----蘇七段おめでとう!!----
<もろもろ記>
◆1991年9月に、弱冠、12歳で来日して以来、ホームシックに泣いた少年時代を乗り越え、親友の張本因坊に先を越されたとはいえ、一流棋士への登竜門といわれる新人王を獲得できたことは、本人の努力に加えて、蘇少年を今日まで身近に応援されてきたご両親、敖先生、富田忠夫先生、岡信光先生、福地孝前後援会長、・・・・、大先輩棋士の林海峯先生、趙治勲先生、・・・・などなど、多くの方々の励ましがあったからと思います。特に、亡くなられた富田忠夫先生、福地孝前後援会長は天国でよくやったとうなずいておられることでしょう。
◆蘇七段は新人王戦を前に、親友の張本因坊に勝っての決勝進出であり張君のためにも是非優勝したいと言っていました。そして立派に優勝されました。でも優勝の弁は「新人王になることはできましたが、二局とも反省の多い碁で、自分の未熟さを痛感しました。もっともっと勉強しなくてはいけないと思っています」(GoWorld12月号より)。一流棋士への心構えはすでにできているようです。
◆後援会による初タイトル獲得祝賀パーティが2003年11月23日(日)横浜エクセルホテル東急で開かれ、敖先生、岡信光先生、田原靖史六段、後援会会員、ファン、およそ50人ほどが集まりました。田原六段は蘇七段とは院生時代を共に過ごした間柄で、GoWorld12月号の「この道を行く」のシリーズで、田原六段は以下のように蘇七段のエピソードを紹介されています。
(注)会話の部分を抜粋していますので正確な意味の流れは本文を参照してください。
★「僕は彼が来た時は院生のトップクラスで、入段できるかできないかぐらいの所だったんですね。で、蘇くんが日本に来た時に”一局打ってみろ”ということのなって、相当強いとは聞いていたんですが、”まあ向先ぐらいなんだろうな”と思っていたんです。しかし結果は僕の三目半負け、本当にビックリしました。その時の印象はといえば、彼は12歳の少年ですから、普通は一直線に戦ってきますよね。それなのに全然違うんですよ。すごく柔軟で大人の碁、まったく僕に無いものを持っていて、当時から僕と互角でした。”とんでもないものが来た”と思ったものです」
★「ちょっと優しすぎる面があって、それが微妙に勝ちに繋がらない印象があるんです」
★「だから僕が思うのは”趙治勲先生の幼少の頃が、あんな感じだったんじゃないか”ということなんです。もちろん僕は趙先生の子供時代を知らないいんですが、書かれたりしたものを読んだりすると、蘇くんとイメージが重なって仕方が無い」
★「僕に一番最初になついたんです。とにかく生意気で、誰にでも突っかかって行くから、イジメられたというほどではないにせよ、みんなからボコボコにされる。僕はまあ優しい部類だったから、すぐになついて、ちょこちょこと後をついてくる感じで・・・・。それとさっきの”蘇くんは優しすぎる”という話に戻るんですが、彼が一度、僕に相談しにきたことがあるんです。その内容はというと”僕が勝つとみんな怒っちゃう。検討も無しで、すぐ石を片付けて席を立っちゃう。それがとても嫌なんだけど、僕も負けるわけにいかない。僕は一体どうしたらいい? 参ったなと思いましたね。”なんでこんな小さな子が、こんなことを考えるんだろう?”と・・・・。それでも”そんなこと考えちゃ駄目だ。相手のことはどうでもいいから、一生懸命に碁を打ちなさい”とは答えたんですが・・・・。またこの話には続きがあって、蘇くんは、”でも久保さん(久保秀夫五段のこと)だけには本気で勝ちに行く”と言うんですよ。理由を尋ねると”久保さんは負けると感情まる出しで、財布とか投げてくるから面白いから”と・・・・(笑)」
★「そう、そのかわいさとか優しさが、今もまったく変わっていないのが嬉しいんです。ただネコみたいに付きまとってくる、あの可愛さがなくなっちゃったのは残念ですけど・・・・(笑)」
◆蘇七段のエピソードは心当たりがあります。昔、入段して間もないころ、蘇耀国会の研修会は温泉研修会が多くありました。夜遅くまで碁を打っても、先輩の布団を敷いてあげる気遣いももっていました。小さい頃からみんなの励ましに応えようと優しさも育まれたのかもしれません。
◆蘇七段は、ここのホームページにも転載しましたようにエッセイ付きの棋譜解説という新しいジャンルを開いたように思います。読まれた方はお分かりのように日本語の文章表現も同年代の若者以上に上手です。上述の優しさも随所に現われていると思います。数年前にTVまんがの”筋肉マン”の歌に、”強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格が無い”といった趣旨のコマーシャルソングが流れていました。優しさも強さへの源泉になることも確かだと思います。
<故福地前会長に黙祷>
今回特に、最初の里親としてご足労された川井先生の発声で、故福地前会長に一分間の黙祷。当時、校長先生をされていた川井先生からエピソードのご紹介、当初は泣いてばかりだったので中国の人に手伝いに来てもらったり、中国の6年生の蘇少年は手続上、千葉市の西小5年生に編入、クラスでは正しい日本語を覚えてもらうため”君”、”僕”に統一するなどの工夫、中国では算数はトップだっただけに理解できたようです等々。碁については、新聞に載ること、テレビに出ること、トーナメントの頂上に立つことの三つを目標に頑張ってほしいことを話し、今、それを実現しつつあることを述べられた。
<記念対局>
熱戦譜をご覧ください。
蘇耀国七段 : 山口雄三七段(当会) 4子 打ち掛け
<連碁>
雅也くんの第1着に始まり、雅也くんの最終着でしめくくった全員参加の一局でした。田原六段の形勢判断などを織り交ぜながら楽しい一時でした。
<写真集>
インデックス写真をクリックすると拡大写真が表示されます。
<本のご紹介>
新川会長からも敖先生の翻訳本の紹介がありました。みなさん、内容は掛け値なしにとてもユニークです。是非、買ってみて敖先生の印税収入にご協力ください。
・タイトル: 「囲碁 孫子の兵法」----孫子の兵法になぞって囲碁の戦略を説いたものです
・著者: 馬暁春九段(中国のプロ棋士)
・翻訳: 敖敖立てぃん四段
・定価: 1800円
・出版: 誠文堂新光社
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