学校では教えてくれない研究者の就職事情

日本人のノーベル賞受賞者が連続したためか、研究者を志望する生徒の割合が最近増えているようです。にもかかわらず、相変わらず中学校・高校では 「レベルの高い学校に行きなさい」という視野の狭い進路指導が行われていることに矛盾を感じます。

研究者になるという明確な目標があるのに、いわゆる「入試偏差値の高い大学」に何も考えずに入ってしまうと、自分の能力や意志と関係ない所に思わぬ 落とし穴が存在することがあります。高い学費を払って大学に長期間通ったのに、希望する職に就けないケースが少なくありません。研究者の就職事情について は、中学校・高校では普通は誰も何も教えてくれませんし、大学の入学案内にも全く書かれていません。ここでは、誤解から生ずる不利益を回避し、研究者とし ての才能を磨く機会を確実に自分のものにして、就職に結びつける方法を解説します。

一応、真面目な文章のつもりですが、掲載内容によって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いませんのでご了承ください。
(中学生・高校生の方は、「私の高校時代の勉強法」も参考にどうぞ。)

  1. 学校に何年間行かなければならないのか
  2. どんな大学に進学すればよいのか
  3. 学費はいくらかかるのか
  4. 博士号はどのようにすれば取れるのか
  5. どんな所に就職しているのか
  6. よくある質問と答え

1.学校に何年間行かなければならないのか

研究者になるには、大学院の博士課程まで行くことが最も手っ取り早いと思います。田中耕一さんのように学部卒で研究職に就くことは、現在の就職事情 では稀なケースです。大学院の博士課程まで進む場合、学校に何年間行かなければならないでしょうか。

高校卒業後の年齢と学年の対応表(いわゆる標準修業年限です。)

満年齢
(その年度内に迎える年齢)
19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
医・歯学系以外 学部
1年
学部
2年
学部
3年
学部
4年
大学院
修士1年
大学院
修士2年
大学院
博士1年
大学院
博士2年
大学院
博士3年

医・歯学系 学部
1年
学部
2年
学部
3年
学部
4年
学部
5年
学部
6年
大学院
博士1年
大学院
博士2年
大学院
博士3年
大学院
博士4年

20代後半まで大学に居座る(?)と、多くの人は経済的な問題が発生します。大学の昨今の状況を見ていると、「お金持ち以外は高等 教育を受けることを許されない体制が完成していて、国民にそのことを気づかせないための国家の謀略があるのではないか」とさえ思ってし まいます。経済的に余裕が無くて研究者になりたいと考えるなら、その体制につぶされないよう、きちんと対策を考えておく必要があります。

2.どんな大学に進学すればよいのか

多くの中学校・高校の進路指導では「ノーベル賞受賞者の多くは○○大学の出身だから、○○大学を目指せ」などと指導しているようですが、これは研究 者を目指す生徒に対する指導として不適切であると思います。情報化が進み、昔よりも研究者を育てる体制が整備された現在では、その気になれば有名大学など 行かなくても立派な研究を行うことができます。ただし「よい先生に出会う」、もっと口の悪い言い方をすると「先生をこちらから選別する」ことは重要です。

むやみに有名大学を志望するのではなく、高校、大学においては、時間的・経済的に無駄の少ない生き方をして、し かるべき指導が受けられる大学院に入学することが、研究者になるためのベストの選択であると私は思います。研究者になるには、受験勉強に無駄なエネルギー を使う必要はありませんし、大学受験に失敗したとしても研究者になるチャンスはいくらでもあります。その根拠は、大学院(修士)の入学試験の現状を見れば よく分かります。

研究者の育成に対して良心的な考えのある大学院では、「内部進学者(同じ大学・学科の大学院に進学)の多くは使い物にならない」ということで、大学 院入学者を他大学から積極的に受け入れることに力を入れています。学力検査より面接の配点が多い大学院入試を行うところも珍しくありません。どこの大学を 出たかなどは一切関係なく、研究の動機や目的、物事を論理的に考えて実証する能力などが重要視されるので、多少の苦手分野があったり、学部と全く異なる専 門分野を志願したりしても、それほど不利にならないことが多いです。

もちろん、研究を進めるには、専門分野の基礎学力と、英語の読み書きの能力はどこでも要求されるので、これは大学の学部でしっかり勉強しなければな りません。学部で学会発表(できれば論文の執筆まで)を経験しておくと、大学院(修士)の入学時に非常に有利です。

いわゆる有名大学、特に首都圏の大学に自宅外から通うと、経済的な負担が大き過ぎて学問に専念できなくなる場合が少なくありません(それも人生経験 の一つ、自力で稼げばよい、などの考え方もありますが…)。現実的には、学費がかからず進学に備えてきちんと貯蓄でき、可能であれば自宅から通学できる大 学を選択することが考えられます。ただし、卒業研究を行わない学部・学科では、大学院の入学試験で結果的に不利になるので、避けた方が賢 明です。

国公立の研究所や大学院大学などで、学生の身分で給与をもらえる所が増えていますし、そこでは出身大学は一切関 係ありません。もし私が10代後半から人生をやり直しできるのなら、通信制の大学で大卒の資格だけ 取って、学生の身分で給与をもらえる大学院に入ることを選択肢に入れます。

3.学費はいくらかかるのか

世の中には「博士を取るまではいくらでも仕送りがもらえる」という人も存在しますが、ここではそういうオメデタイ人は除外して、仕送りをもらわず自 力で大学院の厳しい時期を生き抜く方法を考えましょう。

例えば国立大学(注:法人化前の呼称、以下同じ)の大学院に在学し、毎月8万円の奨学金をもらい、自宅外通学(下宿)で、仕送りは一切もらわず(も らえず)という状況を仮定すると、次のような生活費の見積もりができます。

収入 支出
奨学金 80,000円*1 授業料の積み立て 40,000円*3
アルバイト 40,000円*2 家賃 40,000円*4


光熱費 5,000円*5


通信費 5,000円*6


食費 20,000円*7


雑費 10,000円*8

「これで何とかやっていける?」と思ったら大間違いで、上の表にはツッコミどころが満載です。この状態で臨時支出があると生活が破綻するでしょう。

*1 注意:普通、学部の奨学金はこんなにもらえません。せいぜい月40,000円です。日本育英会も 厳しい財政状況なので、今後奨学金の規模が縮小されることは十分あり得ます。返済免除もないので、多額の借金を抱えることに…
*2 これは環境や個人の能力によって大きく変わります。要領よく稼ぐ人もいれば、夜勤バイトを続けて体を壊す人もいます。これだけ稼ぐ一 例としては、土日に丸1日働いて日当8,000円を月5日ペースで。
*3 数年前までは授業料免除が比較的通りやすかったのですが、最近は自営業で赤字経営(収入がマイナス)でも授業料免除にならないなど、 事実上は機能していないケースもあります。大学院に進学する時、これとは別に検定料と入学金が必要です
*4 内風呂で家賃40,000円(諸費用込)なんて、地方都市の辺境の地か、曰く付き?の物件しか見つからないでしょう。そういう所だと 車かバイクが無ければ本当に生活できないので、こちらにもお金がかかります。東京では最低いくら必要でしょうか。女性の方は安全面のこともあるので、家賃 がもっと高くなって大変です。
寮という選択肢もあるとはいえ、私の友人に「寮は勉強できる雰囲気が無い」という方が何人もいます。家賃が安いと安いなりの苦労があります。
*5 生活費の見積もりをするのに、これは忘れやすいです。電気、水道、ガスで最低こんなところでしょうか。
*6 私は携帯電話を使わないのでよく分かりませんが5,000円で足りるんでしょうか??固定電話を引いてインターネットに接続したりす ると、もっと掛かりますね。
*7 これも環境や個人の能力によって大きく変わります。外食中心(自炊しない)だともっと掛かりそう。
*8 意外に負担になるのが「学会などの費用」です。交通費や宿泊費は支給されるとしても、参加費や懇親会の費用まできちんと計算して支給 されることは少ないです。その分は自己負担。その他、書籍代も結構かかります。

なお、ここでは私立大学(国立より授業料が高い)のことは考えていません(注:大学院の場合、国立より授業料が安い私立大学も多いそうです。進学を 考える時にはよく検討してみましょう)。この例で分かるように、「科学技術立国を担う優秀な人材の育成」が盛んに言われているにもかかわらず、大学・大学 院生に対する経済的支援は、極めて貧弱です。特に大学院生は、能力に対して不当に低い待遇を受けていると言えるかもしれません。

4.博士号はどのようにすれば取れるのか

いわゆる博士号(以下「学位」とする)を取るには、必要な単位を取得する(論文博士には単位は不要)ほか、博士論文を作成し、その審査を受けます。

通常、学位規則には「博士論文の提出には、査読付き投稿論文が受理されていることを必要条件とする」とは書かれていませんが、実質的に必要条件であ ると指導される場合や、学位規則とは別の「内規」や「覚書」で必要条件とされている場合があるため、事前によく調べておく必要があります。

学位を取りやすい大学と取りにくい大学には大きな格差があり、それは学部の入試偏差値と関係ありません。研究 科、専攻間の学位の取りやすさの違いも大きいですし、最近増えている新設研究科の場合、学位が非常に出やすい場合と、最初の数年は学位が全く出ない場合に 極端に分かれます。具体的には、査読付き投稿論文が無くてもよいところから、3本必要という厳しいところまで雲泥の差があります。当然、学位を早く取るこ とが目的ならば、査読付き投稿論文が無くても学位を取得できる研究科・専攻が有利です。

査読付き投稿論文が完成するまでの流れは、次のようになっています。学術雑誌に論文(原稿)を投稿すると匿名の査読者(レフェリー)によって査読さ れ、雑誌に掲載できると判断されれば、受理の通知が出されます。投稿して1回目の査読結果が出るまで通常は2〜3ヶ月かかります。査読によって修正や書き 直しの要求があれば、原稿を書き直し、さらに査読を受けます。論文の内容に不備があって、再査読が何回も必要になると、投稿から受理まで1〜2年かかるこ とも珍しくありません。また掲載が認められない場合(リジェクト)もあります。受理から掲載(印刷発行)までは、雑誌の発行頻度にもよりますが、さらに 数ヶ月かかるのが普通です。

研究者としての業績は、査読付き投稿論文の内容で評価される場合が多いです(他に教育活動、著作、特許、社会貢献などもあります)。注意すべき点 は、「学会発表」「査読なしの論文(紀要、報告書など)」は、研究者としての業績評価に含まれない(重要視されない)場合があることです。新聞や一般向け 雑誌などで「〜学会で発表された」という記事を見かけますが、学会発表は、原則的にお金を払って学会の会員になれば誰でも可能で、発表内容が適切であるか の事前の審査は無いので、しかるべき手続きを経て認められた研究とは全く違います。「学術誌○○に発表された」というのなら、研究の業績として認められま すし、信用度の高い情報とも言えます。

大学院生・教官や研究室のホームページに載っている研究業績に、「学会発表」がやたら多くて「査読付き論文」がほとんど無い場合は、院生への指導体 制に不備があると考えてよいかもしれません。特に、国際会議のproceedings(査読なし)や卒業論文・修士論文だけが研究業績として強調されてい ると、かなりヤバいと考えてよいでしょう。

早い話が、研究者になりたいなら査読付き投稿論文を たくさん書くことに尽きます。どこの大学に行ったかなどは問題ではありません。

余談1:スーパーサイエンスハイスクール(SSH)などでは、市販の実験書に載っている実験をそのまま見せるよりも「査読付き投稿論 文の書き方」を教える方が、はるかに実用的かも知れません。

余談2:「飛び入学」を紹介している某大学のホームページには、(学生が著者に含まれている)査読付き投稿論文などの研究業績の紹介 が掲載されていません。意図があって隠しているのか、研究業績が全く無いのか。後者だとしたら、そこの学生は自分の研究業績を示す資料が無いので、残念な がら研究職への就職は不可能であると思います。

5.どんな所に就職しているのか

大学院修士課程修了者の就職については、学部の入学案内にも載っているはずです。博士課程修了者(満了、中退も含む)の進路(←「就職」とは限らな い?)については、調べてもなかなか分からないと思いますので、簡単に説明します。

昔は学位を取ったらまず大学の助手(任期の無い、または再任可など事実上任期が十分長い研究職)に、と言われていましたが、そのシステムは今では崩 壊しています。助手のポストの数自体が、博士課程修了者の数に比べて異常に少ないからです。競争倍率が50倍、100倍の大学教官の公募も珍しくなく、学 位を取ってすぐに助手になるのは非常に難しいです(いわゆるコネが存在すれば別です)。また、採用側が希望する専門分野と自分の専門分野が一致しているか も問題です。分野によっては、研究職としての採用は全く期待できないこともあり得ます。参考に、岐阜大学の教員の数を示します。助手のポストの数は教授・ 助教授と比較してかなり少ないのです。少子化、国立大学の法人化などで職員定数が削減される、あるいは任期付きや非常勤のポストに振り替えられると、常勤 のポストの数はさらに減るはずです。


教授 助教授 講師 助手
教育 60 42

地域 25 19 2 2
医学 48 42 10 53
病院 3 7 32 58
工学 78 61 4 47
農・連 50 28 4 12

若手研究者が「海外流出」していると言われるのは、海外の研究のレベルが高いなどの理由だけではなく、国内で「収入などの条件が十分に保障されるポ スト」に就くのが非常に難しいことが主な原因と思います。ですから、学位を取っても、多くの人はなかなか終身雇用またはそれに準ずる職に就けず、任期付 き、非常勤のポスト、または無職(フリーター)で数年間過ごすのが現状です。

研究者の求人情報が掲載されているホームページを下に示します。研究職を目指すのなら、このホームページの存在を知っておくべきです。あなたの希望 する研究分野での求人は見つかりますか? このホームページに載っていないのに、教授などが「ポストがある」等の話を持ち掛けてきたら、裏口のポストか、その話自体が怪しいと思ったほうがよいかも しれません。[余談3]

研究者人材データ ベース

博士号を取った人(いわゆるポスドク)を対象とする任期付き研究職のポストが、ほとんどの大学や研究機関にあります。いわゆる「査読付き投稿論文」 をきちんと出していれば、1年や3年などの期限(任期)付きの非常勤研究職には比較的採用されやすいです(学位は取ったが投稿論文が無いという状況だと、 この場合に当てはまらないかもしれません)。非常勤だと住居手当等は付きませんし、いわゆるボーナスも出ません。常勤と比較して給料はかなり高いこともあ りますし、大学の非常勤講師などは給料が法外に安く、生活が維持できなくなることも多いです。任期が切れたら新しい就職先を探さなければなりません。採用 の需要と供給の関係によっては勤務地の大幅な異動もあり得ます。

企業の研究職の採用については、私は詳しく知りません。また、大学院を途中で断念する場合や、非常勤の不安定な身分を避けたい場合の切り札?とし て、公務員試験を受験して研究(またはそれに準ずる)職への採用という方法があります(私もその方法を使いました)。職を失う不安がある任期付きポストよ りも、待遇が落ちてもいいから任期無しポスト、という戦略です。ただし、浪人や留年をしていると博士課程の後半に年齢制限に引っかかる可能性が高いです し、国立大学が法人化された関係もあり、この手はもう使えないと考えてください。

余談3: 指導教授が、○○(地元で有名な私立大学名)の講師のクチを紹介してやる、と言うので、大学の常勤講師と思ったら、そこの系列高校の非常勤講師だったとい う話があります。教授の「就職口を紹介してやる」に頼っていると、そのようなことがよくあります。基本的には、研究職のポストは自力で探すものです。

6.よくある質問と答え

Q1. 研究者は給料が高いんでしょう?

A1. 研究者全体の平均で考えると全くのウソです。一部の任期付き研究員や、出世コースにうまく乗ったごく一部の人達は、一般の職業よりも 給料が高いかもしれませんが、実際には非常に低い給与の非常勤研究員や、空白期間(収入無し)を経験する人が大部分なので、平均の給与は非常に低いはずで す。

Q2. 私は優秀だし楽しんで研究しているから、引く手あまた、職には困らないんでしょう?

A2. これもウソです。政策に基づいて重点的に予算が配分される分野を除き、競争倍率が異常に高く、実力以外の要素に左右されるのが現状です。いくら優秀でも、 ポストが空いていなければ研究者としての採用はあり得ません。優秀な研究を行って知名度が上がれば、採用に関する情報が入りやすくなるために研究職に就き やすい、という程度です。そのため予算が配分されやすい分野に専門分野を替えるという器用な(!)人もいます。

Q3. 助手の次は講師、給料が下がってしまう?

A3. 「講師」と「非常勤講師」は全くの別モノです。前者は教授-助教授-講師-助手となっている職階(数年後には名称が変わるらしいです)の一つ。後者はいわゆ るアルバイトです。助手から講師になるのは昇進ですから給料が上がります、ご心配なく。


※ご意見、ご質問等を歓迎します。リンクはご自由にどうぞ。
清水 祐樹 ()

[清水祐樹の目次ページ]