「きつねの窓」パネルディスカッション
6年・国語
199910.11

「きつねの窓」の学習を終えました。今回は、パネルディスカッション形式で進めてみました。グループごとに1つの課題に対して提案をします。その提案をもとに、みんなで話し合っていこうというものです。

 課題は、8つ。どれも、ユニークなものばかりでした。

@ きつねは、ぼくから鉄砲をとりあげようと考えていたか。
 
「とりあげようとかんがえていた」という提案でした。その理由は、3つ。
「タイミングよく『指を染めましょう』といってきたから」
「お礼になんでもあげると言ったのに、迷わず鉄砲を選んだから」
「2回目にいなかったから。つまり、もう鉄砲をとってしまったから用済みと考えたのだろう」
 反論も出ました。でも、部分的なものが多くて弱い感じがしました。「エッ? じゃあ、きつねは最初から仕組んでいたの?」という大きな大きな疑問がみんなの頭に焼き付けられました。今回の話し合いの方向性を定める提案となりました。
 

A 青という色に、何か意味はあるのか。
 
「意味がある」という提案でした。理由としては、やや説明不足でしたが、2つのおもしろい話がありました。
「ききょうの花言葉が『変わらぬ愛』だった」
「青は、悲しみやうらみを表している」
花言葉を調べたというのがおもしろいなあと思いました。「なぜ、悲しみやうらみを表していると思ったんですか?」という質問がありました。これについては、私にも考えがありました。いくつか根拠を示して『青には空想の世界に入る』という意味があるんじゃないかと投げかけてみました。
 

B なぜ、ぼくの指の窓にはちがった絵がうつるのか。
 
「指の窓には、自分が会いたいと思っている人がうつる。きつねとぼくの会いたい人がちがうのだから、当然ちがう絵がうつる」という提案でした。それに対して、「ぼくの窓には、会いたい人だけじゃなくて、なつかしい家や死んだ妹の声まで聞こえたのはどうしてか?」という反論が出ました。
 話し合った末、「思い出に残っていることもうつる」「きつねが意図的にそういう映像を見せたのではないか」という考えにまとまっていきました。
 

C もし、ぼくが手を洗わなかったらどうなっていたか。
 
「今はさびしいけど、だんだんさびしくなくなって、自然に窓は消えていく」という提案でした。また、ぼくが無意識に手を洗ってしまったことについて「結果的にはよかった」と考えていました。なるほど、おもしろいですね。どちらにしても、そう人間は弱くない、自分で克服していけるんだという説でした。反対に、「もし、洗わなかったら、ずっと思い出にひたっていたかもしれない」という意見もありました。こちらは、人間は本来弱いものだという立場に立っています。
 考え方のもとがちがうのだから、結論は出しませんでした。ただ、「無意識に手を洗った」ことで、空想の世界から脱出できたというところがおもしろいということを確認しました。
 

D 2回目には、子ぎつねに会えなかったのはどうしてか。
 
 @と関連しています。「もう、鉄砲をいただいたから」という考えの他に、「ぼくが手を洗って悲しくなったから」という考えも紹介されました。が、この2つはかみ合う理由ではないので、やはり大勢は「だましたんだ!」という考えにまとまっていったようでした。
 もしかして、環境問題とか動物保護とか、そういう作者のメッセージがこめられているのかもしれないという意見もありました。
                                

E 自分の習慣で、おそろしいことはあるか。
 
 この課題は、ちょっと他のと質がちがいます。自分たちの似たような経験をいくつか紹介してくれました。無意識にやってしまうほど習慣になっていることで失敗したこととして、「二度寝をしてねぼうした」「何となくテレビを見てしまう」「ティッシュをポケットに入れて洗濯」なんていう、身近なほほえましい失敗が登場しました。
 私も、今日こそ早起きをしようと思っても、ついつい二度寝をしちゃうんだよな。みんなからも、楽しい失敗談が寄せられました。「あるある」という顔をして、うなずいている人がたくさんいました。
 

F 子ぎつねは、ぼくに悲しい思いをさせようとたくらんだのか。
 
 これも、@Dに関連します。やはり提案は、「鉄砲をとるための作戦だった」というものでした。「どうも話ができすぎている」「指を染めるタイミングがよすぎる」というのがその理由です。
 その中で、「1回目の絵でいい思い出を出させてから、わざと2回目で悲しい絵を出させた」という意見がありました。つまり、きつねは、相当な知能犯?で、しかも、初犯?ではないな…。なんだか、推理小説みたいになってきてしまいました。
 

G 子ぎつねの人情話は、本当なのか。
 
これも関連する課題です。しかし、「母親が殺されたというのは本当だ」という提案でした。理由は2つ。「自分の正体がバレたのに話しをした。その場で殺されるかもしれないのに、そんな命がけのウソはつかないと思うから」「話だけでなく、悲しい顔まで見せているから」
 これは、意見が分かれました。「命がけのウソをついてまで鉄砲をとろうとした」「たくらんだことは認めるが、母親を鉄砲で撃たれるというのはあり得る」などなど。しまいには、「母親を殺された個人的なうらみ」か、「きつね一族の人間に対する復讐」か、なんていう恐ろしい話にまで発展していきました。
 
 ま、やり過ぎかもしれません。せっかくのファンタジーですから、もっと夢を与えて終わりたいという考えもあります。でも、1つの作品を通して考え、それを発表するという点では、いい経験になったと思っています。
 まだまだ発言できない子もいます。話し合いが盛り上がると楽しいという経験をたくさん積ませたいなと思います。
 
<子どもたちの感想から>
○ 1つの物語で、いろんな意見が出たからおもしろかった。
 
○ 私たちが考えていなかったことをずばずば言われ、改めて考えてみると、自分たちの意見もちゃんと考え直してみようと思いました。
 
○ 自分の考えていたことと全く反対の意見も出て、考え方が変わった。予想の意見もたくさん出て、話が盛り上がった。
 
○ どの班も、賛成・反対意見が出ていて、みんなの考えを聞いてみたら、もっと意見が出てきそうでした。私たちの班は、反対意見がいっぱいあったけど、確かにその通りの意見がいっぱいあったのでよかったです。
 
○「きつねの窓」は、はじめおもしろい話だなあと思ったけど、話し合いをしている と、いろんなこわいことがかくされているような気がした。こわい話バージョンの 「きつねの窓」も作れるんじゃないかと思った。
 
○「きつねの窓」について、とてもおもしろい作品だと思った。理由は、考えれば考えるほど、いろんな意見が出てくるし、文そのものを読んでいてもおもしろかったです。
 

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豊島 登 Noboru Toyoshima