司法制度改革の時代を司法書士として生きる!
〜全青司活動現場からのレポート〜




全青司「憲法改正国民投票法案に反対する声明」(憲法委員会 澤田章仁委員長) (平成18年3月28日)

1.全青司「憲法改正国民投票法案に反対する声明」(憲法委員会 澤田章仁委員長)




 2001年11月、憲法調査推進議員連盟(http://www1.sphere.ne.jp/KENPOU/)によって憲法改正国民投票法案(以下「議連案」という。)が公表され、2004年12月、国民投票法等に関する与党協議会によってこの議連案に若干の修正を加えた同法案の骨子案(以下「骨子案」という。)が公表された。与党は、これらに基づき憲法改正国民投票法の制定に向けて動き出している。
 ところが、これらの骨子案ないし議連案には、一見して明らかに日本国憲法及びその基本原理のひとつである国民主権原理に反する条項が数多く散見される。
 我々全国青年司法書士協議会(以下「全青司」という。)は、国民の権利の保護に寄与するという司法書士の職責を全うする立場から、この法案に対しては、強く反対する。
 日本国憲法の下では、この憲法に反する法案自体、そもそもあってはならないのである。したがって、とくに与党議員に対しては、このような法案を提出すること自体が国会議員等に定められた憲法尊重擁護義務(憲法99条)に違反するものであることを深く認識するよう要請する次第である。
 以下に、骨子案ないし議連案の違憲性等重大な問題点を指摘する。

(1)国民投票の期日等について(骨子案第一の二関係)
 骨子案では、投票期日を国会による憲法改正の発議から「30日以後90日以内」で内閣が定める日とするが、これは国民主権原理を極度に軽視するものにほかならない。
 憲法96条は、国民主権原理に基づき、その権力的契機の観点から憲法改正の承認に関する国民の意思を表明する機会を保障するものであるが、たとえ1か条を改正する発議がなされたとしても、それがたとえば憲法9条の改正の発議であれば、日本国憲法の基本原理である平和主義のみならず基本的人権尊重主義及び国民主権原理のすべてに影響することになるから、投票を実施する前提条件として十分な国民的議論を展開する機会が確保されなければならない。しかし、骨子案によればそのような議論の機会を確保する期間としてはあまりに短すぎる。

(2)国民投票の投票権について(骨子案第一の三関係)
 骨子案は、憲法改正国民投票を国政選挙と同等の参政権であるととらえ、その投票権者を衆議院議員・参議院議員の選挙権を有する者とするが、これは憲法規範があまねくこの国の規範に影響する最高法規であるとの特質をまったく無視する議論である。憲法規範の最高法規という特質に鑑みた場合、より広く、その投票権が保障されるべきであるのに、骨子案にはそのような真摯な検討姿勢は微塵も見うけられない。

(3)投票及び投票方法について(骨子案第二関係)
 骨子案及び議連案では、投票用紙に、賛成なら「○」、反対なら「×」の記号を記載することとされる。ここで、改正項目が数項目になる場合や一括全面改正の発議がなされた場合にも、「○」「×」の記号を記載する場所が1か所になる可能性を残しているが、そうなると、問う内容が異なるのに答えを一つしか言わせないというのであるから、このような方法に基づく国民投票では、民意を正確に反映させることができなくなる。この点は、大きな問題である。
 骨子案では、投票用紙の様式は、改正の内容や分量に応じて憲法改正の発議の際に別に法律(以下、「実施法」という。)で定めるとするが、憲法改正の発議ができる状況(各議院の3分の2以上の賛成でもって発議する状況)にあれば、既に実施法の制定は極めて容易な状況にあるから、改憲推進派としては、様々なアメ(たとえば知る権利や環境権などの新しい人権)を散りばめた上で主たる目的のムチ(たとえば憲法9条の改正)を含めて一括方式で発議し、その答えを一つしか言わせない方式をとるに違いない。かくして、ムチの部分に関しては、民意が封殺されてしまうのである。
 すなわち、この法案によって憲法改正(実は新憲法制定)がなされたならば、仮に国民が項目ごとに個別投票したならば改正には承認しなかったであろう部分に関しても、その後の政府(新政府)は、国民投票によって憲法改正を国民自身が承認したとの理論を援用して、様々な立法や外交政策を推し進めて行くことになろう。そうなると、もはや国民主権原理は名目化し、正当性の契機としてのみ機能することになる。
 要するに、骨子案は、憲法改正権力が国民ではなく国民の代表者であるという論理を前提に、憲法改正国民投票をたんなる正当性の契機として利用しようとしているのである。すなわち、このような骨子案は、憲法96条に現れる国民主権の権力的契機をまったく無視するもので、国民主権原理を骨抜きにする。

(4)投票の効果について(骨子案第四関係)
「有効投票数」の2分の1を超えた場合に、憲法改正の承認があったものとみなすとするが、これもやはり憲法96条に現れる国民主権の権力的契機の側面を無視する議論にほかならない。
「有効投票数」を基準とするのは現実の投票率を問題とする議論であるが、そのような議論をする前に、憲法改正案の国民への提案をいかに実質化するかを議論すべきである。1997年に行われた名護市の住民投票(海上ヘリ基地移設に関する名護市民投票)では、投票率は(住民投票に法的拘束力がないとされながらも)実に82.45%(沖縄タイムス発表)に達した。この投票率は、名護市民が住民投票の対象が何であるのかを明確に認識した結果である。
 憲法改正においては、憲法規範があまねくこの国の規範に影響する最高法規であるとの認識を国民自身が認識すれば、投票率は通常の国政選挙の比ではないと思われる。すなわち、与党の骨子案は、(後述する国民投票運動に関する過剰規制とも相俟って)国民への提案を実質化することを回避しながら、現実の投票率を問題としている点で、憲法96条に現れる国民主権の権力的契機の側面を無視するものであり、国民主権を形骸化するものである。

(5)投票の効力に関して異議がある者による投票無効訴訟について(骨子案第五関係)
 第1審裁判所を東京高等裁判所のみとし、第2審裁判所を最高裁判所とする二審制とし、しかも、提訴期間は投票結果の告示の日から30日以内とするが、国民一般が原告適格を有する裁判においてこのような裁判管轄・出訴期間の制約を設けたならば、国民は事実上その提訴をあきらめざるを得なくなり、ひいては憲法の番人として司法権を行使すべき裁判所の機能停止につながるであろう。

(6)投票の公報等について(骨子案第七関係)
 骨子案では、都道府県の選挙管理委員会が、「憲法改正案」、「投票用紙の見本」、「国民投票に関し参考となるべき事項」などを記載した公報を発行するとし、さらに与党議員の説明によれば、国民投票に関し参考となるべき事項とは、何故、改正する必要があるのか、どのように改正するのかなどを衆議院議長及び参議員議長の名で公報すると言う。
 しかし、そうなると、与党は、憲法改正提案者であるから、「国民投票に関し参考となるべき事項」という部分を利用して、改憲に対する反対意見を排して与党の一方的な改憲理由のみが国民の面前で展開されることになろう。このような公報を野放しにすれば、前述の投票期日の問題や後述するマスコミ等への過剰な報道規制とも相俟って、政府の一方的な公報のみが一人歩きし、意思決定のための前提情報(改憲反対の意見など。)が、国民に十分に提供されないまま国民投票が実施されることとなる。かくして憲法改正国民投票が、改憲推進勢力のためのプレビッシド(追認的投票)として利用されることになる。

(7)国民投票運動や報道等の規制について(骨子案第八関係)
@ 国民投票運動規制について
 骨子案では、外国人や公民権停止中の者などの投票権が否定されるのみならず国民投票運動すらも禁止する。このような規制は、外国人や公民権停止中の者の表現の自由を過剰に制約するものであり、ひいては国民の改憲に関する様々な意見を知る権利を阻止することにもなり、違憲である。
 また、骨子案では、教育者の地位にある者が、その「地位を利用」して国民投票運動をすることができないとする。しかし、教育者の発言には概ねその地位を伴なっているのであるから、その発言のほとんどが教育者の「地位を利用」したこととされてしまう危険があり、しかもこれらに刑罰が科せられることになるのであるから、罪刑法定主義に反し、違憲である。また、そうなると国民の学問の自由をも制約されることになり、違憲である。
A 投票予想の公表について
 骨子案では、何人も投票予想を公表してはならないとするが、そもそも公正な公報およびマスコミ等の報道の自由が確保されていれば、これを公表することによる弊害は生じないのであるから、これを制約するのは表現の自由の制約の範囲を著しく超えるものであり、違憲である。
B 報道規制等について
 骨子案では、新聞・雑誌等に表現の自由を濫用して公平を害する記事を掲載してはならないとし、また放送番組に表現の自由を濫用して公正を害する報道をしてはならないとするが、「表現の自由の濫用」という概念が国家によって濫用される危険があり、報道等の萎縮効果を生じさせるため、違憲である。また、骨子案では、これに違反する者に対して刑罰を科すことにしているが、虚偽報道・不公平ないし不公正報道の概念があいまい不明確であるがゆえに、罪刑法定主義に反し、違憲である。 さらに、報道機関等は、民主主義社会における意思決定の前提となる情報媒体機能を営んでおり、これに対する過剰な報道規制は、ひいては国民の知る権利を過剰に制約するものであり、違憲である。

 以上のとおり、今般の憲法改正国民投票法に関する骨子案ないし議連案は、国民主権原理を軽視し、国民の基本的人権を過剰に制約する違憲条項が数多く含まれるものとなっている。
 このような法案によって被る国民の権利侵害は、投票期日の告示前においては具体的争訟性の観点、また投票期日の告示後においては、やがて改正憲法(新憲法)が確定するといった切迫した日程等の観点から、訴訟による事後的救済が困難となる。すなわち、現在の日本国憲法が保障する国民の基本的人権を守り抜くため、そして国民主権・基本的人権尊重主義・平和主義という三つの基本原理を堅持するためには、今般の憲法改正国民投票法案の成立を阻み、廃案とするほかないのである。
 したがって、冒頭の繰り返しとなるが、現在の日本国憲法の下では、このような法案自体そもそもあってはならないのであり、各与党議員におかれては、このような法案を提出すること自体が自身に与えられた憲法尊重擁護義務に違反するものであることを認識するよう、強く要請する次第である。 以上
   
 



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