Tokusyu
好評だった「少額訴訟」の続編です。


物語「続・少額訴訟」

 平成10年から実施される改正新民事訴訟法においては、少額の紛争について、紛争額に見合った時間と労力で解決を図ることができるよう、手続を出来る限り簡易迅速にしたとしています。

 さて、実際の少額裁判手続の運用にあたって、どの程度その趣旨が反映されてくるのでしょうか。

 これは、実施が間近に迫った改正新民事訴訟法に、新しく定められた「少額訴訟に関しての特則」が、我々利用者である市民にとってどのようなメリットがあるのか、実際に起こりうる争いをモデルに物語化した架空のお話であります。

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物語「続・少額訴訟」


 女は、事の経緯を、目の前に座っている小林司法書士に話していたのであるが、次第に、知人のあまりに不誠実な態度を思い出し、興奮してきたようである。

 依頼人がこのように感情的になるケースは、小林事務所ではよくあることだったので、小林は特に驚きもせず、女が落ち着くのを待ちながら、必要と思われる事情を冷静に聴取していた。

 「先生、聞いて下さいよ。あの人ったら、借りるときは今にも泣きそうな顔で、絶対に3ヶ月後に返すからって言ってたんですよ。」

 「それがどうです。半年経つっていうのに、一銭も返しやしない。一体どういうつもりなんでしょうかねえ。まったく。」

 「それでも良かったですよ。この借用書をもらっておいて。これがなかったら、借りてないとでも言い出すような図々しい人ですからね。」

 「もともと、職場が一緒だっただけの付き合いしか無い人を信用した私が馬鹿だったのでしょうね。」

 「先生、この借用書は、立派な証拠になるんでしょ。ね?ね?」



 ひととおり女の話を聞いた小林は、訴額が30万円以下の金銭の支払いの請求を目的とする事件であることを確認し、新たに設けられた少額訴訟制度についての簡単な説明をした。

 今までの簡易裁判所における裁判手続の実際、そして今般の民事訴訟法改正によって少額訴訟制度が設けられるに至った理由、そして、従来の手続とこの少額訴訟手続きの違い、それらについてざっと説明をし、この制度の利用価値についての解説を加えたのである。

 そして、小林は、この少額訴訟手続きにおいては、原則的に一回の口頭弁論期日で決着がつくという迅速さが取り入れられた、という点を特に強調してみせた。

 すると、女は、裁判手続というものは一般的に時間も費用もかかるという先入観を持っていたらしく、嬉々とした表情でこう言った。

 「先生、それでお願いします。とにかく、もうこれ以上待てません。今すぐにでも払ってもらいたいのです。長くかかるような裁判はごめんですけど、一回で済むんなら是非それでお願いします。」

 「向こうは、たった20万円でまさか裁判にすることはないだろう、と思ってるでしょうが、そうはいきませんよ。」

 その日、女は、そう言い残して帰っていった。



 女が帰った後、小林は、女から預かった証拠書類と女から聞き出した事情を手がかりに、早速書面の作成に取り掛かった。

 さて、この少額訴訟の特則を利用するには、作成した訴状に、予め少額訴訟手続によって審理してほしい旨を記載する必要がある。これを記載しなければ、通常の訴訟手続きによって審理されるということになるのである。

 それに対し、相手方は、少額訴訟手続きによって審理されることを嫌うのであれば、審理が始まる前に、通常手続による審理を求める旨の書面を裁判所に提出すれば良い。

 そうすることによって、訴訟は当然に通常手続へ移行することになる。



 翌日、作成した書類を確認してもらうため、小林は、再び女に事務所に呼び、いつも依頼人にそうしているように、書類をゆっくり小さな声を出して読んでもらった。

 女は、慣れない文体に戸惑いを見せたようだったが、小林の意図するところを理解し、少し照れた様子で書類を読み始めた。

 「せいきゅうのしゅし、ひこくは、、、、」

 小林が作成した訴状を読み終えた女が、これで手続を進めてほしいと決断したため、小林は、再びこの少額訴訟制度についての説明を繰り返した。

 相手方がこの制度によって審理されることを望まなかった場合、通常の訴訟に移行してしまうことや、証拠調べに関する制限、被告の支払いを猶予する判決が可能になったこと、簡易裁判所がサラ金業者や信販会社の取立機関と批判されていたことに対する反省としての利用回数の制限など、女は実に注意深く小林の話に耳を傾けていた。



 その日、小林は仕事で忙しい女の代わりに、静岡簡易裁判所へ訴状と証拠書類を提出に出かけた。

 それから1週間ほど経っただろうか、女のもとに静岡簡易裁判所から、期日の呼び出し状が届けられ、それを持った女が再び小林の事務所を訪れた。

 期日は2週間後であった。

 女は、その日少し緊張気味の様子であった。

 最初に小林の事務所を訪れたときには、相手方に対する憤りをまくしたてていたのであるが、裁判が実際に目の前に迫ってきたということからか、その勢いは激減したように感じられる。

 無理もないであろう。

 女は、生まれて初めて裁判の当事者となるのだ。訴額が少ないとは言え、法廷に立つことには変わりはない。テレビのドラマやニュースでしか見たことが無かった裁判に参加するのである。

 小林は、そんな女の緊張を解いてやろうと、裁判手続の流れについて再び丁寧に説明を始めた。

 すると女は途端に表情を和らげ、小林に一言。

 「先生、その説明は、もう耳にタコができるほど聞きましたよ。(笑)」



 いよいよ口頭弁論の期日が来た。

 小林は、いつものように早めに傍聴人席に座り、依頼人である女が出廷するのを待っていた。

 数分後、女が恐る恐る法廷に入る扉を開け、入廷してきた。その表情は、緊張で堅く強ばっていた。

 女が入廷した後、他の裁判の関係者も続々と入廷し、みるみるうちに傍聴席は満席状態になった。

 慣れない場所で落ち着かない女は、ひっきりなしに時計を見る仕種を繰り返し、開廷の時間を過ぎているにも関わらず出廷しない相手方に対して、小声で悪態を吐いているように見えた。

 数分後、ようやく女の知人が姿を現し、半ば不貞腐れた表情で、女に一瞥を加えると傍聴席に腰をおろした。

 その直後、裁判所の職員が、よく通る声で、「平成10年、第***号、貸金請求事件、原告****、被告****」と読み上げ、女と相手方はそれぞれ原告席と被告席に座った。



 相手方は、女の請求を認めた。

 そして、家計が苦しく一括返済は難しいと主張し、分割払いの申入れをしたため、裁判官がその申入れに添うような判決を下した。

 数日後、裁判所から送られてきた書類には、相手方が請求の全てを認めたこと、そして、その支払いは分割払いによることがしっかりと明記されていた。



 女は、その後、相手方より約束通りの支払いを受け、全額の満足を得た。そして、その報告とお礼を兼ねて、小林の事務所へ立ち寄った。

 「良かったですよ。相手方が約束を守ってくれて。」

 「もし、それでも向こうが支払って来なければ、差押えの手続を裁判所に申し立てる必要が出てくるんでしょ。そうなれば、また先生へ支払う手数料が増えてしまいますからね。(笑)」



 女は、今、訴訟を提起するまで支払いをしなかった知人に対する怒りは消え去り、一回の裁判で満足の行く結果が出たという事実に充足感を得ている。

 そして一方、小林は、スムーズに運んだ今回の裁判の結果に胸をなで下ろし、女からもらった報酬で、仲間の司法書士と少額訴訟の実務の運用についての議論を肴に、心地よいお酒を飲んでいる。



 本件のような少額の紛争について、紛争額に見合った時間と労力と費用で解決を図ることができること、長らく多くの国民の願いであったその大きな問題が、ようやく明るい解決の兆しを見せ始めた。

 今、我が国の裁判制度は、平成10年に改正された民事訴訟法によって、国民の多くのニーズに答えうる開かれたものになるべく、大きく前進を始めたのである。



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