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もっと!いいところ応援計画
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阿部利彦先生による書き下ろし新連載です
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| もっと!いいところ応援計画 |
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所沢市教育委員会健やか輝き支援室 阿部利彦
も く じ 第1章 子どもたちを応援するために 1−1 出会い、支えあい 1−2 「落ち着きがない」の基準はどこに? 1−3 キレやすいのは本当にその子? 1−4 「心のストライクゾーン」を広げよう! 第2章 クラス全体へのいいところ応援計画 2−1 低学年での事例 <問題行動の連鎖を防ぐために> 2−2 中学年での事例 <学級経営の温度差> 2−3 高学年での事例 <教師への反抗> <以下 つづく> |
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第1章 子どもたちを応援するために |
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1−1 出会い、支えあい
教育相談という仕事を続けていてつくづく感じるのは、カウンセラーが誰かを支えているのではなく、カウンセラーが素敵な出会いに支えられているのだ、ということです。 たとえば、相談の現場で出会う子どもたち、もし彼らが私のところに来るのを拒んだり、私と話をすることや遊ぶことを楽しんでくれなかったら、この仕事は成立しません。彼らが、私につきあってくれているのです。また、彼らが自分らしさを取り戻した時、あるいは自分の苦手な課題や困難にチャレンジし、さらには乗り越えていく姿を見せてもらえた時、私は彼らから勇気を分けてもらっているのです。 相談の中で出会う、個性豊かで魅力にあふれる子どもたちはもちろんのこと、私の話を真剣に聞いてくださる保護者の皆さんや先生方、そういう多くの人たちに私が支えられているわけです。こういう幸せな出会いによって、私のようなものでも社会に参加できています。 軽度発達障がいをもつ子どもたちも、素敵な出会いに恵まれるといいな、といつも思います。彼らは、たいへん誤解を受けやすい子どもたちです。一般的に、わがままだとか、しつけがきちんとされていないとか、乱暴であるとか、そういう視点で見られがちです。彼らがそれぞれに独特のアンバランスさを持ち、自分ではうまく表現できないある種の「辛さ」や「生きにくさ」を抱えていること、に周りにいる大人や友達が気づいてあげられないことが多くあります。 彼らの辛さとか生きにくさに、寄り添って、さりげなくサポートしてくれる人との出会いが多くなるといいですね。さりげなく、が大事なのは、「援助してやってる」「やってやってる」という支援は絶対に良くないと思うからです。 私の理想は、子どもたちが誰かにサポートしてもらったとなるべく気づかないような、さりげない支援です。あるいは相談に来ていた子どもたちがなんとか乗り切ってくれて、数年後には子ども自身が「自分でやり遂げた」と思ってもらえる形、私のところに相談に来ていたことなんてすっかり忘れてくれることなんです。 こんな仕事をしている大人に一生会わないことが、子どもにとっては幸せなのですから。 |
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1−2 「落ち着きがない」の基準はどこに? |
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これまでの相談を振り返ると反省だらけですが、なかでも「なぜもっと早く気がつかなかったんだろう」と思うことがあります。それは、学校にまつわる仕事をしていたのにも関わらず、相談に来てくれた子どもたちが学校でどんな生活をしているのか、どんなクラスメイトと勉強しているのか、先生にどんな声かけをしてもらっているのか、を肌で感じずに相談を実施してきたことです。
相談室や病院に来てくれたその子だけを見るのでは「現実場面と乖離した相談や治療」が展開される可能性があります。 そこで、子どもを応援するときに大事になってくるのは「落ち着きがない」とか「乱暴だ」とか「集中力がない」という基準はどこにあって、誰が決めるか、ということです。 こんな事例がありました。 *** <事例1> 落ち着きがない(と言われる)タカシ君 *********** タカシ君はA区に住む東小学校3年生の男の子です。A区は都内でもかなり広い区で、私立を含めると小学校だけで70校ほどあります。 彼は2年生まで白梅小学校に在籍していました。白梅小学校は歴史があり、4世代以上が通っています。地域であたたかく子どもを見守る雰囲気があり、学校の行事には保護者も積極的に参加しています。タカシ君は活発な子でしたが、担任の先生から特に何も言われたことはなく、喧嘩しても他のお母さんから「お互いさまよ」「元気なのはいいことよ」などと言われていました。 ところが家庭の事情で、東小学校に転校しなくてはいけないことになりました。東小は比較的新しく出来た学校で、人の出入りが激しい地域にあります。裕福なご家庭が多く、保護者は勉強にかなり高い意識を持っている反面、学校行事などにはあまり意欲的でないことがだんだんわかってきました。さらにはおとなしい雰囲気のクラスであること、放課後塾に通う子が多く、遊び友達がみつからないことを、お母さんも心配しました。ある日、担任の先生から呼び出されたお母さんは「タカシさんはとても落ち着きがなく、非常に乱暴です。一度病院で見てもらわないと将来心配ですよ」と言われ大変ショックを受けてしまいました。 ********************************************************** 転校したことがトラウマになってタカシ君が多動で乱暴になった、という心理学的解釈も成り立ちそうですが、実際のところタカシ君自身が変わったわけではありませんでした。東小の子どもたちは一見おとなしいけれども、性格的には難しい子どもの集団でした。正義感の強いタカシ君は彼らとさまざまな場面で正面からぶつかって行きましたが、排他的なクラスから浮き上がってしまったのです。保護者の目もタカシ君に批判的であったことがさらに拍車をかけていました。例えば家庭で「タカシ君って乱暴なんですってね、あなた近寄らない方がいいわよ」などと保護者が言っていると、クラス全体がさらに拒絶的になるものです。 そこに担任の先生の評価も厳しいことが重なったわけです。実は先生の評価が厳しくなったのは、他の保護者から先生の指導について責任を追及しようとする動きがあったからです。先生が自分の前の厄介事をはやく取り去りたいために、「はやく病院でもいって何とかしてほしい」という焦りが生じたのです。 上記の問題には学校を含めた地域の文化、まわりの保護者の意識、クラスの人的環境が絡んでいます。「落ち着きがない」「キレやすい」「すぐパニックを起こす」という問題は所属する集団や評価者によって大きく左右されてしまいます。ですから、相談に来たその子だけに焦点を当てるのではなく、環境との相互関係で相談を考えていかなくてはならないのです。 子どもの中にばかり課題を見つけ出そうとする、といった気の毒なことをしないよう気をつけたいものです。 |
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1−3 キレやすいのは本当にその子? |
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*** 事例2:すぐキレる(と言われる)ミキちゃん ***********************
ミキちゃんはB区立花園保育園の年長さんです。B区の公立保育園の中には指定園と呼ばれる園がいくつかあります。指定園では障がいを持つお子さんを積極的に受け入れ、加配の保育士さんの協力を得て、健常児の中で保育していきます。花園保育園は昨年指定園になったばかりです。 ミキちゃんは3歳児検診で言葉の遅れを指摘されました。そしてB区の幼児発達センターで「積極奇異型の自閉症」との診断を受け、訓練に通所していました。お母さんはセンターの心理士さんとも相談して年長の1年間をいろいろな子どもたちと過ごさせたいと、公立保育園に通わせることにしました。 ミキちゃんは、マイペースなところのある子です。一方的になりがちですが、お友だちと関わることが好きで、基本的には穏やかな子でした。ところが保育園から、「せっかくお世話してくれるマリナちゃんなどを理由もなく叩く場面が多い、乱暴でキレやすい子だ」「『積極奇異型』の子の対応法はよくわからないので」などと言われてお母さんは悩んでしまいました。 **************************************************************** 巡回相談でとても気になる子がいます。それは障がいを持つ子どもたちよりもむしろその周りにいる子どもたちだったりします。とくに「お世話役」の子どもには、いろいろなパターンがあります。@とても大人っぽく活動的で「この子放っておけない」とばかりに世話を焼く子、Aまじめでしっかりしているので、つい先生が頼って「お世話」をお願いしてしまう子、なかには、B「お世話役」をすることでのみクラス内で自分の存在をアピールしているかのような子もいます。ちなみにAのタイプは息切れすると、Bの子は、自分が障がいの子に頼っているので、お世話役が別な子に移ってしまうと、いずれも不登校になることがあります。 事例2のマリナちゃんは@タイプですが、なかでもかなりの強者でした。よく観察していると保育士さんの目がゆきとどかないところでミキちゃんを思いっきり叩くのです。マリナちゃんだけでなく数名が舌を出したり、からかったりして、手を出しています。ミキちゃんはさんざんな目にあいますが、しばらくはかたまって動けません。そしてやっと反撃開始しようとするところを保育士さんが見ます。マリナちゃんたちは保育士さんの目を意識して行動を巧みに使い分けます。また口が上手なので、保育士さんたちにうまく訴えます。一方、うまく説明できないミキちゃんは全ての罪をかぶせられるわけです。 発達障がいの専門用語に「シングルフォーカス」という言葉があります。高機能自閉症やアスペルガー症候群の人は、物事のある部分にとらわれて、全体的に統合的に考えられないところがある、と言われていて、それをシングルフォーカスと呼ぶのだそうです。 ここで問題なのは、大人が障がい児に対してシングルフォーカスしている、ということです。「ミキちゃんは積極奇異型」という先入観があって、ここで生じた問題を全てミキちゃんの個人的特徴として考えているのです。また用語の専門的な雰囲気から、なんだか難しそうだ、よくわからない、といった感覚が保育士さんたちを尻込みさせてしまっているのです。 専門用語を踏まえることはもちろん大切ですが、言葉が目の前にいる子を遠ざける危険性があるということを考えていかねばなりません。まずその子を味わい、その子から関わりを学ぶことが先決です。 また、クラスの雰囲気についても「障がい児を受け入れてやってる、世話してやってるクラス」と「自然に皆が支えあっているクラス」とでは、お世話役の子どもの動きも明らかに違ってくるのです。先生や保育士が普段その子にどう接しているのか、どう声かけしているか、が子どもたちのモデルになっていることは言うまでもありません。大人がよい関わりのモデルを示すことの方が、よほど口で説明するよりも効果的なのですから。 障がいを持つ子に出会うとき、これまで「当たり前」だと思ってきたことや「子どもは、人は、こうあるべきだ」という先入観を取り去る必要があります。 |
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1−4 「心のストライクゾーン」を広げよう! |
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私たちが「健常児」としているのは、たまたま統計的に平均の成長をしているというだけ、いうなれば「典型的発達児」です。発達障がいを持つ子どもたちは、お決まりの成長をしなくとも、その子独自のペースで、その子特有のバランスで成長している「オリジナル型発達児」というだけなのです。典型的な発達が良くて、オリジナルな発達は良くない、という先入観から脱却しなければ、私たちは、彼らに寄り添った「さりげない支援」など作り上げていくことはできません。
典型的発達を良しとする発想から出発するのが、「しっかり、きっちり、ちゃんと」というパーフェクショニズムの教育です。つまり「子どもに完全を求める」ということです。この完全癖、「きっちりぐせ」にとらわれた大人がたくさんいます。きっちりぐせの人は子どもにだけでなく、大人に対しても「完璧」を求めます。すると何か問題が起きたときには「誰かがちゃんとやってないから」ということになります。「あの親がしっかり家でしつけしてくれないから」「いやこの子がちゃんとしないから」というような「悪者さがし」が始まります。 特別支援に向けての連携が機能しない場合、たいがいこの「悪者さがし」「原因さがし」のようなところばかり見ていることが多いな、と感じます。そして「悪者さがし」に加担しているのが、母子関係論でしか子どもの問題を考えられない一部の専門家たちです。私たち子どもに関わる応援団は、誰かの過去ばかりを振り返り「原因さがし」をするのではなく、これから先に向けての「対応法さがし」をしていきたいと思います。 その子の周りの大人ががっちりスクラムを組んだとき、子どもはすーっと輝き出す、という実感があります。そのためには、まず相手を受け止める気持ちの幅、すなわち「心のストライクゾーン」を広げていきたいのです。「心のストライクゾーン」をちょっとずつ広げていくことで「うちの子はやっぱり可愛いとこあるな」「この生徒にはこんな力があるんだ。すごい!」と親御さんや先生がもう一度実感できるためのお手伝いをしたいのです。私はそれを子どもの「いいところ応援計画」と呼んでいます。「うちの子にはいいところなんてないよ」とあきらめそうになっている、くじけそうになっているお父さんお母さんと一緒に探していきたいのです。 ************************************************************** <第1章のまとめ>
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第2章 クラス全体へのいいところ応援計画 |
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一昨年の「いいところ応援計画」では、個別支援を中心に述べました。しかし、一人の子どもへの支援だけでは実は不充分なのです。その周りへのダイナミックなアプローチも並行して行うことが大変重要になってきます。子ども達が支えあう環境を作り出すことで、それぞれが成長しあうのです。そこで今回の「もっと!いいところ応援計画」では小学校低学年、中学年、高学年での学級に対する支援について見ていきたいと思います。
2−1 低学年での事例 <問題行動の連鎖を防ぐために> ***<事例3>寿北小学校2年1組の場合************************** 2年1組に1学期の途中からユウジ君が転校してきました。彼は授業中に教卓から伊藤先生の教材を取って遊んだり、授業の流れを無視して大きい声でどんどん発言したり、教室の後ろにあるランドセル用のロッカーの上で飛び跳ねたりします。伊藤先生はそのたびに授業を中断し、きちんとユウジ君が納得するまで言い聞かせていました。しかし伊藤先生の丁寧な取り組みにも関わらずユウジ君の行動に変化はありませんでした。そのうちクラスのリョウ君も同じような行動をし始め、徐々にクラス全体が落ち着かなくなってきました。 **************************************************************** このクラスについて行動観察をしてみると、伊藤先生が45分の授業中にユウジ君への声かけ、注意をして関わる比率が、クラス(36人)全体への関わりの33%を占めていました。残り67%が35人への関わりですから、単純に考えて先生と他の児童一人との関わりは平均1.9%程度となります。これは極端なケースではありますが、巡回していますと、担任の先生が一人の児童につきっきりになり、他の児童が手をかけてもらえない状況をよく目にします。伊藤先生もそのことに気づいていて、「私が映画のマトリックスのように分身して、一人は授業をして、一人はユウジ君、一人はリョウ君に、とできたらどんなに良いか・・」と嘆いていました。 子ども達について、親の立場で考えていることがあります。例えば、自分の子どもも含め子ども達全体の課題として「楽なこと、楽しいこと」に流れやすい傾向があります。また、子ども同士の横のつながりよりも大人との1対1の関係を強く求めるということも感じます。そんな子ども達が、ユウジ君だけ学校の決まりを守らず自由に遊べる、ユウジ君ばかり先生にかまってもらって自分はほったらかしだ、という気持ちを持つのは当然のことです。「ユウジ君だけずるい」「どうしてユウジ君だけ」という気持ちが沸いてきて、気持ちが不安定になってきます。なかにはユウジ君に影響を受けて同じような行動をとる子が出てきても不思議はありません。そしてユウジ君のように振る舞うと先生がじっくり関わってくれる、という体験をすることになります。つまり、ちゃんとしていると先生に手をかけてもらえないが、ふざけたり、変な行動を取ると、先生が振り向いてくれることを学習してしまうのです。 さらに言うと、学校のルールを守らない児童が1名、きちんと取り組んでいる児童が30名いたなら、子どもは「大多数の」「望ましい態度を取っている」児童集団に所属意識を持つはず、という考えは今や通用しないようです。ユウジ君は何らかの課題を持っていて、努力しても学習規律が守れないのかも知れませんが、低学年の子がそのようなことを寛容に理解するのはきわめて難しいことです。たった一人の「楽しそうな、勝手気ままな」ことをしている児童をうらやましがり、同調する傾向が強くなってきています。ですから、私たち大人が考えているよりもはるかに早い段階でクラスが崩れてしまうことになるのです。 クラスがうまく機能しないときには、クラスの数名が集団化して授業妨害をする(高学年の事例で紹介します)場合もありますが、2年1組の場合、教室内だけでなく、廊下、校庭などに飛び出してそれぞれの児童が別々に問題行動をしたので、伊藤先生一人では対応しきれなくなりました。授業が進まず、きちんと取り組んでいる子どもへの関わりはますます減り、クラスはさらに荒れてしまいます。ちなみに、荒れているクラスでは、児童全体の心に目が行き届かないことから、問題の中心から離れたところでいじめが起こることもしばしばです。 問題行動の連鎖スピードが速い場合、保護者が危機感を持ち、当然のことながら先生の指導力に疑問を持つことがあります。ここで連鎖を食い止めるためには、保護者の力、地域の力が必要です。中には「保護者たちに状況を知らせると、特定の児童に非難が集中するから保護者会などは開かない」という立場の学校があります。しかし、いち早くクラスの保護者の理解を得ることが先決で、地域の援助力、保護者の協力こそが大きな支えとなるのです。 2年1組に対する応援計画は以下の通りです。 ********************************************************** 寿北小学校2年1組の応援計画 (1) すみやかに学級を地域に公開する (2) 適切な情報を提供し、家庭、地域の援助力を求める (3) ローテーションを組み教員が補教に入る *********************************************************** クラスが荒れているらしい、という噂は保護者の間ですぐに広まるものです。しかも子どもからの情報が中心だと「ユウジ君に突き飛ばされてマホちゃんが骨折した」「伊藤先生が不登校になった」などと実際よりも激しい内容に膨らむことが多く、しまいには全く根も葉もない噂すら立つことがあります。そのような噂が広まる前にすみやかに学級を地域に公開し、現状を直接見てもらうことです。もちろん特定の学級を公開するのではなく、いつでも地域に開かれた学校となり、「子どもを支える地域の力」を求めていくことが重要です。 地域の力を取り入れている学校では、保護者に読み聞かせのボランティアをお願いしたり、お母さんだけでなく「親父の会」を結成して行事や土曜教室、校庭開放などで協力してもらったり、と工夫をしています。こうして日常的に保護者が学校を見守る雰囲気を醸成しておくことが大切なのです。 寿北小学校では、学校を公開する前に緊急保護者会を開きました。保護者会でのポイントは3つあります。まず「何が悪かったか」ではなく「どうすればよいか」を話し合う会にすることです。次に、学校として今後の対応策を具体的に示すことが重要です。第3点としては、特定の児童・生徒をどうするか、ということよりもクラス全体をどう支えていくか、という方針を示すことです。学校側によくあるのは「話せば分かりあえる」といった安易で無計画なものや、「学校としてはこう努力しました」という点に終始する保護者会です。このような保護者会を行うと学校に対する保護者の不信感が膨らむだけです。 2年1組の保護者会では、伊藤先生の児童に対する関わり方についての意見も寄せられましたが、「子ども達をサポートするために何かできないか」という保護者の声が中心となりました。 ただし、学級が落ち着かない時に保護者がクラスに入って直接児童と関わることはかなり配慮が必要となります。なぜなら
からです。学校が無計画に保護者をクラスに入れる場合が多く、同じ行動に対してある保護者は叱るが、別の保護者は許容してしまうといった場面が見られます。保護者も、人様の子にどこまで踏み込んでいいのか悩みますし、いつまで続ければいいのか見通しが持てないままではたいへん気の毒です。また、必然的にクラス役員や家庭にいるお母さんばかりが学校に通うことになり、不公平感が生まれてしまうばかりか、問題行動の多い児童の保護者は教室に入っている保護者に心苦しさを持つようになり、保護者同士がきまずい雰囲気になりかねません。 そこで寿北小では、全教師が交代で2年1組の補教に入ることを決めました。寿北小には優れた教育相談部があり、その音頭で教師が一丸となり、毎時間のローテーション表も作成しました。教育相談部会では、@伊藤先生と各教員が協力し、児童の学習意欲を高める授業を工夫する、A気になる児童の行動を観察し、支援策を検討する、B問題行動を阻止することよりも、それぞれの児童が少しでも取り組んでいる場面を見つけ認める、誉めることを重視する、という共通理解が図られました。 さらに伊藤先生は、不定期ながらも「学級通信」を発信し、毎週のクラス目標などを掲載して保護者にも協力をお願いする、という取り組みを行いました。「学級通信」を作成するのはただでさえ多忙な教員にとっては負担となりますが、保護者にとっては自分の子どもやクラスの様子を具体的に知る重要な手がかりになります。 「学級通信」を作成する際、@児童の成長や努力の様子を積極的に記載し、クラス全員の「いいところさがし」をする(二ヶ月でほぼ全員を紹介する位のペースで)、Aデジカメやパソコン、カラーコピーを駆使して活動の様子や個性的な作品を掲載する、B学級のめあてに合わせ家庭での配慮をお願いする、C内容を欲張らず一回A4一枚程度に抑え、文字やレイアウトも読み易さを重視する、などの工夫をしました。さらに伊藤先生は、子ども達にも情報が共有できるようにと、習っていない漢字にはルビをふるという配慮もしてくれました。子どもも学級通信を喜んで渡すようになり、保護者の「今日学校どうだった?」という言葉も以前は心配する暗いトーンのものでしたが、この「学級通信」が子どもとの楽しい話題づくりに一役買いました。 結局2年1組は、2学期の後半には取り組みにより落ち着きを見せ、子ども達の目にも輝きが戻ってきました。ユウジ君も補教の取り組みで学習への意欲が向上しました。学期末の教育相談部会では「ここまでやれたのだから3学期もローテーションを続けていこう」という意見が多く出され、補教体制は継続されました。部会としては校務の多い教員を補教体制から外す気配りをしましたが、その先生方が「まだ私たちも手伝いたい」と意欲を示してくれました。 |
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2−2 中学年での事例 <学級経営の温度差> |
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***<事例4> 山川小学校3年2組の場合**************************************
今年度山川小学校に赴任してきた小澤先生は3年2組を持つことになりました。小澤先生は3年生としての自覚に期待し、子ども達の自主性を大切にした学級作りをしていこうと、いろいろな場面で子ども達に投げかけていきました。適度に援助しながら「自分たちで考え、決定し、行動する」よう働きかけたのです。しかし、なかなか意見が出ない、意見がまとまらない、そのため授業の進行にも影響が出はじめ、クラスがざわつきはじめました。子ども達は身の回りのこともあまりできないので、教室も汚くなる一方です。クラスで飼っているザリガニもすぐ死んでしまうし、皆で育てたミニトマトもほとんど枯れてしまいました。 クラスが落ち着かなくなるのと同じ頃、リョウガ君が大声を出したり、突然怒り出したりして、教室から出て行ってしまうようになりました。しばらくしてリョウガ君はコウジ君との関係があまりよくないのだとわかってきました。しかし、学校からはクラスや児童についての前情報がなく、小澤先生もどう対応してよいか困ってしまいました。 ************************************************************************** (1) 先生の「いいところ」探し クラスがざわつきはじめると、私たちはつい現担任の「悪いところ」探しをしてしまいがちです。しかし、現担任の学級経営が問題なのではなく、前学年の積み残したさまざまな課題が、子どもたちの成長に伴って後から噴出することが多くあるのです。特に山川小学校のように引き継ぎが行われず昨年度の情報が担任に伝わらない学校の場合、担任がその「積み残し」を把握するのはクラスを受け持ってしばらく経ってからになります。 この学校に限らず、「配慮が必要な児童」を担当したがらない教員が多い場合、外から赴任してくる教師に任せようという対応をとることがあります。しかも「先入観を与えないよう」という管理職の配慮(?)で、新担任には情報が引き継がれていきません。このような教師集団を生み出しているのは、学校全体で子どもを援助しようという支援体制の未確立と、管理職が担任の責任ばかりを追及するような学校の姿勢なのです。 いくら力がある先生でも一人で40人近い子ども達をまとめるのは難しい時代だといえます。風通しがよい学校体制の中で、時に学年、時に管理職との協働によって、クラスを支えていくことが不可欠になってきます。先生方がお互いの「いいところ探し」をする学校づくりが重要なのです。 小澤先生は前任校ではたいへん信頼が厚く、子どもひとりひとりの味を大切にする先生でした。しかし、3年2組には当然身についているべき力が全く育っていなかったために、小澤先生の取り組みが混乱を引き起こしてしまったのです。 1〜2年生というのは教師の「力によるコントロール」が比較的効きやすいので、エネルギッシュで雑な教師が子ども達をひとくくりにして、大声で叱責しながら力任せに振りまわす場面をよく見ます。3年2組の半分は前学年から同じクラスで、前のクラスでは担任の言うことをとにかく聞くことだけが良しとされました。こうしていれば教師は子どもを待つ、子どもに寄り添う、子どもの気持ちに配慮する、という必要はありません。子ども達は「教師の命令」があれば動けるけれど、自分で考える力や判断する力は全く育っていなかったのです。クラスが集団として成長していないので、学級への所属意識も芽生えていません。 例えばクラスのゴミひとつとっても、「私たちのクラスをきれいにしよう」などという意識は育たないため、「そこ、ゴミ拾いなさい!」と言われたときにだけ指示に従うのです。一見集団として機能しているので、「力の教師」の評価は案外周りからは高いものです。 小学校では低学年を持ちたがる先生が多い現状ですが、そこにはある程度自分たちがしたいようにできるから、楽できるからという思いがあるようです。しかし、低学年のときこそ、社会性を育てる大事な時期として、丁寧に見てあげる必要があります。学習規律を押し付けて守らせるのではなく、守りたくなるような指導が求められるのです。 児童の自主性を尊重する学級経営によってクラスが混乱する場合には、それ以前の担任が@力でねじふせる指導、A一貫性のない指導、B枠の全くない指導などによって、子ども達に「何をしてよくて、何をしてはいけないか」という行動の基準を学習させなかったことが大きな要因です。 それまで教師の命令に従うロボットのように扱われてきた児童は、良心的な小澤先生によって初めて一人ひとり尊重されたわけですが、緩やかな枠の中で「どうふるまってよいか」わからなくなってしまったのです。 先生の対応を問題視する前に、いろいろな視点から課題をとらえる発想が、子どもたちを援助する第一歩だと考えます。 (2)トラブルを期待するクラスメイト 3年2組のもう一つの課題は、リョウガ君の不適切な行動を誘発しているコウジ君という存在です。荒れているクラスを注意深く観察していると、興奮しやすい子をわざと刺激して、パニックを起こさせるということが見られます。特にコウジ君は誘発させるのがかなり巧妙で、リョウガ君が興奮しはじめるとスーッとその場からいなくなります。そのためにリョウガ君が一人でわけもなく興奮しているような図式に見えていたのです。私はこのような児童を「影の指令塔」と呼んでいます。 コウジ君はリョウガ君と保育園から一緒で、リョウガ君が困っていると手伝ってあげたりすることもあったのですが、前担任から「人の世話してる暇あったら自分のことちゃんとしなさいよ」などと言われ、リョウガ君と喧嘩すると理由も聞かれずその時の担任の気分で叱られることが多かったわけです。「リョウガと関わると損をする、あいつのせいで叱られる」という思いが彼を「影の指令塔」へと追い詰めたのでした。 「影の指令塔」の中には、特定の児童との関わりで我慢させられることが多かった、嫌な思いを経験した、お世話役を押し付けられた、子ども達がいます。 頭の回転が良い、勉強ができる子が多いのですが、何らかの理由で「心が擦り切れ始めていて、学校で『何か面白いことないかな』とコヨーテのように探している」子ども達だということです。ですから、「影の指令塔」となる児童・生徒の心に焦点をあて、ケアしていくことが大切なのです。 |
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| (3)特別支援教育コーディネーターによる応援計画 |
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山川小学校の地域では、今年度から各校に「特別支援教育コーディネーター」を配置することになりました。山川小でコーディネーターに任命されたのは、3年生の学年主任でもある倉中先生でした。文部科学省は、特別支援教育の実現に向けて、学内または福祉、医療等の関係機関との間の連絡調整役として、あるいは、保護者に対する学校の窓口としてコーディネーター的な役割を担う者を学校に置くこと、としています。現在、特別支援教育コーディネーターの配置については地域によって格差があります。また、コーディネーターが任命されていても、それが機能していないために、校内で誰が任命されているかさえ知らない教員が多数いる学校もあるのが現状です。
倉中先生は、7年前から数名の教員仲間と自主的な勉強会をしながら「特別支援教育士」の資格を取得するなど、精力的に子どもの支援を研究し実践してきました。 実は昨年度末、「新しい担任には情報を引き継ぐべきである」と倉中先生が資料の作成を提案したのにもかかわらず、当時の管理職と教育相談部会の反対にあい、実現しなかったといういきさつがありました。 小澤先生の苦しんでいる姿を見、倉中先生は、学年主任として、コーディネーターとして、そして同志として、なんとか力になれないかと小澤先生に声をかけたのでした。 ただ特別支援教育コーディネーターといっても特に権限を付与されるわけではないので、実態把握のために校内をまわる際も「うちのクラスには勝手に入らないでくれ」と拒絶されたり、担任に「この子は発達的に課題があるのではないか?」と助言しても「余計なお世話」と嫌な顔をされたり、というのが実情です。 *** 特別支援教育コーディネーターの悩み ******************** @ 前例がないため、校内でどう動いてよいかわからない A 授業を持っているので、他のクラスの様子を見る時間がない B 校内の問題を全て押し付けられる C お手並み拝見、などと冷たい対応をされる D 必ずしも専門的知識を持つ教員が任命されるとは限らない ******************************************************* しかし、小澤先生は、他者の助言を素直に吸収する姿勢の教員だったので、倉中先生の紹介した特別支援教育に関する書籍やビデオなどをもとにいろいろと勉強しはじめました。 また、倉中先生は外部講師として地域の教育相談センターの佐々木主任相談員を招いて校内研修会を開き、校内の支援体制について皆で学ぶ機会を企画しました。この研修にあたって佐々木相談員には事前に校内を巡回してもらい、山川小の事情にあった講義をしてもらえるよう工夫しました。 さらに、校内で力を貸してくれそうな他の教員を少しずつ巻き込んでいきました。そのきっかけ作りとして、佐々木相談員を定期的に招いて特別支援の校内委員会を開きました。その際、委員会メンバーでなくても時間が許す先生は参加できるオープンな会にしていきました。最初はなかなか参加する先生がいませんでしたが、そのうち参加者が少しずつ増えてきました。やがて、今年度中学校から転勤して来た教頭先生、養護教諭(保健室の先生)、教務主任、音楽の先生が積極的に協力してくれるようになりました。校長も少しずつではありますが、特別支援の活動に理解を示すようになりました。 その上で小澤先生と倉中先生は以下のような支援を計画しました。 ****************************************************** 山川小学校3年2組の応援計画 (1) 45分の授業を細かく刻み、飽きさせない工夫をする (2) 視覚的な工夫をして、見通しを持たせる (3) 学習規律をスモールステップで守らせる ****************************************************** これまで力によるコントロールで抑えられてきた児童は、本来育つはずの集中力や自己コントロール力がまだ未獲得な状態にあります。学習内容も複雑になってきた中学年では、ただでさえ学習に集中させることは難しいものです。 そこで、45分の授業を細かく刻み、例えば算数では@計算カードを提示して一斉に答えを言わせる、A新しいテーマに関しての説明、B新しいテーマの課題への取り組み、C皆で答え合わせ、Dグループで計算勝負、というようなさまざまな活動を盛り込むようにしました。時にはこの@からDの間にストレッチなどを多少取り入れて「姿勢を立て直す」声かけや、3分清掃のように皆で身の回りの整理整頓をする、といった時間を設定すると、姿勢保持が困難な児童や片付けが苦手な児童がいるクラスではとても有効な支援になります。また、授業の始まりと終わりはメリハリをつけ、特にベルが鳴ると同時に授業が終了するよう配慮することが大切です。子どもの生活で「けじめ」を要求するならば、まず教員自身が計画的に授業をし、見通しを持ち、一定のリズムを提供する必要があるのです。 視覚的な工夫については、特定の児童だけに守らせるためではなく、例えばクラスのルールとして「手をあげて、先生に指されてから答えましょう」「お友だちが話している時は聞きましょう」といった内容を絵などを添え、クラス全体に向けて掲示するようにします。この他に「朝の会・帰りの会の流れ」「給食のおかわりルール」などを表示する、清掃や給食の係の分担、クラスの清掃分担区域などを図で示す、といった取り組みも行っていきました。さらに倉中先生は「声のボリューム」というグラフを掲示し、「ボリューム0」は一人で考える時、「1」は隣の人と話し合う時の声の大きさ、「2」はグループでの話し合い、というように自分たちが出す声の大きさを意識させるようにもしました。 広汎性発達障害の子どもには「ビジュアルラーナー(目で学ぶ人)」「ビジュアルシンカー(目で考える人)」が多いと言われますが、現代の子ども達も同様に聴覚より視覚優位の傾向が強いようです。日頃からテレビ、ビデオ、ゲーム、パソコンといった視覚刺激の中で育っているからでしょう。ですから、発達障がいの子への支援と考えられている視覚的プロンプトの活用は、実は現代の子ども達全般の学力向上にも有効な手段だと言えるのです。 学校生活の中で最低限のルールを教えていくことも子ども達の社会参加に向けてとても重要なことです。発達障がいを持つ子には特に小学校教諭の規律がゆるくなりすぎてしまい、中学校に上がってから強い指導に苦労してしまうケースや、小学校でも「わがままだ」として徹底した強い指導を迫った結果、子どもが情緒不安定になる、不登校になる、あるいは反社会的行動におよぶ、といったケースもあります。どちらも、規律に対してゆるすぎたりしめすぎたり、という極端さが原因となっています。 学習規律を求めていくときは一度にたくさんのことを守らせようとせず、一つずつテーマを決め、丁寧に指導していくようにします。単純なことですが、今月のテーマを「上履きをきちんと履こう」と決めたら、担任だけでなく、校内の教員が徹底して声かけしていく、という方法です。この時には「おおっ、いいな!上履ききれいに履いてるね」「見てて気持ちいいな」というように、ルールが守れている子や守れている瞬間を見つけすかさず誉めていく、ということが必要でしょう。テーマはクラスの子ども達が守れそうな部分から少しずつ積み上げるようにします。もし、子ども達が、就労や社会参加を目指していくなら、学校での基本的な生活のルールに適応していくことはとても大切なことです。なぜなら、職場のルールの方が学校に比べてはるかに厳しいのですから。その点で保護者の方にはぜひ理解をしてもらいたいと思います。 (4)クラスが育つと子どもが支えあう リョウガ君の問題行動の引き金はコウジ君だけではなく、クラスのざわついた状態の音の刺激なども原因となっていました。ですから、小澤先生、倉中先生の取り組みでクラスが落ち着いてくるのに従い、リョウガ君の行動も少しずつ穏やかになってきました。また「リョウガ頑張れ」「何か手伝おうか」といった声がクラスで聞かれるようになりました。 小澤先生はリョウガ君の書字・運筆の乱れや注意がそれやすい傾向、興奮する様子から発達的・器質的な課題があるのでは、と感じていました。そこで小澤先生はまずリョウガ君のお母さんとの信頼関係を築くよう配慮していきました。そしてクラスが安定したところで、コーディネーターの倉中先生も交えてお母さんと話し合い、選択肢として教育相談センターや地域医療センターを紹介しました。お母さんも子育てでずっと悩んでいたことを打ち明け、「これまでの先生には怒られてばかりだったけど、小澤先生好き!とリョウガが言っている」と泣きながら語り、「リョウガの信頼している先生のアドバイスなら」と相談に行ってくれることになったのです。 コウジ君にとってはリョウガ君が落ち着いてきたことが面白くないようで、ちょっかいを出す場面が目立つようになりました。しかし、3年2組はクラスとして健全に育ち始めてきたので、そういうコウジ君を諌める友達が増えてきたのです。小澤先生はコウジ君の支援も必要だと考え、体育の授業でお手本になってもらう、教材作りを手伝ってもらう、などの工夫をして役割行動をとらせ、適切な行動を通して認めていくように意識して指導を始めました。 小澤先生は、特別支援教育のノウハウが通常学級の全ての子ども達の指導に有効であることに気付きました。そして現在は倉中先生のような教師を目指し、多忙な中、特別支援教育士の資格取得に向けて研修に参加しています。 |
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2−3 高学年での事例 <教師への反抗> |
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***事例5:向原小学校6年3組の場合***************************
6年3組のワタル君は、4年生のとき病院で「アスペルガー症候群」という診断を受けています。ワタル君には、どうしても自分の気持ちを押し通してしまい友達の意見を聞きいれない面があります。担任の武田先生は「ワタル君は相手の気持ちに配慮することについて難しい」と担当ドクターから聞いていたため、クラスメイトにはなるべく我慢するよう言い聞かせていました。そのうちクラス内に「武田先生はえこひいきをする」「ずるい」という発言が増え、マサト君ら5名ほどの男女児童が担任に反抗的な態度を取るようになりました。 彼らは、授業中後ろを向いて大声でおしゃべりをする、お菓子を食べる、理科の実験でわざと危ないことをする、教室の電気をつけたり消したりする、といった逸脱行動を取り始めました。また彼らはワタル君をわざわざ刺激してパニックを起こさせ、その後すっと傍から消え去り、ワタル君が特に原因もないのに一人で興奮しているかのように見えるよう仕向けるようになりました。 マサト君らは、専科など他の授業では問題を起こさず、また管理職や保護者が見に来ている時にはすぐ態度を改めるので、指導が難しい状況です。 武田先生はクラスの皆に「ワタル君はアスペルガー症候群である」と伝えて、理解してもらおうかと考え始めました。 ************************************************************** (1)担任への反感 高学年の指導は本当に難しく、不登校が急増するのもこの時期です。最近はマスコミやインターネットなどの影響で『自分はカウンセリングを受けた方がいいかも』と悩む、また『あいつ病気なんだぜ』『ガイ(障害のガイ)だ。キモイ』と噂される、といったケースも見られます。低学年ではワタル君に対して「なんかおもしろい」「時々変なことをする」程度の感覚を持っていた子どもたちも、しだいに「ワタル君は自分たちとちょっと違う気がする」と意識するようになります。 学校文化に根付く「みんな一緒に、しっかり、きっちり、がんばる」べきだという考え方があまりに強調された学級経営をすると、皆と違うこと、つまり「クラスメイトと同じ行動がとれないこと」や「学校の決まりをきちんと守れないこと」は悪いことである、という誤解が生じます。ワタル君は「みんな仲良く」という学校の決まりをうまく守れない、本来「悪い子なはず」なのに、許されるのは「なんだかずるい」という、嫉妬にも似た気持ちがクラスの中に湧いてきたわけです。 低学年のうちから「できないところ」ばかり大人に指摘され続けてきた子ども達は、大人をモデルにして「相手のあら探し」が上手になります。高学年になると心と体の成長の問題や受験の問題などが影響し、心のゆとりのなさから他人に対して寛容ではいられず、徹底的に追求します。しっかり、きっちりの学校文化では「例外」についてきわめて過敏なので、ワタル君の行動を例外として認めワタル君ばかり大切にしている(ように見える)武田先生に、マサト君らはネガティブな感情を持ったのです。 このような対応の際に配慮すべきことは、クラスメイトの気持ちを上手に受けとめることです。例えばお母さんが子どもに『お姉ちゃんだけずるい』『弟だけかよ』などと言われたら、それは『お姉ちゃんだけ大切にされているみたい』『お母さんは弟の方がかわいいんだ』というメッセージなのです。たとえそこで『だってお姉ちゃんは勉強も部活も頑張っているから当然でしょ』とか『弟はまだ小さいんだから仕方ないの』と正論を言われても子どもは納得できません。『お母さんにとって私も大切な存在なんだ』『僕もかわいがられているんだ』という感覚を持つことで初めて、気持ちが落ち着くのです。 担任の先生に気に入られようとしていたある女子児童のケースがありました。その子は家庭で寂しい思いをしていて、愛情にとても敏感でした。ところが「一人だけ特別扱いできない」「クラスのみんなに示しがつかない」とその子の気持ちを担任がきっぱりと突っぱねてしまいました。それからその子は担任を恨むようになり、仲良しの女子を巻き込んで担任に対して授業妨害をはじめました。高学年の場合、杓子定規な平等意識で子どもを扱うと、担任に対する子どものポジティブな想いを潰してしまうことにもなりかねません。 また、たとえ大人でも「この子たちから嫌われている」と思うと、笑顔を向けられなくなるものです。よく見受けられるのは、教師が自分の正当性を主張しむきになって逸脱行動を厳しく指導する、というものです。これでは「勝ち負けの論理」でねじ伏せようとしているに過ぎません。大人としてのゆとりを持ち「あなた(児童)は私(教師)を嫌いでも、私にとってあなた達は大切な存在である」という気持ちを大切に、子どもと向き合っていきたいものです。高学年にもなると大人の内面が読めるようになってきて、大人が自分のために諭しているのか、感情的に怒っているだけなのか、などを敏感に感じ取るようになるからです。 高学年や中学校での問題の特徴は「特定個人への反抗・攻撃」という目的のために児童が集団化し、その動きも巧妙になることです。相手を選んだ攻撃なので、他の教師の時は授業が成立する、管理職が見回りに来ると逸脱行動をやめる、など人を見て行動するようになります。ですから周囲が判断を誤ると「ちゃんとできる子どもたちなのだから、これは教師の指導力不足によるものだ」という見解につながってしまいます。 また、小学生時代に学級崩壊などを経験し、教師を乗り越えてしまった子どもたちは、中学校になるとさらに規範意識が薄れ逸脱行動がエスカレートすることがあります。その根底には「大人不信」が隠れているのです。 (2)クラスへ「障がい」を伝える(カミングアウト)こと 最近は熱心な先生や保護者の方が増え、専門書などを参考にして障がいを持つ子どものために、周囲への理解を図る取り組みを実践する動きがあります。例えばLD(学習障害)などの子どもの辛さを体験するために、厚手のグローブを重ねて手にはめ細かい作業をするといった擬似体験をしてもらう、あるいは学活の時間を使ってお母さんがクラスの皆に自分の子どもの障がいのことを説明する、といった例があります。これらの取り組みはとても大切なことですし、価値あることではありますが、そのことが残念ながら障がいを持つ子ども自身を苦しめてしまうこともままあるのです。 とくに6年3組のようなケースで行われると、『武田先生は結局ワタルが大切だからこういうことをするんだな』『そんなことを言われて、なんで俺たちが我慢しなくてはいけないんだ』と、マサト君たちがよけい反感を持つ可能性はきわめて高いと思われます。クラスへのカミングアウトはクラスの子ども達の心が安定した状態で行われるのが原則です。しかし現実では、クラスがざわついてきたときに限って「この子が障がいだと伝えればクラスの子どもがわかってくれるのでは」と考える先生が出てきます。しかし、正しいことを伝えれば必ずわかってもらえるはず、という思い込みは、私達が支えてあげたい発達障がいの子どもたちを追い詰める結果になりがちです。 第一に確認すべきことは、障がいを持つ子ども自身がカミングアウトを希望している、あるいはカミングアウトに納得しているか、ということです。これは本人への告知の時期や障がい受容と密接に関係していますから、きわめて慎重に進めなくてはなりません。本人が希望していないのに、強引に説得してクラスにカミングアウトするようなことは決してすべきではないのです。また、学級での話し合いというのは、クラスメイトの予期せぬ反応で、子ども本人が傷つく場合があります。まず本人には席を外してもらって、じっくりクラスで話し合い、少し落ち着いたところで本人に参加してもらうという方法もあります。 発達障がいの子どもたちにはきわめて繊細な部分がありますから、心に深い傷を負うようなことは絶対に避けなくてはいけません。さらにはクラスメイトへの取り組みは一度で終わらせるような内容でなく、年間を通して計画的に実施することが大切です。私達大人ですら「その子の問題が障がいから来ているのかそれともわがままなのか」といった部分で悩むことはないでしょうか?教員間でも共通認識が難しい現状であり、発達障がいは大人にとっても難しい問題なのですから、ましてや子ども達に理解を求めるためには、かなり慎重を期する必要があるのです。 クラスの状態によっては「障害名」などをあえて取り上げずに、その子の課題を子ども達の身近な問題としてクラスに投げかけていく方法を取ることも検討すべきです。 ************************************************************************ <先生が子ども達の理解を促す言葉の一例>
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(3)小学校−中学校連携による応援計画 ・・・ <<NEW!!>> |
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向原小学校の子ども達のほとんどは向原中学校に進みます。これまでも向原小と向原中は、「小-中連携」ということで様々な取り組みをしてきました。
中学校の生徒たちが小学校に来て6年生に部活動紹介をする行事や、中学校の先生が小学校へ出向いての合同授業、さらには向原中に「さわやか相談員」として派遣されている相談員が向原小に月2回出張しての相談活動、などです。 向原小の特別支援コーディネーター、嶋本先生は、小中の管理職の了解を得て、向原中の特別支援コーディネーターに6年3組の現状を伝え、この連携を活用してクラスの支援ができないだろうかと相談をもちかけました。 向原中では、養護教諭(保健室の先生)の佐木先生が特別支援コーディネーターとして校内の支援体制作りに励んでいます。中学校では、特別支援と教育相談、生徒指導は密接に絡んできますので、教育相談主任、生徒指導主任と「配慮を要する生徒」について定期的な校内委員会を開き情報交換をしています。また、発達障がいを持つ生徒の「個別の支援計画」を保護者や関係機関と作成し、各教科担任へ協力を要請するとともに、必要に応じ保護者と病院にも出向き、担当医から直接助言をもらうなどして支援にあたっています。休日は特別支援の講演会などに参加して現場に即した支援のあり方を模索しています。 小・中の両コーディネーターが話し合い、以下のような取り組みが実施されることになりました。 *************小―中連携による応援計画***************************
**************************************************************** 向原中の生徒指導主任、中田先生は体育の教員です。中田先生は小学校の生徒指導主任と協力して6年生の体育の授業を実施しました。体育は学年合同にし、さまざまな教員が積極的に関わるようにしました。グループは学年全体で分ける形にし、クラスでかたまらないよう配慮しました。 中田先生は中学校の教員らしい厳しさはありますが、子どもの心をつかむのが大変上手なので、マサト君たちもすぐになつきました。中田先生はちょっとでも時間があると向原小へ出向き、教室だけでなく、保健室や相談室にも顔を出しながら、小学校の様子をつかんで佐木先生と情報交換していきました。さらに中田先生は、担任の武田先生がいかに子ども達のことを大切に思っているかを、少しずつ3組の児童に向けて伝えていくようにしました。 3組は活発な児童が多く、スポーツへの関心も高いことから、佐木先生の提案で、ドッジボール大会を企画しました。ここではクラス対抗にし、クラスの団結力に期待しました。このようなイベントはクラスを一つにまとめる絶好の機会なのです。マサト君らにも大会の実行委員の役割を与え、担任と中田先生がサポートしました。最初は気が乗らなさそうにしていたマサト君らでしたが、役割を持つことで6年3組の一員であるという意識が芽生え、また優勝という目的に向かい熱くなって委員の仕事に集中していくうち、いつしか授業中の反抗的な態度も少なくなっていきました。 たとえ心配な児童であったとしても、子ども達の力に期待し、意識的に役割行動を与えることは、ときに教師として必要な勇気なのです。そして、役割を遂行させてあげるために全面的に協力し、結果に関わらずその努力を認めてあげなくてはなりません。 また算数の少人数指導を実施し、複数の教員がクラスに関わるようにしました。今までは、担任の武田先生がどうしてもワタル君の方にかかりきりになってしまい、他児に目が行き届かなくなりがちで不満も多かったのですが、頑張っている子、おとなしい子にも目を向けてあげられるようになりました。 このように複数の教員が支援に入る場合には、 @簡単でよいので記録を必ず残して全員で情報を共有していくこと、 A一生懸命取り組んでいるまじめで目立たない児童を率先して認めていくこと、 B最終的に児童の気持ちがクラス担任に向くように支援すること、 が重要です。 さらに、ワタル君への支援を充実させるために、担当医を講師として招き、小・中学校で合同の特別支援研修会を開きました。担当医の助言をもとに、両校のコーディネーターが協力して、ワタル君の「個別の支援計画」を作成し、担任の武田先生に細かい点を修正してもらいました。このとき、県が作成している「指導法例示ソフト」が大変役立ちました。「個別の支援計画」を最初から通常学級の担任が作成するのはなかなか難しいので、コーディネーターや特殊学級担当教員の方で、ある程度のベースを作成することが必要になる場合があります。 この「個別の支援計画」のおかげで、武田先生はもちろん、他の教員もワタル君の指導が円滑に行えるようになり、クラスでのトラブルや指導上の問題も軽減されるようになりました。 そして、向原中の「さわやか相談員」、鈴木相談員もクラスの支援に力を貸してくれました。この地域では、中学校にはスクールカウンセラー(月3回)と「さわやか相談員」が派遣されていますが、小学校においては、カウンセラーも相談員も派遣がありません。そこで向原地区では、小学校のうちに子ども達のさまざまな問題を予防するため、鈴木相談員を向原小に月2回出張させての相談活動を実施しているのです。 鈴木相談員は、特に熱心な相談員で、自主的にカウンセリングの研修会などに参加し腕を磨いています。向原小は、空き教室を相談室として開設し、より多くの子どもたちに利用してもらおうと、相談日には校内放送で相談員が来ていることを知らせるようにしています。鈴木相談員は「さわやか相談だより」を発行して、保護者にも相談日を予告して活用してもらえるよう配慮しています。このようにして地域の子ども達はもちろん保護者も相談員をよく知っているため、中学に入って初めて相談員を紹介されるよりも相談の敷居が低く、利用しやすくなっています。 小学校では、保護者面談や不登校児童の対応がない場合、授業中の相談室利用はありません。授業中の空き時間がもったいないと、鈴木相談員は、出張相談日には算数の少人数指導など教室にも顔を出し、児童と積極的に関わりを持ちました。 また鈴木相談員は、たびたび訪ねてくるマサト君の気持ちを少しずつ聞き取っていきました。すると「そろそろ武田先生に反抗するのをやめようかと思っていること」「やめると仲間に裏切られたと思われるのが格好悪くて嫌なこと」などを打ち明けてくれたのです。高学年や中学生になると、このようなジレンマに苦しめられる場合があるようです。しかし、ここで「頑張って仲間から離れるのよ」「先生が守るから」などという無責任な助言は慎むべきです。大人はずっとついて助けてあげられるわけではありません。子ども達の集団には厳しい面があり、裏切った仲間を簡単には許しません。いじめグループから抜けた児童や生徒が、今度はいじめの標的になり、不登校になってしまう場合もあります。 実は高学年になると、お互いに「もうそろそろやめたいな」と機会をうかがっていることがよくあるのです。できれば、子ども達を友人と無理に引き離すのではなく、クラスの構造を変える取り組みによって、問題が自然に鎮火していく方が望ましいのです。 そこで、6年3組の授業の中にクラスレクリエーションやエンカウンターグループを取り入れることにしました。佐木先生はエンカウンターグループを研修などで勉強してきたので、担任の武田先生、鈴木相談員にも協力してもらいながら、「相手とのちがいを知る」「相手に合わせる」「仲間と協力する」などをテーマにしたゲームを行いました。これは人との関わりに課題を持つワタル君にとっても、ワタル君との関係を見つめ直す必要のあるクラスメイトにとっても、大きな意味を持ちます。 学級が荒れてくると授業の進行が遅れるものです。そういう場合、担任が授業をとにかく進めようとやっきになることが多いのですが、児童との関係修復のために、また特定の児童についてクラスの理解を促すために、このような取り組みは大変効果があります。 さらに武田先生は、休み時間などには積極的にクラスの子ども達と遊ぶようにしました。子どもとわかりあうためには、長時間語り合うことよりも、一緒に行動し、ともに汗を流すことの方が大切なのです。まず教師の側から歩み寄り、評価から離れて時間を共有することによって、子ども達の気持ちもほぐれていくのです。 校長先生も、時々クラスの様子を見に行ったり、一緒にレクリエーションや実習に参加したりと、児童にとって身近な存在となれるように努力してくれました。向原小では毎年、6年生が卒業前になると班毎に校長室に行き、校長先生と一緒に給食を食べる食事会をしています。ここで、子ども達のさまざまな思いに校長先生が耳を傾けました。「身近な距離で共に食事を取る」中で、子ども達と心を通わせるようにしていきました。 問題を切り抜けたクラスというのは、やがて大きな団結力を持つようになります。6年3組は、小-中の枠を越えたさまざまな協力体制によって、卒業を前に見事に再生を遂げました。 「小-中連携」の取り組みにおいては、中学校の先生方にかかる負担が大きいように思えるかもしれませんが、中学入学前の児童達と事前に交流を持ち、子ども達の情報を共有し、入学前に支援計画などを立てられることは、中学校の学校運営をスムーズに進める上でとても大きなメリットとなるのです。 向原中学校では、佐木先生を中心とした特別支援校内委員会が、すでにワタル君についての「個別の支援計画」を立て終え、さらに新1年生に対する支援体制も準備して、彼らが入学してくるのを楽しみに待ってくれています。 これまで特別支援とはあまり縁がないと感じていた向原中の生徒指導主任、中田先生でしたが、この支援をきっかけに、発達障がいについて学ぼうと考え始めました。中学校でも、このような先生が増えていくことに是非期待したいものです。 |
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