ゲートキーパー規制に対する反対声明
2006(平成18)年4月24日
全国青年司法書士協議会
会長 大 部 孝
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第1 声明の趣旨
一、当会は、国民の権利・利益を侵害し、警察権力による監視社会の到来を助長することになるゲートキーパー規制の法制化には断固として反対する。
一、当会は、国民に対し、ゲートキーパー規制の危険性に関する情報を広く提供し、この法案の反対運動を一致団結して展開していくことを決意する。
第2 声明の理由
(1)ゲートキーパー規制と司法書士制度とのかかわり
1989年のアルシュ・サミット経済宣言に基づき、OECD諸国等政府間協議に設置された金融活動作業部会(以下、「FATF」という。)は、1990年、マネー・ロンダリング対策のための40項目の勧告を採択した。この勧告の中には、疑わしい取引についての金融機関の届出義務等が定められた。1996年にこの勧告は一部改訂され、さらにその後9・11同時多発テロの影響によるテロ防止対策強化の国際世論を背景に、2003年、これまでの40項目の勧告は大幅改訂された。
大幅改訂された勧告では、マネー・ロンダリング対策のための報告義務を負う者を、金融機関のみならず、金融取引等のいわば門番(=ゲートキーパー)でもある弁護士等の専門職にも拡大し、各国に対して国内法の整備を求めるものとなっている。
1996年の勧告の改訂を受けて、当初、日本では組織的犯罪対策法の中に疑わしい取引についての金融機関の報告義務を定めて法制化していたが、今般、2003年の大幅改訂を受けて、一定の特定業務について弁護士等の専門職に対しても「疑わしい取引」についての報告義務を法制化し、2007年の通常国会において、その成立を目差しているとのことである。しかも、報告義務を刑罰をもって強制するとのことである。
なお、一定の特定業務として例示されているのは、次の業務である。
ア (150万円以上の)不動産の取引
イ 依頼者の金銭その他の資産の管理
ウ 銀行口座等の管理
エ 会社の設立等に関する出資金のとりまとめ
オ 法人等の法的機構の設立並びに事業組織の売買等
こうしてみると、我々司法書士の日常業務と直結する業務が数多く含まれていることがわかる(アについては不動産登記業務、イ及びウについては成年後見業務、エ及びオについては商業登記業務など。)。そのため、政府は、弁護士のみならず司法書士もこのゲートキーパー規制の対象となるという見解を示しているのである。
そこで、仮に司法書士がこのゲートキーパー規制の対象となった場合における問題点を検討することにする。
(2)司法書士の利用者の立場からの問題点
我々司法書士は、不動産登記・商業登記・成年後見・法律相談などの業務を行うことを業としている。当然のことながらこれらの法的事務は、主として依頼者との間の委任契約によって着手・遂行すべきものであるから、依頼者との間に信頼関係が形成されなければならない。この信頼関係は、第一に、我々司法書士が業務上知り得た事実に関する守秘義務を貫徹すること(司法書士法24条・司法書士倫理10条)、第二に、法律家として依頼人の権利保護のために最善を尽くすという誠実義務を貫徹すること(司法書士法2条・司法書士倫理2条・同23条・同24条等)などを基礎として形成される。
ところで、この守秘義務と誠実義務は、確かに司法書士と依頼者との間の信頼関係形成のために重要な機能を営むものであるが、のみならず、そもそもこれらは司法書士制度を利用しようとする依頼者にとっての極めて重要な権利・利益でもあるという点を忘れてはならない。
このような観点から、前記FATF勧告に基づくゲートキーパー規制が現実化し、我々司法書士が「疑わしい取引」についての報告義務が強制されたとすれば、およそ次のような問題が生じるものと思われる。
第一に、司法書士に求められる守秘義務は広く業務の信頼性を確保するためにのみ機能するものではなく、依頼人の権利保護(経済的自由権又はプライバシー権など。)という観点からも求められるものであるところ(それゆえ我々司法書士が守秘義務に違反した場合には刑罰が科せられることになっている。司法書士法76条。)、司法書士に報告義務が強制されることになれば、この依頼人の権利を侵害することになってしまう。
なお、この点については、FATFの大幅改定された勧告によれば、守秘義務に含まれるものは報告義務から除外するとされている。しかし、報告内容には、およそ取引当事者(売主・買主等)の人物特定、取引対象物等々、種々の情報が含まれることになるであろうから、取引に関する事項のみならずプライバシーに関する情報が混在し、明確に守秘義務の範囲を特定することは困難であり、この点において依頼人の第一の権利保護の問題を解消することはできない。
第二に、司法書士に求められる誠実義務は、いうまでもなく法律家としての誠実義務であり、依頼人の権利保護のために最善を尽すという内容の義務であるところ、「疑わしい」といった抽象的なレベルにおいて、司法書士に当該取引についての報告義務が強制されることになれば、司法書士は依頼人を常に疑いの目で見ることが余儀なくされることになるから、法律家から最善を尽して権利を保護してもらおうとする依頼人の利益を貫徹することができなくなる。
すなわち、司法書士等に刑罰をもって業務上知り得た一定の事実についての報告義務を、しかも「疑わしい」という抽象的なレベルで強制するということは、先ず持って、司法書士制度を利用する依頼者(一般国民)の権利・利益を侵害することになるといった重大な問題が生じるのである。
(3)監視社会の到来と国民の権利保護等の低下
さらに問題は、2005年11月、政府は、疑わしい取引の報告先であるFIU(金融情報機関)の設置を金融庁から警察庁に移管するとの決定をした点である。仮にゲートキーパー規制が実施されてその報告先が警察庁になり、また、現在、継続審議となっているいわゆる「共謀罪法案」が法制化されるとなると、国民の経済活動に関する様々な情報やプライバシーに関する情報が瞬く間に警察権力によって収集・管理され、警察権力による監視社会が到来することになる。
そもそも、我々司法書士は国民の権利・利益を保護すべき法律家であるから、「民」の立場に立ってこそ、その存在意義が認められる。しかし、我々にゲートキーパー規制が適用されれば、結局、我々は警察権力という国家権力の立場に否応なしに組み込まれることになり、その末端として依頼者から得た経済活動に関する様々な情報やプライバシーに関する情報を、しかも「疑わしい」といった主観に左右される危険のある抽象的なレベルの段階で、いわば「密告」しなければならないという役割を担わされ、監視社会の到来を自らの手で助長することを強いられるのである。
すなわち、近時の政府の方針によって自由競争社会が進展し、司法書士等の専門的知識を有する資格者が国民の権利・利益を保護する存在として増々その重要性を発揮し、自由国家的公共の福祉を実現することが要請される時代にあって、ゲートキーパー規制なるものは、利用者の司法書士に対する自由な質問などを萎縮させ、司法書士とその利用者(一般国民)の信頼関係を破綻させることとなり、ひいては国民の権利・利益の保護並びに自由国家的公共の福祉の実現を阻害するものにほかならない。
(4)ゲートキーパー規制の違憲性
ところで、疑わしい取引の報告義務の具体的な内容を想定すると、先にも述べたように(第2−(2))、そこには必然的に個人のプライバシーに関する情報までもが含まれるはずである。そうすると、本来、警察等の捜査機関が個人のプライバシーを侵害するような捜査方法を用いる場合は、令状主義(憲法35条)がとられるはずであるところ(たとえば通信傍受法3条所定の通信傍受令状等)、ゲートキーパー規制によれば、このような憲法上の要請を、我々法律家を道具として利用することにより回避潜脱することができ、国家が個人のプライバシー情報を含む個人情報を法律によって大量かつ容易に、しかも捜査資料として収集することを可能とするものであるから、違憲の疑いが払拭できない。
また、企業・事業者等にとっては、たとえば疑わしい取引の報告に基づき銀行口座の凍結等がなされるとすれば、経済的破綻を招来し、倒産へと追い込んでしまう危険がある。このようなリスクを、疑わしいという抽象的な基準に基づく報告によって負わせるのは、経済的自由権を規制する手段としても著しく不合理であり、やはり違憲の疑いが払拭できないのである。
(5)結語
以上のとおり、ゲートキーパー規制が法制化されれば、国民の権利・利益を侵害し、警察権力による監視社会の到来を助長することになる。
したがって、当会としては、マネー・ロンダリング対策には反対するものではないが、ゲートキーパー規制の法制化には、断固として反対せざるを得ない。
また、国民の権利・利益を守るため、国民に対し、この法案の危険性に関する情報を広く提供し、この法案の反対運動を展開していくことをここに決意したので、この声明を公表する次第である。
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