| 鈴木一雄監修・神作光一編集『源氏物語の鑑賞と基礎知識 桐壷 増補改訂』 いったいどの段階になったら『源氏』を読んだといえるのだろう。現代語訳を通読しただけでは『源氏』世界の入り口に立ったというに過ぎず、とても読んだなどとは言えない。また、たとえ活字になった原文を通読したとしても、その原文は古注・新注の膨大な積み重ねの上に作られた一つの解釈でしかなく、つまり活字になったものを読んでいる限り、いつまでたっても作者以外の人間の「解釈」から逃れることは出来ない。けれど現実問題として、『源氏』を解釈抜きに読むことなど不可能だし、最古の写本にしてからが、すでに鎌倉時代のもの。もはや『源氏』そのものに触れるのは不可能だと言っていい。 だとしたら、『源氏』を読むとは、とにかく、本文がどのように読まれてきたのかという、解釈の歴史を読むことからしか始まらないのではないか。 まったく、『源氏』世界は途轍もなく広く、奥が深く、なんでこんなところに入りこんでしまったんだろう。 で、『源氏』世界への手引きになるかなと思って買った本書なんですが、巻末の論文集には教えられること多々でした。特に民俗学を縦横に駆使しつつ『源氏』の物語としての飛躍を明らかにする益田勝美論文(「日知りの裔の物語」『火山列島の思想』より)が面白かった。益田氏によれば「(式部の個性的な現実認識が)前期物語文学の伝統であった〈できごとを語る物語〉を、〈できごとのこころを語る物語〉に飛躍させたのであった」。全面的に賛成。 一冊に本文・語釈・解説・図説がついて結構役に立つんだけど、でもこれシリーズ全巻そろえたら結構な出費になるなぁ。 (至文堂 平成13年〈1999年〉11月20日発行) 書評に戻る 武庫川通信に戻る |