一口 法話
2009年10月(47)
他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木造というなり。当流には、木造よりは絵像、絵像よりは名号というなり。
蓮如上人御一代記聞書
多くの仏教は、名号より絵像、絵像よりは木像というのが一般的である。
今日、沢山の人々の中に、仏像拝観がブームになっている。 広隆寺の弥勒菩薩、法隆寺の百済観音などは、人々のこころを魅了して止まない。やはり、長い歴史を経て伝えられてきた仏像には、神秘的な安らぎを与える力があるのかもしれない。
ただ浄土真宗では、仏像はただ芸術的に鑑賞するものではなく、信仰的拠り所として合掌礼拝するものである。
そんな中で蓮如上人は、木像より絵像、絵像より名号が大事であるという。具体的には、南無阿弥陀仏(六字)、南無不可思議光如来(九字)、帰命尽十方無碍光如来(十字)の名号のいわれを聞くことが肝要であるという。それはまた、一心帰命に称名念仏することである。
2009年11月(46)
仏法には世間のひまを闕きて聞くべし。
蓮如上人御一代記聞書
昔、ご門徒の家にお参りに行くと、老人たちはよく「ひまを闕いてようこそ」といって迎えて下さった。今は「お忙しい中ようこそ」という人が多い。
忙しいということは、結構なことのようであるが、よく考えると、「忙」という字の立心偏を下に持ってくると「忘」という字になる。「忙しい、忙しい」といっている間に限りあるいのちそのものを忘れて流されてしまうのである。
蓮如上人は、世間の用事を差し置いてでも仏法聴聞しなさいといわれる。世間のひまをあけて聞くことはあさましいことである。仏法には明日ということはない。今の今、ひまを闕いて聴聞することが大切であるという。いのちある間にちょっと仏法でも聴こうかというのではない。仏法を聞くために与えられてあるいのちである。
2009年12月(45)
人のわろきことはよくよくみゆるなり。わが身のわろきことはおぼえざるものなり。
蓮如上人御一代記聞書
人間の目や耳は、外界のものを見たり聞いたりして認識するためにある。だから、他人の悪い癖などはよく分かり気にかかる。しかし、自分のことになるとなかなか事実を受け止められない。
例えば顔に墨が付いていて注意されるとお礼がいえる。ところが自分のこころの中まで入って「あんたの根性は汚い、だから嫌われるのだ」といわれてお礼はいえない。たとえ本当であったとしても「ほっといてくれ」と腹を立てるかもしれない。
蓮如上人は、自分が本当に悪いと知ったならば、自分の身に付いたものとして、心中改めるべきであるという。その場合、謙虚に他人のいうことを信用すべきであるという。かくあるもなかなか自分の悪いことは気づかないものである。いや気づこうともしないのかもしれない。
2010年1月(44)
道徳はいくつになるぞ。道徳念仏申さるべし
蓮如上人御一代記聞書
上は勧修持の道徳が、蓮如上人の元へ正月の挨拶に行ったとき、上人がいわれた言葉である。 もちろん、これは単に年齢を尋ねたのではないはずである。また、正月を迎えて「あけましておめでとうございます」という世俗の挨拶でもない。
上人の意図は、自力の念仏を翻して、他力の念仏を申すことを催促しているといえる。われわれはついつい分かったつもりで念仏を称え、年を重ねているのが現状であろう。上人は、阿弥陀如来を一心にたのむ一念の起こるとき、ただちに仏のお助けにあずかるという。臨終までの一念の念仏が大事であるというのである。他力とは他の力という心だからである。
心新たに念仏申す身にさせて頂く、そして信心を確かめさせて頂くことが、正月を迎える上人のご挨拶であったのである。
(43)
オ蛄春秋を識らず、伊虫あに朱陽の節を知らんや。 曇鸞
荘子は、夏ゼミのつくつくぼうし(オ蛄)は、春や秋を知らないという。曇鸞はさらに、その虫(伊虫)は、夏(朱陽)の季節も知らないという。
夏ゼミは、幼虫の間だ土の中で木の根から栄養をとり成長する。それは数年といわれる。成虫になって一週間ほど、いのち一杯鳴き続ける。短い命ではあるが、いわば夏の主役といってよい。
夏ゼミが、春や秋を知らないことはよく分かる。しかし曇鸞は、春や秋を知らないことは夏も知らないという。春夏秋冬の四季の特徴は、それぞれすべて経験して分かることである。
例えば、自力他力もそうである。他力他力といっているところでは、他力は分からない。自力の世界に触れて、はじめて自力無効の他力が分かるのである。
2009年6月(42回)
忘れたんではありません。思い出せないのです。
曽我量深
右の言葉は曽我量深先生の言葉である。先生の講義は思索的感応的といってよい。講義中突然長い沈黙に入られることがあった。先輩から聞いた話では、長い沈黙のあと「忘れたんではありません。思い出せないんです」といわれたという。 わたしたちは、忘れたのか思い出せないのか曖昧である。先生は、唯識を学んでおられたので厳密である。わたしたちの知識は、言葉となって意識の中に概念化し、その意識のもう一つ奥のアラヤ識(本性)の中に記憶として蓄積されるのである。もともと空っぽであれば思い出しようもない。ところが、表面的意識の中では思い出せなくても、本性の中にはちゃんと保管されているのである。そうした点により、たとえ思い出せなくても、忘れたのではないと言えるのである。
2009年7月(48)
それがし親鸞閉眼せば 加茂河にいれて魚にあたうべし 親鸞
なぜ親鸞は自分が死んだら加茂川へ捨てて魚に与えてくれといったのか。二点考えられる。一点目は、親鸞幼少の頃、加茂川は死人が多く放置されていた所であったからである。鴨長明の『方丈記』(養和の飢饉)によれば、京の町はたびたび飢饉や災害に見舞われたという。仁和寺の隆暁法印が、死人の額に阿字を書いて供養したら、四五両月、市街だけで四二、三〇〇人あったという。 二点目は、親鸞は肉体の死を余り重く見ていなかったからである。親鸞晩年の頃、無常講などの集まりでは、人の没後の葬礼などの手助けが一番大切であるという風潮があった。それに対して親鸞は、葬儀より往生の信心の沙汰が大切であるということ強調するために「加茂川にすててくれ」といったのではなかろうか。
2009年8月(49)
世の中安穏なれ、仏法ひろまれ 親鸞
仏教は心の慰めと思っている人もいるかもしれない。また、信仰の世界は個人的なことと思っている人もいるかもしれない。しかし親鸞はそうではない。自身の九十年の生涯は、激動の人生であったといってよい。幼くして両親に別れ、九歳で出家を余儀なくされた。二十年に及ぶ比叡での修行の末、やっと師法然上人に出会った。それも束の間、三十五歳の時、承元の法難により国の罪人になった。越後に流罪になり、その後常陸におもむき、名も無き人々と共に念仏の教えを聞き、宣布した。京へ還って九十歳で往生の素懐を遂げた。そんな親鸞であるからこそ、世の中安穏なれと願わずにはおれなかったと思う。そして、念仏停止の弾圧を受けた親鸞は、仏法ひろまれと願わずにはおれなかったのではなかろうか。
2009年6月(41回)
香味の食を得ば、当に願うべき衆生、節を知り欲少なくして、情に着すること無けんと
『華厳経』
食の問題は重要である。現在世界六二億人のうち、およそ七億人の人が飢えに苦しんでいる。一方飽食の中で贅沢を極めている人も九億人いる。 今日の日本社会は、グルメといわれる。金さえ出せば世界のあらゆるおいしい食べ物が手に入る。人々は贅沢を極め、特に珍味な美味しいものが目の前にあると、自分の健康のことも忘れて食べ過ぎてしまう。しかし、わたしたちが口にするものは、元いのちあったものである。
今『華厳経』では、香味な食事を頂く時は、節制することを知りなさい。そして欲を少なくしなさいという。ただ感情にまかせて食べ過ぎてはならないと説く。もうぼつぼつ、有限な資源の地球の人としての自覚を持ち、「勿体ない」「頂きます」の心で食事をしたいものである。
2009年5月(40回)
如来は平等にして怨親有ること無し
『華厳経』
人間の思いは、戦争と平和、差別と平等、その両極に存在するものなのか。
悲惨な戦争はいけないと知りつつ戦争してしまう。人間の世界に本当に平等・平和は実現できるのであろうか。 誰だって平和を望んでいる。にもかかわらず、国家は抑止というという言葉で軍隊を拡大している。じつは兵器は持てば持つほど、また不安は募るのである。武器があるから安心できるとは限らない。例えば、一本のメスも医者が手術で使えば人の命を救うものとなり、人を殺せば凶器になる。最初から殺人のために作られた兵器は凶器である。そんな中、『華厳経』は、如来はどこまでも平和平等を願い、人間のように都合立場によって変わるような怨親の心は、一切無いという。絶対的平等を願っているのである。
2009年4月(39回)
仏法のかたに、施入物の多少にしたがいて、大小仏になるべしということ。この条、不可説なり。 親鸞
『歎異抄』
親鸞在世の当時、施入物の多少によって、仏の位が異なっていたのであろうか。親鸞は、それは全く見当違いであるという。もし、そういう宗教があったらまやかし物である。 そもそも布施とは、インドの言葉でダーナという。漢字で書くと檀那である。自分に在って、他の人に無いものがあったら、分かち合うことである。それに財施、法施、無畏施がある。財産の有る人は無い人に分け与える。真理を体得した人は、まだ得て無い人に伝える。また、不安を抱いている人がいれば、安心を与えて恐れを無くす。そして、さらに大切なことは、布施は、与えた人も頂いた人もすべて清浄でなければならない。だから布施の多少によって、仏のご利益に差があるなどとんでもないことである。
2009年3月(38回)
たとい、法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄に落ちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。
親鸞『歎異抄』
一体、人間の信頼関係は、どこまで可能なのか。人々は、自分の勝手都合によって裏切ったり、また裏切られたりして悩み苦しんでいる。長い間培ってきた信頼関係も、一度の裏切り行為で崩れ落ちる。それなのに親鸞は、たとへ法然にだまされて、念仏して地獄へ堕ちても後悔しないという。分別や損得を超えた絶対的信頼である。
地獄へは堕ちたくないのがわれわれである。念仏してお浄土へ参ることができるなら話は分かる。幸福はこちらへ、不幸はむこうへというのがわれわれの根性である。法然と親鸞は四十年の年の差がある。親子以上離れた二人を結びつけたものは何か。興味がわく。少なくとも、本願念仏の教えは、老若男女が出会える世界を願い続けているのである。
2009年2月(37回)
親鸞は父母孝養のためとて、一辺にても念仏もうしたること、いまだそうらわず。
親鸞『歎異抄』
わたしたちが念仏するとき、亡き人を偲びつつ、現にいのち生かされてあることを喜ぶ身になることが大事である。
その亡き人が父母であれば、孝行のために念仏するのは、なおさら自然のことではないか。わたしも娘に先立たれるという境遇に出会ったが、ついつい娘のことを思いながら念仏してしまう。
それを親鸞は一網打尽に否定するのである。どんな状況になろうが、父母の孝行のために念仏したことは一度もないという。ここに親鸞の先祖供養に対する否定的側面が伺われる。しかし、それはただ闇雲にいっているのではなく、そこには理由がある。それは世々生々父母兄弟であるから、ただ自分の娘とか親というのではなく、先ず隣にいる有縁の人びとを済度するのが念仏だからである。
2009年1月(36回)
弥陀の本願には老少善悪の人をえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。
親鸞『歎異抄』
阿弥陀如来の本願は、老若男女、善人悪人、すべての人を救うというのである。そして、誰も捨てないという。
これは人間の世界ではあり得ないことである。国家、民族、人種、男女、老若、善人悪人も救われるとしたら、社会は混乱するかもしれない。
親鸞は、一切の条件を付けていない。ただ信心を要とするという。この場合の信心とは、如来の救いを信じることである。救われるか救われないか分からないけれども、念仏もうすというのではない。必ず救われることを信じるのである。さらに言えば、すでに救われてあることを信じるのである。また、救われるということは、問題が消えて無くなるというのではなく、どこまでも問題を引き受けていく課題に樹つということである。
2008年12月(35回)
困ると困らざるとは彼の事にあらず我の事なり。 清沢満之
わたしたちが困ったりする場合、たいてい他人の事として考える。私的なことでいえば、子どもの学業の成績がよくないといって悩む。あるいは年頃の子を抱えた親は、この子さえ結婚してくれたらと悩む。困ったことは子どものことと思っているのが親である。
じつはこれらの困惑は、すべて他人の事のようであるが、困っているのは自分の都合である。
清沢満之は、困る困らないの判断はすべて自分にあるという。悲惨な戦争、地球の温暖化、教育の荒廃、老人問題などの社会問題のどれ一つを取っても、他人事であれば困らないし、痛みも感じない。もしそれが我が身に降りかかったとき困るのである。困る主体は、どこまでも自分を取り巻く環境、自分の都合による。
2008年11月(34回)
貧富は充足を知ると知らざるとによる。 清沢満之
豊かさとは何か。貧しさとは何か。それは物質的なことと精神的なことと両方あると考えられる。少なくとも近年の日本社会は、物質的豊かさを求めてきた。経済至上主義といってよい。しかし、現代人は本当に幸せを感じているのであろうか。戦前の日本人の生活から見れば、まるで夢のような生活であろう。しかしその豊かさを実感できない。さらなる贅沢を求め奔走しているのが現代人である。仏教では、田畑の無い人は欲しいといって悩み憂う。田畑のある人は幸せかというと、またそこでも憂い悩むという。人間は、ものがないから悩むといえば簡単である。しかし、そうではなく、あってもなくても悩み憂うというのである。清沢満之は、貧富の異なりは、充足を知るか知らないかによるという。
2008年10月(33回)
善人でさえ浄土に往生できるのだから、悪人はもちろんのことだ。
親鸞『歎異抄』(筆者意訳)
一般的には、悪人が救われるなら善人はなおさら救われて当然であるという。ところが、親鸞はわれわれの常識を覆して、悪人ならなおさらであるという。
どうしてそういえるのか。じつはここでいう善人悪人は、倫理道徳的な意味とは異なっている。誰からも後ろ指を指されず、完璧に生きているという人は善人である。逆に他人を恨み妬み憎む心を起こし、罪深い人間であると悩んでいる人を悪人という。親鸞は、常に生きていること自体が罪を作っているという自覚に立っていた。だから、自分の力を当てにして仏になれる人を善人といっているのである。ただそういう善人は、本願の他力の心に背いている人である。親鸞は、如来の救いは、衆生の罪が深ければ深いほど大きくなり確かなものになるという。
2008年9月(32回)
親鸞は父母の孝養のためには、一辺たりとも念仏申したことはない 親鸞
親鸞は、父母の追善供養のために、一度も念仏したことはないという。親鸞の教義からすれば当然である。念仏は加持祈祷ではないから、念仏によって人を幸福にしたり、地獄に堕ちた人をすくい上げるというようなことはない。ただ親鸞の生涯をたどってみれば、幼い時に父母と別れ、悲しみの中での比叡山の修行であったと思う。父母の菩提を弔うことは自然の心ではなかったかと思う。しかし、法然に出会って以後、自力を棄てた親鸞は、きっぱり追善供養の念仏を断ち切るのである。その理由は、生きとし生けるものは、長い間には、一度は父母兄弟のような間柄になったことがあるかもしれないからである。すべてが御同朋御同行である。親鸞は、ことさら自分の父、母だけを先にすべきでないという。
2008年8月(31回)
念仏は無碍の一道なり 親鸞
親鸞は、念仏を称えることは何ものにも障げられない真実の一道であという。
親鸞は、あれやこれやと信じてはいけないというより、念仏一つで十分であるという確信に生きた人である。そして、念仏は、仏教の行者の障げとなる悪魔と、仏教以外の道理にはずれた教えを信じている人にも、まったく障りとならないという。さらにいえば、人間の煩悩そのものもまったく障りにならないという。
また、一道ということは、迷わないということである。それは道が一つしかないということではなく、道は沢山ある。しかし、歩くのは一つということである。一つあれば充分である。あれやこれや迷うのではなく、「この道をわたしは行く」という決断を意味している。それは如来のはたらきによって成り立つという。
2008年6月今月の言葉(31)
わかきとき仏法はたしなめ タ如
本願寺八代の蓮如上人の言葉である。仏教は、若い時に聞けという。
今日、一般的には、仏教の教えを聞くのは年寄りの仕事と思われているかもしれない。しかし、そうではない。仏教は決して分別的に聞いて覚えるものではないが、それなりの知性と体力がいる。それが、年を取ってくると、歩行も困難になるし、一日座っているのは大変である。そして何よりも、年取るとすぐ眠たくなる。分段睡眠が上手になるといえばそれまでであるが、話中につい眠たくなるのである。だから、仏教は若い時に聞いてたしなみなさいという。
記憶の点についても、年取るとついさっき聞いた話もとんと忘れてしまう。若い頃聞いた話は不思議に心のどこかに残っているものである。
今月の言葉(30)
憲法九条は、世界に誇れる日本文化の宝です。 住井すえ
政治の世界は分からない。小泉・阿倍内閣の時は、憲法問題が論議された。今は年金・ガソリン税の問題により、影を潜めてしまった。
少なくとも日本は、憲法九条のお陰で、敗戦後六三年間、武力によって無差別に外国人を殺すことはなかった。九条を固持している日本の憲法は、世界で注目されている。というのは、今日の世界情勢では、平和の大切さは分かっているが、九条のような憲法は作れない。そんなすてきな日本の宝が、九条である。世界の恒久的平和を求めるメッセージを発信できるのは、日本だけである。今、日本で九条が話題になる時は、改正ではなく改悪であると思ってよい。多くの日本人は、九条は守るべきであると思っている。戦争殺戮をしたい人を除いては。
2008年7月 今月の言葉(29)
信不信ともにものをいえ 蓮如
蓮如上人は、聞いた仏法を語り合うことを進められた。とにかく語りなさいといわれる。物をいわない人は、悪人であるといわれた。余り軽々しく話すのもよくないが、自分の思いを語りなさいといわれる。今日のカウンセリングである。
信心の問題も、」信じられること信じられないことのどちらも語ることが大切である。分か
自分が語ることによって初めて、自分自身の心の奥が知らされる。また意見を言えば、他人から間違いを指摘される。人間は、とかく他人から意見されるのはいやである。だから黙ってしまう。タ如上人は、自分の聞いた信心は、とにかくさらけ出して確認しなさいといわれる。
2008年3月 今月の言葉(28)
兵戈無用 『大無量寿経』
一艘千四百億円するイージス艦。自衛隊は四隻所有している。高性能レーダーを搭載し、敵のミサイルを探知して迎撃できるという。二月そのイージス艦と漁船が衝突した。二人の漁師が不明となった。国民のいのちを守るべき艦船が、国民のいのちを奪ってしまった。そんな中、本当に世界平和のために軍備は必要なのか。改めて国のあり方が問われる。
釈尊は、兵戈無用といわれ、一切の軍備を放棄して平和を願った。非武装平和である。ただ、時として人間は愚かなもので、平和のためといって、何兆円という税金で武器を購入している。軍備を持たないと不安なのか。今、国民の税金を軍備に使わず、世界平和のために使うことを一人ひとり考えるべきであろう。武装による平和は恒久的でないからだ。
2008年4月 今月の言葉(27)
無慚愧は名づけて人とせず、名づけて畜生とす慚愧あるがゆえに、すなわちよく父母師長をを恭敬す。 『涅槃経』
父を殺し苦悩に耐えかねているアジャセに対して、『涅槃経』では慚愧の救いが説かれる。慚は自ら罪を作らず、愧は、他人に教えてさせない。さらに、慚は人に恥じ、愧は天に恥じることである。この慚愧の心がアジャセの罪を救うと説く。だから慚愧のない者は、人間の姿はしていても畜生と同じだという。アジャセは、唯一慚愧の心によってのみ、父母を敬い、先生や老人を尊敬できる人間関係を回復することができるという。
今日の世の中は、この慚愧の念が欠落している。親子・夫婦の殺し合い、先生と生徒が尊敬信頼できない学校、政治不信。とても人間の業とは思えない。今こそ、政治、経済、教育、家庭など全てにおいて、慚愧の自覚が大切である。畜生から人間になる道は、そこにしか無い。
2008年2月 今月の言葉(26)
真即新 金子大栄
二〇〇七年度は「偽」の一字が象徴した年であった。偽という字には、ウソ・イツワリ・ニセという意味がある。偽は、人偏に為と書くので、人の為というのはニセということを著している。かつて国の為、国民の為といって、生と死が強要された時代があった。その場合ウソが多い。国家の平和の為に尽力を尽くしているはずの防衛省の疑惑、各地の食品の消費期限の偽造、それが例え一部であったとしても、何々の為としてウソ・イツワリの世界に失墜してしまうのである。
金子先生は、真即新といわれる。時代が進めば、人間の心は良くなるかといえば、そうではない。新しいものがすべて良く、古いものはだめだというのではない。真実なるものはいつまで経っても新しい。新しいものが真実とは限らない.。.
2008年3月 今月の言葉(25)
世間虚仮 唯仏是真 聖徳太子
人間の生きている現実の世界は、無常である。常に変化している。それは虚しいものである。そして、ものは仮にこの世に存在しているに過ぎないという。わたしたちは、仮に存在しているものに執着して悩んでいる。例えば金に執着し、地位名誉に執着して悩んでいる。時には執着のあまり、自分を見失い、とんでもない悪事をはたらく人もいる。
聖徳太子は、そうした現実を、虚仮不実の世界と見抜いた。今日の科学文明万能の世界は、バーチャルの世界といってよい。そんな中で、ただ仏の真理のみは、時代、国家、民族を超え、わたしたちに真実の光として輝いているという。何時でも、何処でも、誰にでも救われる道は開かれている。それは、世の中の計算では間に合わない仏の真理の世界である。
2008年4月 今月の言葉(24)
身愚神闇 心塞意閉 『大無量寿経』
人間の生命は、身と心で生きている。身体も健康で、心も元気であれば、人間は充実した生活を送ることができる。
ところが釈尊は、人間の根元的な苦しみを生老病死と説いた。いわゆる四苦である。人間はいったん病気になると、心も同時にすさんでくる。反対に心に心配事があれば、身体もどこか不安定になる。精神と肉体は、互いに関係しあっている。それは、人間は過去未来現在を生きているからである。その中で過去未来は、心の問題である。ただ今現在のみ身心共に生きているのである。だから過去の記憶と未来の思いが人間を苦しめているのである。身は愚かにも精神の暗闇に覆われ、心は意識的に閉塞してしまうという。今日の引きこもり状態も、身と心のアンバランスから生じていると思われる。
今月の言葉(23)
2007年9月
広島・長崎に原爆が投下されたという事実は、三発目の投下はあり得ないという保証はない。 安田理深
久間元防衛大臣は、原爆のお陰でさらなる犠牲を防ぎ戦争が終わった、と原爆投下を仕方なかったという。
敗戦後六二年経った。今日、依然として、原爆の後遺症で苦しんでいる被爆者にとって、戦争は終わっていない。
二度と原爆が使われては成らないことは、万人の周知することである。
今こそ、非核三原則の元に、この地球上から一切の核兵器が無くさなければならない。人間は武器を持ったら使いたくなる。武器を持ったままの抑止力であったら、再び悲劇を起こしても不思議でない。広島長崎に原爆が投下されたという事実は、もう二度と過ちを起こさないという保証にはならない。確かなことは、核兵器を持たない、持たせないことだ。武力による制圧は、新たな悲劇を生む。
今月の言葉(22)
依頼は苦痛の源なり 清沢満之
依頼心は、煩悩の源である。依頼はしてもされても苦痛を伴う。随分昔のことである。祖父から買い物を頼まれた。パーカーのブルーのインクであった。文房具店二軒ぐらい行ったが品物がなかった。二時間ほど探していると、だんだん腹が立った。インクだったら何でもいいだろうに。どうして自分は他人のためにこんなに苦労しなければならないのか。几帳面な祖父は他のものでは許さないことは知っていた。よけい腹が立った。
またある時、連れ合いに郵便局へ納金してくるように依頼した。ところが何日も振り込み用紙が机の上に置かれたままだった。腹が立ってきた。なぜ頼まれたことを早くしてくれないのか。相手の都合を考えずに。人間は、どこかで依頼心の執着から脱却しなければならない。
今月の言葉(21)
人間は生死の苦しみをのがれようとして生死に苦しんでいる。 曽我量深
生と死は、人間の最大の関心事である。誰もが人間に生まれた以上、必ず死ぬことは分かっている。しかし、この世界にいつまでも執着をもっているのも事実である。癌の病を宣告され、余命半年といわれ、それなら今日は酒飲んで寝ようかという人はいないであろう。聞いた瞬間から生に対する執着、死に対する恐怖に襲われるのではなかろうか。
だから本当に死が受容されるまでには、時間が必要だと思う。そこで始めて逃れることのできない身の事実を教えられる。それは辛い悲しい耐え難いものである。親鸞は、人間の計らいを聖道の慈悲といって、救われ難いという。ただ浄土の慈悲のみが末通る救いであるという。浄土の慈悲に立った時、逃れられない生死の苦が引き受けられるという。
今月の言葉(20)
救われるということは場所を給わること 宮城
今に生きる子どもたちにとって、耐え難いのは、居場所がないということであろう。本来は家庭、あるいは学校が、生活の一番の場所であるはずである。ところが、安心できるはずの家庭でいらいらしている。親子兄弟の出会いが持てない。学校は一番友達との出会いのチャンスである。ところがその学校で孤独であり、いじめの恐怖におののいている。
今宗教的に見たら、本当の救いとは、浄土を見いだすことと言ってよいであろう。あなたとわたしが、愛と優しさをもって出会える場所である。その浄土がわたしに見いだされた時、安心して娑婆(泣いたり笑ったり怒ったりしている現実の世界)に生きることができるのである。救われるということは、そういう浄土の場をいただくことである。
今月の言葉(19)
2008年1月
苦しんでいることは救いではないが、救いの縁となりうる 安田理深
人生、苦もあれば楽もあるといわれる。 昔、祖母から「お前さんたちの苦労など、わしが嫁に来た時の苦労と比べたら苦労のうちに入らん」と言われた。今また、年を取って、子どもたちと接していると、「最近の若い人は苦労が足りん」と言ってしまいそうである。本当は苦はいやで楽をしたいのであるが、ともすれば、楽も苦も俺が一番でないと承知できない自分がいるのであろうか。
また、人生の苦はどこまでも一人ひとりの受け止めによって異なる。苦を苦として受け止められる人、受け止められず逃げる人、それぞれである。ただ、いくら苦を受け止めたとしても、救われるものではない。むしろ苦を通して人間が大きく成長することもある。苦はあくまでも、救われる手だてを頂くことである。
今月の言葉(18)
2007年8月
宗教は、解決できない問題を荷負し、それが課題となることである。 真宗学者 故藤元正樹
藤元先生は、問題と課題は違うといわれる。問題は、私たちとの関係ないところで生じ滅していく。一難去って、また一難の世界である。ところが、課題はそうではない。課題というのは、私との関係において成り立つ。
たとえば、老人問題一つとってみても、他人事であれば、時が過ぎれば忘れてしまう。ところが、自分が老人になって認知症を感じるようになったり、また、家族で老人を抱えている人は、問題ではすまされない。どうすべきか課題が与えられる。問題は、頭で考えた世界である。課題は、思い通りにならない現実に立った生活そのものである。課題を明確化することが、仏の教えを聞くということである。それは私利私欲を離れ、仏の真実の願いに生きることでもある。
今月の言葉(17)
2007年7月
宅あれば宅を憂う。(略)宅なければまた憂えて宅あらんと欲う。 『大無量寿経』
以前、高校生に「あなたにとって最も大切なものは何ですか」と尋ねた。その時、いのち、お金、友達、家族という答えが圧倒的に多かった。しかし、よく考えてみれば、大切なものは、時と場所と状況によって変わる。例えば、ダイヤモンドとコップ一杯の水と比較したとき、砂漠のど真ん中と、家にいる時では異なる。ものが豊になれば、幸せかというとそうとは限らない。
仏教では、家が無い人は自分の家が欲しいと憂い悩み、また、家の有る人は有る人なりに憂い悩むことがあるという。
改めて、人間にとって、本当の幸せとは何だろう。それは、金、もの、名誉などの執着から離れることである。宅の有無ではなく、宅に執着する限り、悩み憂うのが人間であるというのである。
今月の言葉(16)
2007年6月
故郷へ帰れないから帰らないのと帰れるけれども帰らないのとは違うのです。 ハンセン病回復者 故伊奈教勝
右の言葉は、ハンセン病患者の言葉である。四〇年以上の長きに渡ってハンセン病療養所に強制隔離された伊奈さんに、故郷が回復した。しかし、患者の多くは、未だに故郷が回復していない。伊奈さんも、入所当初は、故郷が恋しくて布団の中で涙したという。入所当時はまだまだ差別と偏見が強く、家族も差別を恐れ、伊奈さんの存在を抹殺してしまった。
そんな中、伊奈さんは公の場で本名を名乗り、多くの苦難の末、故郷へ帰ることができた。伊奈さんは、「わたしにいつ帰ってきてもいいよと故郷が回復した時、わたしは療養所の仲間と一緒の納骨堂に入ろうと思った。心から安心できた。帰る自由と帰らない自由がわたしに与えられた」という言葉の意味は重い。
今月の言葉(1)
常平生真面目な人は戦争に対しても真面目である。ビアス『悪魔の辞典』より
真面目ということは、大切なことである。ところが、ビアスは、真面目な人は、戦争を正義とすれば、真面目に戦争に協力するという。
この地球上に生きる多くの人は、戦争の悲惨性を恐れ、戦争はいけないことは充分承知しているはずである。ところが、平和を願うといっても、武器を持って願うのと、一切の武器を放棄して願うことと二通りある。今日、日本では、前者の考えの人が圧倒的に多い。しかし、人間は愚かなことに、武器を持てば使いたくなる。長崎広島に続いて三発目の原爆が投下されないという保証はどこにもない。遠い道かもしれないが、一切の武器を持たずに平和を願うのが一番確かだと思う。また、真面目に戦争賛美する時代が来ないことを、願わずにはいられない。
今月の言葉(2)
文化というのは、簡単に言えばいのちを大切にすることです。 住井すゑ
『橋のない川』の作者住井すゑさんは、九五歳の生涯を通して、差別と闘い、いのちの尊厳に生きた人である。日本が文化国家として生きるのか、武力国家として生きるのか、いま岐路に立たされている。増大する防衛費、憲法九条を変えてでも自衛隊を海外へ派兵したい人々、自衛隊はもはや軍隊であるから自衛軍にすべきだと主張する人々がいる。
老子の言葉に「兵器は凶器」があり、釈迦の言葉に「兵戈無用」がある。本当に差別のない世界、国家や民族や宗教を超えた平等な世界の確立が急務である。包丁は料理をするためには文化包丁になる。しかし、人を刺し殺せば凶器になる。 最初から殺戮のために作られた兵器は、凶器である。いのちを尊ぶ文化国家にするには、武器を放棄することしかない。 中
今月の言葉(3)
一人居て賑やか 大勢居て静か 曽我量深
表題の言葉は、元大谷大学学長の曽我量深先生の浄土の世界についてのお諭しである。
一般的には、一人で居ると寂しくて、大勢居ると喧しいと言ってよい。人間は年と共に孤独を感じる。一人ぼっちになるのが怖い。将来に対して不安を抱く。また、大勢居ると喧しく、煩わしさを感じる。一人で静かになりたいと思う。それを娑婆という。
ところが、曽我先生は、一人居て賑やか、大勢居て静かと言われる。浄土の世界である。いつも仏と共にあるので賑やかであり、独立した世界である。だから安心して独り立ちでき、周りから孤立することなく、整然と自身のいのちが輝く世界である。大勢の中で、一人ひとりと靜に語り合うことができる世界である。
今月の言葉(4)
親鸞は弟子一人ももたずそうろう 親鸞
われわれの人生において、先生(善知識)を求め、真実の教え(仏法)に出会うことは最も大切なことである。ところが、仏法を求める人にとって、知らず知らずのうちに執着するのが、法と人である。法は真理であるから、すべての人に開放されているはずである。もちろん、法を説く善知識についても同様である。それをわれわれは、いつの間にか「わが法、わが師こそ一番」と執着してしまう。
親鸞は改めて「わが弟子ひとの弟子」ということはないという。それは親鸞在世の当時から、「わが弟子ひとの弟子」という差別があったからである。もし弟子という言葉を使うとしたら、みな同じ「仏弟子」ということになる。ゆえに親鸞は自ら、関東のお弟子に「弟子を一人ももったことはない」というのである。
今月の言葉(5)
天命に安んじて人事を尽くす 清沢満之
一般的には、人事を尽くして天命を待つ(『讀史管見』)という言葉が流布している。十分に人力を尽くして、結果はただ運命に任せるということである。
ところが、明治の仏教学者清沢満之は、天命に安んじて人事を尽くすという。人事と天命がひっくり返っている。もちろん清沢の天命は、運命というより如来の働きを意味しているといってよい。
清沢にとって、「安んじて」という言葉が大事な意味を持ってくる。どこまでも如来の働きに任せて、安心して自分の力を発揮できるという境地である。先々の不安や心配のいらない世界。今日ただ今を悠々自適に生きる世界の確立である。わたしたちの努力とその結果など、すべて如来の働き(天命)の中にあり、自身の計らいは一切末通らないという。
今月の言葉(6)
信じて救われるのではないのです、救われてあることを信じるのです。 安田理深
およそ宗教である以上、人間の救いを目的としないものはない。どんな宗教であろうと、信ずることから始まる。ことに仏教では「仏法の大海は信をもって能入となす」(『智度論』)と説かれる。信じてそれから救いにあずかるという。 救われるとは、浄土に生まれることである。ところが、安田先生は、浄土とは、救われ難き我が身の自覚が、すでに救われてある確信に触れることであると言う。そこには人間の努力の限界性と、すべて如来に任せるという確信である。 例えば、猿型と猫型である。猿の子は親猿に自らしっかり捕まって移動する。子猫は、親猫にくわえられて身のすべてを親猫に任せて移動する。信じて救われるのを猿型とすれば、救われてあることを信じるのが猫型と言えないだろうか。
今月の言葉(7)
真理は非人情だ 医者が自分の子どもを診察できないのと同じように 毎田周一
十数年前、子どもがベッドから落ちて怪我をしたことがあった。唇を切って大変な出血であった。応急の止血をし、近くの病院へ運んだ。休診日ということもあって医者はなかなか診察室に現れなかった。わたしは泣く子どもを抱えていらいらしていた。やっと先生が白衣を着て現れた。わたしは早くしてほしいと思った。しかし、先生はゆっくりしておられた。傷を見ると顔を布で覆い、針で傷口を縫い始めた。「少し痛いが辛抱するのだぞ」といって四針ほど縫って、痛み止めをくださった。先生の落ち着きが、ちゃんとした診療ができるのである。医者が感情的になり、オロオロしたら逆に患者が不安になる。医者も自分の子であったら、きっと冷静に対処できないと思う。毎田周一は、真理は非人情であると言う。
今月の言葉(8)
人々は残酷である。だが人間はやさしい。 タゴール
人間はやさしさと、残酷性を同時にもっているのであろうか。
インドの詩人であり哲学者でもあるタゴールは、人間の集団的残虐性を指摘している。例えば戦争による、集団的殺戮である。家へ帰れば、優しい息子であり、夫である一人の男が、戦争に駆り出されれば、数限りない罪を犯す。一人の人間も集団的人々になると人格すら変わってしまう。恐ろしいことである。
一方、今日の子ども達を取り巻くいじめも、一対複数である。一対一のいじめは成立しにくい。そこに集団的心理が生じ、ついつい非人間的な行為に走ってしまうのである。それも無意識のうちに。そんな中、タゴールはわたしたちに、どこまでも人間のやさしさを信じる生き方の大切さを教えてくれていると思う。
今月の言葉(9)
人間は元来勦わるべきものじゃなく尊敬すべきもんだ 西光万吉
部落解放運動に生涯を捧げた西光万吉は、浄土真宗の僧侶であった。明治四年「解放令」は出たものの、被差別部落の人に対する差別と偏見は依然と続いた一見、同情哀れみから出てくる勦わりのようなものであった。
勦という字を「いたわり」と読ませているのは西光しかいない。本来勦とは、かすめ取る、殺す、奪うという意味の字である。人間は労られて救われるのではない。むしろ労り労られるがごときの態度が、人間を駄目にするのである。人間が人間として平等に生きていくことは、互いに尊敬するところに成り立つのである。だから西光は、本当の解放とは、人間の深い魂の底から、互いに尊敬し合うところからしか生まれない。労りや同情では、解放はないという。
今月の言葉(10)
過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。 ヴァイツゼッカー
元ドイツ大統領ヴァイツゼッカーの言葉である。先の大戦で、ナチスドイツは近隣の国に、多大な被害と苦痛を与えた。以来四〇年間、国旗と国歌を変えて、近隣諸国に謝罪し続けた。
彼は、敬虔なキリスト信徒である。彼は言う。戦争による「非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」と。ドイツ人であるが故に、今生きている人々全員が過去に対する責任を負うべきだと言う。そして、「忘れることを欲するならば、追放は長引く、救いの秘密は心に刻むことにこそ」とも言う。 今日本人であるわたしたちは、アジアの人々にしてきた数々の戦争による残虐行為を、本当に心に刻んでいると言えるのか。アジアの人々の声を聞いていると言えるのか。
今月の言葉(11)
忙しいということは怠けている証拠で 安田理深
忙しいことは結構なことである。特に商売している人にとっては暇では困る。しかし、よくよく考えてみると、忙しいという字は、立心偏を下にもってくると忘れるという字になる。忙しいと忘れるとは、漢字の世界では親戚である。「忙しい、忙しい」といって、われを忘れ、きがついたら「こんな年になっていた。わたしの人生は一体何であったのか」と虚しさが襲ってくる。 人生を一生懸命真面目に生きてきたことを否定するのではない。ただ時間に流され自身の生きる意味を問うことをしなかった。それが怠けている証拠だという。 昔の人は、「今日は暇をかいてようこそ」と人を迎えた。今日では「今日はお忙しい中ようこそ」と迎える。もっともっと自分自身をしっかり見つめて生活したいものである。
今月の言葉(12)
我今帰る所無くして、孤独にして同伴(者)無し 源信僧都
この言葉は、平安末期の源信僧都の言葉である。彼の書『往生要集』に出ている。地獄の中の一番底の地獄「無間地獄」の中の言葉である。
わたしは今、帰すべき拠り所が見つからないという。人間にとって何より辛いのは、生きる拠り所が見つからないことである。人間はいかなる貧しさ苦しさにも耐えられる。しかし、虚しさには耐えられないと言う。そしてさらに辛いことは、孤独である。友が見いだせない。家族の中でも対話がとぎれてしまう。カッとして兄が妹を殺し、妻が夫を殺してバラバラにしたり、考えられないほど現代人は、異常な行動に出ている。誰かそばに寄り添ってほしいと願っても、気がついたら誰も一緒に歩んでくれる人がいないほどの孤独。この世の地獄である。
今月の言葉(13)
故郷へ帰れないから帰らないのと帰れるけれども帰らないのとは違うのです。
ハンセン病回復者 故伊奈教勝
右の言葉は、ハンセン病患者の言葉である。四〇年以上の長きに渡ってハンセン病療養所に強制隔離された伊奈さんに、故郷が回復した。しかし、患者の多くは、未だに故郷が回復していない。伊奈さんも、入所当初は、故郷が恋しくて布団の中で涙したという。入所当時はまだまだ差別と偏見が強く、家族も差別を恐れ、伊奈さんの存在を抹殺してしまった。
そんな中、伊奈さんは公の場で本名を名乗り、多くの苦難の末、故郷へ帰ることができた。伊奈さんは、「わたしにいつ帰ってきてもいいよと故郷が回復した時、わたしは療養所の仲間と一緒の納骨堂に入ろうと思った。心から安心できた。帰る自由と帰らない自由がわたしに与えられた」という言葉の意味は重い。
今月の言葉(14)
み仏に救われありと思い得ば嘆きは消えむ消えずともよし
アララギは詩人 伊藤左千夫
伊藤左千夫は、十三人の子宝に恵まれていたが、七女の七ちゃんが不慮の事故で、数え三歳で亡くした。左千夫は、自分はもう泣くより外はない。自分の不注意を悔いた。その時に詠んだ歌が、
み仏に救われありとおもひ得ば嘆きは消えむ消えずともよし
という歌である。七はお浄土へ帰っていったというけれど、大丈夫だろうか。仏様の国に生まれているだろうか。もし仏様に救われた確信が得られたならば、嘆きは消えるだろうか、安心できるだろうか。「消えずともよし」、嘆きが消えなくてもいい、私は生涯かけて七のことを思い続けていく。それが左千夫の歌である。愛する子どもを亡くした親の気持ちは「月日がたてば」というような話ではないと思う。
今月の言葉(15)
三角形の馬はいません。しかし、三角形の馬を思う心はあるのです。安田理深
身と心は必ずしも一つにならない。ガン末期の患者が「あと半年のいのちでしょう」と告知された時、「そうですか。それなら今日はゆっくり休みましょう」というわけにはいかない。半年後のいのちであったとしても、死の苦しみ恐怖の問題は、聞いた瞬間から始まる。われわれの思いは、過去未来現在に渡って巡る。たとえ今日一日のいのちであるから大切にしなければと知りつつ、時には過去を悔やみ愚痴をいい、また未来に対して希望を失い不安を抱くこともある。そんな時は必ず今あるいのちを忘れている。どんな状況にあろうと、身の事実に立つことによって、三角形の馬の妄想が知らされる。妄念妄想によって人間は迷う。迷いを知らされる念仏の生活は、ただ身の事実に目覚めることから始まる。