物語「少額訴訟」
平成10年から民事訴訟法が改正され、新たに「少額訴訟制度」が導入されます。
一般の人々にとって、利用しやすく分かりやすい、そして費用も低廉ですむ、そんな目的を持つこの「少額訴訟制度」ですが、その運用は、まだ未知の段階です。
裁判所に提出する、訴状、答弁書、準備書面などを作成することも、我々司法書士の重要な仕事の一つですから、この少額訴訟制度が本当に開かれたものになるのは、我々司法書士の頑張りがもっともっと必要になってくると思います。
さて、この「少額訴訟制度」、今までの手続とどう違うのでしょう?
簡単な物語にしてみましたので、是非お読み下さい。
(なお、これは、静岡県司法書士会が発行している広報誌HO2に掲載されたものです。)
物語「少額訴訟」
男は、少々訝っている。
というのも、わずか20万円程度の未収売掛金を回収するための労力が、想像以上にかかったためである。
男は、仕事を持っている。
そして、男は、多くの取引先を持っている。
今回、その取引先の一つが、男が納品した商品の代金を、再三に渡る請求にもかかわらず、支払いをしなかったのである。
男は最初、誰に相談してよいかの分からず、静岡の裁判所へ行き、直接、職員に尋ねた。
そして、今回のような少額の争いについては簡易裁判所の管轄に属すること、訴状などの書類作成は司法書士に依頼すれば良いことなどを知ったのである。
一般に、裁判というものは、費用も時間もかかる。
そのような認識を、男はただ漠然と持っていた。
だから、泣き寝入りを覚悟で、知人に紹介された鈴木司法書士事務所へ、相談を持ち掛けたのである。
「簡易裁判所には、司法を一般市民に利用しやすいものにするという理念に基づいて、簡易な手続で迅速に紛争を解決することができるように、多くの特則が設けられています。」
最初に事務所を訪れたとき、鈴木先生はこう説明してくれた。
だが、どうだろう。
正直なところ、実際に簡易裁判所を利用してみたこの男にとって、その簡易で迅速な手続というキャッチフレーズは、空虚なものにしか映らなかった。
「申立に必要な印紙が**円、予納郵券が**円、そして訴状等の書類を作成することにより私どもが頂く報酬が**円程度です。」
男の必要経費に関する質問に対し、司法書士の鈴木先生は明確に答えた。
ある程度の費用がかかるのは仕方ない。その額が回収できる金額より下回っては手続をする意味は無いが、鈴木先生だって仕事でやっていることなのだから、無料ではやれるわけがないのだ。
説明を受けた男は、納得し、鈴木先生に正式に依頼をすることを決めたのである。
「裁判というのは、相手の出方次第で、相当な部分が左右されてしまいます。相手があなたの請求を素直に認めれば、すぐ判決はおりてしまいますが、相手がその金額等を争ってくれば長引く可能性もあります。」
その時には特に注意して聞いていなかった司法書士の鈴木先生の言葉が、今になって脳裏をよぎってくる。
男にとって、何と言っても一番煩わしかったのは、審理のために何回も裁判所へ足を運ばなければならなかったことだ。そのたびに仕事を中断しなくてはならず、そのために相当な経済的損失を被ってしまったのである。
そもそも、男は生まれてから、一度も裁判というものを経験したことがない。
仕事に関しても、今までにトラブルというトラブルも無く、平穏無事な毎日を過ごしてきた。
それなのに、今回、取引の相手方の不誠実な対応のおかげで、裁判沙汰に巻き込まれてしまったのだ。
そして、そのために仕事を休み、裁判所に何回も足を運ばなければならなかったのである。
それは男にとって精神的にも、経済的にも相当な苦痛を伴うものであった。
「裁判というのは、双方の主張を裁判官が聞き、どちらの言い分が正しいかを法律に照らして判断するものです。」
そう鈴木先生は言っていた。
確かにそうだろう。
だが、いくら裁判官であろうとも同じ人間である。全てを知っているわけではない。
今回の事件だって、当事者である自分が一番良く事情を知っているのだし、一回の期日に証人や証拠などを集中的に調べれば、一日で調査は十分済むのではないだろうか?
何も何回にも分けて審理するほど複雑な事件ではないはずだ。
元来、気が短いこの男は、この裁判手続中、そんな気持を抑えることが難しかった。
「判決が下されても、相手が任意に金銭の支払いに応じなければ、判決に基づいて給与差押などの強制執行手続を践む必要も出てきます。」
男は、頭が混乱してきた。
裁判で勝っても、それは単なる紙切れに過ぎないということなのだろうか。
また、裁判所に何か手続を頼まなければ、売掛金を回収できないということなのだろうか。
その費用と労力はどのくらいかかるのだろうか。
「実は、今回の事件のような少額の訴訟事件については、確かに、経済的なことを考えると採算が合わず、敬遠され続けてきました。」
「そこで平成10年から施行される、新民事訴訟法では、このような事件について、原則として一回の審理で判決を下す、という手続を新設したわけなのです。」
男は、この話しを鈴木先生から聞いたとき、当然の事ながら、この手続を利用したいと考えたのであるが、その法律改正を待っていては、売掛債権が時効になってしまうと鈴木先生に言われ、それでは元も子も無いと断念せざるを得なかったのである。
結局、合計3回の口頭弁論期日が開かれ、証人なども尋問をされ、男の請求が認められる形の和解がなされた。
支払方法は、月5万円の4回払いである。
相手は、その支払を約束通り済ませ、男はようやく元通りの争いのない平穏な生活に戻ることが出来た。
司法書士の鈴木先生は、本当に良くやってくれた、と思う。
手続に関する説明も、素人である自分にもわかりやすいよう、実に丁寧に説明してくれた。
だが、男は、もう裁判は懲り懲りだと思う。
可能な限り、裁判沙汰とは無縁でありたいと思う。
しかし、自分だけ裁判と無関係で居られることも出来ないことも、今回の事件でよく承知している。
だから、平成10年から実施される、新民事訴訟手続の運用に期待したい。
男は、今、心からそう思っている。