いいところ応援計画
初出は財団法人・明治安田こころの健康財団発行
「マインディックスぷらざ2003・秋」です。
阿部先生と同財団のご好意により転載させていただきます。

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 通常学級における軽度発達障碍児の「いいところ」応援計画

所沢市教育委員会健やか輝き支援室支援委員   阿部利彦

 も く じ

【1】はじめに

【2】「いいところ」応援計画
  1.「いいところ」とは
  2.「いいところ」応援計画の流れ
      (1)いいところ探し
      (2)いいところ気付き
      (3)いいところ増やし

【3】「いいところ」応援計画の実際
  事例1:席に座っていられないオオタ君
   <1>得意科目への取り組みを応援
   <2>他者へ貢献することの重要性
   <3>遊びを通して粗大運動・微細運動機能を高める
  *激しい問題行動に対して
  事例2:すぐカッとなるヤマダ君
   <1>感情的になった後の対応より、感情的になりにくい環境を工夫する
   <2>感情的になる場面を想定して事前にルールを決める
   <3>「見過ごす能力」を身につける

【4】心のゆとリを生む支えあい


 【1】はじめ
 相談の現場で働きはじめた頃、AD/HDの特徴を持つサトウ君の担当になりました。小学4年の彼はプレイルームで私と戦いごっこをするのですが、すごい暴れっぷりで、いつも私はヘトヘトでした。ところがある日、怪我をした私に、サトウ君は気づかいをみせ「しょうがないから今日はボードゲームで勘弁してあげるよ」と、言ってくれました。
 また広汎性発達障害との診断を受けていた中学1年のスズキ君は、来室の度受付に「いつも阿部先生にお世話になっております。スズキでございます。今日3時から先生に300系(電車の種類)についてご説明することになっているのですが」などと挨拶します。そして前回約束した通りに、私のためにいろいろな資料を持参してくれました。

 私は、学校にまつわる様々な問題を抱え、つまずいている子どもたちに日々接しています。彼らの健やかな成長を願い、少しでも輝く笑顔を取り戻してもらえるようにお手伝いするのが仕事です。軽度発達障碍といわれる子どもたちに出会う度、私は彼らの豊かさや持ち味に嬉しい驚きや感銘を受けてきました。彼らは個性豊かで愛嬌のある子どもたちであり、たまたま今の環境との相性が悪いためにつまずいていることが多いのです。そんな彼らの口から「どうせオレなんか」、「私バカだから」という言葉がよく聞かれるのが残念でなりません。彼らは学校で誉められたり、認められたり、クラスメイトに貢献して感謝されたり、という経験はあまりありません。そればかりか、保護者からも「今日はちゃんと座ってられたの?先生に怒られなかった?友だちに迷惑かけてないでしょうね?」などと言われます。
 先生や保護者、もちろん本人が悪いわけではありません。ただそういう悪循環になりやすい状況が多いのです。大人が少し視点を変えるだけで、あるいは気配りをするだけで、そんな子どもたちの毎日が変わるはずなのです。“はず”としたのは、実際大人が今まで何十年も抱えてきた視点を変えることや、子どもとの関わり方を変えることが、いかに難しいことか、とも痛感させられる毎日だからです。
 ですから私達、支援者の大きな役割の一つはその子の「いいところ探し」だと感じるようになりました。問題行動が激しければ激しいほど、大人に余裕がなくなり、「いいところ探し」は困難になります。しかし、そういう子だからこそ、上手に「いいところ」を見つけてあげなくてはならないのです。



 【2】「いいところ」応援計画

《いいところ応援計画の流れ》
   
(1)いいところ探し その子の能力のうち比較的高い面や学校生活で適切な行動をとることができる場面を探します。
(2)いいところ気づき 支援者が探した「いいところ」をその子自身にフィードバックし、自己信頼感を高めます。
(3)いいところ増やし 「いいところ」のレパートリーを広げる支援を工夫します。
*この計画では、児童・生徒自身がチームメンバーとして参加し、進捗状況を見ながら、自分の成長や変化を確認することを重要視しています。

 ここでいう「いいところ」というのは他の子より上手なこととか、優れた技術のことではありません。それは、@本人の持っている能力のうちで比較的高い能力、A場面に即した適切な行動、のことです。

1.「いいところ」とは

@ 「比較的高い能力」について言うと、できればWISC−Vなどのデータが欲しいものです。その際、もちろん知的なアンバランスさや弱い能力も客観的に捉える必要がありますが、高い能力、その子の「強み」を知ることが支援の大きな手がかりになります。
A 「場面に即した適切な行動」については、担任の先生の協力が必要になります。学校からの報告書などでは、「落ち着きがない」「席に座っていられない」「すぐパニックになる」という項目はよく目にしますが、「3、4時間目は落ち着いてくる」「水泳には意欲的に取り組む」といったプラスの部分には視点が向きにくいようです。そこで行動記録表を記入してもらい、児童の傾向を把握しています。

2.「いいところ」応援計画の流れ

「いいところ」応援計画は、3つのプロセスから成っています。

(1) 「いいところ探し」では「この年齢ではできて当たり前」あるいは「せめてこの位はして欲しい」という考え方から抜け出すようにします。
 ですから「月曜はいつもちゃんとできない」「算数で15分しか座っていられない」という評価でなく、「月曜は難しいが、金曜に近づくにつれ落ち着く」「算数では15分は座っていられる」といったポジティブな評価に転換し、突破口にしていくのです。
 そして座っていられる時間の15分が18分、20分と増えるように、応援計画をスモールステップで進めます。
(2) 「いいところ気づき」では児童・生徒本人に自分の「できていること」「がんばれそうなこと」に気づいてもらい、「自分にもできた」という達成感を持たせ、今より少し「ステップアップできそうだ」という自己信頼を高めます。その子が持っているいろいろな力を呼び起こすためには、本人自身の意欲が重要なエネルギーになります。本人が自分に気づくために、まず「結果よりも努力を認める」「わずかな成長を見つける」といった大人側の根気が不可欠です。
 WISC−Vなどの結果もうまく本人に伝える技術が求められます。検査で2時間近くも子どもにがんばってもらうのですから、その結果を保護者や先生だけでなく、噛み砕いて本人自身に知ってもらいたいものです。
 最近ではインターネットなどからの情報で「自分はLDかも知れない」と感じて相談に来るケースも出てきているので、児童・生徒の年齢や発達に配慮しつつ「自分にもこういう能力があるのだ」とか「努力不足ではなく、なかなか難しい部分もあるのだ」という自己理解の手助けをすることが重要です。様々なアセスメントは特に自分でも気づいていない良さを伝えるために有効な資料なのです。
(3) 「いいところ増やし」では、その子のもともと持つ「いいところ」を伸ばすことから、さらに発展させ、何らかの援助や訓練によってその子の「強み」のレパートリーを増やすことが狙いです。訓練といっても、楽しく遊びの感覚も取り入れながら、苦手意識を軽減するプログラムを検討します。


 【3】「いいところ」応援計画の実際

事例1:席に座っていられないオオタ君

 オオタくんは小学校1年生です。家庭訪問で担当のイトウ先生から「お子さんはAD/HDではないか」と言われ相談を勧められました。お母さんに連れられ来室したオオタ君は、小柄でかわいく、年長さんくらいにも見えました。彼のクラスは大人しい子が多く、入学当初から落ち着いたクラスだったので、余計に彼は目についたようです。「ノートは取らない、連絡帳は書かない、授業中教室を立ち歩く」という点を先生は問題視していました。特に国語の時間は離席が多いこと、反対に算数では比較的落ち着いていられることがわかりました。
 本人に「君はお利口だし、人の話を聞くのも得意なのに、学校ではどうしてうまくできない時があると思う?」と聞くと「ちゃんとしたいんだけどね」と答えました。彼なりに「このままではいけない」と思っていたようですが、小学校低学年の場合、自分について分析することはなかなか難しいものです。そこでお母さんとも相談して、オオタ君の得意なことや苦手なことを調べ、これからどうしたらいいかを考えるヒントにしたいということで知能検査を実施しました。そして結果を考慮して以下のような応援計画を進めました。


1.得意科目への取り組みを応援

 オオタ君は算数が得意で、自分でも好きな教科です。本人いわく「数字を書くのはラク」で、算数の時間はノートもとっていました。そこで、少しゲーム感覚で「ファイトカード」に挑戦してもらうことにしました。
 ルールは、算数の時間、
 (a)席に座っていられました。
 (b)先生の話をよく聞けました。
 (c)ノートをとりました。
 の3項目について授業終了時イトウ先生が判定し、合格なら1項目に1枚ずつシールを与えます。それを「オオタ君ファイトカード」に自分で貼っていく、というものです。算数は週4時間あり、シールを全部もらうと12枚になります。いきなり12枚クリアするのは難しいのでは、という点と、最初のうちは達成感を味わわせてあげたい配慮から「9枚以上シールをゲットする」という目標を設定しました。
 また、シール獲得だけに終わらせず、そのことでさらに「ごほうび」を得られるシステムにするとより有効です。ただ日本の文化にはどうもなじまないようで、特に「ものや金」をあげることに拒否反応を見せる大人もいます。オオタ君は来室して遊ぶのを非常に楽しみにしていたので、このケースでは「シールを9枚集めたら、阿部先生と遊べる」という形にしました。それを本人に意志確認したところ(もちろん子どもによっては「面倒臭い」「やだ」という子もいるのですが)、「やってみる」と元気に応えてくれました。そして彼は初挑戦で見事にシールを11枚もらい、意気揚々と来室したのです。それから2週ほどはシールの枚数を増やす(12枚全て獲得)、その後は本人が他にもがんばれそうな科目を選び課題を増やす(算数と図工等の組み合わせ)という具合に、本人と相談してバージョンアップしていきました。
 シールによる取り組みで大切なのは、
 @よい結果が期待できるところから始める。
 A本人の意向をうまく取り入れる。
 Bシール帳を誉める材料として活用する。
 ということです。毎週確実にシールの獲得数が増えることで、イトウ先生やお母さんからも誉められ、何より「自分にもできる」と目に見えることが非常に効果があり、オオタ君にとってファイトカードは勲章となりました。


2.他者へ貢献する事の重要性

 軽度発達障碍児の多くはせっかく「学校」という集団の場にいながら「他者に貢献して賞賛される」という貴重な経験を味わっていません。「いいところ」応援計画ではその子なりの良さを学級の中で自然に伝え、孤立化やいじめを予防することも重要視します。
 オオタ君は学習面でも皆と差がつき始めていました。そこで、イトウ先生は多忙にも関わらず、週1〜2回45分程度個別学習の時間を割きました。それは特別支援プログラムというより、昔の「補習」や「残り勉強」に近い発想です。「罰」として放課後残すのではなく、先生は「君を応援したいから一緒に勉強してくれないかな」と誘ってくれました。甘えが強いところのあるオオタ君にとっては、先生との嬉しい個別時間でした。役割行動についても検討していたイトウ先生は、その時間に次回の国語で掲示する教材の色塗りなどを手伝ってもらうという作業を取り入れました。この教材作りは、
@ 役割行動としてクラスメイトの前で認めやすい。
A オオタ君にとって予習的な意味合いがあり、かつ皆より先に知っているという優越感につながる。
B 運筆などの訓練になる上、苦手意識を薄められる。
 という利点があります。自分の作った教材が掲示されているため、彼の意識が黒板に向かう場面が増えました。


3.遊びを通して粗大運動・微細運動機能を高める

 ノートや連絡帳を書かない理由には、手の巧緻性の問題が関係しているようです。本人も「字を書くのがイヤ」と話してくれました。特にイトウ先生のクラスは、教室の後ろにある黒板も書き写させるため、
(a) 字を書くことそのものへの抵抗感。
(b) 振り返って黒板を見て、板書内容を覚えてからノートに向かうという作業の間に、どこまで書いたかという基点がわからなくなってしまう。
(c) 運処理速度が遅く、自分だけ取り残されてしまう。
 という問題もあるようでした。
 また、微細運動や粗大運動を高めるような遊びを相談の時間に取り入れました。たとえば、
 @点と点を順番に線でつなぎ絵を完成させる遊びやぬり絵
 Aジェンガやグラグラゲームのように微妙な手先のコントロールが必要な遊び
 Bサーキットトレーニング、縄遊び、キャッチボール、といった体全体を使う運動
などです。昔の遊びにも手先を使うものが結構あります。相談の中でけん玉やメンコ等にも興味を持たせました。ゲームには付き合えなかったお父さんも週末積極的に遊んでくれるようになり、ずっと気にしていた補助輪なしの自転車にも乗れるようになりました。
 こうして保護者、学校、相談室で歩調を合わせ応援したことが実を結び、2年生になる頃には、授業でもすっかりクラスに溶け込んでくれました。

     《オオタ君の応援計画》
    @得意な科目、好きな科目の時間には確実に授業に取り組めるようにする
    A放課後に「教材作り」を手伝ってもらい、役割行動として認める
    B遊びを通して粗大運動・微細運動機能を高める


 *激しい問題行動に対して

 授業中席に立ち上がり飛び跳ねる、クラスメイトが一生懸命描いていた絵を破く、友だちにおしっこをかける、といった重いケースにも出会います。「いいところなんて一つもない」「学校現場の大変さがわかっていない」と言う先生も中にはいます。
 先生が声を張り上げ、時には身体を張らなくてはならない、毎日が戦場のようなクラスがあることも事実です。そのような先生方の取り組みで、子どもが変わってくれるならばよいのですが、問題が起きた後にだけ対処療法的な働きかけをしていないか、振り返って欲しいのです。
叱ることが効果を発揮するためには、それ以前にしっかりとした子どもとの信頼関係が築かれていなくてはなりません。「この人には認められたい」という感覚がないと、「直そう」という気持ちには結びつかないからです。
 また、学校の環境自体に、その子の問題行動を誘発している要因がないか(例えば、その子の知的な発達段階からしてあまりにも無理なことを要求していないか、わざと刺激している児童がいないか、など)も検討する必要があるでしょう。

◎ 大人が毅然として諌めるべき場面:その子自身が、将来における社会参加に必要な枠を身につけるために、以下の場面ではゆずらない姿勢が必要になります。
   @自分や相手を傷つける。
   A相手を脅す。しつこく相手の嫌がることをする。
   B物を壊す、盗む。
 *ただし、強い指導が効果を発揮するのは、その子が問題を起こしていない場面で充分認めたり、誉めたりして信頼関係ができていることが前提です。



 事例2:すぐにカッとなるヤマダ君

 事例1のオオタ君のご両親は他機関への相談に協力的でしたが、様々な事情で相談に対して消極的な保護者もたくさんいます。相談機関の敷居の高さも要因の一つと思われますが、早急に援助しないとその子にとってデメリットが増えるケースも多いのです。そこで先生からの「学校での対応を工夫したいが、どうしたらその子にとっていい支援なのか知りたい」といった相談が増えています。
 ヤマダ君は小学校6年生です。彼はなぜか赤いTシャツがお気に入りで、冬でもほとんど同じ格好です。1年生の時から勉強はできるのに、ちょっとした事で泣き叫んだり、カッとして友だちを叩いたり、といった問題がありました。
 3年生の時に担任の紹介で、ある病院に行き、心理の先生から「お母さんの育て方が悪かった。愛情不足です。」と言われショックを受けました。それからどこにも相談に行っていません。また、保護者会や行事にお母さんが顔を見せることもなくなりました。
 ヤマダ君はかなり大柄で力もあり、友だちに怪我をさせたり、学校の機材を壊したり、仮設校舎の壁を蹴り破ったことがあります。登校班の時に「自分の事を笑った」と言って下級生を叩いてからは陰で「赤鬼」と呼ばれるようになりました。5年生から担任になったフジキ先生は、将来のためにヤマダ君の根性を叩き直そうといろいろな方法を試しましたが、なかなか効果が見られませんでした。彼の非を認めさせようと話をしても、口達者なところがあり、言葉の応酬になってしまいます。また、時に厳しく一喝すると、顔を背けて「ごめんなさい」と言うものの、何時間かするとまた同じようなことをするのです。先生は1年間取り組んでみた結果、「校内研修で聞いた軽度発達障害の子かもしれない」と感じるようになりました。


1.感情的になった後の対応より、感情的になりにくい環境を工夫する

 ヤマダ君が感情的になるのは、
 @授業などの予定が急に変更になる。
 A移動教室など自由に席を決める場面で、自分の座りたい席に他の子が座る。
 B図工の授業の際に、作品が未完成な状態でやめなくてはいけない。
といった場面です。フジキ先生はこれらの行動を「わがまま」と捉えていましたが、予期せぬ出来事に気持ちがついていかない、あるいは気持ちを切り替えられない、という視点で対応を考える事にしました。軽度発達障碍児への対応の重要なポイントは、問題行動が起きにくい構造を作ることです。そこで、
@ については、変更直前に知らせるのではなく、なるべく事前に伝えて気持ちの準備をさせる。
A については、教室の移動の前にフジキ先生が席を決めておく。
B については、授業終了5分前からだいたい1分おきに声かけする、またスッとやめられた時に「気持ちを切り替えられた事を認める」という対応を心がけました。

 またクラスにはサトウ君という子がいて、ヤマダ君をからかい、わざと刺激して爆発させていることがわかりました。サトウ君はヤマダ君と保育園から一緒ということもあり、低学年の頃はなんとなくヤマダ君のお世話役をさせられていました。フジキ先生は、サトウ君に意識して目をかけていくことにし、体育の時にお手本をしてもらうなどして自然に彼の気持ちをヤマダ君から他に向けさせるようにしました。


2.感情的になる場面を想定して事前にルールを決める

 学校には、先生の目の届かない場面や予期せぬ出来事が多くあります。ですから感情的にならない環境を工夫したからといって、問題をゼロにはできません。感情的に荒れる場面が毎日あったとしたら、取り組みの工夫で1週間に2〜3回になり、1ヶ月に1〜2回になり、と少しずつ減らしていくスタンスが重要です。また、どんな理由があるにせよ公共物などを壊したら、ある程度自分の行動に責任を持つことは教えていきたいものです。フジキ先生はヤマダ君が落ち着いている時に話をし、怒って壊したり、散らかしたりした場合後できちんと直す、片付ける、あるいは弁償することを決めました。
 ある時、彼は友だちの言葉に興奮し、教室の本棚を拳で叩いて壊し、出血してしまいました。これまでのそういう場面では、先生方からは「こら、何やってんだ!」との声かけがほとんどでした。それで余計逆上し、気持ちが静まるまで時間がかかったようです。
 しかし、駆け付けたフジキ先生の第一声は「ヤマダ、血が出てるぞ。大丈夫か?」というものでした。そして先生は彼を保健室へ連れて行き「自分の体だから大切にしなくちゃだめだぞ」と声をかけ、気持ちが静まった後、約束通り二人で本棚を修理しました。
 それからしばらくして、再びヤマダ君は怒ってイスを振り上げましたが、投げつけず下ろしました。後で先生は「あの時はよくイスを投げなかった。ヤマダはだんだん我慢強くなったぞ」と声をかけました。すると「フジキ先生に悪いような気がしてやめたんだ」との答えでした。
 ただ「いけないことだ」とか「人に迷惑をかけるな」という言葉かけより「君のことが大事だから」「お前らしくない」という対応の方が心に染みるのです。


3.「見過ごす能力」を身につける

 問題児としていつも厳しく追及されていると、子どもたちは「どうせオレなんか」と自分を律することをあきらめてしまいます。また、頻繁に注意されている子どもは叱られることに麻痺してしまい、ここぞという大事な場面での指導が伝わりにくくなります。
 さらに耐性の育っていない子どもに長時間説教をすると、何を叱られているのかわからなくなり「怒られた」という悪感情だけが残ります。ですから、要点を明確に「〜してはいけない。○○するように」と、ゆずらない姿勢で強く短く指導する必要があります。異議申し立てや捨て台詞のような言葉による「だだこね」に反応しないことも大切です。
 また軽度発達障碍児の中には、唯一問題行動を起こすことで先生に注目・関心を払ってもらえることを無意識に学習するケースがあります。わざと悪いことをして、注意されてでもいいから大人にかまって欲しい、という「わざとら行動」を獲得してしまうのです。
 このような「だだこね」や「わざとら行動」に対しては、あえて見てみぬふりをするといった「見過ごす能力」を発揮する必要があります。見過ごす時と、「ここぞ」と強く指導する時のメリハリが大人には求められるのです。
 ヤマダ君には、授業中指名されていないにも関わらず答えをどんどん言い、注意するといろいろ弁解をして、授業が中断することがよくありました。フジキ先生は「挙手して指名されてから答える」というルールを再確認しました。そして授業中の発声に対して注意する回数を極力減らしてみました。しばらく続けると、ヤマダ君が授業中に勝手な発言をする場面はあまり見られなくなりました。

★「見過ごす能力」とは★
@ 「大人の注意関心を得るため」の逸脱行動を意識的に見過ごす技術である。
A 完全な拒絶や無視ではなく、その子のために「心をかけて手をかけず」の精神で行う。
B 「見過ごす能力」と「いいところ」応援はセットで効力を発揮する。
C 攻撃的・破壊的な行動を見過ごしてはいけない。

 フジキ先生の取り組みで、ヤマダ君が感情的になる場面は格段に減りました。養護の先生によると、ある下級生が「前は赤鬼の頭からボーッとヤバイ湯気が出てたけど、最近見えなくなった」と言ったそうです。
 子どもが感情的になる場面に出会うと、どんな大人も心を揺さぶらされます。しかし、私達が感情的に巻き込まれないこと、子どもと同じレベルでやり合わないこと、といった大人側の姿勢が問われている気がします。

 《ヤマダ君の応援計画》
  @感情的になりやすい場面の構造を工夫する。わざと刺激する他児に配慮する。
  A事前にルールを決め、自分の行動に責任を取ってもらう。
  B強く短く指導し、「だだこね」に反応しない。



 【4】心のゆとりを生む支えあい

 「いいところ」の応援には心のゆとりが必要です。親の立場で考えますと、やはり疲れている時、心に余裕がない時には、子どもの未熟な点ばかりが気になり、イライラしてしまうものです。
 そんな時、つい子どもを力でコントロールしがちですが、良くない影響が現れることは明らかです。子育てを母親が一人で抱えこまぬよう父親や家族が助け合うことが大切なように、それぞれの立場での「抱え込み」を防ぐために学校や地域の援助力の向上が求められています。そして、その援助力は、まず「相手の立場を尊重する」ことによって向上するのではないでしょうか。
 先生方には「その子にとって、今この時に、たった一人の担任である」という存在の重要性を再確認して頂きたいし、親御さんには「今の先生方には、我々の時代とは桁違いに子どもと向き合う時間的余裕がない」ということを理解して頂きたいと思います。日々子どものために汗し、涙している大人達が互いに歩み寄ることで、子どもたちにとってかけがえのない応援団ができあがるのです。
 軽度発達障碍児への対応は、まず私達大人の子育てや教育に関する基本的な心構えや経験がベースであり、あくまで専門的知識はそれに添えられるものであると感じます。そして、その心構えとは「他者に対して寛容であること」なのではないでしょうか。


  
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