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いまの寝屋川市議会をわかりやすい事例にたとえるなら、密室の、審判のいない競技場で、サッカーの試合をやっているようなものです。正式な規則は決めているけれど、審判がいないので、現場の判断のルールは多数決で決めます。
チームの数は5つあるけれど、ルールは大きな9人チームと、8人チーム、7人チームのりーダーが相談して決める。時々、5人チームも入れて相談することもあるけれど、3人チームはいつも排除する。大きな3つのチーム合わせて24人、残る2つは合わせても8人。これでは試合に勝てるはずもないし、端から勝負にはならない。
観客は、ほんの少ししか来ないし、あまりの滅茶苦茶さに驚きあきれるけれど、選手が居眠りしてしまうほど退屈な試合なので、普通の人は2度と来る気はしない。試合のひどさに驚きあきれ、怒りに駆られて継続的に見に来る人はいるけれど、それは大きなチームの人たちにとって、自分たちのスポンサーでもサポーターでもないので、「大勢には影響なし。どうせ敵のサポーターだ」と居直ってしまう。
これが言いすぎだと思う方は、どうぞ、下記の決算委員会レポートを見てください。審判であるべき委員長が、発言封じをする役目を果たし、傍聴者が1人もいない中で、おこなわれる議会審議はもはや議会審議とは言えない、異常さがわかるでしょう。
必見 決算委員会レポート (06年11月15日 記) 許されない異常な委員会
実録
こんな議会に市民の税金を、約5億7500万円(議会費の予算)もかける価値がありますか?
私は寝屋川市議会に完全に絶望しました。1日目の決算委員会が終わった深夜、私は号泣しました。
もはや、これは民主主義ではない。議会として存在価値を自ら放棄したと。
だから、12月議会で、議員定数削減条例に賛成したのです。議会の使命を放棄する議員が何人いても同じですから。
これを変えるには、何が必要か。
正しく冷静な判断を下すことができる審判をきちんとおくことが必要です。本来なら、審判は議長が務めるはず。議長に最終責任があります。
国会では、議長は党籍を離れて、中立の立場に立ちます。中立でなくして審判はつとまらないからです。審判役を冷静に務められる人が議長や委員長にならなくてはなりません。
ところが今期の寝屋川市議会は、大きな会派が、数にもの言わせて、重要な役職を、毎年交替でとってしまったのです。3度も議長職を経験すると、ますます強大な権力の味に酔いしれてしまい、握って離さなくなります。それでも、立派に本来の審判役を果たせたら文句はないのですが、審判の仕事をしているとはとても言えない事態です。
合議制の民主主義の議会には、良きリーダーシップは必要です。 でも、ボス支配は議会運営をゆがめる元凶です。
是々非々で32人の議員が公平に、正しく、考え方は違っても、市民のために議論ができるように、数のバランスをとることが今回の選挙の重要な意義です。
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