最終更新日 2004/12/30日

新・さわやかクラブ
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新・さわやかクラブ議員団は、2004年8月25日をもって解散しました。(04/08/26記)

「市長与党会派」としての立場をとるのか、
「個々の議案は是々非々で判断する」という立場を貫くのか、違いは埋めがたく。

 昨年4月に当選させていただいて、5月に「新・さわやかクラブ議員団」という10人会派を結成してから1年4ヶ月。かなり考え方の異なる10人が新しい会派の理念を打ち立てて、できる限り議論をして、その都度結論を出して何度かの議会を乗り越えてまいりましたが、今回、ついに会派を解消することになりました。解消にいたる直接のきっかけはあったのですが、背景にあるのは、「会派」についての考え方に根本的な違いがあったのだと思います。

 その違いとは「会派である以上、議論して多数決で決まったことには従がうべきだ。そうでなければ会派を組む意味がない」という考え方と、「自分の信念に基づいて政治生命をかけて取り組んでいる課題については、個々の判断を貫く自由を認めるべきだ」という考え方の違いです。

 私の結論としては、「無所属・市民派」と名乗って当選させていただいた以上、「議案審議にあたっては是々非々で判断する」という政治態度はなんとしても貫かねばならないということです。それが私の市民に対する公約ですから。

 この違いは埋めがたく、学校統廃合問題、廃プラスチック処理施設建設問題、市が推進する行財政改革に伴う市民の請願に対する判断などで表面化し、最終的に「このまま10人の会派でやっていくことは無理がある。いったん会派を解消して、個々の判断で新たに出直す」ということで合意しました。


吉本は3人で「市民派クラブ」を結成しました。吉本は幹事長に

 今後は、山崎きくお議員と山本三郎議員とともに3人会派を組むことにし、正式に会派届けを出しました。会派名は「市民派クラブ」です。私たちの会派は、「議会のチェック機能を果たすために、市民の目線で是々非々で判断する会派」とし、3人の政治に対する考え方は必ずしも一致しているわけではありませんから、会派拘束はかけないことで合意しました。

 吉本は会派の幹事長をさせていただくことになりました。

 議会内のいきさつの中で、会派構成も急遽動くことがあります。応援していただいている皆さんに事前に相談もできず、いつも事後報告となることは大変申し訳なく思っております。どうぞご理解くださいますよう、お願いいたします。

 


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新・さわやかクラブ写真

さわやかクラブ議員団で、会派紹介の写真をとりました(2003年)


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04/07/31〜08/01 鳥取自立塾にさわやか会派8人が参加

片山鳥取県知事と

佐賀県知事の対談

鳥取004

韓国の中央政府革新地方分権推進法の日本とに違いについて語るカン・ジェホさん

お隣の韓国に目を向けて、日本の地方分権推進一括法のいい加減さ(国の中央集権制の改革には一切手を付けず、地方だけ市町村合併でとにかく大きくなれ、という問題性)に気付いてほしいという問題意識を打ち出した片山知事の先見性はお見事です。

 

 

鳥取ゲスト

夜は交流会で講師の人たちと直接意見交換  

片山知事のお話は理論と実践、確信の人として共感

分科会で講師だった福嶋浩彦さん

(千葉県我孫子市長)にはこんなにも真面目で誠実な市長が存在していることに、感動しました。 

片山知事と新・さわやかクラブのメンバー とにかくファンになりました。ぜひ我孫子市に視察に行って、実際の取り組みを勉強させていただきたい。

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今日は市役所玄関で、会派ニュースをみんなで配布!(2004年5月14日)

朝7時半集合して、9時まで会派ニュースを、市役所の玄関などに分かれて、全員で配布しました。「会派とは何か? 会派でまとまって、何をやっていくべきか? 何を発信していくべきか?」 前向きに、まじめに議論してきた1年間でした。私はそれが嬉しかったです。

「個人個人はニュースを発行しているけれど、せっかく政務調査費を会派で使うなら、会派でニュースを発行して、会派としてまとまって情報発信をしていこう」という、宮本幹事長の発案に、「それは前向きで良いことだ」と、みんなで賛成。写真をたくさん使って、読みやすいニュースに仕上がりました。

小さいことでも、みんなでアイデアを出し合って、新しい挑戦を、一つ、ひとつやってみる。議会全体を変えることはなかなか難しいけれど、10人の会派から、やれることをやっていく。「市民から顔のみえる議会」に向かって、一歩ずつ、歩み始めた「新・さわやかクラブ」の挑戦です。

吉本のニュースも一緒に読んでやろうと思われる方には郵送もします。遠慮なくご連絡ください。

 


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2004年2月15〜16日、実り多い視察ができました。

民間の駅前再開発事業「六本木ヒルズ」を視察、
担当者から直接、お話を聞きました。

東京都杉並区を訪れ、小中一貫教育について調査してきました

文部科学省の担当者に今の教育制度改革の動きと、
「小中一貫教育の開発研究の現状」を伺いました。

杉並区では区長にお会いできたので、
「住基ネット」問題について直接質問。「なるほど!」と納得

その後、ついでにと言ってはなんですが、
国会の見学と、予算委員会も傍聴してきました。

 

小中一貫教育

山田区長のお話

 思いがけず山田宏区長のお話もゆっくりとお聞きする機会を得ました。区長さんのお話の中で印象的だったことは、杉並区がこの区に住んでいる人間にとって、何を提供しようとするのか、例えば文化か、ビジネスか、具体的なことを示していくことが必要だと考えている。例えば、アルツハイマーになってもプライドを持って生きられる街づくりをするんだというようなことを具体的に打ち出していくことが必要だと思うとおっしゃっておられたことです。

 これからは地域をみがきあげていくメニューを提供していくことが必要で、そのためにはNPOも個人も企業もトレーニングだ。市民のスキルアップのために、「杉並人づくり大学」として提案していくようなことも考えている。杉並区にはいろいろな人が住んでいる。地域の人にどんどん学校に入ってもらうことが必要。いま「世の中科」という授業を設けた。小柴さんも名誉校長として家の近くの学校に入ってもらっているということで、このような考え方には大いに共感しました。

 杉並区の和田中学に、東京都では初めて民間校長を採用した。杉並区に住んでいて教育に関心を持っていた人で、47歳、リクルートの社員だった人。今までは校長には56歳くらいでなるのが普通だったが、その年では「大過なく定年を迎えたい」と思うのも無理はない。横並び意識、縦並び意識(過去に例がない等)を変えないといけない。学校も変えていかなきゃいけない。やってみればできることを示さなきゃいけない。起爆剤としてはいってもらうことにした。もちろん教育現場には異物に対する冷淡さがあるので、受け入れの土壌がある学校に入れないといけない。

 教育委員会のお話

 無学年制や、総合的学習をもう一段と進めた「学び科」をつくりたいのだが、それは現行制度ではできないので特区申請をおこなっている。総合的学習は体験学習をとりいれたものだが、体験学習だけでは成果は上がらない。もっと根本的な改革が必要だと考えている。カリキュラムの弾力化もやりたいと思っている。

 教育委員会としては、いろいろなことを考え、教育改革プログラムを作ってメニューは用意しているが、それを実際に取り入れて実施していくのは学校の判断であって、教育委員会は押し付けはしない。各学校の状況はさまざまで、実施できるかどうかは学校の主体性に任せています。

 文部省が認めている「小中連携教育」と、そこから一歩進めた「小中一貫教育」、「小中一貫校」という3つのの段階をひとつずつ踏んで、取り組もうとしている杉並のお話を聞くことができたのは大変に有意義でした。

 寝屋川市では、「小中一貫教育の推進」という建前の言葉が、「行革」という掛け声の下で、「コスト削減」を至上命題として、学校の統廃合の大義名分として使われてしまった不幸を感じます。

 教育の長期的な展望や課題と、学校の統廃合問題を安直にくっつけて考えてはいけないということを、はっきりと理解できたことは大変良かったと思います。

 

六本木ヒルズ

★六本木ヒルズでは、森ビルを中心として、民間の厳しいコスト意識、品質チェック体制の細やかさを見せられた気がします。六本木ヒルズ一周ウオーキングコースの説明員の説明にも、チェックする人がついてきていましたから。

地上54階建ての「森タワー」の建物の最上階に上がり、屋上緑化を見ましたが、3600トンもの重量の庭園の土の重さを利用して、耐震構造を設計して、特許をとるという手法などもさすがだと思いますし、さまざまな新しい技術が試みられていました。

高層ビルには外資系企業オフィスを呼び込み、隣接する高層マンションの一棟は地元地権者用、一棟はオフィスの幹部級職員の住居として高収入の賃貸者を確保する、ホテルや、一時滞在者のニーズに応える賃貸アパートの供給など、総合的な企画力に「なるほど」と思います。民間開発は視察する機会が少ないものですから、「利潤をあげるための仕事」の顧客ターゲットはかなり、限られた階層になるのだと改めて認識しました。

 


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問題があるたびに、ていねいに情報収集し、
議論を重ねて意見調整しています。

難点は、調査・研究の結果を会派の議員さんの多数に理解して
もらう時間がないことがままあるのが残念。

12月議会では下水道料金の値上げが議案として提案・審議されました。建設水道常任委員会で審議するまでは私も問題の核心がつかめず、「なんか得心がいかないけど、料金値上げも仕方ないのかな?」と思っていたのですが、委員会審議で私の質問に答えられず、審議が中断する事態になりました。

答弁がどうもおかしいのです。「なにかがおかしい」と思いながら、なにがおかしいのかよくわからないままに反対する根拠がつかめず、委員会では賛成してしまいました。

委員会が終わっても、「なにかがおかしい、なにかをごまかしている」と感じたので、資料を読み込み、職員を呼んで、一つ一つの数字をつき合わせていきました。そして、一人で数字とにらめっこしていたら、やはり提出している資料の数字が間違っているのではないか?と、確信をえました。そこで17日の一般質問で質問し、ことの真偽を確かめました。

おもえば今議会は、12月8日に開催して19日に閉会です。わずか12日間の議会で、合併協議会と、関西医大の香里病院の存続のための30億円の助成金の議案、下水道料金の値上げなど、大きな議案が目白押し。下水道料金の値上げ15億円をなんとか通したい行政の思惑に、しっかりと目を向ける余裕が取れませんでした。

いまにして思えば、今回の料金改定で議会が議論すべきポイントは、一般会計の繰入金(公費負担分)と、料金負担の負担率の変更を、議会が認めるのかどうかというところにありました。ところが提案者はその論点をぼやかし、負担率の変更を数字で正直に説明しなかったのです。出してきた資料は、読めば読むほど問題点がたくさんある資料でした。ここでは詳細は書きませんが、一番問題と思える点をかいつまんで説明します。

公費負担と、下水道料金の負担割合は、雨水処理に関する費用は原則公費で負担する、汚水処理に関する費用は料金で負担するというものです。でも公共下水道事業で投資した起債現在高は平成15年度で765億円です。毎年元利償還金はどんどん増えるばかり。その公債費もすべて汚水分として考えられています。ですから料金で100%負担させると過大な料金になります。

そこで今まで市は、公費での負担率を50%、市民の料金負担率を50%としてきました。そして今回の料金改定は、市の負担率を35%、市民の料金負担率を65%に変更するものでした。

ところが、市の説明は「50%、50%という今までの負担率は変えず、16年度から18年度までの3年間で出る見込みの赤字額15億円を料金でまかなうしかないので、値上げを認めてほしい。値上げ分は15%の料金負担率の引き上げとなる」と説明したのです。資料として提出された表の不可解さと、その読み解きに時間をとられ、おかしさを指摘しても、はっきりとは「間違いもしくはごまかし」を認めないので、理解するのに無駄な労力をさかねばなりませんでした。

さて、一般質問で明らかになった問題点を、会派の議員さんに資料をコピーして目を通していただいて、問題点を説明し、理解してもらわねばなりません。もともとがややこしい話、ある程度理解していただいたものの、委員会も終わって、私も賛成して採決された議案をどう処理すべきか? これは難題でした。

かなり話し合った結果、矛盾点を解明し、大きな問題提起をして今後の行政運営に一石を投じたことをよしとして、明日の採決では「料金改定やむなし」という結論に落ち着いたのが本会議採決1日前の夕方のことでした。

さわやか会派では、かなり真剣に率直に議論ができるので、私はそれなりに納得していますが、議会日程が一番の改革すべき課題だと思います。あまりにも日程が短すぎて、まじめにやろうとすればするほど、調査がその日程に追いつかなのです。今回の下水道料金の改定問題では、私も大変良い勉強をさせていただきました。

★ 教訓1:数字は厳しくチェックすべし、行政は議案を通すための資料を作る。

  教訓2:得心いかないことは、できるだけ早く徹底して問いただせ。
       資料はひとつでも多く請求せよ。

  教訓3:最後の最後まで粘って本当の課題を明らかにする努力は、必ずい
       つか成果をあげる。

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会派視察にも行って勉強しています

2003年10月20日から22日までは、九州に会派視察にいきました。桜島では、小さな漁船を使って「合併反対」の訴えをしている議員さんがフェリーをお出迎え。小さな島での合併問題の一端を垣間見た思いがしましたし、「ここでも一人でがんばっている人がいるんだ」と思って嬉しかったです。九州は行く先々、合併問題で揺れていました。

会派視察では、以下のテーマで鹿児島桜島町、国分市、小林市、宮崎市をまわりました。でも、テーマ以外でも収穫の多い視察でした。特に驚いたのは国分市の大々的な大規模開発です。田舎にお金が回る仕組み、寝屋川市では考えられない「贅沢な開発」を引っ張ってきた力は何か?と思います。

宮崎市の市長のNPO支援の先見の明と、政治理念には大いに共感します。県庁所在地の文化と歴史の土壌が市制にも反映しているのでしょう。うらやましい限りです。

地域の首長、議会の議長さんなどの郷土にかける熱い思いを感じることができた視察となりました。

・桜島町----------国外留学者奨励金支給事業、IT普及助成事業

・鹿児島県国分市-- いきいき国分交流センター

・宮崎県小林市----小林文化会館

・宮崎市----------NPOへの職員派遣について、ISO14001取得事業について

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楽しくやっています (2003年09月24日)

9人の仲間の皆さんと和気あいあい、本当楽しい会派です。いつも笑顔の絶えない、でも、真剣に議論のできる信頼関係を大事にはぐくんでいます。新人議員の皆さんもやる気満々、とてもまじめに勉強してくださいます。なにより良いのはご自分の意見をはっきりと持っておられることです。ベテラン議員のみなさんも黙って見守ってくださる余裕があります。

私も今は(9月24日時点)、最初の緊張から開放されて、伸び伸びと自由にゆとりを持って発言できるようになりました。これは宮本幹事長の会派運営の方針が、とてもしっかりしているからだと思います。「できる限り個性を発揮して自由にやったらいい」といいながら、ボスとして自分が会派のみんなを守るという毅然とした考えをもっていて、みんなの意見を聞きながら、決断は早い。そして責任は自分が取る、という覚悟が感じられるからこそ、みんなが安心してついていけるのでしょう。

みんなが、それぞれの力を十分に発揮できて、パワーアップできる会派になったらいいなと思います。きっと2〜3年後には素晴らしい会派になることでしょう。とても楽しみです。

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「新・さわやかクラブ」に入りました
2003年5月14〜16日に開催された初議会では、新しい会派構成と役員選挙が行われました。私は当初、 「社民・市民派クラブ」を2人で結成しましたが、役員選挙の流れの中で、「新・さわやかクラブ」 に入り、10人の最大会派を結成しました。新人5人、現職5人です。

●新・さわやかクラブ議員団 10人
 …所属党派は無所属5人(市民派吉本も含む), 民主党4人,  社民党1人
●ねやがわ21議員団 9人…無所属(自民党員7人、その他2人)
●公明党議院団 8人
●共産党議員団 5人

この8年間、市民から見て「わかりにくい閉鎖的な議会」を、生活者の目で見て納得がいく「あたりまえ の民主主義がおこなわれる場」にしていきたいと願って、1期目は2人会派で、2期目は1人会派で活動してきました。

これからも無所属市民派議員として、情報公開をすすめ議会改革に取り組む姿勢は変えませんが、3 期目は他の議員さんとの対話を大切にし、 議会全体の動きに関与していくため、自らのポリシーを少し抑えてでも、なんとしても発言の場を確 保していかねばならないと考えました。


質問にお答えします 「なぜ、最大会派にはいったの?」

一般論として言えば、会派が4つしかないというのは議会の活性化という観点から見ると、決して望ま しいとは思っていません。各議員が、自分の問題意識をはっきりと表明し、会派でまとまった政策を提 言していくためには、会派には適正な人数があるでしょうし、議会には適正な会派数というものがある だろうと思います。

8年間、小数会派で筋を通してきたつもりです。しかし、選挙結果に表れた市民の民意は私には厳しい ものでした。この民意をどう解釈すれば良いのか、時間が必要でした。さらに、選挙後初の議会の役員 選挙のやり方を見て、今の寝屋川市議会の構成の中では、2人会派でやっていくことの限界が見えた思 いがしました。

今後は、与えられた状況の中で、最善と思える選択をし、タブーなく臨機応変に、とことん努力しよう と思っています。少数意見が尊重され、各会派が対等に議論できる議会にするためには、段階的に議会 と各議員の成熟度を高めなければなりません。国も地方も時代の激動期にあるのに、まだ今までの古い 議会運営を守ろうとする守旧派が、依然として力を持っている現状の中で、新しい議会運営の手法を主 張する勢力を大きくする力を、市民運動で育てていきたいものですね。

そういう意味で、今は過渡期です。4年に1度の選挙のたびに、新しい理念を持って立候補する覚悟を する市民を増やし、そうした人をしっかりと見抜いて支援できる参加型の市民が増えることで、一歩一 歩議会の質を上げていく、本当に気の遠くなるような地道が努力が必要なことだと思います。

活動スタイルは変わりますが、なにがあろうとも、つぶれずに、あきらめずに、とにかく一歩でも前に すすむ意思を持ちつづけたいと思います。どうぞ支えてください。そして、あなたもご一緒に、できる ところで動いてくださったら、本当に嬉しいです。

★あなたのご意見もお寄せください。


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