| 1897 |
ライプチヒ・ステータリッツの新たに設立した工場に移転。
アメリカ、イタリア、ロシア等の各国へ輸出され、1898年には、製造台数は2500台となった。 |
| 1927 |
ウィルヘルム・シンメル引退、その息子ウィルヘルム・アルノ・シンメルが引き継ぐ。 |
| 1930 |
新たな鍵盤とアクションで、小型のアップライトピアノを開発する。
やがて大きなアップライトピアノは過去のものとなってゆく。 |
| 1931 |
ブラウンシュバイク(旧西独)へ移転。その20年後、ドイツは分割されることになる。 |
| 1951 |
シースルーグランドピアノ、Transparent(アクリルプラスチック製の)を制作し、一代センセーションを巻き起こした。 |
| 1958 |
ドイツで生産されるアップライトピアノで世界最大の売り上げを記録する。 |
| 1959 |
ニコラウス・ウィルヘルム・シンメル(現社長)が設計・経営に参加。 |
| 1961 |
ウィルヘルム・アルノ・シンメルが死去。ニコラウス・シンメルがその後を引き継ぎ、1966年には町の南側にある産業地帯に工場を設立した。業務の拡大により、1975年には二つめの工場が建設された。 |
1970
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パリのガボー・エラールの発売権元の要請を受けたシンメルは、契約するフランスのブランドネーム、エラール、ガボー、プレイエルはシンメルでOEM生産され市場に出された。尚、この契約は1970〜1993年まで続く。 |
| 1980 |
この年には製造台数が一万台を超えるようになるが、一台一台に行き届いた入念な仕上げ、格調あるデザイン、豊かな音色美を守りつつ、新しい技術や改良を重ねながらその完成度を高めていった。今も尚、洗練された音創りを追求し続けている。 |