赤い星の記憶』


 「パパ!パパ!見てっ!お星様落っこちてきそうよ」
 6歳になる琴と4歳になる勇介が庭ではしゃいでいる。無理もない、故郷へ帰るのは5年ぶり。1歳だった琴が覚えているはずはないし、勇介と言えば生まれて初めての里帰り。
 チリリ… チリリ…リ
 功(こう)の横で陽子はスイカを切り、縁側に座っている彼の頭の上で風鈴が涼しさを奏でている。
 「琴、勇介、スイカ切ったわよ。いらっしゃい」
 「わぁい!」 「すいかっ! すいかっ!」
 ポンと跳ねて駆けてくる琴と、その後ろから小さな手を叩いて、もたもたと慣れぬスキップをしてやって来る勇介。スイカを奪い合う様にしてそれぞれに食べ始める。水を得た魚というのだろうか…。都会で育った2人は、いつもに増して元気だ。
 「パパもどうぞ」 「ああ…」
 子供特有の甲高い声に慣れているつもりだったが、今日はやけに耳についた。煩いわけではない、何か不思議な感覚。子供の頃と変わらないこの家のせいだろうか…。
 「小さい頃はこの近くの小川でよく蛍狩りをしたけど、まだいるかなぁ」
 「行って見たらいいじゃない。 この間近所の子が見たと言っていたわよ」
 2人の孫がはしゃぐのを楽しげに眺めていた母親は、功の独り言の様な声を耳にしたらしく、静かに言った。
 「行ってみようか」 「何処に?」
 勇介の口元を拭いていた陽子が、顔を向ける。
 「小川さ。蛍、琴も勇介も見た事ないだろ?」
 「ほたる〜っ!?」 「ほたう?」


 開けていた小川の周辺には家が建ち、蛍の数も減っていた。印象が随分と変わり、きっと昼間見れば景色の違いにまごついただろう。しかし、夜は不思議だ。明らかに違ってしまった風景を闇に溶かし、記憶につながる部分を浮き立たせてくれた。
 「ママ!これ、ホタル!? 飛んでる飛んでる!」
 緑多き所に居て、初めて蛍を見た子供達ははしゃぎっぱなし。その姿が子供の頃の自分とだぶって、功は不思議な懐かしさを感じていた。
 「いい所ね…」 「ん?…ああ」
 子供達の側に付き添う様にしていた陽子が、いつの間にか功の横に座っていた。
 「側についていなくていいのか?」
 「フフ、大丈夫。 ここそんなに広くないし、草もそれ程高くないから何処に居ても目に付くもの」
 そう言えばそうだ。草は琴の膝に着くほども無い。
 「疲れた?」 「いや」
 陽子が肩にそっと頭をつける。
 「星、綺麗ねぇ……。こうしてると学生の頃思い出すわ。功ったら星座に凝ってて、よく明け方まで付き合わされたっけ」
 「そうだったかなぁ?」
 陽子につられて空を見上げる。本当に綺麗だ。あの星もちゃんと見えている。
 「そうよ。キスだって星を観測するとか何とか言って…キャッ!」
 功がふざけて頭を殴るふりをすると、陽子は大袈裟に倒れてみせる。横になったまま両手を広げて、少しの間少女の様に笑った。
 「お義兄さん一家が夏休みの旅行に行っている間、私達が里帰りするっていいわね。両家族とも楽しい思いが出来て、お義母さんは琴と勇介に会えて嬉しそうだし」
 「ああ、そうだね」
 少し遠くから琴と勇介の声が聞こえている。
 「あの2人、楽しそうだわ」
 しばらく2人は何も言わず虫の声を聞いていた。
 「何考えているの?」
 陽子が呟く様にそう言った。功は何も言わず、ただ目の前に広がる星の海に心を浮かべていた。あの星を見つめながら…。
 「何なの?」 「ん?」
 「あの星よ…。あの赤い星。時々見てるでしょ?」
 チラリとその星を見た後、特に問い詰めるふうでもなく、子供達を見ながら陽子が言った。
 「あの星見てる時の功、私の知らない顔する。何考えてるのかなぁ〜、なんて思って…」
 「ただ不思議な気分になるだけさ」 「どうして?」
 照れ臭そうに苦笑いしている功に、好奇心をかきたてられて陽子が聞いた。
 「特に話す事でもないんだ。 子供の頃に見た夢だったのかもしれない。ただ…なんだか忘れられないんだ。 あれは…、幾つの時だったのかなぁ……


 8歳だったか9歳だったのかよくは覚えていないけれど、ここにいたんだ。今と同じように、こうやって星を眺めていた。蛍がいっぱい飛んでいて、星も沢山あった。
 ふと人の気配を感じて横を見ると、すぐ側に17・8歳位の女の人が立っていた。光がなくて、はっきりと顔が見えなかったせいではないと思うけれど、しばらく目が離せなかった。
 『 星…、好き?』
 その人は俺を見下ろしてそう言った。その声は静けさの漂う空間から聞こえたようだった。
 『う…うん』
 じっと彼女を見つめていた自分に気付き、何故だか恥ずかしく思ったんだ。
 『不思議ね…。もう遥か昔に消えてしまった星を、こうして見る事が出来るなんて…』
 彼女の声にロマンチックともセンチメンタルともつかない微妙さを感じながら、彼女の豊かな髪が、サラサラと音をたてて揺れるのを見つめていた。
 『ホラ…、あの星を見て…』
 不意に声をかけられ驚いて顔を上げると、彼女が空の一転を指差していた。でも、彼女がどの星の事を言っているのか分からず。
 『あれよ…』
 彼女の声は静か過ぎて…
 『 あの小さな赤い星』
 彼女が俺に目を向けた。風の様に消え入りそうな声にこの世の者と思われず、夢心地で見上げていた俺は一瞬ドキリとした。急いで目をそらして星を探したけれど、まごつくばかり。彼女は戸惑う俺の横にしゃがんで指差し、俺は満天の星の中、まもなくその星を見つけた。
 『私、あの星が好き…』
 俺はチラリと彼女を盗み見た。星を見つめるその瞳が悲しそうに見えた。
 『あの星…、私の星。 あの星の光、ずっと見つめていたくて、幾つもの銀河を越えて来たわ…。幾つもいくつも…』
 何を想っていたんだろう……。彼女が次に口を開くまでの間が、彼女の越えて来た時を感じさせるようだった。
 『赤い星達…見守ってあげて、もうじき…消えてしまうから…』
 彼女の言葉を理解できる程大人ではない俺でも、その言葉が何故だか心に響いて、その星をしばらく見ていた。夜空に輝く星のほとんどが恒星で、遥か昔に放たれた光を今見ているのだと分かったのは、ずっと後の事だった。
 ふと目をそらすと、彼女はもういなくなっていた。


 しばらくは夢を見ているような気分だったよ。 本当に夢だったのかもしれないけれどね」
 功はそう言いながら、小さく輝く赤星を見つめた。陽子はパッと飛び起きて彼の首に腕を絡ませながら「美人の宇宙人で良かったわねぇ〜」と言って、ひとしきり笑った。
 「誰かに話したかったのね。消えてしまった自分の星が、この天空にはあるんだって…」
 わずかな間を置いてそう言った。
 「何だか切ないな…」 「そお?」
 感慨深そうに見上げる功の横で、陽子は服に付いた草を払っている。
 「故郷を思い出す接点があるっていいわ、心に暖かな場所があるもの。 ずっと見つめていたいからとか言いながら、その宇宙人さんも四六時中センチメンタルに暮らしてる訳じゃないんじゃないかなぁ…」
 陽子はそれだけ言うとサッサと子供達の所へ歩いて行った。しばらくすると功の耳に、鈴虫のような3人の声が聞こえてきた。琴の合わさった手の膨らみとキラキラした瞳に、功は自然と笑顔になっていた。
 「パパ!つかまえたよっ!」
 「よかったなぁ〜。さて、帰ろうか」
 抱き上げた琴の小さな手の中で、小さな星が光っている。この小さな星はこの子の暖かな思い出として、小さな光を目にするたびに思い出されるだろうか…。悲しみも喜びも全て抱きしめて、過去の光を現在に見た彼女のように。
 (故郷を思い出す接点があるのはいい、心に暖かな場所があるから、か…。悲しみからの逃避ではなく、生きる糧を心に刻む旅だったのかな…?)
 今までとは違う気持ちで赤星を見上げてみる。相変わらず、きらと光っていた。

 「あっ…!」

 功は思わず声を零していた。見つめる先の赤星が、瞬間、一際明るく輝き闇にとけていったのだ。
 夜空に輝く満天の星の中、何人がこの光に気付いた事だろう。
 彼女は今でもこの空の何処かで、あの星の赤い光を見つめているのだろうか。数千億光年の幻を時空の波を越えながら……。


    『…赤い星達、見守ってあげて…
          もうじき、消えてしまうから……』


 一心に見上げる横顔と、風になびく髪。 もう定かでないシルエットの中の、哀しさを抱いた懐かしげな瞳と静かな声が、輝きと共に姿を現し星空に溶けていった。
 空の輝きは時間の幻、過去の時を今にとどめる。宇宙は何も知らぬ我々に、静かに語りかける。時空に重なり合い、遥かな過去と絡み合っているのだと…。



 誰か空をごらんなさい。また一つ、空から星が消えてゆきます……。





 これは大学生だった頃に書いたもので、つたない小品ではあるのですが、やはり可愛い我が子・・。最後まで読んでくださってありがとうございます。
 色々解釈はあると思います。哀しげに見えたのもあくまで功から見た目線ですしね。宇宙人、出会えるならやはり優しげな美形に会いたい。・・・と、思うのは私だけでしょうか。


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