| ひろ子の想い |
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| 政治家との距離は大切・・・ 人気投票の怖さ (4月10日 記) | |
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民主主義とは、本来、誰もが自由に考えを主張する言論の自由を保障し、皆で代表を選ぶことで、権力を握った一部の人たちによる支配の危険性や過ちを防げるはずだという、「人間社会の自浄作用」を信じる上に成り立つ制度だと私は理解しています。 小泉ブームで、政治家は、おもしろいパワーゲームのような選挙が、市民に受けるということを知ってしまったのです。それは非常に危険なことだと私は思います。安部政権で、閣僚の失態が次々と暴露されましたが、それでも居直る閣僚がいることが良い証拠。彼らは、「正義より力だ。不正がばれようと居直ればいい。そのうち、国民は忘れる」と。 国民は完全になめられてしまっているのに、気づかないのです。その雰囲気が、議会に12年身を置いた私には、よくわかるのです。なぜなら、寝屋川市議会でも、議員の調査研究費として支給されている「政務調査費」税金の使い方がおかしいというので、裁判を起されて、一審で返還命令を出された多数会派の人たちが居直っているからです。 裁判は控訴されてまだ判決はでていませんが、何をやっても数の論理でごり押しする議員たちの感覚を見事にあらわしています。 |
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| 「新憲法制定」を唱える安部氏をスター扱いするのは危険(9月4日記) マスコミは、政治家を人気スターにしてはいけない! |
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昨日は、朝7時前に家を出て、高砂市議選の応援に駆けつけていたので、日曜討論や、ニュースを見ることはなかったのですが、今日の朝、4チャンネルの「みのもんた」が出てくるニュースを見ていて 一定の距離感をもって、冷静にその発言を判断できるだけの距離を保つ報道にしないと、スターへのファン現象のようなブームを巻き起こしてしまいます。特に時代の変革期においては、思ってもいない方向へ、国民を引っ張っていきかねない危険性をはらむことは、歴史が実証しています。 それは、ヒトラーをみれば一目瞭然です。 ましてや安部氏は、NHK受信料の不払い騒動の発端となった、「ETV2001の番組改変事件」をめぐって、NHKに政治介入をした大物政治家、与党政権の中心的人物の地位を利用して圧力をかけたのではないかと疑惑を持たれた政治家の1人です。メディア総合研究所のHP参照 あの時、国民が真に事実関係を明らかにすべきは、歴史の検証、報道の自由に政治的圧力をかけ介入したのではないかとされた政治家のほうだったのです。うまく問題をすり変えさせて、NHkの不払い問題に矮小化してしまったずるさと、マスコミの弱腰がいまにつながっています。あのとき、マスコミ報道が、NHKの受信料拒否報道ばかりになっていった経過を見ていて、私はなんとも不思議な気がしたのです。さて、こんな人が総理になったら、真実の報道ができるでしょうか。 ★安部氏は、教育基本法を変え、憲法を改正するのでなく、「新憲法を制定する」と言っています。秋の臨時国会では、共謀罪(戦前の治安維持法の再来とも言われる)を成立させようとしています。 新憲法は、国民が政府をコントロールできるよう、民主主義、主権在民主義、国際平和主義を国の基本としました。しかし、同時に、その憲法をつくった人々は、必ず、守旧派の権力者による揺り戻しの時代がくることを予想したのでしょう。国民に対して、警告しているのが、憲法第12条です。そして権力を国民が管理できるように、憲法を守るための義務を権力の側に持たせました。 第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の普段の努力によって、これを保持しなければならない。---以下略--- ●法令審査権と最高裁判所 第81条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分賀憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。 ●憲法尊重擁護の義務 第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負う。 これらの条項が憲法どおり、法治国家として守られていたら、現在のような憲法と法律が合致しない実態は放置されていなかったでしょう。裁判所は憲法判断をせず、時期総理大臣をめざす人間が、公然と新憲法制定を言う。はて、さて、安部氏は、憲法99条違反ではないのでしょうか? もちろん、国会がこれを発議する権利があるわけですから、安部氏が、一政治家として、国会議員の一人として、選挙の時に公約として掲げて闘うのは自由です。しかし、内閣を組織している現閣僚が、時期総理大臣としての自民党の総裁戦に臨んで、このような発言をするのは、憲法第99条違反ではありませんか。 ★憲法は国の最高法規です。 |
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| 8月15日、今日は日本の国にとっては敗戦記念日です。 でも、よくよく考えてみると、普通の人々にとっては、天皇制軍事独裁国家からの解放の日ではなかったでしょうか。
昨日は、小田実さんの「8.14大阪空襲と9条」という集会に参加しました。小田さんは問いかけます。一般的には、8月6日、8月9日の原爆投下で戦争は終わったとよく言われるけれど、ではなぜ8月14日の大阪空襲がなされたのか? 大阪大空襲のことがあまりにも忘れられているのではないか? 小田さんは大阪空襲で3度空襲体験を持っています。戦争にこだわり続け、「殺すな!」という言葉には3度も殺されかかった人の腹の底からの叫びがあります。 8月11日〜15日までのニューヨークタイムスの新聞記事を引用して、アメリカでは11日と12日の新聞で、その時すでに天皇の身の安泰、天皇制の存続を報道していた。天皇はそれを知っていたはずであったことなどを指摘。なのに、日本政府はまだポツダム宣言受諾をしぶっていた。そして13日のニューヨークタイムズ紙の大見出しは、「ついに連合国は日本に強力な打撃を加える」と報じた。 そして、14日の大阪大空襲の時、粗末な防空壕に隠れていたが、B29が何百機と来て、空から1トン爆弾を投下するとともに、戦争集結のビラをまいた。「お国は負けました。戦争は終わりました」というビラをまいていた。 小田さんはそのビラを見て、「いったいこれはどういうことだ?」と思ったと言います。「14日の空襲の中で殺された、たくさんの市民は、いったい何のために殺されたのか?」と、彼は問いかけつづけて生きてきたのです。 ★小田さんの結論 鎮魂と追悼は、国民1人、1人が静かにおこなうもの。私たちは、目先の靖国問題や、北朝鮮問題ばかり騒ぎ立てないで、冷静に、じっくりと、この国の将来を、この国の進むべき方向を見定め、考えていかないといけない。個人が大事。個人がどう考えていくかということが非常に大事だと訴えました。 ★今日の朝日新聞、作家・半藤一利さんの記事で印象的だったこと。 軍人の約240万人の死者のうち、遺骨が戻ってきたのは124万5千人。残りは今も野ざらしにされている。死の実相も問わず、遺骨も放ったまま、名前だけを英霊として、靖国に祀った。 ○私の感想 これらの事実を、しっかりと知ることこそ、死者への鎮魂ではないでしょうか。 今年は、私たち国民が、戦争をどう分析、評価し、そして戦後の日本は戦争責任をどう考えてきたのかという問題を、靖国問題という形で突きつけられることになりました。平和憲法にとっては非常な危機の時代でもありますが、同時に、国民がこの国のあり方というものをこれほど考えさせられていることもまた、なかったことでしょう。 靖国問題、北朝鮮問題、中国、韓国の反応など、テレビや、マスコミ報道では視聴率を意識したおもしろい過激な報道へと流れていきます。そうした報道に流されず、今こそ、しっかりと、冷静に、自分の頭で考えることが求められていると思います。 |
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今日は原爆慰霊祭が広島で開かれた様子をテレビで見ました。広島市の秋葉市長の追悼の言葉のあと、子ども代表の言葉、小泉首相の言葉と続きました。 常に大衆を意識し、分かりやすく、明快に語ることに小泉首相独特のポピュリズムはその真髄があったと私は思っています。それを熟知しながら、わざとあやふやさにぼやかすことは、死者に対する冒涜ではないでしょうか。何も語れない死者は、戦後60年を経て、いまやその数の事実でもって、悲惨さを伝えるしかないのです。 死者は怒っていることでしょう。一人、ひとりの犠牲者を追悼するには、その存在を、一瞬にして消してしまった犠牲者を、政治的な思惑をもって2度抹殺してはいけないのです。私たちは覚えておきましょう。明確に、その死者の数を。そして、なぜ、広島に原爆が落とされなければならなかったのかを、考え続けましょう。
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行き詰った寝屋川市の行政手法、「口先だけの市民参加」を絵空事のように唱えながら、現実の行政の実態とのものすごいギャップ。それらをチェックすべき議会が、行政をかばいだてする現実。議会不信の今こそ、議会改革に真正面から取り組むべきなのに、自己保身にきゅうきゅうとする「議員さん」たち。 暑い夏、8月15日の敗戦記念日ももうすぐです。日本とアジアで、たくさんの戦争犠牲者の命を奪って、あげくの果てに原爆を投下され、やっと占領軍によって解放された日本の人々。自国の憲法の下で、戦争に駆り出されて、「天皇のために死ね」と徹底的に教育され、殺し殺された人々。累々たる死者、そして生き延びたものの心の傷を抱えた人々。 わずか60年前のことなのに、早くも忘れ去られようとしている戦争の痛み。自国民によって、ついに清算されなかった戦争責任と戦争の真実。だからこそ、私たち戦後世代が、生まれながらにして「恩恵として受けた民主主義」を、今守りきれるのかどうか、問われる時代がやってきたことを感じます。 こうした世界と国家の大きな歴史的な状況の中に置かれた地方自治体。私たちにできることは微々たるものかもしれません。それでも地域から民主主義を実践する市民の力をどのようにつけていけば良いのか、日々、苦悩しています。学ぶことで自分自身を少しでも成長させることで、自分なりの納得のいく打開の道を見つけられたらと思って頑張っています。 |
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| 7月2日投票の滋賀県知事選で、嘉田さんが当選した朝日新聞記事を読んで、ことさら嬉しかったのは、下記の一文。
「シンボルカラーの緑の幕が壁一面を覆う。嘉田氏のスーツもまた緑だった」 「緑の党」のアフリカのマータイさんが評価した日本語、「もったいない」をキャッチコピーに選び、高齢者層の共感を得て、でも、それは「琵琶湖研究のフィールドワークの中で、お年寄りから教わったこと」だと謙虚に学ぶ心をさりげなくアピールするところも良いですね〜。 テレビでの記者会見を見ても、確信を持った人だと思います。6月議会が30日まであって、選挙戦を手伝いに行かなかったのが、残念です。 さすが環境問題にこだわり、図書館に力を入れ、人を育て続けてきた滋賀県の面目躍如です。一朝一夕にはいきませんよね。滋賀県の女性たちのネットワークも底力を持っています。選挙の結果を聞いた時、環境問題に熱心な自治体職員さんの顔、女性たちのネットワーク、図書館見学で何度か訪れた図書館のレベルの高さなどが思い出されました。 ★中田の引退報道を見ながら、10年の長さを思いました。チームプレーとは言っても、サッカーと野球は違うとも思います。サッカーは一瞬たりとも油断のできないスポーツ、その緊張感は理想を追えば追うほど高かったでしょう。 |
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前に向いて頑張っている議会があります。希望ですね〜 (5月25日記) 北海道の栗山町議会、議会基本条例を可決 2006年5月18日新聞に掲載 |
| 以下、「虹と緑の500人リスト」の事務局、岡山県の光吉さんからのメーリングリストへの投稿を全文記載します
18日、栗山町第4回臨時議会が開かれ、椿原町長の所信表明や平成18年度一般会計補正予算、助役の選任などの議案が審議され、議決されました。また、全国初となる議会基本条例が議員3名より提案され、可決しました。全国的にも珍しいこの条例の取材にマスコミ9社が訪れ、議場には多くのテレビカメラが並びました。また、議会閉会後、橋場利勝議長、原田儀雄治議会運営委員長による共同記者会見が開かれ、数多くの質問が寄せられました。 ★可決した「栗山町議会基本条例」はこちらから 内容を一部紹介します ・議会の活動原則
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これぞ民主主義! |
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2月21日、昨日の夜、NHKテレビの「プロフェッショナル」を見ました。 星野さんという人のおはなしでした。破綻寸前のリゾートホテル等の再建を担って頑張っている人でした。 この番組を見ながら、私が考えたことは、議会にもしこんなリーダーがいたら、議会はもっともっと素晴らしい成果をあげることができるだろうということ。たとえ意見は違っても、みんな「住民自治の発展のために最善の努力を尽くす」という、ただその1点で一致できることを腹の底から信じられたら、もっと違った議会運営になるのではないかと思うのです。 ここには、まさに議会運営の大きなヒントがすべて出ているような気がします。1人、1人を信じきること。自由な発言を引き出し、徹底的に語りあわせる仕掛けを作り、決定はみんなでする。 地方自治法に定められた議会の合議制と相通ずる民主主義をそのまま実践して、破綻ホテルの再建、つまり経済的自立が達成できるのです。まさに今のようにコスト削減だけでない「本物の行財政改革」が、地方自治の確立に向けての行政の再建策を検討する議会に生まれ変われるヒントがいっぱいあるような気がするのです。 何を見ても、議会のありよう、民主主義の理想にいかに近づけるかに結びついて見てしまう私に気づいて苦笑。
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| お話の内容
軽井沢の古い旅館の長男として生まれ、31歳のときに、父の後を継ぐ。経営の行き詰った旅館を立て直そうと、トップダウンでやりだすが、社員は次々と辞めて挫折。そこで考え直す。社員に金は出せない。楽しみややりがいを提供するしかない。 そこで方針転換していきついたのが、今のやり方。 そのやり方とは 社長、部長、課長、係長のような上下関係のトップダウンの組織をなくす。フラットな組織 10人くらいのユニットに分けて5つくらいのユニットで仕事を分ける。社長は偉くないから、社長室は作らない。主人公は社員、決定は社員が話し合ってだす。決定が正しいかどうかは誰にもわからない。でも、話し合いのプロセスがきちんと回っていれば、決定はたぶん正しい。任せれば人は自分で考える。楽しんで動き出す。それがポイントですという言葉は、空論ではなく、彼の実績から彼が学んだこと。 社員を信じる 社員は、基本的にお客様に楽しんでほしいと願っているということを信じる。だから再生へのコンセプトは社員たちに考えさせる。しかし、人はなかなか変われない。今までトップダウンでやってきた人たちがいきなりは変われない。なかなか意見は出ない。だから、社長は仕掛け作りを工夫する。 番組では、ブレーンストーミングをしていた。どんな客がどんな風に楽しんでいるか。意見が出ないときは書かせる。。話すきっかけづくりをすると話しやすい。たくさんの話の中から、再建する旅館のコンセプトをみんなに発見させる。その結果、「キーパーソンは熟年女性たち」だということに落ち着く。この客層を満足させれば集客力はつく。「熟年女性の要求にこたえる温泉旅館を作ろう」というコンセプトができあがった。 みんなで考えあい、意見を話し合う。「今までこんなことをやったことなかった」と社員から「発見の喜びの声」があがる。「大切なのは共感だ」という。社長の口癖は「どうしますか」と聴く事。とにかく徹底して考えさせる。ヒントを投げかける。アイデアを出させる仕掛けを工夫する。徹底して聴き役に廻っている。実に忍耐強い、力をぐっとためて蓄えることができる「待ち」の人だと思う。 こうした信念を貫いて実績をあげ、次々とリゾート施設の破たん処理に乗り出し、今では、彼の下で働いている人は千人ほどいるという。 プロフェッショナルとは?と聞かれて彼いわく 常に完璧を目指す人。自分の足りない点を常に意識している。完璧なんてありえないが、そこを淡々と目指している人。 なるほど。奥が深い。民主主義のプロフェッショナルを目指して歩みたいものですね〜。亀のように、ゆっくりと、たえまなく歩を進めましょう。
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原発の嘘、エネルギー問題の嘘 |
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1月29日(日)午後、ひらかた市民会館で、小林圭二先生(元京大原子炉実験所講師)のお話をお聞きしました。思い返せば、私が初めて原子力発電所の危険性に気づいて、市民運動にのめりこんでいったのは1988年でした。今から18年前、手作りのワンピースを着て、まだ幼かった3人の子どもたちの手を引いて、関西電力本社の前に、初めて抗議に駆けつけたときは、まったく普通の主婦でした。 あの当時、34基しかなかった原発を、せっせと増やして、いまや52基になりました。あの当時、石油があと30年で枯渇するなどという真っ赤な嘘が、恥ずかしげもなくまことしやかに大宣伝されていました。小林先生の資料によると、今では、石油はまだまだあり、当時よりずっと消費量は増えているのに、「あと50年ほどもつ」と今では言われているようです。 なぜ18年たったのに、枯渇どころか増えているのでしょう。なのに、誰も「あれは嘘でした」といわず、「あの推量は間違っていました」とも謝らず、そ知らぬ顔をして、いまも「あと50年しかもたないような」幻想を作り出しふりまいているのです。 電力は、日本の最終エネルギー消費量のうちわずか5分の1を占めているだけなので、原発は石油の代替エネルギーにはならないということを具体的に数字できちんと知ることは大事です。私が特に許せないのは、原発がクリーンなエネルギーであるという、何の根拠もない真っ赤な嘘を、平気で税金を使って大宣伝することです。放射性廃棄物という人類にとって処理不可能な猛毒であり危険物を、毎日毎日作り続ける原発を、なぜクリーンなエネルギーであるというのか、私の頭ではとうてい理解できません。 その時々、都合の良い嘘で国民の不安をあおり、都合の良いデータをさも本当のようにちらつかせ、本当は要らないものを、業界の利益とリベートの還元や集票を狙う政治屋たちの癒着構造の中で、建設され続けてきた原発。 行革を唱え、小さい政府を唱えている小泉政権に、ぜひ原発の事業評価をさせたい。周辺住民に対するリスク評価をさせたい。「頑張れば報われる社会を作る」という小泉政権が、原発反対で必死に頑張っている人々の労苦が報いられる社会を作ろうともしないのはなぜですか。安全、安心な社会というなら、原発をなくしましょう。 60年先まで考えたら43兆円の後始末の費用がかかると、原子力委員会が試算しているようですが、最小に見積もってそれです。本当はもっともっとかかるでしょう。金だけでなく、処理方法、再処分場所の選定、大事故の危険性、さまざまな課題を全部、未来の子ども世代に残して、作った張本人の官僚と政治屋と、儲けた建設業者たちは先に死んでいくのです。一刻も早く、原発から撤退しなくては。この負の遺産のツケを子どもたちが、将来払い続けなければならなくなるのです。 命を守ることに妥協はいらないという、川田悦子さんの言葉を思い出しています。 |
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韓国訪問記 韓国の女性運動のいま 視察ツァー報告 |
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12月27日から31日まで友達と3人で韓国に行ってきました。「女性省」、民間の女性運動の中心的存在である「女性連合」、性虐待を受けた子どもの回復支援センターである「ひまわり児童センター」等を見て廻りました。忘れないうちに、それぞれの担当者からのお話をまとめました。通訳を通じての短時間での聞き取りをメモした報告ですから、細かい点はミスがあるかもしれません。その限界はご理解の上でお読みください。 ★ 女性省の広報長 チョ セオン エンさん(女性)のお話
★ ヘバラギ(ひまわり)子どもセンター 所長チョ・キュンスクさん(女性)のお話
★韓国女性団体連合 政策部長 Kim Ki, Seon-Mi キムキ、セオンミさん(女性)のお話
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