長期研修レポート・パート2

「ヘルスプロモーション」の実体に迫る!?


はじめに


 保健体育審議会答申に、「ヘルスプロモーションの理念に基づく健康の保持推進」という項がある。ヘルスプロモーションは、1986年のWHOオタワ憲章において

「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセスである」

と定義されている。しかし、それがいったい何なのか、はっきり言うと実体がつかめない。どうもこれからの健康教育には必要な考え方だとは感じるのだが…。
 自分の研究テーマもこのあたりをクリアしておかないと見えてきそうもない。子どもにやらせる課題学習のように、私も自分の疑問に思ったことからスタートすることにした。


古いヘルスプロモーションというのもある?


 ヘルスプロモーションを訳すと「健康増進」となる。健康増進は、「病気にかからないように、食事・運動・休養に気をつけてより健康なからだや心を作る」ことである。つまり、個人をどう教育するかという視点に立ったものである。以前は、このことをヘルスプロモーション(日本語に訳さない言い方として)と言っていたわけである。
 しかし、個人を変えただけでは健康にならないという事実が歴然としてある。例えば、喫煙防止教育が進められても(なかなか効果的なプログラムが開発されていると私は思う)、未成年の喫煙率は反対に上昇している。新しいヘルスプロモーションは、個人を取り巻く環境をも変えるという視点に立った考え方である。
グリーンは、「教育的かつ環境的なアプローチを組み合わせて健康的な行動や生活状態が取れるようにする活動」と定義している。ここには、健康教育による個人への働きかけの限界が示されているといえる。つまり、“組み合わせ”と言っているが、明らかに社会環境への働きかけを重視した考え方である。


ヘルスエデュケーションとヘルスプロモーションとはどうちがうのか?


 ヘルスエデュケーションというのは、「健康教育」と訳される。これは、日本でも一般的になりつつある。アメリカのヘルスエデュケーションと日本の健康教育は厳密にはイコールではないようだが、ここでは触れない。ここで考えたいのは、ヘルスエデュケーションとヘルスプロモーションはどうちがうのかということである。ここでは学校教育に絞って考えることにする。

健康教育に関連した概念の日米差(吉田)

 右図をもとに、学校教育に絞って考えてみると次のようになるだろうか。

この中には、個人の教育に関するものだけで、学校保健で言うところの「保健管理」にあたるものがない。
 では、その保健管理を含めればヘルスプロモーションと言えるだろうか。個人をいかに管理するかという発想ではほど遠い。やはり、環境へどう働きかけていくかという視点で保健管理を見直す必要があるだろう。それも「足りないものを充足したり、危険なものを排除する物理的環境」への働きかけだけでなく、「自動販売機の撤去に働きかける、喫煙する教師の子どもへの影響を少なくするといった社会的環境へ」の働きかけを重視することがヘルスプロモーションを進めるためには必要である。
ヘルスプロモーションは、ヘルスエデュケーションを含んだとてつもなく大きな範囲を示すものであることがわかる。


今、なぜ、ヘルスプロモーションなのか?


 ヘルスプロモーションという言葉についてだいぶわかってきた。しかし、なぜ今この考え方を取り入れる必要があるのだろうか。2つの理由を考えてみた。

 1つめは、社会の急激な変化に対応するためである。保体審答申では、21世紀に向けた健康の在り方として次のように述べられている。
「国民の健康をめぐって今日指摘されている様々な問題は、経済や科学技術等の発展に伴う社会の変化によって生じたものであり、これらの変化は今後も基本的には変わらないと予想される以上、その克服のためには、国民一人一人が、これらの心身の健康問題を意識し、生涯にわたって主体的に健康の保持増進を図っていくことが不可欠である」
 個人の主体的な健康行動を重視する教育の在り方は、押しつけではなく、“支援”がキーワードとなる。これは、新学力観と同じである。つまり、個人に責任を押しつけるのではなく、個人の主体的な行動を支援していくことが必要である。ヘルスプロモーションは、個人が「健康的な行動をとるうえで、周囲の人々や社会はどのような援助ができるかをよく考え」ていくことと考えれば、まさに今の教育に必要な考え方と言える。

 2つめは、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を実現するためであると考えた。

QOLとは?
・生活の充実感、質の高い生活。
・主観的な健康観(自分が健康だと思うこと)を重視する。
・日常生活、心の問題、社会性も含めた健康観である。

質の高い生活を実現するためには、人々が自らの健康をレベルアップしていくという不断の努力が欠かせない。そうした個人の努力を支え、バックアップしていこうというのがヘルスプロモーションの考え方である。個人の健康に対する要求が高まるほど、とり入れられなければならない考え方だろう。と言うよりも、そう変わらざるを得ないと言った方が正しいだろうか。


ヘルスプロモーションをどのように進めたらよいのか?


 ヘルスプロモーションの活動としては、次の5つが挙げられている。

  1. 健康的な政策の樹立
  2. 健康に貢献するような環境づくり
  3. 地域活動の強化
  4. 個人的な技術の開発
  5. 保健サービスの方向転換

 1は、ちょっとわかりずらい。健康のための政策というと、思いつくのは文部行政や厚生行政である。しかし、これら直接健康のためになる政策のことだけを言っているのではない。何と、社会や経済、文化、環境などなど、「すべての政策立案において、その政策が人々の健康に与える影響を考慮すべきだ」ということである。
「PL法」なんてのも人々の安全のためにいろいろな注意が書かれるようになったという点を考えれば、1に入るんだろうか。また、つい最近の新聞に、オーストラリアのニューサウスウェールズ州で少年への刃物の販売を全面的に禁止するという法律が発効したという記事があった。これもそうだろう。
 2は、1とセットになっているんじゃないかと思うのだが…。組織体制や計画づくりなどだろうか。具体的にはよくわからない。
 3も具体的な活動はわからない。ただ、地域住民参加型でなければ主体的な健康度の向上は望めないことはわかる。学校と地域の連携ということもあるだろう。
 4は、私たちの直接の仕事であり、研究テーマでもある。ライフスキルなどの技術を身に付けさせる健康教育が必要とされているのである。
 5は、主に医療機関が単に病気を治すということだけでなく、個人の主体的な健康行動を支援していくことが望まれているということである。学校で言えば、「個に応じた健康教育・相談活動」を展開していくということだろうか。


学校におけるヘルスプロモーションとは? 具体的に何ができるのか?


 1995年、WHOは「SCHOOL HEALTH INITIATIVE」構想を提言した。つまり、ヘルスプロモーションの理念を具体化するためには、学校保健活動を最優先すべきだということである。学校におけるヘルスプロモーションと言いかえてもいいだろう。次の8領域が示されている。

  1. 総合的学校健康教育
  2. 健康的な学校環境
  3. 学校ヘルスサービス(健康管理)
  4. 学校保健と地域保健との連携による活動
  5. 教員のためのヘルスプロモーション計画
  6. 給食・栄養教育
  7. 体育・レクレーション・スポーツ活動
  8. カウンセリングとその社会支援体制

どれも大切だが、やはりヘルスプロモーションと言うからには、環境的な支援が欠かせない。そういう点で、2、3については特に考えていきたいと思う。高橋先生は、次のようなものを挙げている。
「食後のブラッシングが可能なだけの環境を整える」
「ゆっくりと食事がとれる時間を保証する」
「校内の規則を健康という面から考え直してみる」

私も考えてみた。 「机・いす、照明など教室内の環境を整える」
「ゆとりのある日課を作成する」
「まとまった運動・遊びのできる時間と場所を確保する」
はっきり言って、学校での生活すべてが健康に関わっているのだから、いくらでもありそうだ。
「学級の定数を減らす」「TT要員を増やす」というようなことも関係してくる。これは、学校だけではどうにもならない。「学校から学校外の社会に対して要望する」ことも多そうだ。

 しかし、ただでさえ“緊縮財政”の中、どう予算を配分していくかというのは大変な問題である。「大事なことはわかっている。でも、先立つものが…」というのが実態だろう。これは大きな課題である。


ヘルスプロモーションは、広く一般に浸透する理念か?


 ヘルスプロモーションという考え方は、これから広く一般に浸透していくのだろうか。乗り越えなければならない課題もありそうである。
 1つめは、社会の責任を重視する発想は、日本的ではないのではないかということである。「社会が悪いんだ」と主張すれば、個人のわがままとか責任転嫁だとか解釈されることが多いからである。セルフエスティームが極端に低かったり、個人として責任ある行動をとろうとしなければ、社会に責任転嫁する行動が見られるようになるのではないだろうか。そういう点で、学級経営や道徳教育等との関連が重要になってきそうである。
 2つめは、前項でも挙げた予算の問題である。これは如何ともしがたい。私にできることは、説明をして、校長をはじめとした職員に納得してもらうことしかないような気がするのだが…。行政からおりてくるのをじっくり待つには時間がかかりすぎるようにも思える。
 3つめは、ヘルスプロモーションという新しい言葉だけが一人歩きしないかということである。保体審答申でも、ヘルスプロモーションについての明確な説明はない。これでは、具体的に何を課題として取り組むべきかということが見えてこない。誤解を生む危険性もある。

 こうした点をクリアしながら、ヘルスプロモーションの考え方を少しづつでも広めていく努力をする必要があるだろう。

<参考文献>

  1. 千葉大学教育学部助教授 岡田加奈子先生の講義「健康科学教育学」より 
  2. 大津一義「心の教育を学校保健の立場から考える」『学校保健のひろば』bX(1998)
  3. 保健体育審議会答申「生涯にわたる心身の健康の保持増進のための今後の健康に関する教育及びスポーツの振興の在り方について」(1997)
  4. 高橋浩之「ヘルスプロモーションってな〜に?」『スポーツと健康』Vol.29 No.8(1997)


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豊島 登 Noboru Toyoshima