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憲法は北極星(08/04/29)
憲法21条 (08/04/05)
税金は、命を救うためにこそ (08/03/23)
議員は必要か? 日当制の真意 (08/03/13)
知事の品格 は 「都市格」 を育てられるか (08/03/13)
府議会傍聴 ・大言壮語はいりません (08/02/29)
こんな100歳になりたい(08/02/16)

橋下知事、公人は公約を捨てられまへんで〜(08/02/10)

橋下発言チェック (08/02/09)

岩国市住民投票批判、橋下知事に抗議(08/02/08)

でっち上げ事件はなぜ起きる?(08/1/27)
裁判は却下、監査結果の不当性は認めた(07/12/28)
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葉 ひろ子日記

(08/5/15)
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(〜2007年4月)
葉 図書館問題

(07/08/31)
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最終更新日 2008/2/16

憲法は北極星みたいなもの。社会の羅針盤です

(2008年4月29日 記)

 昨日は5月3日の「私たちの憲法キャラバン」の最終打ち合わせと、大阪府庁でプレスリリースをしました。今年で12回目となる「私たちの憲法キャラバン」。毎年、何度か打ち合わせをして、今年はどんなテーマでアピールしようかと話しあいます。そのたびに、普段は読まない憲法を読み返します。実は、これがとても大事なんですね。12年やってきたからこそ、その価値がわかります。憲法に照らして、社会を見る癖がつきます。
 
 年に1度でいい。憲法という、高い理想を掲げた「ものさし」に照らし合わせて、今の社会の矛盾、ひずみを見つめてほしい。そして、日本がこれから歩むべき道を一緒に探し出しましょう。私が憲法記念日に、憲法キャラバンを提唱し、実践する動機はそこにあります。

 いま問題となっている「貧困・格差社会」、医療、年金、福祉の後退、さまざまな社会問題を読み解き、解決する鍵は、憲法を読むと明白です。

 敗戦の焦土の中で打ちたてた日本社会のめざすべき理想

 2度と、政府の行為によって戦争に巻き込まれないよう、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を書き込みました。国民が政府をコントロールする力を持つ努力をし続けることが、民主主義を根付かせる道なのだということが、しっかりと書き込まれています。

 今では信じがたいことながら、大日本帝国憲法下では、国民は天皇の赤子、臣下(家来)として生きることを強要されました。子どもたちは、小さい時から天皇を神と教え込まれ、軍事教練で殴られ、あげくの果てに20代の若者を特攻隊として、人間魚雷として、まるで武器であるかのように扱い、殺してしまったのです。

 だからこそ、戦争放棄の憲法を、当時の日本国民は喜んで受け入れたのです。戦前の歴史と、重ね合わせて憲法を読むと、私たちの権利が憲法によってどれだけ守られているかを、深く実感できます。

 国家権力の暴走を許すと、ここまで行ってしまうという、苦い苦い歴史を持つ日本です。でも、その歴史さえ教えたくなかった。そればかりか従軍慰安婦問題も、沖縄の集団自決を軍隊が強制した事実もなかったことにしようとする勢力は、教育に圧力をかけ続けてきました。

 憲法記念日は、憲法に感謝する日です。私たちの社会を支え続けてきた憲法、そのメッセージは、尊くありがたいものです。知れば知るほど、感謝しかありません。権力は時に誤った道を歩みます。人間の欲が、社会を歪めます。強い権力を握ったものが好き勝手にルールを作ります。

 憲法は、それを防ぐ、唯一の武器なのです。読み返しましょう。何度でも。そして使いましょう。生かしましょう。そして理想を掲げて現実を変えていく意思を持ち続けましょう。たとえ、どんな状況にあっても。

 

 

「もの言えない社会」はイヤ 

憲法21条

集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
A検閲は、これをしてはならない。通信の秘密はこれを侵してはならない。

(08/04/05 記)

 映画「靖国」の上映中止が東京5館、大阪1館で決まったという。その事態に、大阪の第七芸術劇場と、広島他いくつかで上映すると、声をあげたというから、まだかろうじて勇気ある人々がいる、まだ、声をあげられるゆとりが残っている、とほっとする。

 しかし、振り返れば、私が知る限りでも、ここ1年くらいの間だけでも、憲法21条に反する卑怯で卑劣な暴力が吹き荒れている。

1.日教組の教育研究集会の会場が、契約をキャンセルされた。毎年、日教組の集会の自由は脅かされ続けている。(もう大分以前になるが、私が大阪の御道筋を歩いていたとき、右翼の街宣車が何十台も連なって大音量でがなりたててゆっくりと走行していたのを目撃したことがある。思わず、わが目を疑った。日本で、こんなことが許されるのか、と思った。それはまさに市民社会への威嚇としか思えない異常な風景だった。)

2.茨城県つくばみらい市では、今年1月、DV被害者に対する理解と支援を伝える講演会が中止に追い込まれた。「自分さえガマンすればいいの?−DV被害実態の理解と支援の実際」のタイトルで、平川さんが講演する予定だった。つくばみらい市によると、昨年12月20日、市の広報紙に予定を掲載したところ、「(平川さんの活動は)思想的に偏りがあり、公費を使った講演はふさわしくない」などとする抗議が電話やメール、FAXで100件以上寄せられた。講演に反対する数名が市役所前で拡声器で中止を求める騒ぎとなり、中止に追い込まれたという。

3.沖縄の少女レイプ事件に対して被害者に対する誹謗、中傷攻撃によって、少女を申告取り下げへと追い込み、この事件に対する正当な主張に対して、卑劣な口封じをおこなった。

4.映画の上映中止へと追い込んだきっかけは、国会議員が映画を事前に、上映させたことに端を発したというから、憲法尊重擁護の義務を国民にたいして直接負わねばならない国会議員が憲法違反をしたことになる。

 A「21条、検閲はこれをしてはならない」に違反する。そんな意図がなかったというなら、どんな意図があったのか。はっきりと説明せねばならない。意図したことと違った結果が出たというなら、自らの浅慮を猛反省し、責任はとらねばならないのが、国会議員というものだろう。もみ消しは許されない。

 表現の自由に対して、政治が介入したと言える。議会制民主政治は、意見の違いを認め合う中でしか成立しない。補助金を理由に検閲する権利など、国会議員に与えてはいない。

 憲法は、私たち国民の権利を定めている。読みこなして、憲法に照らし合わせて、現状を見ると、警察、政治、行政のおかしさがみえてくる。

 人を殺したり、殴ったりする身体的暴力だけが暴力ではない。「暴力を使うかもしれないぞ」という威嚇やおどし、常識はずれの大音量で精神的に人々をおどしたり、不安に陥れるのもれっきとした卑劣な暴力だ。市民生活を脅かし、憲法に保障された表現の自由を抹殺することは許されない。

 もちろん、常識の範囲内での言論の自由は保障されるべきだ。一律に何が何でも取り締まれというのではない。しかし、常識はずれの極端な周辺の住民が安心して生活する権利と、公共の福祉に反する暴力的威嚇行為は、区別して、取り締まれるのではないだろうか。

 

 

 

命を救うために、犯罪に追い込まないために

行政がやるべき、最重要の仕事です。

(08/03/23 記)

 

 3月21日の朝日新聞の社会面に、「2人ぼっちの暗闇 介護せず寝たきり夫衰弱死」という記事があった。脳梗塞と認知症に倒れた夫を介護しながら、3つの仕事をかけもちして働いていた妻が疲れ果てて、ついに夫を栄養失調で死なせてしまったとして逮捕された事件の判決が出た。記事は悲惨な事件の背景を追っていた。

 事件を未然に防げた可能性は1度あった。女性は、大阪市の淀川区役所に生活保護の申請に行っている。「家賃が7万2千円かかっている」と言った彼女に、担当者が「引越しせなあきませんな」と言ったことが、彼女に「引越しするお金がない」と思わせて、あきらめさせてしまった。

 ★私の分析

 この場合、見落とされがちな重要な視点があります。それは経済的に追い詰められている人は、人間としての誇りをすでに相当失い、傷つき、精神的にもがけっぷちに立っているということです。つまり、ほんの他意のない一言で、傷つき、自分の殻に閉じこもってしまう危険性があるのです。

 行政の対応としては、金を出す出さないと言う問題が一つありますが、もう一つは、精神的ケアが絶対に必要なのです。

 ところが、生活保護行政に携わっている公務員は、終生、経済的に安定している人で、相談者の痛みを、心底理解できない身分です。さらにそういう精神的なカウンセラー的対応をすることはまったく想定されていませんし、トレーニングも受けていません。

 今の日本の行政の根本的な課題は、制度についての事務的な仕事だけをこなしていることにあるでしょう。人間が生きる権利を保障する制度の理念を踏まえて仕事にあたれば、もっと違った対応ができるでしょうに。

 さらに、今は、財政難を理由として、「生活保護受給者をこれ以上増やすな」という、組織の論理プレッシャーを強く受けています。事務的に人間としての感情をそぎ落として仕事をすることに慣れさせられているということです。

 この2つの立場の違いからくる、コミニュケーションギャップは非常に大きいのです。つまり、生活保護行政担当職員の事務的な対応だけでは、死ぬか生きるかというギリギリの地点に立っている人間を救うことはできないばかりか、さらに追い詰めてしまう結果を招き兼ねません。この危険性を、行政は認識しなければなりません。

 ★ここからは一般論。

 高齢者の孤独死、子どもの虐待死、DV被害者が殺された事件、いじめ被害者の自殺等、悲惨な事件が起きるたびに、なんとかできなかったのかと誰もが心を痛めて、一時だけマスコミが報道するが、なかなか支援のセーフティーネットが整えられない。なぜか? 何が必要か?

 たとえばDV被害者の支援がなぜ進まないのか。

 先日、某市に、DV被害者支援事業に対する支援の要請に行く人に同行しました。いろいろな関連担当部署をまわって、その言い分をまとめると「そもそも市町村ができる仕事ではないし、もっと広域的にやらないといけない事業です。国では内閣府の中に担当が置かれている。内閣府はそもそもあまり予算を持っていない。国・府の予算が市に降りてこないので、市は財政難の中で、独自事業をやるわけにいかない」ということでした。担当者のいい分は、一定理解できます。市全体の合意が取れてない中で、担当者の力でやれることは限界があるからです。

 しかし、あえて言わせてもらうなら、「市がやるべき事業でないなら、ましてや、個人の力でやれる事業ではありません」。にも関わらず、彼女たちは、被害の深刻な現状に気付き、行政の支援がないなら、自分たちがやるしかないと立ちあがってやり続けてきたのです。年間、かなりの相談活動をこなしています。

 日本独特の貧しさ 

 日本では、金銭的な行政支援がほとんどない中で、NPOや、シェルターの運営は非常に厳しい現状があります。行政の支援はほとんどなく、必死になって企業の助成金をかき集めても、助成金には、事業費しか出せず、スタッフの人件費が出せないので、ボランティアでやれる人しか関われないのが実態です。おかしな話です。

 言うまでもなく、支援には高い専門性、人の痛みを理解できる人間性等が必要とされます。しかも、現状では、被害者支援をしながら、一方では、活動費獲得のために、行政や、企業等に理解してもらう、啓発的な仕事をもになわざるを得ないのです。並大抵の仕事ではありません。

 欧米等では

 行政支援と企業の社会的責任を果たす意味での寄付があり、地域で女性たちがこうした支援活動によって、生計を維持できています。つまり、仕事として社会的に認知されて、たくさんの地域での活動拠点があるのです。

 2年ほど前に、韓国に行った時も、韓国でも「金大中大統領の時に、市民運動への理解や支援が制度的に進み、NPOでも単身であれば食べていけるだけの給料は出せるようになってますよ」と言っていました。

 ★要は、政治の優先順位をどこに置くかなのです。

 行政は何をすべきかです。行政とは、収益があがらず、企業が手を出さないけれど、人が生きるために必要で、かつ安定した社会を維持するために必要なところに税金を使って仕事をするべきなのです。

 「財政難で必要性は分かっても、市は取り組めない。市の仕事ではない」というなら、ましてや、お金をもっていない女性たちがボランティアでできる仕事では絶対にない ! でも、やっているのです。心から頭が下がります。だからこそ、絶対に彼女たちをつぶしたくない。

 なぜなら、人間の命がかかっているからです。死ぬか、生きるかという、崖っぷちに立った人間の存在と尊厳がかかっている問題です。行政の責任として、セーフティーネットをはらねばなりません。

 でも、行政にはノウハウがありません。なら、すでに実績を積んで、専門的な被害者支援のノウハウを蓄積した民間シェルターを支援すべきです。各地にある人的資源を育て、活動支援策を練ることが大事です。

 悲惨な事件や、犯罪は、日本の社会に欠けているものを教えています。

 

 

議会は仕事をしているのか? 議員は必要か? 

日当制の真意に、応えられますか?

(08/03/16 記)

 

 今日の朝日新聞によると、議員報酬の日当制の議論が広がりつつあるという。福島県矢祭町の町議選(定数10)は3月23日に投開票され、今期から日当制となる。立候補表明は現在11人。(低調な選挙ですね〜。)

 鳥取県江府町も「町の財政を考える会」のメンバーが、日当制の条例案提案を、住民の直接請求で起こしている。4月の臨時議会で審議される見通しだが、実質的な議論がないまま否決されるのではないかと住民は懸念しているという。(議会は後ろ向きですね〜)

 ★この議論の真意はなにか?

 この議論が、議会に何をつきつけているのかは、誰の目にも明らか。現在の議員報酬に見合った議会に課せられた仕事を、議員はしているのか。 今のような議員活動や議会のように、ほとんど仕事らしい仕事もしてない議員なら、ボランティアで十分でないのかという問いである。

 全国の議会が突きつけられている根源的な問いである。

 この問いに真正面から答えられる議会は数少ない。なぜなら、たとえ仮に、非常に真面目な議員がいて、全力を挙げて住民に対して誠実に仕事をしたと仮定しても、議会は合議制である。議会全体の合意は、決して、その高みに達することはありえない。 議会は、その構成員の平均値以下のレベルで合意するしかないのだ。なぜなら、現在の日本の地方議会も国会も、行政側と癒着する多数会派の議員たちにとって都合の良いように、運営されている。

 例えば、寝屋川市議会の場合を例に引くと、議会の運営でなにか問題がある時は、会派の代表者で意見調整をするために「代表者会議」が開かれる。多数派のいい分によると、本音を語りやすくするため、市民には非公開としなければならないそうで、非公開にされてしまった。彼等の論理では「本音を言うには、密室が必要」なのである。

 非公開の中で、彼等は主張する。どれだけ議論しても意見が一致することはないので、多数決で決めよう。一通り意見を言った段階で、十分な議論もしてないくせに、すぐに多数決で決定する。当然、彼等の我欲・本音丸出しの結論を出して、小数意見を封じ、彼等の論理を全体のルールとして押し付ける。水は低きに流れる。 寝屋川市の議会運営のひどさと、行政の住民無視の政策実施手法については、「議員時代のページ」をご覧ください。

 どうして議員を辞めたんですか? と市民の方から聞かれるたびに、「こんな議会に存在価値はない」という思いが、心の中で吹き荒れたことは確かである。言葉にするしないは別にして。

 だが、程度の差はあれ、あらゆる議会は、現在の住民の政治に関与する力量のレベルを正直に反映している。だからこそ、彼等はそこに安穏と、安住していられる。

 議会の傍聴に来た少数の市民が、その理不尽さに驚き、どんなに怒ろうとも、彼等には関係ない。彼等の支持者にさえわからなければ良いのである。だから、夜間、日曜議会はやっても良いが、たくさんの人が見る可能性があるインターネット中継や、テレビ中継は断じて困るのである。徹底的に反対する。

 そのようにして、多数派にとって都合の良い議会運営をしてきたツケの究極の見本が、財政破綻した夕張市であり、大阪府の財政破綻寸前の姿だ。寝屋川市もハコモノ建設にまい進しているので、やがてその道へと向かうしかないことは目にみえている。こんな先のみえない時代に、市民が生きていくためにはまったく不要な廃プラ処理施設も、駅前再開発も、行政とつるんで推進してきた議員の責任は追及されるべきだ。住民に対して責任を取るのが、市長、議員の仕事である。

 ★話は元に戻して、議員の日当制・・・「両刃の剣」ではあるが、目覚めさせるには有効だ(笑)

 行政のチェック機能である議会は何をしているのかという、住民の追求があって当然なこと。方策はいろいろな議論をしていけば良いと思う。もとより、民主主義と市民自治を追求する私としては、この議論が両刃の剣であることは重々承知している。

 というのは、日本の官僚や公務員組織は、組織全体が無責任体制で、誰も責任を取らないし、誰も悪いことはしないという前提で法律が作られている。情報公開も不十分である。市民の力は残念ながら非常に弱い。

 一例を挙げれば、裏金問題を見ても、大阪府内市町村の健保、互助会に税金から多額の公費を支払い続けてきた経過(私はこれを追及してきた)を見ても、公務員の倫理感を信じることはできない。組織でやれば怖くない。彼等が怖がるものは、組織で浮くことなのだから。自らの既得権を知る人も少ない。無知ほど罪深いことはないと、私は思う。市民の税金を不当に多額に、受け取る仕組みを組織として温存してきたことに対して、自覚のかけらもなかった。

 こうしたことがまかり通っている上、業者と癒着して、税金を湯水のように、土木事業につぎ込む行政体質をみるにつけ、これらをチェックできる権力は、現状では、議会とジャーナリズムだけしかない。そのジャーナリズムの権力チェック機能も、非常に弱い。

 本来、市民の代表であるべき議会と市民が対立して、議会たたきをしているのを、陰で喜ぶのは、官僚と公務員だけである。やりやすいこと、この上なしとなる危険性がある。

 これらの事情を知った上で、あえて言うなら、それでも、なにもしないよりはずっとましではないか。少なくとも、住民に、議会の責任を問い、議員を揺さぶるだけの意地が存在することはわかる。議会がそこまで、信じられてないことも表沙汰になる。不満をぶつぶつ言っているだけの住民ではないのだということは形にできる。

 眠っている議会や議員はまだましで、裏でまったく不要な不正な力を行使する議員も少なからずいるようで、時々発覚しては捕まって新聞沙汰になっている。しかし、これは氷山の一角なんだろうなあと思うこの頃である。大かたは、発覚しないように、細心な注意をはらってやっているはずだから。

  

 

 

 知事の品格 は 「都市格」 を上げられるか?

(08/03/13 記)

 

 新聞報道では、橋下知事は議会で野党の発言に対して知事らしからぬ発言を次々とし、議事録削除をさせられたりしているらしい。まあ、好き放題言ってきた人に、いきなり「お役所答弁」をしろと言ってもそりゃ到底無理な話。

 とは言うものの気になるのは、野党の議員に対してだけ、敵対的な発言をしているところ。強い者には「教えてください」とこびるくせに、相手が弱小と見るや、居丈高にやっつけようとする。いかにも人間として小さい。政治家としては、望ましくありません。なぜなら、政治とは、市場原理に任せては生きていけない弱い人たちを含めて、すべての人たちの生存権を保障するための装置でもあるのですから。

 こうした発言をしてしまう根本原因は、議員と首長の違いというのを踏まえてない証拠です。議員は、あくまで住民の立場に立って、自分の政治スタンスをはっきりさせて発言する人。でも、首長は府内のすべての人に、行政の最高責任者として、公平で、公正な立場に立つよう最大限努力しないといけない人。この違いは、とても大きいのです。

 だから、あらゆる意見に対して、公平な気持ちを持って謙虚に聞かねばなりません。寛容な人間性、自分とは異なる意見を持つ人たちの言葉を聴く忍耐力、その人たちへの説得力、社会に対する深い洞察力、人の何倍も地方自治体の運営に対して学ぶ向学心、大変な力量を求められる仕事です。人間としての総合力で、人を統率し、リーダーとして引っ張っていく仕事です。にも関わらず、その真価を評価されることは至難の技。だからこそ、自分を知る賢い人たちは、誰も立候補しないという悪循環になるのでしょう。

 今日の朝日新聞で、木津川計さん(雑誌 「上方芸能」代表 和歌山大学客員教授)の「ここらで一息入れて下さい」という、橋下知事への激励(?忠告?)記事が載っていました。 「都市格を高めましょう。文化をどう発展させるかの言及は皆無に近いのです。残念でなりません」と書いていました。私も同感です。

 府立ドーンセンターも、青少年会館も、その他、切り捨てようとしている施設は、人が集い交流する文化関係が多い。

 大阪の資源は、人 多様性 水 歴史 文化 です。

 すべての尺度は、金、金。企業も、行政と癒着して行政から金を引き出す発想に染まりすぎて、これらの価値に光をあててこなかったつけが、「大阪の低い都市格評価」になったのではありませんか。

 知事の言葉は実に象徴的です。

 「天満橋の一等地にあるドーンセンター(府立女性総合センター)に、なぜこだわるのかわからない。機能だけ残せば良い。一等地にある。売れば高く売れる」 

 売れば高く売れる。それで、何が残せますか? 財政の穴埋めですか? 大量退職の団塊世代の職員の退職金に消えますか? 経済の浮揚を狙う経済界の要請で、切り捨てられない土木事業に消えますか?  

 あなたが切り捨てようとしているのは、政治的発言力の弱い人たちが集うための施設ばかりなのです。

 

 

 

府議会傍聴 (08年2月29日)

大言壮語を並べた所信表明は、本人いわく「暫定的なもの」 

「歴史上類のない改革をする」 「後世の人に、橋下の4年で変わったと言ってもらいたい」 

橋下知事の権力もてあそびパフォーマンスゲームのお陰で、天満橋にある男女平等の拠点施設であるドーンセンターが売られるかもしれないということで、女性たちは危機感を強めています。

今日は、「すきやねんドーンセンターの会」が主催した、「売らないでくださいドーンセンター」の昼休みマーチがありました。私も参加して大きな声を張り上げて、アピールしてきました。150人あまりの女性たちが集まりました。

私はビラを配りましたが、女性ばかりのマーチとあって、いつものデモとは異なる風景に、通行人の関心は高く、とても受け取りが良かったです。ほとんど女性ばかりの集団が風船と花と訴えのメッセージを書いたプラカード等を手に、歩くのですからめったにない風景です。

府議会傍聴

 午後1時から府議会の傍聴へ行きました。こちらは1時過ぎて最後のほうで入った私の傍聴番号が72番でしたから、あまり多くなかったです。予約が57人、当日が143人で、定員200人(椅子126人、立ち見74人)ですから、まだまだ余裕はありました。

 つまり、府議会事務局が心配したほど、関心は高くなかったということです。

 傍聴席の雰囲気を見ても、それほど熱心な傍聴者はいなかったです。橋下に期待して傍聴に行くようなまじめな層はそれほどいないということかもしれません。でも、私はこれほど従来のやり方と異なるやり方を選んだ限りは、最後まで彼を何を、どういうやり方でやろうとするのか、見守るのは、票を投じた人間の責任だと思います。その責任の自覚がないことが、今の政治の一番の問題なのです。期待して入れて、後はお任せで、何をされようと知らんふり。だからこそ、権力を握った人に、やりたい放題、やられてしまうのです。

★所信表明でのあきれた発言

その1、「今回は、暫定予算ですので、私の所信表明も暫定的なものです。」(議員席から笑い声と野次が飛ぶ。 ※私「そんないい加減な言葉を吐くな !」 と思います) 

その2 歴史上、類のないような改革をしたい。10年、30年、50年、100年後に大阪が変わったのはあの時だったと言われるような4年間にしたい。後世の人に、大阪が変わったのは橋下知事の4年間だったと言われるようにしたい。

★感想
言葉に信がないのは、上の2つの言葉だけみても、誰の目にも明らか。その上に、大言壮語癖があるようです。

おもしろいのは、聖域無き改革と言いながら、「建設債は発行する」とすでに建設だけは手を付けられないことを認めていますよね。これは自民党と大手ゼネコン等、業者向けのメッセージでしょう。強い者には頭を下げ、弱い者にはあくまで強く出るというやり方です。

ハコモノの問題点が分かっているの

彼はすでに建ててしまったハコモノの維持管理費を問題にしています。でも、それはすでに民間委託されて結構安い。もちろん天下り的な管理職の人件費を議論するのは良い。

しかし、一番の問題は、建設時にある。土木・建設業者らにとって「おいしい仕事」を取り合うために、不要なハコモノを議論もせずにどんどん建てて、借金を積み重ねてしまう国と地方自治体の仕組みにあるのです。寝屋川市の廃プラ処理施設、駅前再開発の推進を見れば、一目瞭然です。

景気対策を口実にして、国の補助金誘導策に、議員と業者と行政が癒着してのってしまう、政管業癒着土建行政の推進体制ががっちりできていることに問題があるのです。もし、彼が口先で言っていることが本当なら、そこにこそ、メスを入れようとするでしょう。

その一点が、彼の「死ぬ覚悟でやる」という言葉が、口先だけか、本物かのリトマス試験紙です。

大阪府を投資会社にすると言っていますから、投資してほしい民間企業はすり寄ってこいと宣言しているようなものです。利権が欲しい人たちが、喜んですり寄っていくことでしょう。誰が彼の取り巻きとなるか、しっかりと見ていきましょう。

しかし、このような大言壮語の、言葉に信のない、人気に浮かれて良い気になっているとしか思えない演説を聞かされて、行政職員も議員も、おもしろいはずがないと思います。心から彼を尊敬できるはずもなく、従うはずもないと、私は思います。口先でどれだけ職員をもちあげようが、言葉の端々に、ごうまんさを振りまいています。

彼には、したたかな行政マン組織とわたりあうスキルも行政知識もなく、行政運営の理念を描くために手助けをしてくれるしっかりした人脈もないでしょう。現場を知っているとも思えず、あるのはマスコミによるふわっとしたイメージ人気だけ。裸の王様です。

★名声を残したいなら、橋下知事がやるべきことは2つだけ。

1、情報公開の徹底 すべての情報を徹底的に公開すること。

2、聖域無く無駄を省くなら、「ダムこそ無駄」です。

 新規の土木・建設事業を徹底的に見直して、借金づくり体質の根元を絶つことです。これぞ、諸悪の根源です。出しっぱなしの水道の蛇口を止めずして、改革はできません。

 

 

「人間、一生勉強」の100歳に学ぶ

(2008/02/16 記)

 

 土曜日の午後1時からは、家にいれば、NHK広島テレビ制作の「100歳万歳」を楽しみに見ています。人間大好きな私にとって、100歳まで生きてきた元気な人たちには、皆さん、それぞれになんとも言えない人間味があります。理屈っぽく言えば、その魅力は、100歳という年齢が、人間の我欲を超えさせ、その人本来の姿、生きる姿勢のようなものを感じ取ることができるからだと思います。

 今日は、私の出身地である香川県さぬき市の矢野栄さんという方でした。農家の3女として生まれたというのが、私と全く一緒。そして母が言った「人間一生勉強」という言葉を大事にして、いまも時事問題を近所のおばあちゃんたちと勉強会をしているというのです。毎日の日課は、新聞を読むこと。今、一番の関心事が環境問題とのこと。

 番組では、学習会の話し合いの様子が映されていましたが、それを見て感心したことは、「皆さん、すでに地球温暖化について研究しているでしょうが、ご自分が実践していることをそれぞれが出しあいましょう」と提案し、さらにそれを受けた一人一人が、自分が日常生活の中でやっていることを話し合うことでした。「火鉢の火が残っている上に炭を入れたしたらまた、火が元気になるので、それでお湯を沸かす。ガスを使わない」とか、「電気ごたつをしたらストーブ使わなくても温かいから、倹約している」とか、それぞれがもったいない精神を発揮して、エネルギーの無駄遣いを節約しています。

 100歳になっても、社会のことを考え、勉強し続ける気持ちをもち、なにか人の役にたとう、良いことをみんなで伝え合って、一つでも実践していこう、という本当に前向きな気持ちで生きていることは、素晴らしいことです。子どもたちの未来のことを考え、地球の事を考えながら生きていこうとしています。

 そして矢野栄さんは、最後にこういいます。「とても嬉しかった。皆さんがもうすでに地球温暖化の問題について知って、いろいろ実践していることがわかってとても嬉しかった」と。

 100歳になっても人とともに学びたいという意思が健在で、感動しながら生きておられる。私の人生もそうでありたいと思います。

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橋下はん、公人は公約を捨てられまへんで〜

 知ってまっか?〜 「公人とタレント」の違い〜 
(08/02/10)

ああ、あほらし。今日の新聞にはあきれはてて、わて、出身は香川県ですけど、おもわず、大阪弁になってしまいましたわ。へたな大阪弁で勘弁しておくれやす。

なに、なに? 「もうNHKには行かない」と子どものように駄々をこねたそうな。

なに、なに? 「大阪の小学校の35人学級見直しを検討」
はあ?〜  ?  どういうこっちゃ?  
あんさん、なんていうて、当選しなはったんか、もうお忘れだっか?
わて、あんさんより年いってますけど、まだ覚えてまっせ。こんな大事なこと、よう忘れしまへん。

あんさん、選挙時の選挙広報、読み直してみなはれ。頭の上にハチマキにして貼っときなはれ。無くしたではすみまへんで〜。わて、送ってあげまひょか?

昨日は、「わては選ばんかったけど、大阪府民が選んだお人やから、まあ、是々非々で見ていかなしゃあないわなあ」と思うて、プラス面をかろうじて一つだけ探したんどす。せやけど、今日の新聞見て、あれは褒めすぎやったと、反省しましたわ。

まさか、「子育て中の若いお母さんたちの票欲しさに、心にこれっぽちも思うてもないことを書いてしもた、言うてしもた〜。35人の小人数学級のために30億円はもったいないやろ」と思うてるんと違いまっしゃろな?

それなら、選挙の時に、そう言うとかなあきまへんがな。「僕が知事になったら、すぐに財政非常事態宣言を発信して、すべての公約を反故にして、小人数学級は見直しをさせます」と。

選挙広報見たら、

 「目標と挑戦 4つのトライ」-------------------

トライ1 こどもが笑う、大人も笑う大阪に

17の重点目標  H 公立小学校などの運動場を芝生化します。

I全公立中学校に給食の導入を促進します。---------------

運動場の芝生化よりも、給食の導入よりも、35人学級が無駄やって考える根拠は何ですねん?  説明しなはれ。  あんさんに期待して当選させた府民に、何もかも正直に説明しなはれ。

あんさんの大嫌いなNHKに出て、説明しなはれ。それが公人の説明責任というもんだす。公人は逃げられまへん。好き勝手言うても、おもしろかったら許されるタレントとは違いまっせ。

あんさんの一言で、ふりまわされる現場の人間の気持ちを考えなはれ。権力を握った人間が好き勝手したら、えらい犠牲やひずみが出ますんやで。

政策は時間かけて、現場の人間の動きををじっくりと見せてもろうて、じっくりと腰据えて考えて、心して発言しなはれ。ほんま、軽々しいにもほどがありまっせ。

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NHKテレビ「かんさい特集、大阪府に財政非常事態宣言」
      橋下知事、平松大阪市長生討論を見て


(2008年2月9日 記)

 番組は途中から見たので、見た場面だけからの感想です。「まずは財政再建をやらなきゃ、何もできない」と発言。そこで、選挙公報を探し出して、何を書いているか確認しました。なんと、どこを探しても財政再建という言葉すらない。

 「府財政の改革に今すぐ取り組まなければなりません」と、真っ先に書いているのは、皮肉なことにライバルの熊谷候補でした。ライバル候補が主張したことが正しかったということを認めたということですね。

 選挙前の広報(つまり府民に約束した公約です)には、「4つのトライ」と「17の重点事業」があげられています。最後17番目にやっと「府立施設や府の事業で必要性のないものは民営化・売却を促進します」とあります。16番目の「大阪府が出資する法人を抜本的に改革します。」この2つが該当項目でしょうか。

 「財政再建」を一言も公約に書かず、「人に、まちに、未来に投資します」として、たくさんの事業を並べていたのに、当選したとたんに、非常事態宣言を出して、「まずは財政再建だけやる」と公言する。

 これは有権者に、正直なやり方でしょうか。当選するためにばらまく甘い約束と、実際にやることが全く違う。こういうのを確か2枚舌だと言うのではないかしら? 

 なに、なに? 4つのトライには「人が集い、交わるにぎわいの大阪に」とあるのに、大阪のドーンセンターは民営化すると言う。つまり、重点項目17番目の「必要性のないものは民営化・売却」という判断なのかなあ? 

 女性センターは、必要性がないと思っているらしい。 2つの言葉は一見矛盾するようにみえる。2つが矛盾しないためには、「女は集い、交わる必要がない」と思っていることになる。なにしろ彼は弁護士。すくなくとも彼の中で、論理に矛盾はないはずだから、「女の人権など、民間でやれば良い」と思っているらしい。

 ★橋下さんに投票した方たちに

「人に、まちに、未来に投資します」という公約どおり、彼がこの4年間、何を切り、誰に、どんな事業に投資するのか、最後までチェックしてください。それが選んだ人の責任です。なぜなら、次にまた選ぶ可能性が高い人だからです。皆さんの選択が本当にただいかったのかどうか、確認作業をしてください。

 岩国市の住民投票批判を巡って、鳥取県の元知事・片山さんと、大阪市長・平松さん、橋下さんの討論はおもしろかったですよ。橋下さんの住民自治に対する認識レベルの低さが明白になって。彼は選挙で選ばれた議員がいるんだから、間接民主主義の議会が決めれば良いという考えです。住民の意見を聞くのは、税金を使うことでコストがかかり効率的でないと。

 「議員が常に民意を汲んで動いていれば住民投票など必要ない」というのです。「民意をくまない政治家はその時点で政治家として失格だと思う」と発言。この一言で議会の実態と、議員の実態をまったく知らないことがわかります。おそらく彼は生の地方議会を傍聴した経験がないのでしょう。権力を握ったものが、知らないでものを言うことの怖さに、彼はまだ気付いていません。彼の場合、ここが最大の問題でしょう。

 片山さんは、「住民投票が必要かどうかは各自治体が決めれば良い」、平松市長は「住民投票は民意を反映させるために有効であり必要だ」という考えを、橋下さんにも理解できるように、わかりやすく述べていました。さすが元報道関係者です。平松市長には期待できそうです。

 3人の議論を聞いていて、なにはともあれ、橋下さんは議論できる素地はあると思います。公告塔として、お茶の間に民主主義のあり方を提起する議論を持ち込める可能性は持っているかもしれない。彼はこれから現場に出て、さまざまな現実の壁にぶち当たるでしょう。課題は、未知の世界に飛び込んだのだという謙虚さを、いつまで維持できるか、そしてそのことをどこまで深く感じ取れるかにあります。

 ★橋下知事のプラス面を評価すれば

 今日のNHKのように、もしマスコミが、まじめに地方自治における民主主義のあり方というテーマを真正面から取り上げてくれれば、府民が府政を身近に感じるきっかけ作りをするという使命を果たせる可能性はあると思いました。橋下さん、マスコミを動員してどんどん大阪府の情報公開・情報提供をしてください。あなたの使命はそこにある。それは他者にはできない、あなたにしかできないことです。

 でも、「選ばれた人が決めれば良い」という認識ではなく、「府政は府民のものだから、府民と共有すべきだ」というところに立ってほしい。橋下さんを選んだ多くの府民はその幻想に票を投じたはずです。そしてあなたは、幻想を現実につなげられるポジションに立ったのだから。

 あなたは選挙の時、マイクを持って「皆さんが主役です」と何度も繰り返して叫びました。あれが本心から出た言葉である事を心から願います。忘れないでください。私は忘れません。そして選挙広報もなくさずに4年間、部屋に張っておきましょう。

 有権者に対する正直な政治を実現するために、器用なタレント政治家の2枚舌を許さない府民の意思を示すために、是々非々で、あなたをチェックし続けます。

 

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岩国市の住民投票批判、現場を知ろうともせずに批判するのは軽率

予想される基地被害は深刻、住民自治は憲法に保障された当然の権利

「もっと憲法を勉強してほしい」という言葉、橋下さんにお返しする

(2008年2月8日 記)

 2月6日、橋下知事の就任記者会見の日でした。この日、下記の申し入れ書を持って、大阪府庁で記者会見をするつもりで行ったのですが、知事の就任会見で、記者室は空っぽ、記者は全員会見に張り付いていました。

 私たちの申し入れに対して、「知事も、秘書も忙しいから対応できない」ということで、公聴課の課長補佐が対応してくれました。会議室に通された30人弱の人たちは、みんな自分の思いを伝えました。みなさん、独自の考えと視点から、住民自治の視点を踏まえてとっても良い指摘をしていました。知事に直接、聞かせたかった。

 残念ながら、マスコミ記事にはなりませんでしたが、行動する府民がいることを示すことは大事です。申し入れは、私たちが初めてだったそうですが、抗議の電話がたくさんかかったそうです。1人でも行動できる人がたくさんいることがわかって、嬉しいことです。

 

 

 知事はタレントではない。現場を知って思慮深く発言するのが公人としての責務です

 かく言う私も、恥ずかしながら岩国市のことは昨年の10月に現地に行くまでは深くは知りませんでした。10月28〜29日、岩国市で開催された堺市の長谷川議員主催の勉強会に参加して、基地の現状、岩国市のおかれた状況、市民の気持ち、国の補助金の不当な打ち切りなどを知りました。

 防衛省にとっては、地方自治は羽毛のごとく軽く、アメリカの属国であるかのごとくアメリカの要求するとおりの政策を地方に押し付ける結果として、有無を言わせず地方を札束で脅す卑怯なやり方に唖然としました。

 そして、今回の市長選です。辞職して民意を問うしかなかった、がけっぷちにたって、それでも住民自治を貫こうとする人たちの覚悟を知っての発言だとしたら、許しがたいスター気取りの政治的介入発言です。選挙に及ぼす効果を計算してのことだったら悪質な妨害行為とも受け取れます。

 知らないで言っているとしたら、軽率極まりない、おごり高ぶった発言です。東京一極集中の結果、今や大阪は地方の一都市になったといわれている時代です。地方の首長として、「住民自治に対する知事としての見識を露呈している発言」として、見過ごすわけにはいきません。

 

                      申し入れ
大阪府知事 橋下 徹様

 橋下さん、あなたは、大阪府知事選直前から、米軍艦載機の移駐反対とそれが原因での市庁舎建設補助金差し止めをめぐって辞任した井原勝介前岩国市長の非難を始め、府知事当選以降も非難を強めています。これは、明らかに2月3日告示になった岩国市長選を利用した米軍艦載機移駐を承認する悪質な政治介入です。

 あなたは、米軍艦載機の移駐について、岩国市民が、基地騒音の強化、米軍兵士犯罪の増加などを心配し、87、4%もの人びとが反対に投じた市民投票を「国の防衛政策に方自治体が異議を差し挟むべきでない」と非難しています。
 これまでも深刻な基地被害を受けてきた岩国市民が、被害がいっそう増強されることを心配し、拒否を表明することのどこが悪いのでしょうか。また、市長が住民投票で、市民の意思を確認し、それに基づいて市政を行い、国・政府に「もの申す」ことのどこがいけないのでしょうか。

 今回政府がカットした岩国新市庁舎建設の35億円補助金は、1996年SACO合意に基づく普天間からの空中給油機の受け入れと引き換えに確約された49億円の一部であり、今回の厚木基地からの空母艦載機移駐拒否とはまったく関係のない補助金です。しかしそれを強引に、一方的に、国が約束を反故にしてきたことをご存知ですか。このような国のやり方に対して、府政を預かるものとして井原市長とともに国に抗議をするのが本来の首長の役割ではないでしょうか。
 わたしたちは、現状を知ることなく、マスコミと自分の地位を利用して住民投票を批判するあなたの姿勢を見るにつけ、これからの大阪府の自治がどうなるのかと非常に憂慮します。

 あなたは、「住民投票は議会で成立した条例に基づいて行われ、住民の意思が明確に示されたもの。とやかく言われるのは筋違いだ」という岩国市長の反論に対して「もう少し憲法を勉強してほしい」と反論しました。これに対して政治学者や憲法学者などが「住民の意思の確認・表明なのだから、憲法が制限することはあり得ない」「住民の声を直接聞いて、その結果を地方自治体の意向として国に示して実現を図っていい、というのが憲法の考え方だ」とあなたの勉強不足を指摘しています。また、あなたと同じ弁護士出身の愛知県の神田知事は、「国の方針に対して地方自治体もすべて唯々諾々と飲み込むのはおかしい」「住民投票は民主主義で重要な手段の一つ」と批判しています。これに対してもあなたは、「学者なんかに政治の現場での生の憲法がわかるわけがない」と反論し、「ではあなたは現場を知っているのか」との質問に「現場は知らない」とまったく矛盾する答えをしたそうですね。

わたしたちは、大阪府知事になったばかりのあなたのこの傲慢な政治姿勢に、重大な危惧をいだいています。もし、政府がこの大阪で関西空港や伊丹空港を米軍や自衛隊に軍事使用させ、深刻な騒音被害や基地被害を生み出しても、あなたは「それは政府の専管事項である。府民が異議を申し立てるのは筋違いだ」というのですか。それは、府知事としての任務放棄ではないでしょうか。あなたは、岩国市長、市政と市民に、そうしたことを強要しているのです。

 静かで安全な生活を願う岩国市民に心を寄せ、平和を願うわたしたち大阪府民は、岩国市民に基地被害の受け入れを押しつけるこれまでの不当な発言を反省し、謝罪した上、撤回するよう強く求めます。 また、大阪府政を行うにあたっても、府民の気持ちを尊重し、府民の平和と安全のために心を尽くされるよう申し入れます。

                                            2008年2月6日
  しないさせない戦争協力関西ネットワーク代表
                       増田京子、服部良一、中北龍太郎、川村賢市
  関西共同行動代表
                       和田喜太郎、原田恵子


        若野正太郎(泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会代表)
        吉本ひろ子(大阪府民)、中村研(大阪府民、なにわユニオン)  
        栄篤志(石垣島・白保に空港をつくらせない大阪の会代表)    
        金城良明(自主・平和・民主のための広範な国民連合)
        川瀬俊治、恩地庸之(みのお・平和のまちをつくる会代表)
        大野進(全港湾大阪支部委員長)、石田俊幸(大阪全労協議長)

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冤罪事件(でっちあげ事件)はなぜ起きる?

自白させられてしまう密室の取調べ!!

「取調べの可視化」(録画でオープンに)をめぐる弁護士会の取組み

 (2008年1月27日 記)

 

 昨日26日午後は、大阪弁護士会館で行われたシンポジウムに参加しました。

 鹿児島県志布志の県議選挙に関わる選挙違反事件の裁判で無罪判決を勝ち取った冤罪事件を担当した笹川竜伴弁護士、ジャーナリストの江川紹子さん、元検事から弁護士になった中村和洋さん、日弁連可視化実現本部事務局長の秋田真志弁護士がパネリストで、とても考えさせられる内容でした。

 鹿児島県の事例では、まったくのでっちあげ事件で13人が逮捕され、うち6人が執拗な取調べによって自白に追い込まれ、検察は「自白したのだから」ということで、事件を組み立てていったとのこと。でも、取調べの実態は、畳2畳くらいの狭い、真っ白な壁で囲まれた密室の取調室で、取調官2人に被疑者1人。警察権力を後ろだてに、やったこともないことについて、長時間の取調べを受けて、一方的な調書を書かれたというのが実態でした。

 最長の人は1年以上にわたって取り調べられていました。裁判では、体調が悪くて横になったまま取調べを受けたとか、「自白しなければ帰れないぞ」と脅されたり、「自白しないなら、親や子どもを逮捕しなきゃいけない」とかさんざん脅されていた実態が明らかになったようです。踏み字をやらされて完全に人間としての誇りや尊厳を奪われ絶望的になった人もいました。

 ★なぜ、でっち上げだということがわかったのか?

 被疑者に完全なアリバイがあったので、かろうじて「でっちあげ」を突き崩せたそうです。つまり警察の作り話であることを、裁判所も認めざるを得なかったとのこと。

 ★2009年までに、市民が裁判に参加する裁判員制度が実施されます。もし、裁判員に当たってしまった時、取調べ室の録画があるとないとは大違い

 裁判は3年8ヶ月にわたって行われました。裁判員制度が始まると、誰が裁判員に当たるかは誰にもわかりません。もしあたってしまった人は、こんなに長い裁判につきあわされるのです。なぜ、これほど長くなるのかというと、「自白した」、「いや無理やりに言わされた」と、言った、言わないの水掛け論になるからということです。

 冤罪事件を防ぎ、「警察・検察の面子のために、無理やり有罪にする裁判」でなく、「真実を明らかにする裁判」を効率的にやるためには、取調室の実態をすべて録画しておくことが必要ということでした。

 ★海外ではすでに弁護人立会い、録画・録音をしている

 イギリス、アメリカ、フランス、イタリア、オーストラリア、台湾、韓国、香港、モンゴル、等が弁護人立会いの下に取調べをし、録画・録音をしています。ドイツは弁護人の立ち会いを認めているので、録画・録音の必要性が少ないということらしいです。

 日本は、弁護人の立会を認めていません。録画・録音も極めて例外的に認めているにすぎず、言った、言わない論争が延々と続いているそうです。 密室の取調べが冤罪の温床となっています。

 録画・録音は世界の人権尊重の流れなので、日本の警察・検察も遅かれ、早かれ認めざるを得ないでしょう。

 しかし、その間にも、増え続ける冤罪事件の被害者がいることを見過ごすことはできません。たとえ無罪を勝ち取ったにしても、長年にわたって受けた心の傷と、失った仕事、失った人生の時間、失った人間関係と社会的な信用・信頼は決して帰してもらえないのですから。

 ★弁護士さんたちが署名活動をすすめています。心が動いた方は弁護士会のHPを見て、ご協力ください。私も少しでも協力するつもりで署名用紙を持ってかえりました。

 ★想像力を働かせましょう。世論の力が大きな後押しになります。
 
 私は、議会の中で、多数決の力によって、納得がいかない理不尽な扱いを長年にわたって受けてきました。問題も、置かれた位置もまったく違いますが、暴力の歯止めのなさを想像できます。人間として尊重されず、不当な扱いを受け続けたときの、人間の孤独感、絶望を想像できます。

 最後に、弁護士さんの言葉、「人間はそれほど強いものではありません。弱いものです」という言葉が胸に残りました。

★間違った判断、裁きをしたくない。人に温かい、優しい社会を作りたいですね。

 

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初めての住民訴訟は、あえなく却下。でも成果はありました

公金支出差止等請求事件(北河内4市施設組合建設工事に関して)
(2007年12月28日 記)

 民主主義の現場は、できるだけ自分で体験するというのが私の持論です。でも、裁判までは正直言って面倒くさいというのが、今までの気持ちでした。何しろ書類作成の労力だけでも大変だし、どう考えてもマニアックな世界のように思えて、できるなら関わりたくないかったですね〜。
 ましてや、議員を辞めて、もう市民に対してなんの義務もない無職の身で、弁護士を頼むお金もないし。

 でも、このままこんなナンセンスな、全く不要な施設の建設に莫大な税金をつぎ込む愚かな政治を、黙って見過ごすことはできない、嫌だという納得がいかないという思いがどこかにくすぶっていたのでしょう。「裁判をやりたい」という人と一緒に重い腰を上げて、本人訴訟をに踏み切りました。

 たくさんの資料を揃え、こちら側のいい分を全部まとめて裁判所に提出したものの、結果は本案の審理もせず、入り口のところで門前払いの「却下」となりました。判決を読めば、素人の悲しさかな、まったく争いの論点がすれ違ったところで、いらぬ労力を費やしていたのだとわかりました。でも、経験は力です。失敗の積み重ねが人を成長させるのです。いつか必ず役にたつときが来ます。

 ただ、一つだけ大きな成果はありました。監査委員の監査結果が、間違っていたという判断を裁判所はくだしたのです。

 つまり、こんな初歩的な間違いをわざとしてみせることは、「監査委員制度が、実はまったく機能していない」ということの証明になるのです。たとえ、その人が個人的には、どんなに善良な人であったとしても。

 

 

以下の文書は、監査結果の要約です。

北河4市リ第43号
平成19年5月14日

請求人 吉本弘子様

北河内4市リサイクル施設組合

監査委員        亀岡勝敏
監査委員職務執行者 扇谷 昭

平成19年4月11日付けで、請求人から提出された住民監査請求について(通知)

 本請求は、北河内4市リサイクル施設組合の執行機関又は職員の財務会計上の行為を請求の対象としたものではない。よって、地方自治法第242条第1項で定める住民監査請求の要件を欠いているので、請求を受理せず却下する。
 なお、欠けている要件は基本的なものであり、補正を求める効果はないと判断した。

 理由(※1.法的位置づけ、2.共同処理する事務、3.請求人の請求要旨の要約、4.住民監査請求の対象と4点の記載がA4,1枚の用紙にかかれていますが、結論の4の部分だけ掲載します)

 4.法第242条第1項で定める住民監査請求の対象は、地方公共団体の事務の執行に関する執行機関又は職員の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実に限られる。

 本請求は、施設組合の事務(すなわち直営で行う当該廃棄物の処理事務)を執行する上での、執行機関または職員の具体的な財務会計上の行為が対象ではなく、施設組合が当該廃棄物の処理を直営で行う方式、すなわち、施設組合の事務そのものを請求の対象としている。

 よって、本請求は財務会計上の行為を対象としておらず、法に定める請求の要件を欠いている。

以上

これに対して判決では、下記のように財務会計行為を対象とした監査請求であることを明確に認めています。

 

2007年12月27日

当裁判所の判断

 1 監査請求前置の有無(本案前の争点)について

(1)被告は、本件監査請求が、本件基本構想等及び本件費用対効果分析そのものにつき監査を求めるものであって、財務会計行為を対象としない不適法なものと主張し、これに対し、原告等は、本件監査請求は国及び本件4市からの「財産の取得」という財務会計行為を対象とするものであると主張する。

 そこで検討するに、前記前提事実及び甲第4号証によれば、原告らは、本件監査請求において、本件費用対効果分析の問題点を指摘しつつも、その結論部分では、「馬場好弘管理者の行為は・・・「違法または不当な財産の取得」に該当することは明白である」と記載していることが認められるから、本件監査請求は、「財産の取得」という財務会計行為を対象とするものであって、本件費用対効果分析の問題点は、その違法事由の1つとして主張されているにすぎないというべきである。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

(2)被告は、原告らの主張する公金受領行為は、本件組合に単に収入を発生させるにすぎない財務会計行為であるから、そもそも住民監査請求の対象とならないと主張する。

 確かに、原告らの主張する公金受領行為が、本件組合に収入を発生させるにとどまるものである可能性はある。しかし、前提事実のとおり、国及び本件4市から公布される上記公金は、廃棄物処理施設整備費としての国庫補助金及び本件4市の負担金であるから、何らかの義務の負担を伴うものと解釈する余地があり、被告も、当該公金の受領が一定の義務の負担ないしは財産上の損失を伴うものかどうか明らかにしていない。

 そこで、一応、原告らの主張する公金受領行為は住民監査請求の対象となるとした上で、本件監査請求と本件訴えにおける財務会計行為の同一性につき検討する事にする。

(以下、省略)

 

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「情報公開引き伸ばし戦術」 

1年7ヶ月も待たしたあげく、約10分で話せとは!

(19年12月5日 記)

 

 12月4日づけで、寝屋川市情報公開審査会から、異議申し立てに対する「口頭意見陳述を、12月25日の午後3時半に行う」という文書が郵送されてきました。

 平成18年の5月23日に、口頭意見陳述をしたいと希望を出していたのが、なんと1年7ヶ月も引き伸ばされて、今頃になって、やっとかなうというのです。

 この情報開示請求は、18年2月8日に請求したものです。開示請求してから実に1年10ヶ月。もうすぐ2年ですよ。なんという役所仕事。なんという仕事のサボタージュ。「真面目に仕事しろ。税金返せ!〜」と叫びたい。

 ちょっと話が脱線しますが。仕事を失い、無職無収入の身で、今年の市府民税を70万円も払わされたのにですよ。

 私がこう言ったら、市役所の職員さんが驚きました。「え〜、議員さんて退職金もらえないんですか。」

  私「そうですよ〜。役所の職員さんのように約3千万円もの退職金がもらえる身には想像もできないでしょう。議員は退職金は一円もなし。なのに今年の住民税は70万円。健康保険が63万円。計133万円。どうやって払うのよ〜。おまけに失業保険もなし。年金は65歳から支給で、私はまだ54歳。11年も先の年金、あてにできるほど、世の中、安泰じゃないでしょう?」とぼやきまくったのでした。

 おっとっと。ぼやきはいけません。話は元に戻します。

 しかも、その通知には、ごていねいに黄色い付箋がついており、「1件につき約10分程度でお願いします」と書いてあります。厚かましいにもほどがある。仕事もろくにせずに、情報は隠して出さず、「やらずぼったくり」とはまさにこのことでしょう。

 1年7ヶ月も待たして、「10分程度にしろ」とは、3分診療で悪名高いお医者様でも「僕とこは待ち時間、わずか2時間やで。」と驚くでしょう。市長の所信表明を、あほらしくて、白々しくて聞いてられない気持ちわかります。「積極的な情報提供をしてまいります。」としゃあしゃあとよく言えますよね〜。あほらし。

 しかし、なにをそれほど隠さないといけないのかと、誰だって不思議に思うでしょう。よほど困ることが書いてあるのか? よほど、私に知られたくないのか? 

 「1件に付」というただし書きがあるのは、2件の異議申し立てをしているからで、もう1件は平成19年3月に口頭意見陳述をしたものも同時に取り扱うからです。2つとも、1日で片付けてしまおうという事務局サイドのはからいでしょう。

 今日送られてきた文書は、争点を簡潔に整理しており、それに対して訂正または追加の主張がある時は、文書によりその日までに提出しなさいというものです。

 ★異議申し立てしている、不開示処分にされている文書とは?

1.「ごみ処理施設建設準備庁内検討会議に関する文書」----------------

争点@

異議申し立て人(私)の言い分(※実際は詳細に述べているものを、行政が要約したもの)

 寝屋川市にとって焼却炉の建替え問題は大きな懸案事項であり、その認識の下で設置された会議であることを考えると、会議がいつ開かれたのかというメモや、会議を召集した文書さえまったく存在しないというのは、行政組織の常識では考えられないことである。よって、不存在の理由とされた「当会議にかんする文書は作成していないため」という理由はとうてい納得がいかない。(なんらかの文書は作成しているはずです。)

これに対する市長側の言い分が笑えます。

 平成13年度〜平成17年度の間においては、会議等は開催していない。従って、会議録等の書類(メモを含む)はない。なお、要綱等は作成していない。

 争点A

私の言い分

 ごみ処理施設建設準備庁内会という文書ファイルが存在するのに、文書が存在しないというのは理解できない。開示拒否理由説明書には、会議を開いてないとは書いていません。

 市側の言い分

 議会でも再三にわたり、時期を失しないように検討委員会を立ちあげると答弁しておりこれらに備えるため文書ファイルを削除せずに残している。

 ----------------

 もし、平成13年から17年度までの5年間、本当に1度も会議を開かず、文書が存在しないなら、議会でまっかな嘘を再三にわたり、答弁していたことになります。

 議会がいかに馬鹿にされているか。つまり、民主主義を馬鹿にしている、市民をなめているということです。これだけ馬鹿にされながら、議員はなぜ怒らないのか不思議でしょう。

 それどころか、「情報は表に出さずにこっそりと自分だけに教えてくれれば良い。それが与党会派の議員の特権であり、政治力や」と信じ込んでいる「賢い人」のなんと多いことか。(笑いものです)

 でもね〜、 この文書を書いた人は、この論理矛盾に気が付かないのでしょうか? どんな頭しとんねん? どんな行政や?? と思うでしょ。 

-------------------

2.「平成17年度と18年度11月末までの悪臭苦情受付件数及び現地調査に関する文書」

市側は、争点は以下の4つとまとめている。

争点@

 住民からの悪臭苦情の具体的事実を明らかにし、行政がどのように調査し、対処したのかを市民に報せることは行政の説明責任として当然の責務である。

 市側の言い分

 空白 

(※この点には反論していない。つまり反論の仕様がないということでしょう。)

争点A 

個人の意見、思想が含まれる個人情報を保護するにしても、その線引きは情報の不開示情報の規定に沿って、該当箇所を厳密に精査すべきである。陳情受付簿そのものを全面的に非開示にすることは、条例の趣旨・目的を損なう。

市側の言い分

 不開示情報を削除すると、公文書の大部分が墨塗りされてしまい、有効な情報ではないため、部分開示できるものではない。

争点B

 開示を拒否した情報は、条例第6条第1項第1号但し書きイの規定に該当するので、開示情報にあたることは明白である。

市側の言い分

 陳情者の意見や思想が含まれる個人に関する情報であって特定の個人が識別されるものであるため(開示できない)

争点C

 開示を拒否した情報は、条例第6条第1項第1号但し書きウの規定に該当するので、開示情報にあたることは明白である

市側の言い分

陳情者の意見や思想が含まれる個人に関する情報であって特定の個人が識別されるものであるため(開示できない)

 -------------------------------------------

 最後に私の意見

 2つの文書とも、隠す必要などまったくない文書です。特に2の文書は、住民の健康と命に関わる文書です。不当に隠し続けること自体、市民の健康と安全を守る行政としての存在意義そのものを疑われる事態になるでしょう。

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守屋問題に思う

(19年11月30日 記)

 

 ついに前防衛事務次官の守屋武昌容疑者が逮捕され、防衛族団体側に1億円がわたったという情報が出てきました。社団法人「日米平和・文化交流協会」という美しい名前の下で、何をしていたのやら。密室の生々しい兵器商売の現場で利権をあさっていたのだとしたら、なにが社団法人かと腹立たしいですね。

 守屋容疑者は、「天皇」とささやかれ、自衛隊の制服組の人事まで自分の都合のよいように全部指図していたというし、妻は防衛官僚たちの婦人たちの会に「女帝」として君臨して、会食代金は「宮崎につけておいて」と言ってはばかることもなかったというから、あきれ果てる思いとともに、人間のおごりの怖さと愚かさ・醜さを思い知らされます。

 「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり おごれるものは久しからず。盛者必衰の理を現す」という、なにやら、そんなことを昔、学校で習ったよね〜と、感慨深い。しかし、ここまで極端にわかりやすいことを大々的にやらない限りは暴けないのか、と思う気持ちが一方であります。日本の政治の深く愚かでヘドロがたまったどぶのような汚い闇。

 規模が大なり小なりいろいろあるけれど、大から小まで、日本の各地で、天皇気分でいい気になっている愚かで、私欲深い人たちが、政治をもて遊んでいるからこそ、本当に必要なところに税金が配分されないことが、とても残念で悔しくてなりません。

 私の友達は、兵庫県内でDV被害の女性たちの支援をしています。先日も、明石市の無理解な生活保護課の行政職員に、何時間もかけて、けんけんがくがく生活保護費の受給について説明したのに理解してもらえず、疲れ果てていました。協力してもらわねばならない職員さんとけんかするわけにもいかず、余計なところで神経をすり減らさねばならない彼女が、傍で見ていて、本当に気の毒でした。東京都や他県ではこうした金額が支給されていますと説明しても、「他所は知らないが、兵庫県では出していないと突っぱねられていました。今日の新聞によると、生活保護の金額も見直される障害者自立支援法という、まやかしの法律もそうです。本当に行政の手助けが必要な人たちに対するお金がどんどん切られて行っています。  

 こうした実態を見るにつけ、官僚と政治屋、企業の癒着と利権、そこにメスが入らない限り、市民の納めた税金が有効に使われることはないのだと思います。今の日本の政治には正義がない。社会的公正さ、それが企業にもないことが、食品の消費期限切れ問題や、産地虚偽表示問題で明らかになっています。つまり、その土壌である国民にも、正義や社会的公正さを求める意識が薄いといわざるを得ません。

 だからこそ、そういう政治屋たちを「あの人は力がある」と評価して、選挙で喜んで走り回って、選び続けてきた。その結果が、今、国民の生活に、弱い人たちの上に、まともに降りかかってきているのです。

 いま、いろいろな問題が明らかになってきて、「嫌になってしまう」という意見をよく聞きます。でも、私はそうは思いません。全てが表に出てくることは大歓迎です。とても良いことです。すべての闇に光をあてましょう。どんどん、汚い部分を表に引きずり出せば良いのです。私たちはそれをきちんと見て、何が問題かを考えて、自分たちの判断力を鍛えましょう。本当に、もっと大事なことが、マスコミでは実はまったく報道されていないのではないかということを、私は岩国市の基地問題を勉強に行って強く感じました。

 最後は、国民1人、1人の判断力です。選択です。国民が自分の責任をきちんと果たすこと。「嫌になった」と言って、それを逃げないことです。誰かに任せて、自分は何もしない人が多すぎるから、こんな事態になっていることに、深く気付いてちゃんと政治に向き合ってほしいと思います。

 という私も、「おまえも逃げたやないか」と言われたら、「そうかも知れない」と思います(笑)。 でも、私は少なくとも12年間、自分の力でできることに、精一杯がんばりました。何もせずに最初からあきらめたわけではありません。1人の人間として、やるだけのことはやったから、私には言う権利があると思います(笑)。もう、この年ですから、開き直りも覚えましたけど。

 

 

沖縄の思いを受け止めたい

(9月30日 記)
 

 今日の朝日新聞トップは、「沖縄11万人国に抗議」の記事。参加者は、教科書検定意見の撤回と「集団自決強制」の記述の回復を求める決議を採択したとあります。

 もし、私が沖縄に住んでいたら、私も同じように行動したでしょうし、絶対に許せないと思います。国家が権力によって歴史的な事実を歪めることは、絶対にしてはならない行為だし、市民はそれを許してはいけない。

 戦争の極限状態において、普通に生きたいと願う人間がなにをさせられるか、軍隊が何をするかは、沖縄戦がみごとに証明しています。親が泣き叫ぶ赤ん坊を殺すことを無理強いされ、家族が互いに殺しあった事実を、沖縄は忘れられないし、私たちは、彼等の証言を聞いて、悲惨な実態を思い知らされます。

 私は2度沖縄を訪れ、戦跡に立って思いを巡らせ、現地の人から直接に辛い歴史をお聞きすることができました。沖縄戦の本を読みました。私にできることは、事実を知って、それを心に刻みつけ、沖縄の人と一緒に事実を悲しむこと、忘れないこと、そしてできるだけそれを人に伝えることだと思っています。

 事実をなかったと言い張ること、事実をごまかすことは、死者に対する2重の殺戮です。死者を2度殺してはいけない。今もなお、沖縄に人たちに基地を押し付け、基地被害をおしつけている側の人間として、立ちあがって抗議している沖縄の人たちの心を精一杯受け止めたいと思います。

 まず、私たちにできることは、沖縄に関心を持ちましょう。事実を知る努力をしましょう。国に働きかけましょう。何ができるか一緒に考えましょう。何かできるはずです。強い思いさえあれば。

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だいぶ遅くなったけれど、図書館問題を更新しました。ご覧くださいね。

(8月31日 記)

暑かった8月も今日で終わり。朝、夕はちょっぴり涼しくて嬉しい。議員を辞めたものの、やり残した仕事がまだあるので、それをぼちぼちやっています。

 廃プラ処理施設のこと、保育所の民営化、エスポアールの指定管理者制度、図書館の問題など、まだまだ市民の方から相談がぼちぼちあるので、なかなか気持ちが完全にはふっきれません。関われるところで関わらねばという義務感がどうしても残っているのですね〜。まじめに寝屋川市が良くなることを願って、活動している人たちを見ると、どうしても放っておけないと思ってしまうのです。

 この人たちの願いがまっすぐに通じますようにと祈ります。


小田実さんを偲ぶ

(8月31日 記)

 

 7月30日に、小田実さんが亡くなりました。8月25日に、JR芦屋駅前の「山村サロン」で、小田実さんを偲ぶ会がありました。私も参加しましたが、1時から5時頃まで、さまざまな人たちの小田実さんを偲ぶメッセージを聞いていると、本当に多面的な小田実像が浮かび上がってきて、とても感動しつつ、学ぶことが多い会でした。

 一生懸命生きてきた人って、亡くなっても、いろんな人たちの心の中にしっかりと生き続けるのだなあとあらためて、深く思いました。そして、わたしも今、あらためて小田実さんの本を読み直しています。

 山村さんが言いました。「僕と小田さんは言葉の力を信じてきた。言葉が人々を動かす力を信じてやってきた。だからしょんぼりすることはない。小田さんは生きているんですよ。僕等の中に生きているんですよ」と。まさにそのとおりだと思いました。

 会場は約300人もの人々であふれて、椅子が足りず、受付を手伝っていた私は遅れて入ったので、小田さんのビデオはちょっぴりしか見られなかったけれど、ちょうど小田さんがドイツのユダヤ人が虐殺されたところに戦後建てられた教会の現場に立って、発言していたところを見ました。

 小田さんは、「僕は、いつも気が衰えたり迷ったときには、いつもここに来た。何度もここに来たんです。この虐殺現場に立ってものごとを考えた。そういうことが大事なんです」といったような内容でした。

 私にとっては、終始一貫、背骨に芯がとおったように「殺される人間の側に立って社会と人間を深く感じ、見つめ続けた」巨人のような人でした。その精神の強靭さは、ライオンのように強い印象の人でした。

 その彼が、迷い、気が滅入ったりした時にはここに来たと、言葉を詰まらせて語る姿は、なんとも言えず、胸にジーンときました。

 昔、20歳頃に読んでとても感動した詩の一節を思い出す場面でした。「触ると手の切れるような糸を心にはって、迷いをくい止めたい」という詩です。真剣な生き方が共通していますよね〜。

 1人娘の小田ならさんが、「父は厳しい人でした。自分自身に一番厳しかった」というのを聞いて、なるほどなあと納得しました。そうでなければ、これだけの仕事はできなかったでしょう。常に人と違った独自の観かたを創り出すことにこだわっていました。

 人生の同行者であるヒョン・スネさんのご両親に、結婚の申し出をしに韓国に行ったとき、スネさんが小田さんのことを「彼は日本の偉大な思想家です」と紹介したことを、とても喜んでいたというエピソードをどなたかが紹介してくれました。民主主義の実践として市民運動もしていたけれど、「僕は作家です」といつも言ってました。誇り高き人だったのでしょう。

 人間の生き方というものを、深く、深く考えさせられた人でした。
 
 「市民」とは?  「戦争の中での人間」は?  「民主主義」とは? すべて小田さんに学びました。 迷ったときには小田さんの話を聞きに行きました。ありがとう。小田実さん。あなたとの出会いに感謝します。

 

 

「動けば変わる」と訴えた川田龍平君、当選おめでとう。
やったね〜。久しぶりに嬉しい選挙でした。

今回の選挙、私は2度にわたって15日間、東京に応援に駆けつけました。

龍平君の付き人をして、街頭で出会った人々の激励に、確かな手応えを感じました。

勝利を信じていたけれど、やっぱり嬉しい〜。

(07年7月30日 記)

 川田龍平君を当選させた1人、ひとりの市民の力に希望を感じます。「いまの政治がどこに行こうとしているのか、本当にどんどん変な方向に行っている。いま、動かなければ、後悔すると思う」という真剣な若いお母さんたちの言葉は、現実にボランティアとしてビラ配りに駆けつけ、川田龍平選挙を支えました。1人ひとりの真心が、真剣に政治を思う気持ちが、龍平選挙の輪を広げました。街で多くの龍平君と同年代の人たちの激励を受けました。 高齢の人たちの温かい激励を受けました。「お身体を大切にしてね。頑張り過ぎないで」と言ってくださった人。涙ながらに握手して「本当に頑張って。応援するから」と激励してくださった方々もたくさんいました。 その人たち一人、ひとりのお顔が浮かびます。それほどに皆さん、本気でした。真剣でした。

 保坂さんぞうさん、まさかの敗退、丸川たまよさん、あれだけのマスコミの酷評と、本人の失敗の中で、まさかの当選。 皮肉なものです。当確が出ても、丸川たまよさんは、なかなか選挙事務所に現れませんでした。そりゃそうでしょう。悪気はなくても、精一杯、人生をかけてその道一筋に生きてきた大先輩の票を奪って追い落としたようなものです。選挙とはなんと残酷なものかと思います。

 全体的に見て、今回の選挙、民主党の圧倒的勝利ですが、さて、問われるのは民主党の力です。知名度と風の力で当選した人も結構いそうで心配です。 社民党と共産党等、平和憲法を守ってくれそうな勢力にもう少し票をあげてほしかったなあ。マスコミこぞって2大政党路線に持っていこうとしているけれど、参議院は日本の長期的な政策をしっかりと練ってほしい。そのためにも、しっかりとした平和路線を貫ける人たちを当選させてほしかった。自民党を敗退はさせられたけれど、平和勢力を増やせなかったのは残念、無念。

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 2007年7月13日 金曜日

 久々に怒りを感じたこと 

 寝屋川市議会は、「@議員定数削減、A政務調査費の透明化と公開、B市民に開かれた議会づくり」等について検討するために、「議会制度調査会」をつくったという。

 でも、正式の委員会にせずに、任意の委員会にして、非公開にして、議事録は作らず、議員も市民も傍聴できない会議にすると決めたそうです。 もちろん、いつものように、議員定数削減を主張し、市民に開かれた議会づくりを一番主張するであろう少数会派の2人は、委員会から排除されています。

 

議会の権威は何に由来するか?議員を辞めた人間が、いまさらこんなことをHPで主張せねばならないのが恥ずかしい。でも、黙っているわけにはいきません。

 議会は市民のものです。議会は市民の代表機関として、権限を持たせねばならないのであって、議会の権威は憲法に基づく国民主権、市民の参政権にその根拠があります。当然、市民はすべての会議を傍聴できなくてはなりません。それが民主主義というものです。

なのに、なぜ、市民に見せられないのか? なぜ、それほど隠さなければならないのか? 市民に知られてはまずい意見を、安心して出せる、なあなあで多数決で決められる場がほしいからですか。

今年は、公明党の女性議長が初めて誕生したそうです。公明党支持者の女性たちは誇らしい思いを抱き、期待もしていることでしょう。しかし、8人会派の公明党の力をもってしても、やはりこそこそ隠れて密談する卑怯者議会の実態は、何も変えられないのでしょうか。それともそれが公明党の、そして議長の意思でしょうか。参議院選挙のキャッチフレーズは、「マニフェスト100%の達成率の公明党」です。彼等が本気で願ったことは必ず達成するそうな・・・。だとしたら・・・

3つの課題は、どう考えても議会の説明責任を真っ向から問われる、市民に公開せねばならない課題でしょう。

がんばれ、板坂千鶴子議長。寝屋川市議会初の公明党女性議長の仕事としてがんばってほしい。

さて、議員の皆さん、覚えていますか? けんけんがくがくの議論の末に、昨年4月の議会運営委員会で、決めましたね。議会のインターネット中継、ケーブルテレビ中継、1年後を目途に検討すると。もうとっくに1年は過ぎました。

私は議会にいませんが、皆さんは会議で公言しました。私は議事録をもっています。やっと議論するのかと思えば、非公開で、密談ですか? あのときは議会運営委員会で、議事録を作って議論しましたね。あの手、この手の卑怯なやり方は次々と繰り出してきましたが、それでも非公開で密室ではやりませんでした。

 

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川田龍平さんを応援します薬害エイズで実名公表した川田龍平くんのHPです。7月は参議院選挙。私利私欲から遠い、本当に憲法を理解し、尊重し、市民の政治を貫いてくれる候補者が1人でも当選することを願うのみ。だから、龍平くんには頑張ってほしい。
背広姿の龍平くんを見たのは、このHPが初めて。いつ会ってもポロシャツ姿の龍平くんしか見たこと無かったような気がするから。

皆さんも、お友達にどんどん、龍平くんのHP広げてくださいね。地域を越えて、龍平ネットどんどん広がれ。

07年5月15日 記


2007年5月2日 記

吉本ひろ子は2007年4月30日で、3期目の任期を終えました。

3期12年間の議員活動に幕を閉じました。

いままでのご支援、本当にありがとうございました。

これからは市民運動をぼちぼちとやりながら、新たなる生き方を探していきます。

 なお、このHPはこれまでの吉本の活動記録としてしばらくの間、残しておきます。HPの新たな編集方針が決まれば、書き換えます。今の段階では、まだ1人の無所属・市民派議員として何ができるか、理想を追い求めて実践した女性議員の現場体験記として、一定の価値はあるものと考えます。

 「なぜ、辞めたの?」 「これから何をするの?」というお声をたくさんお聞きします。HPを1度も見たことがない、存在さえも知らない市民の皆さんが多い中で、「突然のとうとつな引退」にしかみえないことが、私には一番残念です。

 私がめざしたものは「市民と一緒に創り出す市民自治の政治」でした。その前提条件は、市民が政治に関わる意思を持つことが不可欠です。それを掘り起こすのが、私の政治的使命だったと言えるでしょう。そして一定、その役割は果たしえたと思っています。

 これまでは議員として、議員がすべきこと、市民がやるべきこと、この両者の関係性はどうあるべきか等について、考えるための情報提供をしたと思っています。今後は、議会に入って見えたこと、考えたことを基礎に、再び一市民の立場に立って、市民として何ができるか考えたいと思います。

 議員は辞めても、このHPを通じて培った全国の皆さんとの人間としての相互交流、話し合いは大事にしたいと思っています。ご意見はどんどん、遠慮なくお寄せください。

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