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07年のページ |
| 裁判は却下、監査結果の不当性は認めた(07/12/28) | |
| これでも「情報公開制度」か? (07/12/05) | |
| 守屋問題に思う (07/11/30) | |
| 沖縄の思いを受け止めたい (07/9/30) | |
| 小田実さんを偲ぶ (07/8/31) | |
| 川田龍平さん、当選。おめでとう〜 (07/07/30) | |
| 5月から、市民になりました | |
| 民主主義の現場は、できるだけ自分で体験するというのが私の持論です。でも、裁判までは正直言って面倒くさいというのが、今までの気持ちでした。何しろ書類作成の労力だけでも大変だし、どう考えてもマニアックな世界のように思えて、できるなら関わりたくないかったですね〜。 でも、このままこんなナンセンスな、全く不要な施設の建設に莫大な税金をつぎ込む愚かな政治を、黙って見過ごすことはできない、嫌だという納得がいかないという思いがどこかにくすぶっていたのでしょう。「裁判をやりたい」という人と一緒に重い腰を上げて、本人訴訟をに踏み切りました。 たくさんの資料を揃え、こちら側のいい分を全部まとめて裁判所に提出したものの、結果は本案の審理もせず、入り口のところで門前払いの「却下」となりました。判決を読めば、素人の悲しさかな、まったく争いの論点がすれ違ったところで、いらぬ労力を費やしていたのだとわかりました。でも、経験は力です。失敗の積み重ねが人を成長させるのです。いつか必ず役にたつときが来ます。 ただ、一つだけ大きな成果はありました。監査委員の監査結果が、間違っていたという判断を裁判所はくだしたのです。 つまり、こんな初歩的な間違いをわざとしてみせることは、「監査委員制度が、実はまったく機能していない」ということの証明になるのです。たとえ、その人が個人的には、どんなに善良な人であったとしても。
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| 以下の文書は、監査結果の要約です。 |
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北河4市リ第43号 請求人 吉本弘子様 北河内4市リサイクル施設組合 監査委員 亀岡勝敏 平成19年4月11日付けで、請求人から提出された住民監査請求について(通知) 本請求は、北河内4市リサイクル施設組合の執行機関又は職員の財務会計上の行為を請求の対象としたものではない。よって、地方自治法第242条第1項で定める住民監査請求の要件を欠いているので、請求を受理せず却下する。 理由(※1.法的位置づけ、2.共同処理する事務、3.請求人の請求要旨の要約、4.住民監査請求の対象と4点の記載がA4,1枚の用紙にかかれていますが、結論の4の部分だけ掲載します) 4.法第242条第1項で定める住民監査請求の対象は、地方公共団体の事務の執行に関する執行機関又は職員の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実に限られる。 本請求は、施設組合の事務(すなわち直営で行う当該廃棄物の処理事務)を執行する上での、執行機関または職員の具体的な財務会計上の行為が対象ではなく、施設組合が当該廃棄物の処理を直営で行う方式、すなわち、施設組合の事務そのものを請求の対象としている。 よって、本請求は財務会計上の行為を対象としておらず、法に定める請求の要件を欠いている。 以上 |
| これに対して判決では、下記のように財務会計行為を対象とした監査請求であることを明確に認めています。
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| 2007年12月27日 当裁判所の判断 1 監査請求前置の有無(本案前の争点)について (1)被告は、本件監査請求が、本件基本構想等及び本件費用対効果分析そのものにつき監査を求めるものであって、財務会計行為を対象としない不適法なものと主張し、これに対し、原告等は、本件監査請求は国及び本件4市からの「財産の取得」という財務会計行為を対象とするものであると主張する。 そこで検討するに、前記前提事実及び甲第4号証によれば、原告らは、本件監査請求において、本件費用対効果分析の問題点を指摘しつつも、その結論部分では、「馬場好弘管理者の行為は・・・「違法または不当な財産の取得」に該当することは明白である」と記載していることが認められるから、本件監査請求は、「財産の取得」という財務会計行為を対象とするものであって、本件費用対効果分析の問題点は、その違法事由の1つとして主張されているにすぎないというべきである。 したがって、被告の上記主張は理由がない。 確かに、原告らの主張する公金受領行為が、本件組合に収入を発生させるにとどまるものである可能性はある。しかし、前提事実のとおり、国及び本件4市から公布される上記公金は、廃棄物処理施設整備費としての国庫補助金及び本件4市の負担金であるから、何らかの義務の負担を伴うものと解釈する余地があり、被告も、当該公金の受領が一定の義務の負担ないしは財産上の損失を伴うものかどうか明らかにしていない。 そこで、一応、原告らの主張する公金受領行為は住民監査請求の対象となるとした上で、本件監査請求と本件訴えにおける財務会計行為の同一性につき検討する事にする。 (以下、省略)
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1年7ヶ月も待たしたあげく、約10分で話せとは! |
| 12月4日づけで、寝屋川市情報公開審査会から、異議申し立てに対する「口頭意見陳述を、12月25日の午後3時半に行う」という文書が郵送されてきました。 平成18年の5月23日に、口頭意見陳述をしたいと希望を出していたのが、なんと1年7ヶ月も引き伸ばされて、今頃になって、やっとかなうというのです。 この情報開示請求は、18年2月8日に請求したものです。開示請求してから実に1年10ヶ月。もうすぐ2年ですよ。なんという役所仕事。なんという仕事のサボタージュ。「真面目に仕事しろ。税金返せ!〜」と叫びたい。 ちょっと話が脱線しますが。仕事を失い、無職無収入の身で、今年の市府民税を70万円も払わされたのにですよ。 私がこう言ったら、市役所の職員さんが驚きました。「え〜、議員さんて退職金もらえないんですか。」 私「そうですよ〜。役所の職員さんのように約3千万円もの退職金がもらえる身には想像もできないでしょう。議員は退職金は一円もなし。なのに今年の住民税は70万円。健康保険が63万円。計133万円。どうやって払うのよ〜。おまけに失業保険もなし。年金は65歳から支給で、私はまだ54歳。11年も先の年金、あてにできるほど、世の中、安泰じゃないでしょう?」とぼやきまくったのでした。 おっとっと。ぼやきはいけません。話は元に戻します。 しかも、その通知には、ごていねいに黄色い付箋がついており、「1件につき約10分程度でお願いします」と書いてあります。厚かましいにもほどがある。仕事もろくにせずに、情報は隠して出さず、「やらずぼったくり」とはまさにこのことでしょう。 1年7ヶ月も待たして、「10分程度にしろ」とは、3分診療で悪名高いお医者様でも「僕とこは待ち時間、わずか2時間やで。」と驚くでしょう。市長の所信表明を、あほらしくて、白々しくて聞いてられない気持ちわかります。「積極的な情報提供をしてまいります。」としゃあしゃあとよく言えますよね〜。あほらし。 しかし、なにをそれほど隠さないといけないのかと、誰だって不思議に思うでしょう。よほど困ることが書いてあるのか? よほど、私に知られたくないのか? 「1件に付」というただし書きがあるのは、2件の異議申し立てをしているからで、もう1件は平成19年3月に口頭意見陳述をしたものも同時に取り扱うからです。2つとも、1日で片付けてしまおうという事務局サイドのはからいでしょう。 今日送られてきた文書は、争点を簡潔に整理しており、それに対して訂正または追加の主張がある時は、文書によりその日までに提出しなさいというものです。 ★異議申し立てしている、不開示処分にされている文書とは? 1.「ごみ処理施設建設準備庁内検討会議に関する文書」---------------- 争点@ 異議申し立て人(私)の言い分(※実際は詳細に述べているものを、行政が要約したもの) 寝屋川市にとって焼却炉の建替え問題は大きな懸案事項であり、その認識の下で設置された会議であることを考えると、会議がいつ開かれたのかというメモや、会議を召集した文書さえまったく存在しないというのは、行政組織の常識では考えられないことである。よって、不存在の理由とされた「当会議にかんする文書は作成していないため」という理由はとうてい納得がいかない。(なんらかの文書は作成しているはずです。) これに対する市長側の言い分が笑えます。 平成13年度〜平成17年度の間においては、会議等は開催していない。従って、会議録等の書類(メモを含む)はない。なお、要綱等は作成していない。 私の言い分 ごみ処理施設建設準備庁内会という文書ファイルが存在するのに、文書が存在しないというのは理解できない。開示拒否理由説明書には、会議を開いてないとは書いていません。 市側の言い分 議会でも再三にわたり、時期を失しないように検討委員会を立ちあげると答弁しており、これらに備えるため文書ファイルを削除せずに残している。 ---------------- もし、平成13年から17年度までの5年間、本当に1度も会議を開かず、文書が存在しないなら、議会でまっかな嘘を再三にわたり、答弁していたことになります。 議会がいかに馬鹿にされているか。つまり、民主主義を馬鹿にしている、市民をなめているということです。これだけ馬鹿にされながら、議員はなぜ怒らないのか不思議でしょう。 それどころか、「情報は表に出さずにこっそりと自分だけに教えてくれれば良い。それが与党会派の議員の特権であり、政治力や」と信じ込んでいる「賢い人」のなんと多いことか。(笑いものです) でもね〜、 この文書を書いた人は、この論理矛盾に気が付かないのでしょうか? どんな頭しとんねん? どんな行政や?? と思うでしょ。 ------------------- 2.「平成17年度と18年度11月末までの悪臭苦情受付件数及び現地調査に関する文書」 市側は、争点は以下の4つとまとめている。 争点@ 住民からの悪臭苦情の具体的事実を明らかにし、行政がどのように調査し、対処したのかを市民に報せることは行政の説明責任として当然の責務である。 市側の言い分 空白 (※この点には反論していない。つまり反論の仕様がないということでしょう。)争点A 個人の意見、思想が含まれる個人情報を保護するにしても、その線引きは情報の不開示情報の規定に沿って、該当箇所を厳密に精査すべきである。陳情受付簿そのものを全面的に非開示にすることは、条例の趣旨・目的を損なう。 市側の言い分 不開示情報を削除すると、公文書の大部分が墨塗りされてしまい、有効な情報ではないため、部分開示できるものではない。 争点B 開示を拒否した情報は、条例第6条第1項第1号但し書きイの規定に該当するので、開示情報にあたることは明白である。 市側の言い分 陳情者の意見や思想が含まれる個人に関する情報であって特定の個人が識別されるものであるため(開示できない) 争点C 開示を拒否した情報は、条例第6条第1項第1号但し書きウの規定に該当するので、開示情報にあたることは明白である 市側の言い分 陳情者の意見や思想が含まれる個人に関する情報であって特定の個人が識別されるものであるため(開示できない) ------------------------------------------- 最後に私の意見 2つの文書とも、隠す必要などまったくない文書です。特に2の文書は、住民の健康と命に関わる文書です。不当に隠し続けること自体、市民の健康と安全を守る行政としての存在意義そのものを疑われる事態になるでしょう。 |
| ついに前防衛事務次官の守屋武昌容疑者が逮捕され、防衛族団体側に1億円がわたったという情報が出てきました。社団法人「日米平和・文化交流協会」という美しい名前の下で、何をしていたのやら。密室の生々しい兵器商売の現場で利権をあさっていたのだとしたら、なにが社団法人かと腹立たしいですね。 守屋容疑者は、「天皇」とささやかれ、自衛隊の制服組の人事まで自分の都合のよいように全部指図していたというし、妻は防衛官僚たちの婦人たちの会に「女帝」として君臨して、会食代金は「宮崎につけておいて」と言ってはばかることもなかったというから、あきれ果てる思いとともに、人間のおごりの怖さと愚かさ・醜さを思い知らされます。 「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり おごれるものは久しからず。盛者必衰の理を現す」という、なにやら、そんなことを昔、学校で習ったよね〜と、感慨深い。しかし、ここまで極端にわかりやすいことを大々的にやらない限りは暴けないのか、と思う気持ちが一方であります。日本の政治の深く愚かでヘドロがたまったどぶのような汚い闇。 規模が大なり小なりいろいろあるけれど、大から小まで、日本の各地で、天皇気分でいい気になっている愚かで、私欲深い人たちが、政治をもて遊んでいるからこそ、本当に必要なところに税金が配分されないことが、とても残念で悔しくてなりません。 私の友達は、兵庫県内でDV被害の女性たちの支援をしています。先日も、明石市の無理解な生活保護課の行政職員に、何時間もかけて、けんけんがくがく生活保護費の受給について説明したのに理解してもらえず、疲れ果てていました。協力してもらわねばならない職員さんとけんかするわけにもいかず、余計なところで神経をすり減らさねばならない彼女が、傍で見ていて、本当に気の毒でした。東京都や他県ではこうした金額が支給されていますと説明しても、「他所は知らないが、兵庫県では出していないと突っぱねられていました。今日の新聞によると、生活保護の金額も見直される障害者自立支援法という、まやかしの法律もそうです。本当に行政の手助けが必要な人たちに対するお金がどんどん切られて行っています。 こうした実態を見るにつけ、官僚と政治屋、企業の癒着と利権、そこにメスが入らない限り、市民の納めた税金が有効に使われることはないのだと思います。今の日本の政治には正義がない。社会的公正さ、それが企業にもないことが、食品の消費期限切れ問題や、産地虚偽表示問題で明らかになっています。つまり、その土壌である国民にも、正義や社会的公正さを求める意識が薄いといわざるを得ません。 だからこそ、そういう政治屋たちを「あの人は力がある」と評価して、選挙で喜んで走り回って、選び続けてきた。その結果が、今、国民の生活に、弱い人たちの上に、まともに降りかかってきているのです。 いま、いろいろな問題が明らかになってきて、「嫌になってしまう」という意見をよく聞きます。でも、私はそうは思いません。全てが表に出てくることは大歓迎です。とても良いことです。すべての闇に光をあてましょう。どんどん、汚い部分を表に引きずり出せば良いのです。私たちはそれをきちんと見て、何が問題かを考えて、自分たちの判断力を鍛えましょう。本当に、もっと大事なことが、マスコミでは実はまったく報道されていないのではないかということを、私は岩国市の基地問題を勉強に行って強く感じました。 最後は、国民1人、1人の判断力です。選択です。国民が自分の責任をきちんと果たすこと。「嫌になった」と言って、それを逃げないことです。誰かに任せて、自分は何もしない人が多すぎるから、こんな事態になっていることに、深く気付いてちゃんと政治に向き合ってほしいと思います。 という私も、「おまえも逃げたやないか」と言われたら、「そうかも知れない」と思います(笑)。 でも、私は少なくとも12年間、自分の力でできることに、精一杯がんばりました。何もせずに最初からあきらめたわけではありません。1人の人間として、やるだけのことはやったから、私には言う権利があると思います(笑)。もう、この年ですから、開き直りも覚えましたけど。
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| 今日の朝日新聞トップは、「沖縄11万人国に抗議」の記事。参加者は、教科書検定意見の撤回と「集団自決強制」の記述の回復を求める決議を採択したとあります。 もし、私が沖縄に住んでいたら、私も同じように行動したでしょうし、絶対に許せないと思います。国家が権力によって歴史的な事実を歪めることは、絶対にしてはならない行為だし、市民はそれを許してはいけない。 戦争の極限状態において、普通に生きたいと願う人間がなにをさせられるか、軍隊が何をするかは、沖縄戦がみごとに証明しています。親が泣き叫ぶ赤ん坊を殺すことを無理強いされ、家族が互いに殺しあった事実を、沖縄は忘れられないし、私たちは、彼等の証言を聞いて、悲惨な実態を思い知らされます。 私は2度沖縄を訪れ、戦跡に立って思いを巡らせ、現地の人から直接に辛い歴史をお聞きすることができました。沖縄戦の本を読みました。私にできることは、事実を知って、それを心に刻みつけ、沖縄の人と一緒に事実を悲しむこと、忘れないこと、そしてできるだけそれを人に伝えることだと思っています。 事実をなかったと言い張ること、事実をごまかすことは、死者に対する2重の殺戮です。死者を2度殺してはいけない。今もなお、沖縄に人たちに基地を押し付け、基地被害をおしつけている側の人間として、立ちあがって抗議している沖縄の人たちの心を精一杯受け止めたいと思います。 まず、私たちにできることは、沖縄に関心を持ちましょう。事実を知る努力をしましょう。国に働きかけましょう。何ができるか一緒に考えましょう。何かできるはずです。強い思いさえあれば。 |
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7月30日に、小田実さんが亡くなりました。8月25日に、JR芦屋駅前の「山村サロン」で、小田実さんを偲ぶ会がありました。私も参加しましたが、1時から5時頃まで、さまざまな人たちの小田実さんを偲ぶメッセージを聞いていると、本当に多面的な小田実像が浮かび上がってきて、とても感動しつつ、学ぶことが多い会でした。 山村さんが言いました。「僕と小田さんは言葉の力を信じてきた。言葉が人々を動かす力を信じてやってきた。だからしょんぼりすることはない。小田さんは生きているんですよ。僕等の中に生きているんですよ」と。まさにそのとおりだと思いました。 会場は約300人もの人々であふれて、椅子が足りず、受付を手伝っていた私は遅れて入ったので、小田さんのビデオはちょっぴりしか見られなかったけれど、ちょうど小田さんがドイツのユダヤ人が虐殺されたところに戦後建てられた教会の現場に立って、発言していたところを見ました。 小田さんは、「僕は、いつも気が衰えたり迷ったときには、いつもここに来た。何度もここに来たんです。この虐殺現場に立ってものごとを考えた。そういうことが大事なんです」といったような内容でした。 私にとっては、終始一貫、背骨に芯がとおったように「殺される人間の側に立って社会と人間を深く感じ、見つめ続けた」巨人のような人でした。その精神の強靭さは、ライオンのように強い印象の人でした。 その彼が、迷い、気が滅入ったりした時にはここに来たと、言葉を詰まらせて語る姿は、なんとも言えず、胸にジーンときました。 昔、20歳頃に読んでとても感動した詩の一節を思い出す場面でした。「触ると手の切れるような糸を心にはって、迷いをくい止めたい」という詩です。真剣な生き方が共通していますよね〜。 1人娘の小田ならさんが、「父は厳しい人でした。自分自身に一番厳しかった」というのを聞いて、なるほどなあと納得しました。そうでなければ、これだけの仕事はできなかったでしょう。常に人と違った独自の観かたを創り出すことにこだわっていました。
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| 川田龍平君を当選させた1人、ひとりの市民の力に希望を感じます。「いまの政治がどこに行こうとしているのか、本当にどんどん変な方向に行っている。いま、動かなければ、後悔すると思う」という真剣な若いお母さんたちの言葉は、現実にボランティアとしてビラ配りに駆けつけ、川田龍平選挙を支えました。1人ひとりの真心が、真剣に政治を思う気持ちが、龍平選挙の輪を広げました。街で多くの龍平君と同年代の人たちの激励を受けました。
高齢の人たちの温かい激励を受けました。「お身体を大切にしてね。頑張り過ぎないで」と言ってくださった人。涙ながらに握手して「本当に頑張って。応援するから」と激励してくださった方々もたくさんいました。
その人たち一人、ひとりのお顔が浮かびます。それほどに皆さん、本気でした。真剣でした。 保坂さんぞうさん、まさかの敗退、丸川たまよさん、あれだけのマスコミの酷評と、本人の失敗の中で、まさかの当選。 皮肉なものです。当確が出ても、丸川たまよさんは、なかなか選挙事務所に現れませんでした。そりゃそうでしょう。悪気はなくても、精一杯、人生をかけてその道一筋に生きてきた大先輩の票を奪って追い落としたようなものです。選挙とはなんと残酷なものかと思います。 全体的に見て、今回の選挙、民主党の圧倒的勝利ですが、さて、問われるのは民主党の力です。知名度と風の力で当選した人も結構いそうで心配です。 社民党と共産党等、平和憲法を守ってくれそうな勢力にもう少し票をあげてほしかったなあ。マスコミこぞって2大政党路線に持っていこうとしているけれど、参議院は日本の長期的な政策をしっかりと練ってほしい。そのためにも、しっかりとした平和路線を貫ける人たちを当選させてほしかった。自民党を敗退はさせられたけれど、平和勢力を増やせなかったのは残念、無念。 |
| なお、このHPはこれまでの吉本の活動記録としてしばらくの間、残しておきます。HPの新たな編集方針が決まれば、書き換えます。今の段階では、まだ1人の無所属・市民派議員として何ができるか、理想を追い求めて実践した女性議員の現場体験記として、一定の価値はあるものと考えます。 私がめざしたものは「市民と一緒に創り出す市民自治の政治」でした。その前提条件は、市民が政治に関わる意思を持つことが不可欠です。それを掘り起こすのが、私の政治的使命だったと言えるでしょう。そして一定、その役割は果たしえたと思っています。 これまでは議員として、議員がすべきこと、市民がやるべきこと、この両者の関係性はどうあるべきか等について、考えるための情報提供をしたと思っています。今後は、議会に入って見えたこと、考えたことを基礎に、再び一市民の立場に立って、市民として何ができるか考えたいと思います。 議員は辞めても、このHPを通じて培った全国の皆さんとの人間としての相互交流、話し合いは大事にしたいと思っています。ご意見はどんどん、遠慮なくお寄せください。 |