雨の日は好きだった。傘や木の葉に落ちる雨音を聞くのが好きだった。
今日は雨、しんみりとした空気が心地よくて、つい外に出てしまった。細い路地は普段と色を変えて、不思議な気配を漂わせている。雨は上がりかけ雨雲が薄くなって、所々からほんのり光を降らせていた。 ここは、いつもの私の知っている道だろうか・・・、と思わずにいられない。
低い塀を越えて手を広げるように伸びた紫陽花(あじさい)が、雨粒を受けて涼しげな顔をしている。手を伸ばしてチョンとつついてみる。
「わぁ・・っ」
光を受けてキラキラと大粒の雨たちが降り注ぎ、私の手をすり抜けて地面に音を立てた。1つ1つの小さな事が何故だか楽しく感じる。 ふと、見知らぬ小道を曲がりたい気分になって歩いて行くと・・・。周りの緑を映し込んだ湖に向かい、青年が立っていた。
(こんな所に・・・、湖なんて・・・?)
彼さえも緑に溶け込むように、危うい現実感を映す絵画のように感じられた。
途切れ途切れに音楽が耳に届く。いや、彼が歌っている気がした。斜め向こうを見ている彼の横顔が、ほんの少し見えていた。口元は見えず、違っていたかと思う。だけど、近づくとやっぱり彼は歌っていた、小声で。
(何の歌を歌っているんだろう・・)
興味を引かれた。歌詞が聞き取れないせいか、もっと近くで聞ききたくてたまらなくなっていた。
穏やかで物腰の柔らかそうな青年は、何処にいても違和感がなさそうでいて、何か人を引きつけるところがあるように思えた。
「あぁ、来ましたね」 「え?・・・あ・・の」
静かに近寄ったつもりだったのに。彼はこちらを向いて、メガネの下側を人差し指の甲でちょっと上げながら、私を待っていたようにそう言った。思わず背後を振り返ってみたけれど、誰もいない。やっぱり私に話し掛けているようだ。
「小波瑠羅(こなみるら)さん。初めまして、僕は龍門寺疾風(りゅうもんじはやて)っていいます。よろしく」
「よろしく・・・っ」
頭を掻きながらぺこぺこお辞儀をする彼につられて、つい挨拶をしてしまったが・・・。何処かで会っただろうか?何処かで見たことは?と考えていた。相手が「初めまして」と言うからには、初対面なのだろう。しかし・・・。
「あの・・・、どうして私の・・・」
「あっ、そうでした。いつも雨の日になると貴方がここら辺を通ると聞きまして。頼まれたんです」
(頼まれた・・・。 誰に?)湧きあがる疑問。
「いやー、キレイですねぇ。なんだかほんわかしちゃって、待ってる間に鼻歌なんか歌っちゃったりして。雨が上がると更にキレイです。うんうん、キラキラしてて散歩したくなる気分わかっちゃいますよぉ〜」
「あ・・・、あのっ!」 「はぁ?」
黙って聞いていると疑問の答えがいつまでも出てこないような気がして、つい割り込んでしまった。
「どういう・・・ことなんですか?」
「あぁ、すみません。話好きでよく叱られるんですよ、『くっちゃぺっておらんで、サッサと行動せい!』なんてねぇ・・・・・・あ。 こほん」
茶色い猫っ毛を掻き掻き、満面の笑みを湛えて喋る。私、怖い顔をしていたのかもしれない。彼は頭を掻く手を止めて、ほんの少しだけまじめな顔になった。17・8才くらい?私とは少ししか違わないように見えた。
(やだ・・・、告白とかなんとか? キューピッドってやつぅ? まってよ、気持ちの整理が出来ないじゃない)
「怒らないで聞いてくださいね」
「え? はぁ・・」
「彼らは貴方の事が嫌いだとか、不気味だとか言うんじゃなくて・・・」
「あん・・? 嫌い?不気味ぃ? 彼らって・・・」
「落ちついて、ええ、貴方は何も悪くないです。なんと言っても被害者なんですからねぇ」
彼は両手で押し留めるような仕草をして、大袈裟に辛そうな顔をして見せている。何をそんなに芝居がかった言い方をする必要があるんだろう。
「・・・あの、なんだかよくわからないんですけど」
「そうなんです!」 びしっ!
いきなり人差し指を私の顔に付きつけて、メガネの奥から真剣な眼差しを向ける。急に顔を近づけるから、驚いちゃって悲鳴もでやしない。
「そう、よく分からない。 貴方が気付いていない事が、悲劇なんです・・・」
(この人、危ない人なんじゃなかろうか?)
思わず腰を引く私。
「界!」
疾風が短く鋭くそう言うと、何故か体がピクりとも動かなくなってしまった。いえ、下がろうとしてもそれ以上後ろへ下がれない。まるで見えない壁があるみたいに。
「ごめんよ、僕は君を逃すわけにはいかないんだ・・・。 彼らの気持ちも分かって欲しい」
メガネが光を受けてペカッと光る。彼が動くとレンズの右から左へギラリンと光が流れた。
(こ・・・これはっ、もしかしてストーカーとか言うやつかもぉ〜?!!)
「君はいつまでもこのままじゃいけないんだ。僕は君を助けます」
そう言ってニッコリ笑う顔が、ひどく怪しげに見えてきた。
「か・・・彼らって? 助けるって何!? 近寄らないでよぉ!」
怒鳴ってみても、彼はニッコリ微笑むだけ。
(彼らってことは・・複数? 集団ストーカー?! 何それ!じょーだんでしょ??)
引きつる私の両肩に、疾風の手が置かれる。
「た・・助けてーーーっ!!」
「だから、僕が助けますって」 「やだぁーー、誰か来てぇ!」
目を強く閉じてじたばたともがく私と、取り押さえようとする疾風。
「き・・聞いてよっ、力には限界があるんだから。落ちついて、ねぇ!」
こんな危機的状況で、悠長に話なんて聞いていられるかっ。
ふいに肩を握る疾風の手の感触が消えた。ぎゅっと閉じた目を開けた瞬間、疾風の顔がもう目の前にあった。・・・と、その顔が下にずれて私の胸に埋もれて行く・・。
(きゅわわわーーーーっっ!! 乙女の危機よぉ!!!)
・・が、私は押し倒されてはいなかった。倒れていたのは疾風。
私の足元に、ふにゃふにゃぁ・・っと座り込むように倒れている。とっても妙で情けない格好だった。「はぁ・・」と洩らすため息が、さらに情けなさを後姿に湛える。
でも、何だか変な視界。疾風が私の服と足に重なり合って、はっきりと座り込んでいる。まるで私に同化してるみたいで、不思議な光景。 恐る恐る足を上げ、彼の前に移動した。何の抵抗も無くするりと足は抜け、でも全てが今までと変わりなく肌に感じてる。
「僕、龍門寺から来た除霊師なんです」
顔を上げて、メガネを直しながら疾風がそう言った。
「それ・・・って、私と何の関係が?」
「気分よく過ごしていらっしゃるようなんで、大変・・・言いづらいんですけど。 貴方、去年死んでるんですよ。 マジな話」
ちっとも面白くない冗談。
「いえ、冗談じゃなくてですね・・・」
え? どうして考えてる事がわかるの?
「信じられないのは分かるんですが、突然後ろからダンプに当てられちゃったりしたら、僕でも気付かないと思います。自分で認識しないと気付きにくいんですよね、死後の世界って。 貴方みたいなラッキーな人はいいんですけど、苦しんだままって人は本当に可哀想で・・・」
彼はずっと話しつづけていた。他愛もない話をするように、いつまでもいつまでも・・・。
彼の声が口調が、何故か驚きやパニックを和らげていた。そして、私は浄化され天国でやすらかな日々を・・・とは行かなかった。私は直に舞い戻り、今、彼の守護霊をやっている。
社会に飛び立つことなく他界した私だけど、この世で役に立つ仕事についたの。そう、私にしか出来ない仕事。社会の歯車からは多少外れているけれど、結構気に入っているんですよ。この仕事。
もしも貴方が地球での人生を卒業しても地上に縛られているならば、私を呼んでくださいね。ええ直に飛んでいきますよ。その時には一言『瑠羅!』とお呼び下さい。疾風ともども出張いたしますから。
これはですねぇ、同人誌に書いたのをかなり書きなおしたものです。後半はほとんど全部・・・ですね。
4つのW、何時・どこで・誰が・何を、ってやつですね。その回ごとにキーワードが決まっていて、それを折り込んで小説なり漫画なりを書くんです。同じキーワードでも、書く人によって話が全然違ってて面白かったですよ。SFになったりホラーになったりね。そうきたか!って。
まぁ、要するに発想する訓練と起承転結をつけて作品を完成させる練習なんですね。投稿などする時に「作品のテーマ」なんて書く項目があったりして、つい仰々しいテーマを考えがちなんですけど、案外簡単でいいんだよって。つまりは何を書きたくて、どう伝えたいか。伝えたい事が伝われば、それで成功しているんですよね。 あっ! あくまでもアマチュアならば、という話ですが。