海東交通社長で策略家役の山茶花究さん
  第3話「グランド兵法」で海東交通の社長役です。海東高校の農場実習地をレジャー施設にするために市に返還後に買取る策略を練り、市役所の助役(人見明さん)らと共謀します。
  山茶花究さんは、1914年(大正3年)4月1日に大阪市に生まれます。浅草で歌手としてデビューし、川田義夫さん・坊屋三郎さん・益田喜頓さんらと第二次あきれたびういずを結成します。戦後から本格的に映画に出演し、広範囲で個性的な演技をこなして、多くの映画・舞台・テレビで活躍しました。いつも他人の演技に目を光らせている芸熱心さは矢野間啓冶さんが、『青春とはなんだ』で共演したときのエピソードで語っています。
  私は、豊田四郎監督の映画『夫婦善哉』(1955年)の番頭役やテレビドラマ『どじょっこさん』の老舗のどじょう屋の主人・岡本徳造役が印象に残ります。また、『青春とはなんだ』では嫌味な教頭役、『これが青春だ』では策略家の理事長を好演しています。残念ながら1971年(昭和46年)3月4日に57歳で逝去されました。
やり手の若手県会議員菊池役の井上孝雄さん
  第6話「天まで走れ」で小さい頃から運動が苦手な県会議員の菊池役です。スポーツで子供たちの教育を振興しようとする巌雷太に対して講演や巡回図書館で対抗します。しかし、岡田京子(和田良子さん)の内向的な弟に小さい時の自分に重ね合わせて、スポーツの重要性を悟ります。
  井上孝雄さんは、1935年(昭和10年)3月21日に東京市渋谷区で生まれました。大学卒業と同時に劇団東宝現代劇に入団します。多くの舞台、映画、テレビ、声優として活躍しました。特に私は、岡本喜八監督の映画『日本のいちばん長い日』(1967年)の竹下中佐(陸軍省軍務課員)役とテレビドラマ『おさな妻』での高校生役の麻田ルミさんと結婚する子持ちの寡役が印象に残ります。残念ながら1994年(平成6年)10月16日に59歳の若さで他界しました。 
ブラジルから来た日系三世役のジェリー伊藤さん
  第9話「はくらい剣法」でブラジルから来た日系三世のジェリー高井の役です。大和撫子お嫁さんを探し日本に来たジェリー高井は、古きよき習慣や生活を忘れてしまった現在日本に失望します。しかし、海東高校の校長(藤田進さん)の妻(三宅邦子さん)の純日本的で魅力的な女性の出現で考えを改めます。
  ジェリー伊藤さんは、1927年(昭和2年)7月12日にアメリカ合衆国のニューヨーク市で父は日本人、母はアメリカ人の子供として生まれました。父親は舞踊家として有名な伊藤道夫氏で、その影響によりブロードウェイの舞台で活躍後、来日してミュージカル舞台、映画、テレビで活躍します。私は、山口瞳さん原作で岡本喜八監督の『江分利満氏の優雅な生活』(1963年)の外国記者のピーター役が印象に残ります。夫人は山口瞳さんの実妹さんです。2007年(平成19年)7月8日に79年の生涯を閉じました。
山村順平(藤田進さん)の夫人役・三宅邦子さん
  第9話「はくらい剣法」で海東高校校長の山村順平(藤田進さん)の夫人で、大和撫子を絵に描いたような上品で、教養のある女性役です。
  三宅邦子さんは、1916年(大正5年)9月17日に現在の埼玉県岩槻市で生まれました。1934年に東宝専属の女優となり、『夢のさゝやき』で映画デビューをします。戦前では島津保次郎監督の『兄とその妹』(1936年)で佐分利信の妹役を好演しています。戦後は、小津安二郎監督の『晩春』(1949年)や『東京物語』(1953年)などの映画に名脇役と活躍しました。映画の出演本数は、戦前と戦後を通して220本以上になり、『サインはV』の岡田可愛さんの母親役などテレビ出演も多数あります。上品な女性や厳しいがやさしい母親役が多く、『でっかい青春』でも男性のジェリー高井(ジェリー伊藤さん)だけでなく、女性の高見先生(広瀬みささん)や愛子(岡田可愛さん)から慕われる魅力ある女性を演じています。残念ながら1992年(平成4年)に76歳で他界しています。
血も涙もない高利貸の社長役の小笠原章二郎さん
  第10話「三百六十五分の一」で犬山(木村豊幸さん)と猿田(土屋靖雄さん)が大晦日を有効に使いためにアルバイトをする高利貸業を営む丸金商会の社長役です。
  小笠原章二郎さんは、1902年(明治35年)7月26日に東京市で生まれました。子爵の家柄の息子で、学習院高等科を卒業後、1921年に映画界に入ります。大正時代の映画の黎明期から昭和40年代まで、端役を含めるとおびただしい作品に出演しています。私は、斎藤寅次郎監督で榎本健一主演の『エノケンの法界坊』(1938年)のおくみ(宏川光子さん)の恋人で、気の小さい要助役が印象に残ります。1974年(昭和49年)11月10日に72年の生涯を閉じました。
高利貸しの用心棒役の左とん平さん
  第10話「三百六十五分の一」で犬山(木村豊幸さん)と猿田(土屋靖雄さん)が大晦日を有効に使いためにアルバイトをする高利貸業を営む丸金商会の用心棒役で登場します。
  左とん平さんは、1937年(昭和12年)5月30日に東京市で生まれました。コメディアンを目指して三木鶏郎さんの冗談工房に入り、舞台に立ちます。映画は、坂本九さん主演の定時制高校の青春を描いた『見上げてごらん夜の星を』(1963年)でデビューし、その後も『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『ムー』などの多数の映画やテレビに出演します。特に天地茂さん主演のテレビドラマ『非情のライセンス』ではよれよれのコートを着た刑事役を好演していました。
除夜の鐘まで若者の行水を見守る和尚役の柳谷寛さん
  柳谷寛さんは、第10話「三百六十五分の一」でお寺の和尚さん役で出演しています。大晦日に高利貸の片棒を担いだことを反省して、猿田小助(土屋靖雄さん)と犬山拳一(木村豊幸さん)が行水をする世話役をします。
  柳谷寛さんは、1911年(明治44年)11月8日に青森市で生まれました。1934年にPCL(現東宝)に入社し、山本嘉次郎監督の『坊ちゃん』で映画デビューをします。『鳶』(1940年)や『馬』(1941年)などの映画で助演をし、戦後も多くの映画やテレビで脇役として活躍しました。青春ドラマでは『これが青春だ』で、サッカー部のキャプテンの赤垣竜三(渚健二さん)の父親役として出演していました。
  私は、映画では原節子さん主演の『東京の女性』(伏水修監督・1939年) でキャリアウーマンの原節子さんと争う自動車のセールスマン役が、テレビドラマでは石坂浩二さん主演の『オレとシャム猫』(1969年2月〜9月)の刑事役が印象に残ります。2002年(平成14年)2月19日に90年の生涯を閉じました。
林田真司の働く会社社長役・武内文平さん
  第14話「ともだち」で10万円を持ち逃げした林田真司(庄司肇さん)の働く会社の社長役で出演しています。将来のある若者の行為に寛大に対処するために海東市を訪れて、林田を捜し出そうと巌雷太(竜雷太さん)や身元引受人の源さん(三井弘次さん)に協力を要請します。
  武内文平さんは、1921年(大正10年)11月15日に岡山県で生まれた。映画では『告訴せず』(1975年)や『マルサの女2』(1988年)に、テレビドラマではNHKの『バス裏通り』(1958年)などのホームドラマや『これが真実だ』『太陽にほえろ!』『泣くな青春』などの数多くの作品に出演しています。私は、時代劇テレビドラマ『剣』(1967年)の第6話「鰯の頭」の出演が印象に残っています。 
職人気質の棟梁役・磯野秋雄さん
  磯野秋雄さんは、第15話「初恋試験」で棟梁役で出演しています。腕は良いが、背広を着て現代風の気質の鶴田松夫(大塚国夫さん)が他の職人と気が合わず懸念を藤本弘(寺田農さん)相談します。
  磯野秋雄さんは、1910年(明治43年)10月20日に横浜市で生まれました。1917年に花柳章太郎さんの門下に入門し、子役として舞台で活躍します。その縁で松竹映画に出演し、特に三井秀男(三井弘次さん)、阿部正二さんの与太郎トリオの映画が人気となります。戦後も脇役として映画やテレビで活躍しました。特にテレビドラマ『お嫁さん』(1970年)の第7シリーズで往年の与太郎コンビ三井弘次さんとの共演は懐かしいものがありました。1986年(昭和61年)1月21日に75歳でその生涯を閉じました。
地道な刑事役の山本廉さん
  第17話「ミスター親父」で納屋小屋から盗まれた無線機盗難事件の担当刑事です。よろれよれのコートで、篠原農場を訪れ津田三郎(赤塚真人さん)と関口五郎(加藤正さん)を事情聴取します。
  山本廉さんは、1930年(昭和5年)5月12日に神奈川県で生まれました。1951年に東宝の第三期ニューフェイスとして入社し、1953年『抱擁』で映画デビューします。その後、『ゴジラ』(1954年)、『驟雨』(1956年)など多くの映画に脇役として活躍します。私は、稲垣浩監督の映画『嵐』(1956年)の主人公の笠智衆三の長男・太郎役が印象に残ります。テレビドラマでも『ウルトラQ』や『岸辺のアルバム』などに出演しています。2003年(平成15年)6月17日に73歳でその生涯を閉じました。
オリンピック委員会理事役の清水元さん
  第21話「カミナリ先生誕生」でメキシコオリンピック大会のコーチ依頼を断ってきた巌雷太(竜雷太さん)を説得するために海東市を訪れるオリンピック委員会理事の役です。市民や生徒たちに信頼されて、海東高校の教師になる光景を見て静かに去って行きます。
  清水元さんは、1907年(明治40年)1月1日に東京市に生まれました。戦前は、村瀬幸子さんらと新劇俳優として活躍します。映画デビューは『南風交響楽』(1940年)で、戦後も黒澤明監督の映画を始めとして多くの作品に出演しています。特に山村聡監督の『黒い潮』(1954年)の鬼川整理部長役が印象に残ります。また、『青春とはなんだ』では第31話「ある初恋」でラグビー部主将の林紀夫(関戸純方さん)の父親役で登場します。1975年(昭和50年)10月5日に68年の生涯を閉じました。
海東高校野球部監督役の佐原健二さん
  第25話「ゴリラ隊長」で海東高校野球部の監督で、甲子園選抜出場を果たします。しかし、応援団の暴行事件で甲子園出場辞退を巡り、海東高校全体の問題として辞退するべきだとする巌雷太先生(竜雷太さん)と応援団の一問題だとする意見が対立します。
  佐原健二さんは、1932年(昭和7年)5月14日に神奈川県川崎市で生まれました。大学在学中、準ミスター平凡に選出されたのを契機に東宝演劇研究所に入ります。都会的なセンスを生かして東宝の『地球防衛軍』(1957年)などの特撮映画やサラリーマン映画に出演します。また、テレビでは『ウルトラQ』の星川航空のパイロットの万城目淳役などで活躍します。
海東商店街会々長役の天草四郎さん
  第25話「ゴリラ隊長」で応援団の暴行事件で甲子園出場を辞退した海東高校の校長(藤田進さん)に文句を言う海東商店街会々長です。表向きは、海東商店街が全力で応援すと言いながら、商売のための手段であることを指摘され喧嘩別れとなります。
  天草四郎さんは、1917年(大正6年)1月18日に熊本市で生まれました。1929年に満州に渡り、ラジオドラマに出演します。従姉の水谷八重子さんの縁で満映の映画『私のうぐいす』でデビューします。戦後は、日活と契約し、川島雄三監督の『風船』(1956年)や『陽のあたる坂道』(1958年)などに出演し、風格のある性格俳優として活躍します。テレビドラマも『何処へ』や『雑居時代』など脇役として多数出演しています。1986年7月25日(昭和61年)に69年の生涯を閉じています。
甲子園出場を辞退した野球部の母親役の蓮川くみさん
  第25話「ゴリラ隊長」で応援団の暴行事件で甲子園出場を辞退した海東高校の野球部の母親役で出演しています。街中で家の手伝いで配達中の応援団の村上大六(大谷直さん)を掴まえて猛烈な抗議をします。
  蓮川くみさんは、1929年(昭和4年)4月21日に北海道で生れました。凍原社の編集部員から女優となり活躍しました。坂本九さん主演のテレビドラマ『フジ三太郎』での朝焼産業の只課長(多々良純さん)の妻役や菊容子さん主演のテレビドラマ『好き!すき!!魔女先生』の教頭(牧冬吉さん)の妻役などで出演しています。
ザ・ベアーズの偽関係者役の長沢大さん
  第30話「クビになった雷先生」でザ・ベーアズに熱中する3年G組の四人娘が、入場券を入手できずに拗(す)ねているところにザ・ベアーズの関係者を装い、東京へ連れて行きバーやキャバレーで働かせようとする悪役で登場します。
  長沢大さんは、1940年(昭和15年)11月8日に長野県で生まれます。文学座に属して、映画では堀川弘通監督の『王将』(1973年)、テレビでは『仮面ライダー』シリーズなどの多くの舞台、映画やテレビに出演しています。青春学園テレビドラマ『何処へ』では本名:小林博の名前で、勝呂誉さん演ずる伊能琢磨先生の同僚の冷静な矢吹先生役で出演しています。
調子の善い温泉旅館の番頭役・田武謙三さん
  第32話「二人の雷太」で峰温泉の旅館の番頭役です。駅で巌雷太と瓜二つの花田五郎を巌雷太先生と勝手に勘違いして自分の旅館「菊水館」に案内して接待し、自分の息子(吉田次昭さん)の海東高校入学まで依頼します。
  田武謙二さんは、1914年(大正3年)8月13日に京都市で生まれました。洋品商勤めを経て、劇団どうげきに入団します。戦後は舞台の傍ら映画に出演し、黒澤明監督の『七人の侍』(1954年)など多数出演しています。また、石立鉄男さん主演の『水もれ甲介』などテレビ出演も多く、独特喜劇的な硬軟自由な演技が光ります。1993年(平成5年)11月19日に79歳で生涯を閉じました。
花田五郎を鍛え直そうとする船長の潮万太郎さん
  第32話「二人の雷太」で巌雷太の瓜二つの船員の花田五郎(竜雷太さん)が乗船する船の船長役です。陸酔いで気の弱い五郎に上陸して街を歩くように命令します。パイプを吸いながらの船長服と帽子が似合う船長役です。
  潮万太郎さんは、1909年(明治42年)2月4日に東京市浅草区で生まれました。戦前から日活多摩川作品などに脇役としてなで数多くの映画に出演しています。『これが青春だ』では町長役で出演しています。私は、成瀬巳喜男監督の『あにいもうと』(1953年)の貫一役と市川崑監督の『破戒』(1962年)の町会議員役と増村保造監督の『美貌に罪あり』(1959年)の農場の青年の父役が印象に残ります。また、『でっかい青春』に大崎修二役で出演している柴田昌宏さんの実父です。2000年(平成12年)4月8日に91歳で他界されました。
進学塾の経営者役の堺左千夫さん
  第35話「先生の縁談」で三好虎郎(中沢治夫さん)と村上大六(大谷直さん)に氷水をご馳走しながら清水先生(島田多恵子さん)の評判を聞きます。最初、三好と山上は興信所の調査員で清水先生の結婚調査と勘違いして、悪評を言ったことを後悔します。しかし、後で進学塾の経営者でアルバイトの先生を探していたことが判ります。
  堺左千夫さんは、1925年(大正14年)9月8日に東京市に生まれます。1946年に東宝第一期のニューフェイスとして黒澤明監督の『素晴しき日曜日』(1947年)に映画デビューをします。幅広い役柄をこなす脇役として100本以上の映画に出演しています。特に『太平洋奇跡の作戦 キスカ』(1965年)の小島主計兵長役が印象的でした。また、『青春とはなんだ』では第8話「若い旋風」で信越産業の人事課長役で出演しています。1998年(平成10年)3月11日に72歳の生涯を閉じていました。
清水先生の結婚相手の徳永役の草川直也さん
  第35話「先生の縁談」で清水房子先生(島田多恵子さん)の見合い相手の徳永役です。交際してお互いに気に入りますが、北海道に転勤することになり、母親(原泉さん)一人を残せない清水先生との縁談が1度は破綻します。しかし、母親の説得などで清水先生と結婚することになります。
  草川直也さんは、1929年(昭和4年)6月11日に満州で生まれました。若大将シリーズやクレージー・キャットの映画には欠かせない脇役です。私は寡黙で無表情なバーのマスターや刑事役が印象的でした。特に岡本喜八監督『どら鼠作戦』(1962年)での隊長役は絶品でした。また、『青春とはなんだ』では第26話「大山鳴動」で金高組のヤクザ役、『これが青春』では山上理事長(山茶花究さん)の手下役で出演していました。
教護院「黎明学院」の山本先生役の美川陽一郎さん
  第37話「太陽の下の18才」で教護院の「黎明学院」の山本先生役で、逃出した早苗(中山麻里さん)と智子(沢宏美さん)を探します。しかし、警察引き渡したり、強制的に教護院に戻すのでは彼女ら意思で戻らせるように懇願します。巌雷太先生(竜雷太さん)は「僅かばかり現実離れした、ロッマンチックな人」と評します。
  美川陽一郎(美川洋一郎)さんは、1918年(大正7年)3月2日に東京市で生まれました。17歳で榎本健一さんの付き人となり、1937年に新国劇に入ります。数多くの映画やテレビドラマに地味な老け役として多数出演しています。私は、斎藤耕一監督の映画『虹の中のレモン』(1968年)の吉岡エツコ(葉村エツコさん)の父親役が印象に残ります。また、『青春とはなんだ』の第9話「台風一過」で吉野(佐藤政洋さん)の父親役で出演していました。1976年(昭和51年)6月2日に58年の生涯を閉じています。
頑固な職人気質の経営者役の太宰久雄さん
  第38話「青春のキャンバス」で水島修平の勤める看板屋「渋川塗料店」の経営者役です。ペンキ屋をバカにした水島修平を首にしますが、ペンキ屋の職業を意義を悟ったことが解り再び雇い入れます。頑固な職人気質を好演しています。
  太宰久雄さんは、1923年(大正12年)12月26日に東京市浅草区に生まれます。戦後、初期はラジオドラマで活躍しますが、1969年から始まる山田洋次監督・渥美清さん主演の映画『男はつらいよ』シリーズでは印刷屋社長・通称タコ社長役で人気を博します。また、『おれは男だ!』の第36話「星の国から来たあいつ!」ではスーパーマーケットの経営者役で登場しました。1998年(平成10年)11月20日に74年の生涯を閉じました。