シンメルピアノの伝統と歴史

1885  ウィルヘルム・シンメルによってシンメルピアノ設立。
1894  設立後約9年間で1000台を製造する。
1895  ライプチヒ・リュードニッツに初めて会社組織として工場を建設し、従業員は30名程を数え、ライプチヒでも代表的なピアノメーカーとして多くの人々に知られるようになった。
 
 シンメルはその時代を常に先取りしたデザインで、多くの人々に求めやすい価格帯で様々なモデルを世に送り出した。シンメル社の音創りに対する技術や使用される部品などは、この時代においても特に高度なもので、開発されたレペティションアクションはその心地よいタッチと洗練された音で人々を魅了した。
1897  ライプチヒ・ステータリッツの新たに設立した工場に移転。
アメリカ、イタリア、ロシア等の各国へ輸出され、1898年には、製造台数は2500台となった。
1927  ウィルヘルム・シンメル引退、その息子ウィルヘルム・アルノ・シンメルが引き継ぐ。
1930  新たな鍵盤とアクションで、小型のアップライトピアノを開発する。
やがて大きなアップライトピアノは過去のものとなってゆく。
1931  ブラウンシュバイク(旧西独)へ移転。その20年後、ドイツは分割されることになる。
1951  シースルーグランドピアノ、Transparent(アクリルプラスチック製の)を制作し、一代センセーションを巻き起こした。
1958  ドイツで生産されるアップライトピアノで世界最大の売り上げを記録する。
1959  ニコラウス・ウィルヘルム・シンメル(現社長)が設計・経営に参加。
1961  ウィルヘルム・アルノ・シンメルが死去。ニコラウス・シンメルがその後を引き継ぎ、1966年には町の南側にある産業地帯に工場を設立した。業務の拡大により、1975年には二つめの工場が建設された。
1970
 パリのガボー・エラールの発売権元の要請を受けたシンメルは、契約するフランスのブランドネーム、エラール、ガボー、プレイエルはシンメルでOEM生産され市場に出された。尚、この契約は1970〜1993年まで続く。  
1980  この年には製造台数が一万台を超えるようになるが、一台一台に行き届いた入念な仕上げ、格調あるデザイン、豊かな音色美を守りつつ、新しい技術や改良を重ねながらその完成度を高めていった。今も尚、洗練された音創りを追求し続けている。 

 21世紀の幕開けに創始者の孫である、ニコラウス・シンメルはまた次の世代へ古き良き技術を大切に継承し、新たに進化を遂げようとしている。現在、四世代目にあたる、ニコラウス・シンメルの子女、ヴィオラ・C・シンメルとガブリエラ・M・シンメルによってシンメルの歴史が受け継がれようとしている。長年に渡って培われてきた豊かな音色美をより多くの人々にお届けしたいという想いを胸にシンメルは在り続けます。
 ニコラウス・シンメル社長
                                シンメルART&CRAFTより

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