平和国家としての決意
 美しい自然と四季の移ろいの中で、戦後約60年、人間でいえば還暦の歳月を私達日本人は、極めて平和に、大過なく過ごしてきた。この平和や大過については、政治や国の針路に関して無言の民化している日本人を指して、「平和ボケ」だとか、「大過なくが、大過だ」と指摘する人も、昨今増えてきた。あるもの謗りのないものねだりの私達も、そろそろ、重い腰を上げ、頭を切りかえねばならない時に近づいているように思う。
 何故だろうか。この辺に触れてみたい。
 最近、友人の某銀行のOBが、「日本の政治・経済の現況は、やっと、米国の占領政策が、60年かかって完結しつつある、ということではないか」と、 言った。会食の最中だったので、あまりの鋭い指摘に一瞬、息を呑んでしまった。
 そういえば、新生銀行(旧長銀)が、8兆円の税金注入により、注入した国民は一私企業のツケを負わされたにもかかわらず買い取った米金融資本は、上場直後に8,500億円の利益を出して、ツケを払うフリさえ見せない。三井住友も、ゴールドコンサックスという名うての金融資本に再生のゲタを預け、何と、4%を超える金利を、米国資本に払い続ける始末。男性諸氏にとって、高嶺の花だったゴルフ会員権とゴルフ場は、残額の預かり金をホゴにした上で、米国金融グループの運営するスポーツ施設運営会社によって蘇っている。既に殆どが黒字化し、この利益も、全く、上手なしくみを介して多分、米国に還元されてゆくだろう。
 もともと、こうした事態を招いた元凶の1つは、間違いなく、米国の圧力に屈し、本来、市場の需給要因によって決まってゆく、地価を、時の首相の宮沢さんが、地価抑制策などというバカげたことをやったことにある。人為的地価抑制などという短絡的な方法をとらなくても、他に、方法はいくらでもあったにも かかわらずー。時に、当時、米国は、財政と貿易収支が極度に悪化し、一人勝ちしている日本の金融機関や、不動産会社に、何らかの米国進出防止策を講じないと にっちもさっちもいかない情況だったからである。この結果、貸し出しにあたり、極端な担保主義をとっていた日本の金融機関や不動産会社は、以後、今日に至るまで壊滅的な打撃を被った。不動産会社の中でも堅実な企業風土で知られた三菱地所でさえ、1千億で買収したロックフェラーセンターを2百億で売却しなければ、失地を打開できなかった程である。この差8百億は、どこに消えてしまったのだろうか。しかし、さすが、天下の地所である。その後、当時、ロック フェラーと同時期に買いに入った、小さい貸ビル群を手放さずにいたため地価と賃料相場が暴騰した今では、立派な収益源になっていると聞いている。実務的体験と実体認識に欠ける官僚や政治家の言うことを聞かず、独自の理念と経営判断を貫いた経営陣の知恵の成果というべきだろう。
 地価抑制でいえば、今の米国の地価や賃料相場は、バブル以外の何ものでもない。私の良く泊まるホテルは、この3年でレイトが倍になった。本来、日本がきちんと自立した国であれば、今こそ、同盟関係を理由に、米国に地価抑制策を要求し、過度な、税金注入により蘇った日本の再生企業の買収防止策を、強く求めることこそ肝要である。もし、宮沢さんがしたことの、この短期間の経済史的な意味をお分りであれば、もう一度、日米交渉の場に出てもらったらどうだろうか。議員としての責任と拘束のない今だったら、頭のイイ人だから、相当期待できると私はみている。金融機能を自国のものにすることが肝要だ。本来銀行はバンクといって、自国経済の防波堤としての役割をもっている。文字通り、堤防・おか場所という意味だった。シティもウォールも日本橋も、皆、川の畔に立地した。密航者も含め、貿易やあらゆる海外との取引きの資金を両替・浄化・融通したりする機能が発祥の所以あることを思い知るべきだ。
 いろいろと私達が、大過なくと思っているこの15年位の間に、これだけの大過が起こっていることを再認識する必要がある。もう他力本願ではダメなところに来ている。国は、自立し、自立するために、一人一人の国民が、きちんとした平和国家自立への決意を新たにして、もう一度、日本国憲法を読み直すべきだろう。
 イラクの自衛隊派遣は、明らかに憲法に違反している。戦争放棄をうたった第9条には、「武力による威嚇または、武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と書いてある。また、前文には、「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない。政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」と記されている。今、日本は、占領政策の完結という同盟関係を唯一の理由にして、「政府の行為によって、戦争の惨禍に火を注ごうとし、米国のメ自国のことのみに専念モの姿勢に、ただ、加担している」の愚を再び犯そうとしている。
 今の子供達に、夢や希望がないのは私達、「大人の責任である」と肝に銘ずるべきである。新たな自立への決意は、希望と不安にさいなまれる。しかし、60年にわたる、空虚な同盟関係に期待し、すがり、前述のように骨抜きされるより、ずっとずっと、夢や力に満たされる。更に、親の後ろ姿を見て育つといわれる子供達にとって、分り易い、頼もしい人間の生き方のモデルとして、大人達が、蘇ることもできる。
 真に、日本の国のかたちを整え、再び、美しい、夢に溢れた国として、子供達にひき継ぐ決意を、祈りにも似た気持ちで、固める時である。重要だ。

テンダー会議代表 西山 利春