長期研修で、具体的に何を研究するかがようやくまとまった。私のテーマは、「健康教育のあり方」である。なんて大きすぎるテーマだろう。これでは、焦点がしぼれない。ということで、いろいろと勉強しながら考えた。
現在、健康教育で問題となっているのは、次のようなものである。
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私は、この中で「生活習慣の形成」というところに焦点をあてることにした。しかも、
運動の習慣 |
にである。私が研究をする以上、はじめからこのテーマしかなかったのかもしれない。しかし、このテーマにするということは、またしても“いまの体育”に殴り込みをかけるようなものである。やりがいはあるが、コワイ。こわいが、やってみる価値は大いにある。以下に、その問題意識をまとめてみた。
運動・スポーツの学習(実技的なもの)と健康(保健)の学習は、どちらも体育科に位置づけられている。それなのに、
運動・スポーツの学習内容と保健(健康)の学習内容がかけ離れている。 |
という現実がある。とても同じ教科とは思えない。
例えば、保健では「けがの防止」を学習する。しかし、実際に運動する際に、けがをしないような運動のしかたはきちんと教えられていない。そろって準備運動をするぐらいである。せめて、「この運動をやるには、この部分を十分に伸ばしておけばよいだろう」ぐらいの知識は必要である。
また、「自分に合った運動を継続することが健康のためになる」ということを保健で学習しても、体育でやることはみな同じである。めあて学習の普及により、ある程度やりたい運動ができるようになってきた。しかし、そのめあても記録や技能の向上のためのものが中心であるため、意欲の低下を招くこともある。いくら技能が向上しても、意欲が低下したのでは、「継続して取り組もう」「家に帰ってからもやってみよう」ということにはつながらないだろう。
もっと大きな問題として、
保健の学習がきちんと実施されない。 |
という状況が少なからずあることである。その理由の一つに、児童の強い運動欲求に、教師が負けてしまうということがある。「保健の学習も大事だが、運動する方がもっと大事だ」という児童や教師の考え方は、「体を動かしていればよい」という運動観につながる。それによって、「運動は体によいもの」「運動をすれば健康になれる」という短絡的で誤った考え方が広まっているのも現状である。
私は、ランニングを趣味としている。回りの人に「きのう、マラソンを走ってきたんですよ」などと報告することがある。そうすると、まず「すごいねぇ」という応えが返ってくる。「とても私にゃ、できませんよ」というメッセージが含まれていそうである。「そうですか。私はソフトボールをやりましたよ」などと応える人は非常に少ない。次に返ってくるのは、「えらいねぇ」である。これが問題である。運動することはえらいこと、健康を考えている真面目な人という発想なのである。
運動・スポーツは、健康のためになるものだが、健康のためだけにあるものではない。運動そのものが持つ楽しさを味わうことに大きな学習の意義があることは言うまでもない。しかし、こと健康問題に関わると「スポーツを楽しむ」ことと「健康的にスポーツをすること」がごっちゃになってしまうのである。
こうした問題は、現在の運動・スポーツの学習に、健康という視点が欠けていることに原因があるのではないだろうか。運動・スポーツは、そのやり方によって直接健康につながるものでもある。また、楽しく運動することによって身に付いた運動習慣は、ライフスタイル形成に強く影響し、生涯にわたる健康につながるものであろう。
そこで、「技能向上に偏った運動の学習」や「健康と運動の関係を短絡視した運動の学習」を健康教育の視点から見直そうと考えた。その上で、真に健康に貢献する運動・スポーツの学習はどうあるべきかを明らかにしたい。