1.「韓国ソロクト・台湾楽生院裁判を勝たせるつどい」
(1)平成17年8月29日(月)、東京の弁護士会館において、韓国ソロクト・台湾楽生院ハンセン病補償請求訴訟支援連絡会が主催する「韓国ソロクト・台湾楽生院裁判を勝たせるつどい」に参加してまいりました。ハンセン病問題につきましては、全青司人権擁護委員会(古田善宏委員長、古根村博和委員長)においても、継続して積極的に取り組んでいるところであり、5月に、ハンセン病問題に関する検討会議・最終報告書を受けての会長声明を出しているところです。
(2)さて、まずは確認しておきたいと思います。ソロクト、楽生院とはそもそも何かということから。日本が韓国や台湾を植民地にしていた時代、韓国につくったハンセン病療養所が「ソロクト」、台湾につくったのが「楽生院」であります。当時、植民地においても、ハンセン病はおそろしい伝染病であるとして、隔離施設としての療養所をつくりました。
(3)そして、この訴訟は、植民地時代に日本によってソロクトと楽生院に強制収容されたハンセン病回復者の皆さまが、「ハンセン病補償法」にもとづく補償金の支給を求めて、日本に対して起こしている裁判であります。
(4)「ハンセン病補償法」は、熊本地裁判決の確定後、国が、ハンセン病回復者のみなさんに深くおわびするとともに、「隔離政策によって被害を受けたすべての人」の心身の傷をいやすため、補償金を支給するという内容の法律です。
前文にその趣旨が下記のとおり明記されています。
『ハンセン病の患者は、これまで、偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきた。我が国においては、昭和二十八年制定の「らい予防法」においても引き続きハンセン病の患者に対する隔離政策がとられ、加えて、昭和三十年代に至ってハンセン病に対するそれまでの認識の誤りが明白となったにもかかわらず、なお、依然としてハンセン病に対する誤った認識が改められることなく、隔離政策の変更も行われることなく、ハンセン病の患者であった者等にいたずらに耐え難い苦痛と苦難を継続せしめるままに経過し、ようやく「らい予防法の廃止に関する法律」が施行されたのは平成八年であった。
我らは、これらの悲惨な事実を悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くおわびするとともに、ハンセン病の患者であった者等に対するいわれのない偏見を根絶する決意を新たにするものである。
ここに、ハンセン病の患者であった者等のいやし難い心身の傷跡の回復と今後の生活の平穏に資することを希求して、ハンセン病療養所入所者等がこれまでに被った精神的苦痛を慰謝するとともに、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復及び福祉の増進を図り、あわせて、死没者に対する追悼の意を表するため、この法律を制定する。』
(5)日本時代に強制収容されたソロクトと楽生院の皆さんは、この補償法にもとづく補償金の支給を請求しましたが、国は、ソロクトや楽生院は「日本の療養所」ではないことを理由に、この請求を棄却しました。そこで、この棄却決定を取り消せという裁判が標記裁判というわけであります。
(6)ソロクトも楽生院も、日本の天皇の勅令によって隔離政策実現のために設立され、韓国でも台湾でも、「らい予防法」とほぼ同一の法律がつくられました。従いまして、ソロクトも楽生院も、まさに日本が隔離政策のためにつくった療養所であり、補償法が対象としている「日本の隔離政策によって被害を受けたすべての人」には、ソロクトや楽生院の皆さまも含まれると考えるのが自然で、法律の目的にもかなっているというのが原告団の主張であります。
原告団の主張の詳細につきましては、是非とも、下記の訴状を参考にしてください。
http://www15.ocn.ne.jp/~srkt/sojyo-rks.html http://www15.ocn.ne.jp/~srkt/sojyo.html
(7)さて、全国ハンセン病国賠訴訟原告団協議会事務局長国本衛氏の挨拶に始まった本集会ですが、参加者は優に200名以上を超えております。
第1部の裁判再現は、弁護団代表国宗直子先生による「ソロクト・台湾楽生院裁判はどのような経過をたどったか」から始まりました。本日が結審であった台湾・楽生院訴訟でありますが、やはり、原告の高齢化の問題が大きようです。長期化する裁判に対して板ばさみになってしまう原告代理人の苦悩についても語られました。なお、10月25日には、韓国・ソロクト訴訟とともに台湾・楽生院訴訟の判決が予定されているとのことです。
(8)弁護団の水口真寿美先生による「この裁判では何が争われたか」に引き続き、弁護団大槻倫子先生による「意見陳述と原告本人尋問では誰が何を訴えたか」が説明され、その後、原告本人による「裁判所に訴えたかったことは何か」が赤裸々に語られました。
もちろん私は原告の語る言語はまったく理解することはできないのですが、その発する言葉の力強さはひしひしと伝わってきます。通訳の方の言葉によれば、原告による締めの言葉は「結果がどうあれ、人間の尊厳のために最後まで闘い続ける。」「日本の弁護士の方々にはとても感謝している。」というものでありました。
(9)続いて第2部では、韓国における弁護団の取り組み(韓錫宗氏)、台湾での弁護団の取り組み(呉旭洲氏)が報告されました。本件訴訟は、いずれも、日本の弁護士だけでなく、現地の弁護士との連携が重要な要素となっているとのことであります。
(10)弁護団の徳田靖之先生による「判決に向けた行動提起」においては、本件訴訟について、わが国のハンセン病隔離政策の総括の意味を持つものと指摘しておりますが、国が熊本地裁の控訴を断念させた状況とは大きく異なる厳しい現状における、いくつかの具体的な運動論の提言がなされています。「この裁判の解決がなければ、わが国におけるハンセン病の解決は無い。」とする徳田弁護士は、判決前夜の10月24日に参加者1000名を超える集会を開き、厚生労働省を包囲するような形で要求を突きつけたい、と決意表明され、全国退所者原告団事務局長の川邊嘉光氏より、それを受けての力強い支援の決意表明がなされています。
原告の多くは80歳を過ぎ、既に何人かの方々が亡くなっているとのことです。その意味においては、まさに一刻の猶予もならないと思われます。全青司においても出来ることを早急に検討していきたいと考えています。
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