在大阪の招魂碑



四天王寺で毎年行われる人形供養に、雛人形を持っていったのですが、その後に四天のすぐ近くの寺に用事があったので立ち寄った所、思いもかけずにこの碑を見つけてしまいました。
はっきりゆって、全く知りませんでした(汗)
東京や函館、京都、福島等…ならわかるんですが、大阪って…なんかあったっけー?(笑)開陽で慶喜がこっそり大阪城から逃げ出したとかいうことくらい…そのあと城は燃え落ちたと…







で、この碑が誰の筆によるものかといいますと、泥舟なんですねー。はー…(嘆息)こんな所でこの方の名を見られるなんて、ちょっと感激でした。
でも…泥舟・高橋精一じゃないのかな…(汗)?







建立は在阪旧幕臣によって明治31年6月になされたようです。
そりゃあ大阪にも旧幕臣はいたでしょうから(それこそ全国に)、こういう碑があっても全くおかしくもないのですが、…うーん(汗)
幕末の大阪で何かあったといえば、大阪城…くらいしか思いつかない私はシロートです(汗)でもその大阪城には東軍慰霊碑のようなものなんて無かったはず。(多分…)

何故、この寺にこの碑があるのか、寺のパンフ見てもなんにも書かれていないのでその縁が分からないのですが……何かご存知の方おられましたら是非教えてくださいませ。
場所は天王寺公園の東隣にある「一心寺」です。
素っ裸の仁王像(笑)の股間を検分しながら境内に入ってやや斜め左手の、墓所への入り口付近に木立があるのですが、その間です。野良猫多数。でも人見知りで寄ってきてくれない(涙)






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