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【はじめに】
大会2ヶ月前からももとひざの故障に悩まされ、満足な調整ができないまま臨んだサロマ湖100kmマラソン。結果は9時間27分の自己ワースト2、絶好の気象条件に恵まれながら体調がジャストミートしなかったことがとても残念でなりませんでした。
【出走に至るまで】
5月4日の春日部ハーフ前までは絶好調に近かったのに。。。
春日部ハーフでは大会走行中に左もも裏に軽い肉離れが発生。その後、風邪や激務も重なり、追い討ちをかけるように大会1ヶ月前のカーター記念黒部名水ハーフで肉離れ再発、そしてその2週間後の皇居ランで左ひざを痛めてしまいました。このままでは100km走れそうにないと観念しかけたけれど、奇跡的にも大会1週間前の皇居20kmランで痛みが完全に消えて一縷の望みが。。。
大会当日は、調子が上がりきらない苦しい状態を覚悟しながらも、同様の状況に追い込まれた昨年の秋田100kmで見せた走りを思い出して走ろうと念じてスタートラインに立ちました。大会1週間前の仕上がりと故障の回復具合から、何とか8時間半前後、悪くても8時間台はキープできるかもという手ごたえと、後輩たちが大会1週間前に「全日本大学駅伝」の予選会を勝ち抜いて伊勢路行きの切符を手にしたことが励みとなって、モチベーション高く臨むことができました。
【レース展開】
大会当日は霧が立ち込める曇り空、これまで走った100kmの中では「最高の」コンディションに恵まれました。スタート以降、余力を残して控えめに走り、まずまずの滑り出しに思えましたが、10km過ぎてから後続のランナーに次々とかわされ始めました。決してあせらず、あきらめずと冷静に振る舞っていたつもりでも、25km過ぎたあたりから体のキレの悪さとももの重さが目立ち始め、調整不足の影響を肌で感じました。
30kmは2時間20分通過と考えていたら1分オーバー、それでも心と体には100km走りきるために大切な「リズムとリラックス感」を思い出そうという前向きさと「目ぢから」が強かったので、たとえペースが上がりきらなくても、希望を持って走れていました。だから、ここ4年「苦手区間」であった35〜40kmもリズムよく走れました。
42.195kmを3時間23分で通過。昨年よりも2分遅れながらも故障発生した昨年のどん底な気持ちとは大きな差。しかし、このあたりで苦しくなって、悪いときのパターンに陥ってしまいそうでした。サロマ国道に出てからは昨年走ることすらできなくなった悪夢の場所が待っていました。しかし、今年は昨年棄権した悔しい49km付近から元気を取り戻しました。
中間点は4時間07分で通過。予定より7分遅いけれど許容範囲と思い走りを進めていきました。上りを終えサロマ湖沿岸の道路に戻ってからペースがキロ5分20秒ぐらいに回復し、いい流れで54kmの着替えステーションに到着。ここで栄養補給とももへのファイテンジェルでのケアを行いました。悔やまれるのはここで「勝負アイテム」のパワーバーを取り損ねたこと。昨年の秋田100kmではこのパワーバーを口にしてから奇跡的なリカバリーを見せたので、何かいやな予感がしました。
エイドでの2分のロスを経てレース復帰。ここからキロ5分ちょいのペースで刻んでいくもくろみでしたが、もも前側が痛くて思い通りにスピードに乗れない。これは誤算でした。回復と苦悶を繰り返しながら走っていました。
60km過ぎから急に動きがよくなったように感じ、このチャンスを生かそうと気分が乗ってきました。神風に背中を押されているように感じていました。しかし、好調に走り1km5分20秒ぐらいと期待していた63kmのキムワネップ岬付近で時計を見たらキロ6分少し。「あれ?」という思いとともに、気持ちが折れそうに。。。
着替えステーション通過後の伸び悩み同様、レースの流れをつかみきれなかったことが痛かったです。
69km付近で弊社佐呂間工場事務課の方から熱烈な応援。この方には初出場した5年前からこの場所で声援いただいておりますが、昨年この場所に来るはずだったわたしをずっと待ち続けていただいたのにたどりつけなかった悔しさを晴らそうと、この場所を通過することをとても励みにしていました。
ここを通過してから、再び元気が戻りました。70km過ぎてから再びサロマ湖を左に見るコースに。サロマ湖がとても青く輝いていました。この湖の輝きを見て、5年前ベストを出したときに家内にこのあたりで路線バスの窓から声援いただき、「7時間台いくぞー!」とガッツポーズしたあの日を思い出しました。今年はその場所を通過しているときに再度佐呂間工場の方が車で先回りして声援。「うれしそうに走っているね!」ってお声がけいただき、右手を上げてこたえました。
74kmの鶴雅リゾートを抜けてから、再びももの動きが悪化。キロ5分半ペースが一転、6分を辛うじて切るペースがやっとになってきました。ここで脚を使ったら80km以降のワッカ原生花園が苦しくなると思って力を残していたつもりでしたが、79km過ぎのワッカ入り口のエイドにたどり着いたときにはかなり疲れきっていました。まだまだ8時間台のペースでしたが。。。
エイドで3分も長居してしまい、ここが踏ん張りどころだったかもしれません。
ワッカに入った80km以降、ついに撃沈。脚、特にももの動きが悪くなりました。
着地のたびに伝わる衝撃でストライドがまったく伸びず、キロ7分を超えるペースにがた落ち。追い討ちをかけるように、右ひざ裏が張って何度か立ち止まりました。歩きに限りなく近い走りで、このままでは10時間の声が聞こえてきそうでした。
89kmでワッカを折り返し、やがて90km地点。80〜90kmは74分も要していました。そんな中、92km過ぎからワッカに脚が慣れてきて徐々にペースを取り戻しはじめました。しかしここでもアクシデント発生。左肋骨あたりにしびれと張りが発生。心臓に近いところなので非常にあせりました。スピードを上げたいところで少し控えめにせざるを得なかったところは痛かったですが、大事に至らずによかったです。このあたりでは、苦しみながらも鞭打ってゴールへと進んでいる様子で、折り返し時にすれ違った親友からは「走りながらいろいろな思いが駆け巡っていたんでしょうね」と、後日コメントいただきました。
長い長いワッカを抜けて残り2km、ゴールが近づくにつれて元気がよみがえってきました。
ラストの100mは元気・よろこび一杯のラストスパートでフィニッシュへ向かいました。
【走り終えて】
自分の中では、2年がかりで完走できたよろこび、その一方で80kmまで粘りの走りをしていながらワッカで脚が止まってしまい「超えてはいけない一線」と思っている8時間台を死守できなかった悔しさが入り混じり、微妙な評価です。
それでも昨年途中棄権したこと、あわや今回大会出場すら危ぶまれた状況を乗り越えてゴールまでたどりつけたよろこびから、ゴールの瞬間は格別でした。苦しみの数が多かったから、タイムはさておき感慨深いゴールとなりました。また、故障という爆弾を抱えながらも再発することなく走りきれたこと、「気持ちのこもった走り」ができたことは、9月の「秋田」に確実につながるものと実感しています。
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