当時のフランス政府の政治的混乱から国民の目をそらすための大芝居ではなかったのか。ブロックにつきまとうフランス秘密警察の不気味な動き、パリのナチ運動の台頭、そしてパリのユダヤ人亡命者の苛酷な運命が巧みに織り込まれて、歴史ミステリーとしての味わいを深めている。傾向としてはエリック・アンブラーや、日本でいえば久生十蘭あたりが思い浮かぶが、なんといっても亡命地パリでナチスに追われるユダヤ人ジャーナリストという設定がリアリティと迫力を生み出している。なお、この作品によってアルベルツは、ドイツ推理作家協会賞(グラウザー賞)の1988年度最優秀賞を受賞している。
 以下、少々長くなってしまったが、あらすじを紹介しておこう。

ユルゲン・アルベルツ『ランドリュー』

 ユダヤ系ドイツ人のジャーナリスト、パウル・ブロック(主人公)はヒトラーの政権奪取(1933年1月30日)を目の当たりにしてドイツの現実に絶望しベルリンを逃れて、特派員としてかつて長く滞在したパリに亡命する。そこで友人の道化師マックスに出会い、連続殺人事件の犯人として処刑されたはずのランドリューがブエノス・アイレスで目撃されたという話を聞き、興味をひかれる。この事件は特派員時代に彼が手掛けたものだった。亡命生活の虚しさを紛らすため、ブロックは事件の再調査を始める。ランドリューが住んでいた家の近くの二人の老婦人から、ランドリューの恋人セグレの話を聞き、不審を抱く。そのころ、亡命ドイツ人たちがヒトラーに対する抵抗運動の一環として『パリ通信』という通信社を設立し、ブロックもそこに参加する。

 ブロックは『パリ通信』の仕事の合間にランドリュー事件の調査をすすめる。ドイツではヒトラー政権の暴力が進行している。友人のユダヤ人ジャーナリスト、ミューザームが逮捕されたことを知る。恋人のアンドレア(ユダヤ人ではない)がパリに逃れて来る。二人で亡命生活を始めるが、二人の間に様々な行き違いが生じる。亡命者の根無し草的生活からくる疲労、無力感、焦燥感が二人を襲う。ランドリュー事件の当時の自分の記事を検討する。事件の裁判の過程を再現していくなかで、いくつもの疑問が沸き起こる。

 パリの労働者によるヒトラー抗議デモのさなか、ランドリュー事件で弁護士を努めたモロ=ジアフリ弁護士を訪ね、ブエノスアイレスのことを話す。弁護士は激しく反発する。ランドリューが女たちを焼き殺したとされる場所をアンドレアと一緒に訪ねていく。殺害の方法にいくつもの疑問が生じる。かつてのジャーナリスト仲間で、同様にベルリンを脱出したエルンスト・フォン・カンマーに出会う。皿洗いなどの職を転々とする亡命生活に憔悴しきった姿に衝撃を受ける。突然、パリの刑事が『パリ通信』を訪れて、ユダヤ系ドイツ人の活動に警告を発する。

 ランドリュー裁判の写真を撮っていた人物に会う。ランドリューの恋人セグレの裁判での振る舞いに疑問を抱く。セグレのみごとな演技か。ランドリューを逃す手筈をつけたのは彼女ではないか。ランドリューの墓を探すが見つからない。ジュネーブにいるマックスと電話で話すが要領を得ない。『パリ通信』の編集長ローゼンフェルダーは、ランドリュー事件にのめりこむブロックを責めるが、ブロックは反発する。ブロックはランドリュー事件にジャーナリストとしての本能を揺さぶられる。『パリ通信』内でブロックは孤立していく。ランドリューの詐欺師としての儲けを計算し、金で自由を買った可能性を検討する。また、被害者の遺族、マダム・フリードマンを訪問するが、その態度にも不審を抱く。処刑の場面を撮った記録映画を探し出して上映させるが、確証は得られない。アンドレアとの関係が危うくなる。

 事件を鑑定した教授に会い、被害者の発見された骨があまりに少ないことの疑問をぶつけるが、結局要領を得ない。だが、疑念は残る。道化師マックスに会ってその証言を自ら確かめることを決意する。ヴェルサイユの監獄の所長と会見する。当時の様子を聞き、処刑時にいた受刑者のリストを求める。所長はセグレが芝居を演じたことは暗に認める。ジュネーブに行ってマックスと会う。ブエノス・アイレスでランドリューの姿を見たことは間違いないとマックスは保証する。当時のフランスの内政の混乱から国民の目をそらすための芝居だった、とマックスは示唆する。

 パリの自宅に戻ると、ランドリューに関する資料や日記がごっそりなくなっていて、アンドレアが姿を消していた。ヴェルサイユの牢獄所長の態度が一変している。フランス秘密警察の圧力をほのめかす。秘密警察のベランの名がでる。この件から手を引くよう忠告される。アンドレアはホテルにいた。彼女はランドリューの調査資料を持っていなかった。アンドレアとの激しいいさかい。憔悴したブロックは、アンドレアとアヴィニヨン、アルルをめぐる休暇旅行にでる。だが、その間も事件当時の政局を調べるため、クレマンソーに関する資料を読みふける。再び、アンドレアといさかい。パリに戻ったあと、アンドレアはベルリンに帰ってしまう。

 ブロックはひとまず『パリ通信』の仕事に復帰する。パリでのナチスの活動をルポするため、在パリ・ナチ運動の会合に潜入する。友人エーリッヒ・ミューザームが自殺したことを知る。ナチスに殺されたのだ。フランス人の協力者アルネルが、いくつかの情報を仕入れる。ランドリューを処刑前に整髪した理髪師の名前が分かる。処刑後、行方不明になっていた。アルネルはランドリュー事件から手を引けという匿名の警告を受けていた。連続殺人事件のもう一人の鑑定者に会って、証拠とされた焼けた骨がどう計算しても3体分にも満たなかったことを知る。

 パリでの亡命生活はもはや安全ではない。フランスでもユダヤ人追放が始まっていた。秘密警察のジルマンという人物が『パリ通信』を訪れ、警告する。編集員やブロックに好意的で、謎めいた言動をとる。ジルマンは亡命者の活動についての秘密警察の報告をブロックに見せる。翌日、ジルマンは死体となって発見される。亡命者の活動を抑圧しようとする動きに『パリ通信』は動揺し、混乱する。ランドリュー事件について、ブロックは政治的な演出だったとする彼の理論に自信を深める。第一次大戦後の政治的混乱から目をそらすための大芝居だったのではないか。ランドリューは連続殺人犯ではなく、当時盛んだった人身売買を行なっていたのではないか。

 『パリ通信』からの帰宅途中、ブロックは数人の暴漢に教われ、重傷を負う。その時、「ユダヤ野郎をたたき殺せ」というドイツ語を聞く。アンドレアから元気だという手紙がくる。だが、別の情報源からアンドレアに危機が迫っているとの情報が入る。編集室から危険を冒してベルリンに電話をする。アンドレアにつながるが、彼女はそっけない返事を繰り返すのみ。見舞いに訪れた編集長のローゼンフェルダーは、襲撃者は秘密警察だったと示唆し、ランドリューをとるか『パリ通信』をとるか、ブロックに選択を迫る。だが、ブロックは執拗に調査を進める。ランドリューの人物像が捏造されていた可能性がでてくる。事件を担当したゴドフロア元検事は証拠が不十分だったことを認めた。ランドリューがブエノス・アイレスで生きているという噂も知っていた。

 アンドレアがパリにやってくる。男友達も一緒だ。やはりゲシュタポの訊問を受けていた。誤解を解こうとするアンドレアと再び激しいいさかい、そして決別のことば。ブロックはランドリューが詐欺を働いたマラコフの店を訪ね、その息子からランドリューが秘密警察の協力者だったという証言を得る。『パリ通信』編集長と激しく言い争う。ブロックは通信社を辞める決意をする。そしてブロックはさらに深くランドリュー事件にのめりこんでいき、ついに事件の謎を解いたと確信するにいたる。

 処刑前にランドリューの整髪をしたという理髪師パピヨンは行方不明だが、妻の居所を見つけて訪ねていく。その証言によれば、ランドリューは処刑前に髭を剃っていた。夢うつつの中、ブロックは1922年2月25日の処刑の日を想像する。ランドリュー入れ替えのトリックが完成する。ブロックは、知らない男からセグレが帰っているという電話を受ける。二人の老婦人の店に確認にいくが、彼女らは知らない。だが、老婦人の一人はランドリューが秘密警察の協力者だったことを知っていた。尾行者の影に気付く。ブロックはパリにはもはや安全な場がなくなったことを感じ、スペインに赴いて『パリ通信』特派員としてスペイン内戦を報道する道を選ぶ。おりしもベルリンでは、華々しくベルリン・オリンピック(1936年)が開催されていた。

 。ブロックはランドリューの資料を仕事仲間ヘンリックに託す。『パリ通信』の仲間との別れのパーティの後、ブロックはタイプライターを入れたトランク2個を引きずって、オステリッツ駅に向かう。様々な思いが、ブロックの脳裏を駆けめぐる。3年半にわたるパリの根無し草的な亡命生活、その支えでもあったランドリュー事件の解明、アンドレアとの別れ、ヒトラーとの戦い、故郷ドイツへの郷愁。駅はごったがえしていた。列車に乗り込もうとしたとき、ふいに右の脇腹に激しい痛みを感じた。振りかえると、黒い髭をたくわえた、のっぺりとした男の顔があった。さらにもう一度、激しい痛みが彼を襲った…。


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