内津妙見寺・内々神社

2005年1月22日にふらっと立ち寄った場所。
観光地としては全くもって有名ではない気がしますが、なかなかの場所でした。
いろんな意味で。

1 内津ってどこ?

愛知県と岐阜県は隣どおしのため、多くの場所で接していますが、
国道19号と中央道が越えるあたりが「内津峠」というところです。
市で言うと岐阜県多治見市と愛知県春日井市の間。
高速道の「内津峠PA」があります。
高1のとき、吹奏楽の東海大会のため愛知県入りしたときにバスが立ち寄ったのがここ「内津峠PA」でした。
私は最初「ないしんとうげ」だと思っていたのですが、
ただしくは「うつつとうげ」です。
下り線(多治見→名古屋方面)の内津峠PAはモスもあり、スナックコーナーも充実し、なかなかいいところです。
何より高校時代の思い出があることもあり、好きなPA/SAの1つになっています。
峠の名前の由来は……
『日本武尊が東方遠征から帰る途中、婚約者の兄が駿河で水死したことをこの地で聞き悲泣。
 絶句の後「ああ現(うつつ)哉現哉」と言った。
 その語を取りこの地を内津と称するようになった』
ということだそうです。
なお、その命の霊を祭られたのが内々神社で、この神社の前の宿場町を内津というそうです。
「津」には、舟や人が集まるという意味があるんだそうです。三重県の津もそこから来たのでしょうか?

2 訪問記

この日は車での短距離?ドライブに出ていました。最大目的地を1年ぶりの訪問となる「永保寺」(岐阜・多治見)にし、家→定光寺→永保寺と進んだんですが、まだ12時をまわったあたりでどこかに行けそう、ということで帰り道の通り道である内々神社に寄ることにしました。(内々神社の存在自体は前から知っていた)

19号線から細い道にそれて1分ほど行くと、左手に何かいい感じの社殿が見えてきました。駐車場が一応あったのでそこに停めて参拝。

地図には妙見寺とあり、19号の案内には内々神社とあったので、どちらが正しいんだ?と思っていたのですが、どうやら隣に並んでいる模様。妙見寺の方は狭い空間にお堂がせせこましく建っている印象で、少し隅に追いやられている印象がありました。ただ隣にあると言うことは、ここは神仏習合の名残でもあるのでしょうか?

内々神社の社殿と庭園は県指定の文化財。社殿はいわゆる権現造りで、彫刻も特徴の1つだとか(看板にそう書いてありました)。さすがに権現造りは何とか分かるんですけど、建築上の特徴を書かれてもよく分からない私は、とりあえずお参り。彫刻は確かになかなかいいところがありました。この感じだと……香取神宮に似ているかな……でもそれよりは大幅に小さいような気もするし。何よりこの谷の中にあるような感じが気に入りました。

庭園は社殿の裏側にありました。小振りながら池と岩が整然と配置されたものでした。ぐるっとまわることもできるんですが、通路が狭かったり段差がとても激しかったり、一方はそのまま山登りになっているような気がしたり……と、なんとなく回るには適していないような気もしました。ただ、上から見る庭園はまた別の風景がありますけどね。
それにしても神社で本殿の後ろに池泉回遊式庭園があるってのはちょっと不思議な感じもします。
内々神社参道。
内々神社参道。

内々神社拝殿。
内々神社社殿。
庭園。
庭園。通路が全体的に狭い……
奥の院(下から)。
現れた梯子!奥の院入口。
奥の院。
奥の院。
庭園(上から)。
高台から見た庭と本殿。
さて、この部分はこれだけなんですが、入口に書いてある説明文によると、奥の院があるとのこと。おまけにその奥の院はすごい岩のところに作られた岩屋なんだとか。別に私は洞窟ファンではないんですが、これは行かねば!と思い、書いてあるように「庭園の後ろ側から川に沿ってさかのぼ」りました……が、どう見ても間違っているような気がして一度引き返しました。
でも、やっぱりこれしかありえないので、もはや道とも思えないような川沿いの隙間を登り、19号の下をくぐると、いかにも作った感じの階段が出てきたので、もう行けるところまで行ってしまえ、と思って前進。すると、途中でお堂が出てきたので、どうやら合っているみたいで、さらに進みました。
10分くらい進むと、突然川から反れて山の方へ向かう階段が現れました。期待が高まる中登っていくと……目の前に現れたのは手すりも橋脚?もない「はしご」。はっきり言って登るのはためらわれました。でもまぁ行ってみる事に……
これが思った以上に高く感じて、足がガクガク震え、必要以上に心臓がバクバクし、ここで階段が崩れたりサビていたりしたら……とかよからぬことばかり考え、ようやく20段程度の階段を登って奥の院へ。ここから深い洞窟があるのかと思ったのだけど、登った先はすぐに奥の院でした。まだ新しいお供え物があったことを見ると、神社の方は常にここへ来られているということのようです。

奥の院はちょうど岩の割れ目に作られている感じでしょうか。岩が迫るわずかな空間の中に拝殿?がありました。ここでいろいろな神事が行われているのでしょう……それにしても足の震えが止まらない。今度は「この床が崩れたら」とか考えている自分が怖い(笑)。
奥の院のまわりは木々に囲まれているためそれほど見晴らしはよくありませんでした。木々の間から、19号とその向こうの小牧市方面?を見ることができました。ただ、もちろん展望台の訳ではないのですけど。

帰りはとにかく早く地面に着いてくれ、という気持ちで階段を逆向きでゆっくり下りてきました。そのまま来た道を戻ったのですが、どうやら川の反対を走る道路に出られそうだったのでそちらにまわりました。この道、砕石場に面していて、トラックが頻繁に来るので埃っぽくてたまらないのですが、それでも来るときの道よりは歩きやすかったです。おまけに「奥の院入口」の大きな看板もありました。ただそれ以外には神社からの看板が1個もないので、ここまで迷わずに来られる人がいるのかどうか……

最後に池泉回遊式の庭園をもう1度見ましたが、こうやって見るとこじんまりとした空間の中にはめ込んである箱庭のような感覚もします。しかしそれでいながらしっかりとした建物で、その辺がこの神社の独特の雰囲気をだしているような、そんな気もしました。

この後内津峠方面へ向かい、県道で古虎渓へ抜けた後家へと帰りました。この県道はそれほど険道ではなかったのですが、少しがっかりしている自分がいるのが怖いところです。

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