2008 防府マラソン完走記

  LAP SPLIT 通過順位
5km 0:21:02 0:21:02 444
10km 0:42:14 0:21:12 452
15km 1:03:38 0:21:24 455
20km 1:25:18 0:21:40 465
25km 1:49:01 0:23:43 493
30km 2:17:26 0:28:25 573
35km 2:43:34 0:26:08 566
40km 3:07:19 0:23:45 523
GOAL 3:16:48 0:09:29 489
前半   1:30:08  
後半   1:46:40  
  0:16:32  


☆総評

20年前に初めてサブスリーを達成した思い出の場所で4年ぶりのサブスリーを目指したけれど、22q以降右足首と右アキレス腱の故障に見舞われ、果たすことができなかった。ただ、途中棄権やむなしと覚悟した窮地から奇跡的な回復を見せ、自分でも信じられないようなペースアップして完走にこぎつけたことを大切にしたい。

☆スタートラインに立つまで

11月の湘南からのインターバルの短さと多忙による疲れと調整不足が懸念されたが、12月に入ってから練習のタイムも上がってきた。大会2週間前の多摩川堤での6qペース走で24分40秒台をマークし、背伸びすればサブスリーに迫れるかもしれないレベルにまで復調した「手ごたえ」を感じた。

しかし、大会1週間前に冷雨の中多摩川堤で8qペース走を決行、タイムも前半キロ4分半かかるブレーキしただけでなく、直後に風邪っぽさと右股関節の違和感を抱えてしまった。その違和感を1週間引きずってしまい、最終調整は予想もしない苦戦を強いられた。大会前日の1000m刺激で3分40秒でカバーしたので、不安は払拭できたと思った。ただ、右股関節痛は歩いているときにも気になったので、大会当日のウオーミングアップとストレッチが重要だろうと思った。

☆いざ号砲

大会当日の朝を迎えた。予報どおり雨。ただ小雨、無風、冷え込んでいないことなのが救いだ。予報では突風・雷を伴うとのことで心配していたが、スタートまでにそうならなければ大丈夫と思った。

競技場に到着して1時間ほど休養ののちウオーミングアップを開始。動きが固く感じた。緊張感も手伝っているんだろう。雨のため、重要視していたストレッチ場所の確保に苦労したが、競技場のタータン上ならば濡れを感じつつもできそうだったので強行。ストレッチのあとトラックを歩きながら控え室に向かうときに小中学生の手製の都道府県別の幟が目についた。素朴な気持ちが伝わってきて心を打たれた。そういえば、2年前に出場した四万十川100kmでも石の上に絵とメッセージを書いたものがあったなあ。

スタート直前に本降りになったが突風・雷はなさそうだ。小雨・無風ならば願ってもないコンディションだ。神様がバックについているような気がしてスタートの瞬間を待った。
☆スタートから5km
 (5km 21:02 通過順位444位)

12時02分に号砲、競技場内は渋滞している。いつの間にかトラックの第1レーンの端っこに押しやられている。この大会は今回よりそれまでのサブスリーの大会から1時間制限時間を緩和して門戸をひろげ、参加者数も1000人を超えた影響だろう。1周して時計を見たらちょうど100秒、後ろを見ると自分の後ろにまだまだ半分ぐらいのランナーがいた。20年前はわたしが最後尾だったのに。。。

競技場を出てロードに出て、1kmを4分13秒、2kmを8分22秒で通過。自分の頭の中では、15kmまで5km21分ジャスト前後、そのあと5km21分前半で粘って粘ってという展開を考えていた。だから、この段階ではキロ4分10秒ちょっとのラップを望んでいた。

3km通過するあたりから、自分の走りに余裕のなさと力みを感じた。フルマラソンでは10kmぐらいまでをウオーミングアップのつもりで走るのが鉄則だが、今の走りはハーフマラソンを走っているような体感だ。2〜3kmを4分14秒、この余裕のなさでこのタイムかと不安がよぎる。何とか流れを変えたかった。

5km通過は湘南と同じ21分02秒、正直20分台が欲しかった。

☆5kmから10km
 (10km 42:14(スプリット21:12) 通過順位452位)

苦しんでいたが、7kmぐらいから徐々に体の動きが本来のものを取り戻し始めた。5km以降は距離表示は公式には5kmごとになるが、道路上には1kmごとに黄色くマークされているのを発見。ずいぶん助かった。このあたりでキロ4分14秒ペースで落ち着いてきた。振り返ってみて5〜10kmまでの間が今回いちばん快適に走れたような気がしている。

☆10kmから15km
 (15km 1:03:38(スプリット21:24) 通過順位455位)

10km過ぎたあたりで、並走していた長身のオレンジ色のランシャツの走者が抜け出した。あっという間に置いていかれた。ついていくだけの余力がないし、無理もできない。12km手前で三田尻大橋の上り下りを通過、距離表示が目に入らずスプリットタイムが気になる。13kmで確認したら、10kmからの3kmを12分51秒、上りのせいにしようとプラスに考える。

しばらくして防府天神入り口の交差点を左折して旧国道2号線を西へ進む。このあたりに今回宿泊したホテルや開会式が行われたホテルなどもあって沿道の声援もにぎやかになってきた。13〜14kmは4分15秒ぐらいだったので、また持ち直したかなと思った。しかし、15kmで時計を見たらこの5kmは21分24秒、13kmまでのペースがやっぱり今のペースだった。この時点でぎりぎりサブスリーペースまで貯金は22秒、予定では1分必要と思っていたのに。。。

☆15kmから20km
 (20km 1:25:18(スプリット21:40) 通過順位465位)

15km通過してから再び余裕感が足りなくなってきた。このあたりで女性ランナーに勢いよく抜かれた。ペースダウンを恐れながら16kmで時計を見たらキロ4分14秒、「このペースでいいんだ」と落ち着きを取り戻す。この先、浮き沈みを繰り返しながら粘り続けていこうと気持ちを強くする。

17kmまでの2km8分29秒、いい感じを実感しながらコースを左折し、山陽本線の跨線橋を通過する。上りは前方のランナーを目標に苦もなく通過できたと思った。しかし下ってから徐々にペースが落ちてきているのがわかった。走りの風向きが跨線橋で完全に変わってしまった。心配していた股関節の影響か? そういえば、11月の湘南でも15km以降こんな展開だった。でも折り返し後復活したのを励みにして、22kmまで折り返しまで辛抱して、折り返し後走りの風向きが変わることを期待することにした。20kmでサブスリー貯金はたったの2秒になってしまった。

☆20kmから25km・・・折り返し後右足首に痛み発生
 (25km 1:49:01(スプリット23:43) 通過順位493位)

中間点は1時間30分以内と思っていたけれど、かかりはじめたブレーキが影響して8秒オーバー。この時点でサブスリーは厳しいと現実を直視した。でもレースはまだ途中、20年ぶりの防府で気の抜けた走りはできない。

22kmの折り返し後、走りの風向きが変わって欲しいと祈る。しかし、直後に右足首に痛みが発生した。スピードを維持しようにも、痛みでジョギング程度の走りがやっとになった。吉のくじをひきたいところで凶をつかんでしまったように、風向きがより悪いほうに変わってしまった。キロ5分のペースに落ちた。何度か立ち止まって足を伸ばす。序盤で足を使いすぎたのかもしれない。このままでは最低限の設定タイムの3時間ひと桁はおろか、湘南の3時間13分もオーバーしてしまいそうだ。

☆25kmから30km・・・27kmすぎで右アキレス腱にアクシデント
 (30km 2:17:26(スプリット28:25) 通過順位573位)

「キロ5分ペース、これじゃ100kmマラソンだな」と思いながら走っていたが、往路で走りの風向きが変わった山陽本線の跨線橋を通過したあたりからまた元気になってきた。不思議なものだ。右折して旧国道2号線に出てから勢いづいた。26〜27kmはジャストキロ5分、ここからペースをあげていけば辛うじて3時間ひと桁でゴールできそうと気持ちに張りが戻ってピッチを上げた。しかし。。。

直後に右アキレス腱に電気が流れたような痛みが走る。着地時に思わず飛び上がり、立ち止まる。途中棄権した6月のサロマ100kmを繰り返しているような大ピンチ発生。歩きとストップを交え、足を引きずって前に進むのがやっとだ。しばらくして、今回同行した走友が通り過ぎていく。わたしの状態を心配した感じの言葉をかけていただいたが、頭の中はパニックではっきりと覚えていない。途中棄権やむなしと覚悟し、どこでやめようかとか、収容車はいないだろうかとさえ考え始めた。

そんな足を引きずり、立ち止まるわたしを見て、cJードだけでなく名前まで呼んで精いっぱい応援してくれる沿道の方々。このあたり、特に27〜29kmでは歩きも入り、悔しくて涙が出そうだった。でもここでの声援が「たとえ制限時間の4時間かかってもいいからゴールを目指そう!」という気持ちにさせてくれた。防府の街の熱意を実感した。

14時18分ごろ、先頭ランナーのゴールを告げる花火を耳にした。そういう自分はそのころまだ30km手前だった。後続からも歩きが入ったため90人ぐらい抜かれたようだ。

☆30kmから35km・・・復活開始
 (35km 2:43:34(スプリット26:08) 通過順位566位)

足を引きずりながら30kmを通過。時計を見たら25kmからの5kmは28分台だ。このあとキロ6分ぐらいとしたらゴールタイムは3時間25分から30分ぐらい、ワースト記録は確実だ。でも、今はそんなことよりもゴールまでたどり着くことに全力を尽くそうと考えていた。

31kmで時計を見たらキロ5分38秒、「思ったほど悪くないではないか!」と気をよくする。これがまた「転機」をもたらした。次の1kmは5分19秒、そして上り下りのある三田尻大橋を通過した次の1kmは5分08秒、「本物だ」と手ごたえを感じはじめた。右足はまだ痛いけれどリズムよく走れている。35kmまではジャストキロ5分になった。「奇跡」が自分の中で起きはじめていることを実感した。

☆35kmから40km・・・奇跡が現実に
 (40km 3:07:19(スプリット23:45) 通過順位523位)

36kmでキロ4分58秒までペースアップし、自分でも確かに感じ始めた奇跡。そのあと、4分48秒→4分44秒とまたビルドアップ。ゴール予想も3時間25分から自己ワースト(3時間22分)、3時間20分以内へとはねあがっていく。ここでの走りでは、ユニフォームの背中のあたりに「風」と「熱」を感じた。無風で、雨も降っているはずなのに。。。
今まで味わったことのない体感だった。防府の街だけでなく、神様が背中を押してくれているのかもしれないと感謝した。苦しんでばかりいた今回のレースでようやく感じ始めたうれしさだった。

40kmに至るまでに、スプリットタイムはキロ4分30秒台に突入した。右足がアキレス腱痛で悲鳴を上げないよう余裕を残していてもこのタイム、これが本当にけが人の走りなのかと思った。歩きが入ったときに抜かれまくったランナーたちもずいぶん抜き返したようだ。この5kmで40人ほど抜いたようだが、無我夢中で覚えていない。今年の「秋田100km」でのラスト5kmの踏ん張りを今の走りに重ね合わせていた。

☆40kmからゴールまで
 (ゴール 3:16:48(スプリット9:29) 通過順位489位)

40km通過時、ここまできたら3時間17分、いやもう1分いけるかもと思った。41kmではキロ4分30秒を切った。ここがきょうの大会の見せ場とばかりに、41km標識を通過後に右足の痛みを考慮した安全装置のリミッターを取り外してラストスパート。競技場に入って残り300mぐらいで時計を見て、あと88秒でいけば3時間16分台でゴールできることがわかると、レース開始前からのイメージどおりに「学生時代の300mのインターバル練習」を思い出しながら全力疾走。そして3時間16分48秒でフィニッシュ。ラスト1kmは4分06秒、今回の1kmごとのスプリットの中でのベストタイムだった。そして40kmからゴールまでの2kmちょっとで34人抜いていたようだ。けが人とは思えない奇跡的な巻き返しだった。

走り終えて

一時は途中棄権寸前まで追い込まれた絶望的な状況でも、「決してあきらめてはいけない!」ということを身にしみて実感した1日だった。3時間は切れなかったけれど、自分にとってはありえないような「奇跡」を起こすことができたことで、今回走った価値があったと思う。

この大会は20年ぶりの挑戦で、当時は旧コースの右田中学校から佐波川を北上して徳地町を折り返した最後の大会だった。そして初めてサブスリーを達成した思い出多き大会だった。その後、コースが市街地に変更となり、参加資格も一時期マラソン2時間50分以内となって足がいつの間にか遠のいてしまっていた。
そんなとき、昨年の大会で今回ご一緒した走友が厳しい関門をくぐり抜け、5度目の挑戦にして初めて完走した。そのあと市長さんとのほっと心あたたまる後日談もご紹介いただいて「そろそろ挑戦してみようか」と思っていたところに参加資格の緩和。これで「20年ぶりの挑戦」を決意した。

ゴールしたあと、改めてこの大会のよさを実感した。声援や写真の手製の幟をはじめ、防府の街の熱意とおもてなしが伝わるすばらしい大会だった。その走友といっしょに市長さんを見つけ、お礼のご挨拶へ行った。前日の歓迎の夕べでは走友より市長さんをご紹介いただき、歓談もできて有意義なひと時だった。お礼のあと、そのときに撮影いただいた写真をいただいて感激! そのあと市長さんを囲んで走友と3人で記念撮影。数分会話したあと、「来年の再会」を固い握手で約束。次回は40回の記念大会、会心の走りで飾り、今回の借りは返そう。