本の記録(おまけ):幕末・維新史
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2012年3月20日◆
2009年4月1日
本日より「幕末維新関係資料等データベース」の公開(山口県)。
4月11日
歴史街道(PHP)5月号 島左近の「主従を超えて義の絆を守り抜いた男の爽やかさ」(童門冬二)にて次の記載あり。
危機管理(克服)の方法は、いまも同じだが、次のようなプロセスを辿る。
- 情報を集める
- 集めた情報を分析する
- 分析した情報の中に含まれている問題点について考え、どうすればいいかという選択肢を設定する
- 選択肢の中から一つ選ぶ、すなわち決断する
- 選んだ選択肢を実行する
- 実行して具合が悪い場合は、別な選択しを選びなおす
- 結果について評価する
つまりP(plan)-D(do)-C(check)-A(act)と同じ。なおこのサイクルは太平洋戦争前に米軍士官学校の教科書にあったと別著で読む。
2006年2月4日
幕末・維新史の部を独立させました。
幕末・維新史の部
| タイトル | 著者 | 初版日 | 出版社 | 感想 |
|---|---|---|---|---|
| ◆現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集 | 福澤 諭吉 著 , 山本 博文 翻訳 | 2012年3月10日 | ちくま新書 | |
| 明治めちゃくちゃ物語 勝海舟の腹芸 | 野口武彦 著 | 2012年2月20日 | 新潮新書 | 136頁、1868年の新聞もしほ草で「脱疽・・美国の名医へボン先生に療治を乞いしに、右の足を股のところより切りとりて」、次頁"炭疽菌が入って脱疽"は脾脱疽(anthrax)。 |
| 幕末時代劇、「主役」たちの真実 ヒーローはこうやって作られた! | 一坂 太郎 | 2010年3月20日 | 講談社α新書 | NHK大河で龍馬が話題の年、明治初期は注目されなかった等、ヒーローも時代の流れで。 |
| 鳥羽伏見の戦い 幕府の命運を決した四日間 | 野口武彦 著 | 2010年1月25日 | 中公新書 | 181ページ、官軍原典1月5日「横大路村伝次郎と申す者所へ病院相建て」、6日「淀城川向こうへ病院相直し」と病院の初期の表記。また208ページ、「ウイリスは日本の伝統的刀傷の手当てに感心している。傷を焼酎で洗い・・やがて肉が盛り上がって・・」は編者も他所で。 |
| わが夫 坂本龍馬 おりょう聞書き | 一坂 太郎 | 2009年11月13日 | 朝日新書 | 表記は「おりょう」で統一。124-126頁”千葉さの子のこと”(さな子、墓碑の裏に「坂本龍馬室」と)は同性の怨念か。面識はなかったというが。 |
| 龍馬とお龍の下関 海峡に遺した夢のあと | 古城春樹 著、古川薫 序 | 2009年8月24日 | 瞬報社 | 未だ刺客不明の暗殺の時、日本で最初の新婚旅行をしたお龍は下関の伊藤邸 自然堂(しぜんどう?じねんどう?読み不詳、67ページ)だった。2010年の大河ドラマも近づく。 |
| 名将の品格 | 火坂雅志 著 | 2009年2月10日 | NHK出版 | 帯に「日本人よ、仁愛の思想を取り戻せ!」。著者の出身地の直江兼続だけに時間がかかった「天地人」と。 |
| 幕末下級武士のリストラ戦記 | 安藤 優一郎 | 2009年1月20日 | 文藝春秋 | 将軍の影武者だった男の珍奇な生涯と。帰農は経済恐慌の今、歴史が繰り返す。 |
| 第48号 箱館戦争 榎本武揚 | 小学館:週刊 戦乱の日本史 | 2009年1月20日 | 小学館 | 19ページに高松凌雲、箱館病院の院長ながら敵味方なく手当て。なおListerの「無菌手術」を国内初回実践とされる。 |
| 本能寺の変 | 樋口晴彦:著 | 2008年8月8日 | 学研新書 | 帯に”戦国最大の謎がここにある!”、新説を唱える。著者の仕事柄、機動隊の防具が戦国時代と似たのは現代の進化とも。 |
| 会津藩VS薩摩藩 なぜ袂を分かったのか | 星 亮一(著) | 2008年7月15日 | ベスト新書 | 帯に「会津人は、なぜ百有余年が過ぎた今も過去にこだわるか」。戦争といえば太平洋戦争でなく戊辰戦争、とは聞く。 |
| 大名屋敷の謎 | 安藤 優一郎:著 | 2008年6月22日 | 集英社新書 | 帯に”リサイクル都市江戸を支えた「肥」経済と「尾張藩江戸屋敷」の波瀾万丈・・”、明治新をのりこえ活躍続けた豪農の新事実。 |
| 斜陽に立つ | 古川 薫:著 | 2008年5月30日 | 毎日新聞 | 著者署名版を拝受。帯に司馬遼太郎史観に抗して「乃木は愚将に非ず」。戊辰戦争から日露戦争、児玉源太郎と2人を描く。 |
| 男の「行き方」 男の「磨き方」 | 童門 冬二 (著) | 2008年5月21日 | PHP文庫(amazon) | 坂本竜馬編で「ファンには失礼だが、彼は演出家あるいはアダプテーター」。犬猿の仲の薩摩長州を連合、大政奉還など、それでも光る。 |
| 新・歴史群像シリーズ(13) 土方歳三 | 編:歴史群像シリーズ編集部 | 2008年4月25日 | 学研 | 145ページ全体が幕府側の蘭方医 松本良順(後年は順)について。新撰組内に病院ができ、土方が「兵は拙速を貴ぶ・・」にて苦笑いと。箱館(当時名)軍病院での「無菌手術」は他の留学生が英国から導入か? |
| 幕末・英傑たちのヒーロー 靖国前史 | 一坂 太郎 | 2008年3月13日 | 朝日新聞出版 | タイトルは楠木正成、高杉晋作率いる奇兵隊の旗にも影響していた。靖国の前身となる招魂場は下関版が雛型? |
| 幕臣たちの明治維新 | 著者: 安藤優一郎 | 2008年3月20日発行 | 講談社 | 帯に「徳川家臣団3万人はどこへ消えたか」、敗者の歴史も両面から見るため必要。 |
| 最後の将軍 | 司馬 遼太郎・著 | 2007年11月25日第21刷 | 文庫文庫 | 帯に「時勢という魔物には勝てぬ」、クレオパトラでないが、もし徳川慶喜がいなかったらアヘン戦争の二の舞? |
| 歴史を歩く(Vol.3)司馬遼太郎の幕末維新を往く | 新人物往来社 | 2007年6月1日発行(4月28日記載) | 新人物往来社 | 「世に棲む日々」(30-42ページ)の”高杉晋作が戦った馬関を歩く”で下関戦争で占領された砲台の写真と現在の長州砲のレプリカの対比。 |
| 大村益次郎、日本の100人No.66 | デアゴスティーニ社 | 2007年5月15日発行 | デアゴスティーニ社 | 9ページに下関戦争で”「外国船砲撃は狂気の沙汰」福沢諭吉に激怒”とあり。横浜開港資料館の占領された前田砲台の写真も。 |
| 週刊朝日MOOK 司馬遼太郎II | 朝日新聞社 | 2007年5月1日発行 | 朝日新聞社 | 147ページから「世に棲む日々」について。187ページからの”長州ファイブとポルトガル”では、伊藤と井上が下関戦争を知って急遽帰国した折、ポルトガル人で通した話。 |
| 竜馬暗殺の謎 | 木村幸比古 | 2007年3月29日発行 | PHP新書 | 有名な「船中八策」と「新政府綱領八策」(共に1867年)の後者は下関市立長府博物館にある(85ページ)。直後の暗殺時、前年に日本初という新婚旅行をしたお龍は下関だったが、触れられてない。 |
| 幕末バトル・ロワイヤル | 野口武彦/著 | 2007年3月20日発行 | 新潮新書 | 221ページ、1853年のペリー来航に遅れ翌54年にかけてロシア艦隊プチャーチンが長崎に来航。同時期のクリミア戦争で外交は虚々実々だったが、F.ナイチンゲールが活躍した戦争。 |
| 未完の明治維新 | 坂野 潤治 著 | 2007年3月10日発行 | ちくま新書 | 84ページに「文久、元治、慶応と記していると・・」その元治元年に下関戦争、井上馨の文明開化ラッシュ文書はわずか9年後。 |
| 木戸孝允 | 松尾正人 著 | 2007年2月10日発行 | 吉川弘文館 | 木戸の死因は胃癌、西南戦争のさ中、明治10年(1877)京都で没す。 |
| 高杉晋作と奇兵隊 幕末維新の個性7 | 青山忠正 著 | 2007年1月20日発行 | 吉川弘文館 | 英雄視される晋作の”おっちょこちょい”な実寸大の活写。下関戦争は158-162ページ。 |
| 幕末藩主の通知表 | 監修 八幡和郎 | 2006年9月6日(9月1日記) | 宝島社 | 表紙(上のページでも紹介)の幾多のフレーズが度肝を抜く。監修者は滋賀県生まれだが、井伊大老含め幕府側に厳しい採点。 |
| 大久保利通 ~この難を逃げ候こと本懐にあらず~ | デアゴスティーニ社 | 2006年7月25 日発行 | 日本の100人 No.025(デアゴスティーニ) | 26ページに駒場農学校のケルネル田圃の記載。そこで田植えの経験あり、大久保との関係今更ながら知る。 |
| 高杉晋作こぼれ話 | 一坂太郎 著 | 2006年11月3日初版第1刷 | 春風文庫 | 晋作の遺品が高杉家により下関から萩に移されたが、著者が「東行記念館のDNAを引きつぐ」なる友人の手紙で一条の光(150頁の2頁後)と。今年(2007年9月1日記)は没後140周年。 |
| 長州ファイブ | ザメディアジョン社 | 2006年11月1日発行 | (アマゾン) | 表紙のように「文久3年(1863)5月12日夜」密留学、前日未明は下関で攘夷戦争。その報道は陽暦10月10日(57ページ、Illustrated London News)、11月4日伊藤博文と井上馨(後年の名前)も到着。翌年1月Timesの報道を見て2人が帰国。元治元年(1864)8月5-8日、4国連合艦隊に下関が敗北。9月25日、井上が襲撃されたが、美濃の医師 所郁太郎(適塾で西洋医学学ぶ)により50針縫合、奇跡的に回復(79ページ)。 |
| 最後の幕閣 | 徳川宗英 | 2006年5月20日発行 | 講談社現代新書 | 帯に「一家に1冊!!お国自慢の士の通信簿を公開!!」。著者は田安徳川家11代目。沖田総司は結核で幕府典医 松本良順(本邦近代的外科の創始者)により治療。なお高杉晋作も結核死。 |
| 長州戦争 幕府瓦解への岐路 | 野口武彦 著 | 2006年3月25日発行 | 中央公論社 | 帯に<やらなければよかった戦争>とある。当地では四境戦争といい、小倉口の下関は台風の目だったとも。別の大島口の古地図見る時、飛行機で眼下。![]() |
| 幕末”志士”列伝 | 宝島社 | 2006年2月28日発行(2月4日記載) | 宝島社 | 表紙裏に下関戦争の写真(占拠された前田砲台:長府博物館 蔵)が縁取り番号付き。8ページには”下関戦争”の記載と縁なし写真。 |
| 司馬遼太郎ふたたび | 文芸春秋社 | 2006年2月15日発行(1月1日記載) | 雑誌一覧(文春) | 司馬作品の舞台をゆく「峠」長岡・只見(34-36ページ)に、新政府軍が長岡駅を長岡城本丸の真上においた記載(参照長岡紀行)。 |
| ペリー提督 海洋人の肖像 | 著者: 小島敦夫 | 2005年12月20日発行 | 講談社 | ペリー提督は周到に準備したが、大統領が代わり撤退命令が届く寸前に沖縄を出発した。他にも中国周辺で水兵12人が死亡(174ページ)など多難だった。 |
| 永倉新八と「新撰組顛末記」の謎、歴史読本2005年9月号 | 「七ヶ所手負い場所を顕す」(pp.174-9)菊池明 | 2005年9月1日発行(8月14日記載) | 新人物往来社 | 永倉(長倉とも)は奇跡的な「新撰組」の生き残り。負傷の詳細と治療が記載され、カルテのよう。戊辰戦争では会津病院で治療。「結える」圧迫止血?と縫合が主で、焼酎(9年後の西南戦争で消毒用)は出てこない。 |
| 幕末歴史散歩 京阪神篇 | 一坂太郎 | 2005年8月25日第1版 | 中公新書紀伊国屋書店 | 著者は下関の東行庵から萩の博物館へ異動。出身の京阪神の思い入れが伝わる。 |
| 仙台戊辰戦史 北方政権を目ざした勇者たち | 星亮一 | 2005年8月10日 | 三修社 | 著者は奥羽軍の子孫。敗者からも、太平の世に実戦的でなくなった武士に対する奇兵隊の貢献を述べている。 |
| 吉田松陰の実学 | 木村幸比古 | 2005年6月1日 | PHP新書 | 後ろ帯に”●「燕都流言録」に見る松蔭の飛耳長目●新事実!松蔭はペリーの遠征記を読んでいた”とある。近年発掘された資料で、燕都は北京のことだが、江戸の掛け言葉。吉田の漢字を分解(十、一、口、十、口)して二十一回猛士と称すことに通じる。 |
| 文藝春秋特別版3月臨時増刊号「言葉の力 生かそう日本語の底力」 | 文藝春秋 | 2005年3月15日 | 文藝春秋社 | 196ページに古川薫氏は、高杉晋作の「面白きこともなき世に面白く」という上の句こそが辞世である、慶応3年4月14日(先日が命日)に29歳の生涯を閉じた、と述べる。全編、言葉の力について力説多い。 |
| 榎本武揚から世界史が見える | 臼井隆一郎 | 2005年3月4日初版、2月15日発売 | PHP新書 | 「はじめに」にある「幕末の日本にはクリミア戦争の影が射している。」の戦争はF.ナイチンゲールが感染対策を始めた端緒。日本の外科感染対策の始めとされる幕府軍病院があった”箱館”は、プロイセンが植民地として狙う世界史的存在とは知らず。なお幕末のコレラは米ミシシッピ号から、と。 |
| 横井小楠 維新の青写真を描いた男 | 徳永 洋 | 2005年1月20日 | 新潮社 | 文久2年(1862)小楠は暗殺されかかり、同伴者が刀疵の感染がもとで2ヵ月後に死亡。さて元治元年(1864)、勝海舟と坂本龍馬が下関を攻撃する4カ国連合艦隊に談判しに長崎に向かったという。 |
| 長岡藩軍事総督 河井継之助 | 星 亮一 | 2005年1月1日 | ベスト新書 | 副題は「武士道に生きた最後のサムライ」、帯には”長州「奇兵隊」を壊滅させた越後・長岡の英雄”とある。長岡で膝に銃創を負い、会津の松本良順へ”搬送”されるが、化膿し塩沢村で死去。なお2004-5年、日本外科感染症学会が長岡で開催。 |
| 新選組―「最後の武士」の実像 | 大石 学 | 2004年11月25日 | 中公新書(紀伊国屋) | 感染対策の欄にしても、と思ったのは1865年(慶応元年)松本良順が新選組の3分の1が病気(感冒、食あたり)のところ、部屋の環境をよくし、看護者をおいて「西洋病院の概略を説示」し約70名全治(146頁)。つまり1853年クリミア戦争でナイチンゲールがした環境対策の追試。 |
| 大久保利通 | 佐々木 克【監修】 | 2004年11月10日発行 | 講談社学術文庫(紀伊国屋) | 西郷が西南戦争で死して翌年暗殺された。明治維新後、島津主君にも反感を買い、孤高の人だった? |
| 岩倉使節団という冒険 | 泉三郎 | 2004年7月20日 | 文春新書紀伊国屋書店 | 帯に「政府首脳が二年近くもそろって日本を留守にするこの大バクチ・・」とある。明治初年のこの事業にまた学ぶところがある。 |
| 幕末歴史散歩 東京篇 | 一坂太郎 | 2004年6月25日第1版 | 中公新書紀伊国屋書店 | 著者は下関の東行庵から萩の博物館へ異動。東京は幕末史の巨大なテーマパークという。2006年2月25日撮影:お台場。幕府が急拵えしたが、21世紀に一帯は様変わり。![]() |
| 江戸三〇〇藩最後の藩主―うちの殿さまは何をした? | 八幡 和郎 | 2004年3月20日 | 光文社新書(紀伊国屋) | 著者は滋賀県生まれ、通産省退官後に評論家。本書では薩長土肥や会津をはじめ、津々浦々の藩の幕末維新を伝えている。全国の皆様で思い当たるところがあると思う。 |
| 峠 | 司馬遼太郎 | 2003年10月25日発行(改装版文庫) | 上巻(新潮社) | 長岡藩家老 河井継之助の物語。銃創をうけ只見に到達、幕府の洋医 松本良順が診た時は手遅れで、長岡紀行にも触れている。2006年そのページのGoogle地図を見ながら読むと電子地政学のよう。 |
| オールコックの江戸―初代英国公使が見た幕末日本 | 佐野 真由子【著】 | 2003年8月25日 | 中公新書 (紀伊国屋) | 1859年、オールコックは品川の東禅寺に入った。1861年には襲撃されている。その場所は現在、高輪プリンスホテルの裏手にある。 ![]() |
| 新選組日記 永倉新八日記・島田魁日記を読む | 木村幸比古 | 2003年7月2日 | PHP新書 | 明治元年(戊辰)、幕府軍は箱館を襲い、長州藩士を含む官軍兵のケガを筥館病院(島田魁日記)で治癒させ青森に送った(259ページ)。翌年はその余裕がなくなっているが、赤十字の精神の魁。 |
| 藩から読む幕末維新 | 武光誠著 | 2003年6月2日 | PHP新書 | 防府市出身の著者がいう”現在でも、薩摩や長州の古武士のような「団結して命がけで理想をめざしてすすむ」集団なしには、新たな政治改革を実現しないであろう。(199ページ)”は2005年総選挙に相通じる。 |
| 幕臣たちの誤算 彼らはなぜ維新を実現できなかったか | 星 亮一 | 2003年5月15日 | 青春出版社 | 冒頭に「日本の歴史上、最大の倒産が幕府の崩壊である。」といい、鳥羽伏見の戦いが慶応4年1月3日で8日後に初めて江戸の幕閣に連絡、ときの日本政府の危機管理が全く機能してなかったという。同日、慶喜が江戸に到着したが、大評議は2日後、危機管理のなさ、を超越という。なお著者は仙台出身で、戊辰戦争の旧幕府側の史書を多く著述する立場。運営者思うに、慶喜将軍の逃亡で無駄な内戦を回避したともいえる。 |
| 世に棲む日々 | 司馬遼太郎 | 2003年3月10日発行 | 文春文庫 (紀伊国屋) | 第2巻109ページに松蔭が「飛耳長目録」という内外のニュースをまとめた帳面を村塾においている下り。あやかってFACS飛耳長目。2006年6月4日:読了。第4巻301ページに結核になった晋作の一主治医に李家(りのいえ)文厚は奇兵隊の病院も担当。 |
| ペリーの白旗―150年目の真実 | 岸 俊光【著】 | 2002年11月10日発行 | 毎日新聞(紀伊国屋) | 教科書にペリーが「白旗まで与えて威嚇した」となり歴史学者が反論。最後に密航に失敗した松陰((産経))が白旗の記載ある、と。 |
| 山岡鉄舟 幕末・維新の仕事人 | 佐藤寛 | 2002年7月20日 | 光文社新書 | 帯に「交渉、リストラ、危機管理・・・」と、裏帯では鉄舟は「いつもボロの服をまとい”ボロ鉄”とも・・」とある。西郷隆盛との交渉で江戸城無血開城をなしとげ、自身を投げ捨て使命に向かうことで危機を脱したという教訓的な話。 |
| 歳三 往きてまた | 秋山香乃 | 2002年4月15日初版 | 文芸社 | 著者は2005年秋現在、山口新聞に高杉晋作の小説「晋作 蒼き烈日」を連載中。481ページに1868年(戊辰)五稜郭で高松凌雲が赤十字精神で新政府軍の捕虜の看護をする描写。新国家樹立の気運に燃えていた。 |
| 出島の科学 長崎を舞台とした近代科学の歴史ドラマ | 長崎大学『出島の科学』刊行会 編著 | 2002年4月8日 | 九州大学出版会 | 19ページにはシーボルトの用いた手術器具の写真、22-29ページには天然痘と種痘・牛痘の歴史が写真資料で。長崎大教授が会長の学会で入手していた。 |
| ペリー艦隊大航海記 | 大江 志乃夫【著】 | 2000年7月1日 | 朝日文庫(紀伊国屋) | ペリーは自ら「360年後のコロンブス」として日本遠征に乗り出した。開国後1世紀で日米開戦も予言か。 |
| 戊辰戦争130年in角館「いま戊辰戦争を問い直す」報告書 | 角館町(現在、仙北市) | 1999年3月25日発行(表紙は「1998年(平成10年)」) | 旧 角館町 | 新政府軍側は萩市長が出席。ウエブ版戊辰戦争130年in角館もあり。 |
| ◆「面白きこともなき世を面白く」 | 野村武史 著 | 1998年8月1日発行 | (0034項、内外文化研究所) | 文久3年(1863)”日本最初の陸軍病院”にて、下関の”萩本藩・新地会所をその侭「奇兵隊病院」としました。”(52ページ)、真相を確認中(2010/5/19)。 |
| 岩倉使節団という冒険堂々たる日本人 / 知られざる岩倉使節団 この国のかたちと針路を決めた男たち | 泉 三郎 | 1996年11月10日 | 祥伝社 | 2005年11月5日記:米欧回覧の会が2004年にNPOとなっている。原典(岩波版、5冊)を味読中。運営者も3年間の留学が大きかった。 |
| 戊辰戦争から西南戦争へ―明治維新を考える | 小島慶三 | 1996年8月25日 | 中公新書(紀伊国屋書店) | ピューリタン革命、独立革命、フランス革命そして明治維新の構図で描く。 |
| 椿と花水木 | 津本 陽 | 1996年7月1日 | 新潮文庫(上、Amazon) | 波乱万丈の生涯だったジョン万次郎の一生。1860年咸臨丸で再び渡米し、水夫が海軍病院で手厚い看護をうけ、リネンも週1回交換に感動と(下巻351ページ)。日本はその後に明治維新。 |
| ヒュースケン 日本日記―― 1855~61 ―― | ヒュースケン、青木 枝朗 訳 | 1989年7月17日初版 | 岩波書店 | 216ページ、1857年12月7日(安政4年10月21日)にハリスとヒュースケンが大君(2008年大河ドラマ(NHK)家定将軍)に謁見時、靴を玄関で履き替えている。これがスリッパの始まりか、調査へ。 |
| 特命全権大使 米欧回覧実記 全五冊 | 久米 邦武 編、田中 彰 校注 | 1982年5月17日 | 岩波書店 | 漢文読み下し調で読むのに1年がかり。明治初年に二年余り、米国から欧州へ地球一周とは新政府は肝が太かった。 |
| 戊辰戦争 敗者の明治維新 | 佐々木 克 | 1977年1月25日初版 | 中公新書(紀伊国屋書店) | あとがきで、初版では孝明天皇は毒殺されたとしたが、後年、出血性痘瘡(天然痘)で死亡の説ありと追記。 |
| 花神 全3冊 | 司馬 遼太郎 | 1976年8月30日初版 | 上巻(新潮文庫) | 大村益次郎が刺客の襲われた後「日本の院内感染第1例」という別著あるが、入院時すでに刀創感染で該当しないと思われる。下巻210ページで”病院”、”医院”の訳語は長州で、とは知らず。 |
| 大君の都 全3冊 | オールコック/山口 光朔 訳 | 1963年9月13日 | 岩波書店(第1巻は入手困難) | 古きよき?19世紀日本が描写されている。過去の読了を2005年12月東禅寺を訪れ(上の2003年8月発刊書を参照)思い出した。 ![]() |
| 一外交官の見た明治維新 全二冊 | アーネスト・サトウ、坂田 精一 訳 | 1960年9月25日 | 岩波書店 | 外から見た明治維新の定番。 |
| ペルリ 提督 日本遠征記 全4冊 | 土屋 喬雄,玉城 肇 訳 | 1948年8月15日 | 岩波書店 | かつて読むまでペリー艦隊は太平洋を横断したと思っていた。シーボルトの著書で準備し、地球を2/3周して日本にたどり着き、「黒船」が日本史を変えた。 |



