栄冠は 君に輝く… 〜2002年・第84回全国高等学校野球選手権大会〜

   


高知代表・明徳義塾高校。
部員、118人中、高知県の中学出身は数名、それ以外の選手はいわゆる他府県からの「野球留学」の選手だ。

学校は高知県須崎市の横浪半島県立自然公園の山中にあり、
部は全寮制。
寮は3つの大部屋に分かれていて、1部屋には2段ベットが24台並んでいる。
親との面会は月に1回と決められている。
中学を出たばかりの16〜18歳の少年たちがここで3年間生活を共にしている。

練習場には「野球道場」と書かれた古ぼけた看板が掛かっているそうだ。
まさにその通り、「野球道場」。毎日、午後2時から日が暮れて真っ暗になるまで厳しい練習が続く。
ノックは2時間。冬場には30`のランニング。
それでも、今まで、たったの1度も全国制覇には届かなかった。。。


92年の夏の甲子園。
石川代表の星陵高校のスラッガー・松井選手を
馬淵監督は5打席連続敬遠した。
勝利で歌う明徳意義塾の校歌は野次にかき消され
選手の宿舎には3000本以上の抗議の電話が鳴り続けたという。


1998年、第80回の記念大会、甲子園には怪物が現れた。
明徳義塾は、エース松坂投手擁する横浜高校と準々決勝で対戦し、6点差をひっくり返されての惜敗。

いままで、他府県の選手が多いため「外人部隊」「高知代表とは言えない」などと、
明徳義塾のことを好意的に思わない人も多かった。しかし、今はそんな話をする人もいなくなった。


2002年、夏・決勝戦、智辯和歌山対明徳義塾。
9回表、2アウト、、、

1年生の時から甲子園を経験し「なぜ優勝できないんだ」と悩みつづけた主将・森岡選手。
寮で同じ悩みを持ちつづけ別部屋の森岡選手わ何度も訪ね、野球のことを語り合ったという田辺投手。
そして、苦しい練習に耐えて野球に打ち込んだ大勢の仲間たち。みんなの夢が実現する時。
全国4163校の中でたった1校だけが勝ち取ることの出来る栄冠。

そのクールないつもの顔とは違う彼が、そこにいた。
涙がこらえきれない森岡選手。3年間待ち望んだ「全国制覇」がそこにあった。

*    *   *

3年間の苦しい練習、親元を離れての仲間との寮生活、、、
その涙は、神様が君たちにくれたご褒美なんだね、きっと。

全国4163校の高校球児たちへ…
「熱い 熱い 夏」を、ありがとう。

そして、高校野球を愛する皆さん、今年もありがとう。
そして、これからも共に高校野球を愛しつづけましょう。


管理人 ゆうこ


 



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