『坂本九のフジ三太郎』の世界



笑顔が素敵な主人公・フジ三太郎役の坂本九さん
  テレビドラマ『坂本九のフジ三太郎』の主人公フジ三太郎役の坂本九さんは、その素敵な笑顔と家庭的なサラリーマンとお人好しで人情深い性格で私たちを楽しませてくれます。
  坂本九さんは、1941年(昭和16年)12月10日に神奈川県川崎市で生れました。本名は大島九で九人兄弟の末っ子です。高校卒業後の1960年(昭和35年)に東芝より「悲しき60才/恋のホームタウン」で歌手レビューをし、「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」「涙くんさよなら」などのヒットを飛ばします。特に1963年(昭和38年)には「上を向いて歩こう」(作詞:永六輔・作曲:中村八大)で全米ヒットチャートbPに輝く大ヒットなりました。映画デビューはヒット曲「悲しき60才」と同名映画(1961年)で、その後数多くの映画やテレビに出演しています。また、テレビでもNHK『紅白歌合戦』などの司会やドラマで活躍し国民的な人気者になります。
  しかし、1985年(昭和60年)8月12日の日本航空123便の群馬県御巣鷹の尾根の墜落事故で43歳の若さで逝去されました。ニキビ顔の笑顔と明るい九ちゃんソングを映画やテレビ以外ではもう見られないは残念です。夫人はテレビドラマ『これが青春だ』の生徒役なでに出演していた元女優の柏木由紀子(1971年12月8日結婚)で、二人の娘さんを儲けました。
NHK追悼番組
「夢であいましょう 坂本九 ありがとうコンサート」
  1985年(昭和60年)8月12日の東京羽田発大阪伊丹行き日本航
空123便の墜落事故で43歳の若さで他界した坂本九さんは、数多く
歌を私たちに残しました。
 NHKで「夢であいましょう 坂本九 ありがとうコンサート」と題して
追悼番組が放送されました。司会は黒柳徹子さんで、坂本九さんに
多くの歌を提供した中村八大さん、いずみたくさん、グループの一員
であったダニー飯田とパラダイスキングなど坂本九さんと馴染みの
方々による九ちゃんソングの番組です。最後に夫人の柏木由紀子さ
んの挨拶に続いて、全員で「上を向いて歩こう」を合唱して幕となりま
す。この番組に出演した中村八大さん、いずみたくさん、ハナ肇さ
ん、出門ヒデさんなど故人になられた方もあり、時間の流れの早さを
感じずにはいられませんでした。
「夜明けの唄」は九ちゃんのために
  岸洋子さんで有名な「夜明の唄」(作詩:岩谷時子・作曲:いずみたく)は、坂本九さんのために書かれた曲でした。坂本九さん主演のテレビドラマ「ぼうや」(1963年)の主題歌として作られました。作詩の岩谷時子さんは「夜明の唄は坂本九ちゃんのために書いたもので、当時働きながら学んでいた勤労少年のことをイメージしたものだったのですが、岸洋子さんが歌うと、いつの間にか恋の歌になってしまった。」と述べています。また、「九ちゃんとは親しかったせいか柏木由起子さんと結婚する前に、スタジオで「ボク、ユッコと結婚します」と書いた紙切れをそっと渡された思い出があります。」とも語っています。【写真:岩谷時子さん】
浜田光夫さんの復帰映画『君は恋人』に友情出演
  怪我で療養中の俳優浜田光夫さんの一年四ヶ月ぶりとなる復帰第一作の映画『君は恋人』(1967年)に坂本九さんは友情出演をしています。この映画には石原裕次郎さん、吉永小百合さんを始めとして多くの日活の俳優さんが友情出演されています。
  坂本九さんの司会をするテレビ番組に浜田光夫さんがゲスト出演して、復帰第一作の『君は恋人』の撮影話や九ちゃんとの「君は恋人」(作詩:佐藤三郎、補作:岩谷時子、作曲:中村八大)をデュエットします。友情に厚い九ちゃんの心温まるエピソードです。なお、作曲の中村八大さんもピアニストとして友情出演し、この映画の音楽を担当しています。
ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」
  「見上げてごらん夜の星を」は坂本九さんの代表曲でもありますが、元は1959年(昭和34年)の夏に初演された定時制高校たちの青春を描いたミュージカル(作・構成:永六輔さん、音楽:いずみたくさん)の同名主題歌でした。初演は、伊藤素孝さんと橘薫さんでしたが、レコード化された際には坂本九さんと越路吹雪さんが主演を務めました。
  また、1963年(昭和38年)に番匠義彰監督の手で映画化されました。出演は坂本九さん以外に中村賀津雄さん、榊ひろみさん、菅原文太さん、清水まゆみさん(第26話「小さな、しあわせ」にゲスト出演)他の出演です。厳しい環境で働きながら勉強する生活する定時高校生たちの青春を職場、学校、友人、同世代の仲間を通して明るく描いた佳作です。
世界的な大ヒット「上を向いて歩こう」の裏話
  作詞:永六輔さん、作曲中村八大さんの「上を向いて歩こう」は、「スキヤキ」の題名で全米ヒットチャートでbPを3週間続ける(1963年6月〜7月)世界的な大ヒットになり、年間チャートでも全米のビルボード誌の1963年の第7位にランクされました。この曲はNHKのバラエティ番組「夢であいましょう」の今月の歌の挿入歌として使われました。
  NHKで放映された中村八大さんの追悼番組(1992年6月)『上を向いて歩こう 中村八大 こころの歌』の中で進行役の永六輔さんは、「この曲は日本語の上手い歌手に歌ってほしいと考えていたときに、先輩の中村八大さんから坂本九さんを紹介され、違和感を感じながらも先輩に逆らえず受けれた」と証言しています。さらに「後日、坂本九さんの家に招待されて、母親から長唄などの世界で育ったと聞き、坂本九さんの独特の歌い方の起源を知り、それを見抜いた中村八大さんは偉大だ」と感服していました。
坂本九夫人の柏木由紀子さんとの出逢い
  坂本九さんと夫人の元女優の柏木由紀子と結婚したのは、1971年(昭和46年)12月8日です。その最初の出会いは偶然であり、知合ったのは『フジ三太郎』の出演者が仲立ちをしたのが縁でした。
  銀座の横断歩道を母をかばって渡る柏木由紀子さんを、坂本九さんは止まっている車の中から見ていました。「ネ、あのあのおばあさんの手を引いているコ。見ろよあのコ。いいいねぇ。ああいうおばあさん思いの娘を嫁さんにもらいたいよ。」と坂本九さんは、彼女が誰とも知らずに言ったそうで、車に同乗し「フジ三太郎」にも第21話「男の争い」のゲスト出演している俳優の長谷川明男さんが女優の柏木由紀子さんだと教えたそうです。『フジ三太郎』にOL役で第27話から出演していた女優の菱見百合子さん(現:ひし美ゆり子)の著書「セブン セブン セブン」にはひし美ゆり子さんが二人を引き合わせたと書かれています。坂本九さんの場合は、「上を向いて歩こう」の歌詞ではありませんが、「幸せは雲の上に 幸せは空の上に」ではなく「幸せは東京の真ん中銀座に」で、ひし美ゆり子さんは縁結びの神様だったようです。【写真:テレビドラマ『これが青春だ』(1967年)に出演の柏木由紀子さん】
「明日があるさ」と歌いますが、いつか「明日がない日がくる」
  2000年(平成12年)に缶コーヒーのCMソングに坂本九さんの「明日があるさ」(作詞:青島幸夫・作曲:中村八大)が流れリバイバルヒットとなり、第74回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)の入場行進曲に選ばれ、テレビドラマや映画までも製作される大流行となりました。
  坂本九さんにはもう明日がありません。1985年(昭和60年)8月12日に日本航空123便の群馬県御巣鷹の尾根の墜落事故で43歳の若さで他界されたからです。NHKのFM番組の録音を終えて、所用で大阪に向かい途中の事故でした。人間がいつか「明日がない日」がくることを私たちに知らしめた事故でした。しかし、坂本九さんは「明日があるさ」は今日を生きるための言葉ように唄っていたのではないかと私には感じます。【右:日本航空123便の遭難を伝える「朝日新聞」より】