【まえがき】

2008年『日本の旅』は関東です。北京オリンピックの終わった8/29(金)旅立ました。
今年も、学生時代の友人達3名・現役時代の会社創業時苦労を共にした仲間5名が同行して呉れました。
又10年来のメル友の是松さんがお台場で激励して呉れたり、千葉県の後藤さんは初対面にも拘わらず
自宅に御招待して呉れ、御夫妻で歓迎して呉れました。お蔭様で沢山の暖かい思い出が出来ました。
実は家内の実家は三浦半島の衣笠で所用の折、横浜と鎌倉を散策しましたのでこれから御覧下さい。
さあ! 今年も関東の旅に御一緒しましょう!・・・


前編 【神奈川県・茨城県・千葉県・栃木県】

横浜と言えば中華街です。
JR衣笠駅⇒大船⇒JR関内駅、改札を出ると
目の前が横浜スタジアムです。
丁度欽ちゃんの茨城ゴールデンゴールズが
試合をしていました。
横浜スタジアムを過ぎると中華街です。
中国の毒ギョーザの影響か、
人通りは極めて少ないが、何時もの様に
各店先では肉まんを蒸かしていました。
中で行列しているお店で昼食用として、
熱々の大きな肉まんを1個購入しました。
¥400.也です。
中華街で一際煌びやかな関帝廟に到着です。
三国史の劉備元徳の右腕、武将「関羽」が神格化されて祀られていました。
中華街を通り抜けると山下公園です。
公園のシンボル氷川丸が
昔の様に係留されていました。
しかし周囲の風景は一変していました。
遠くに ≪みなとみらい21≫ が見えます。
公園ベンチの陽だまりで早めの昼食です。
大きな中華饅頭を頬張りました。
公園入り口にある、野口雨情の童謡
≪赤い靴の女の子像≫です。
なぜか、終戦当時を思い出します。

赤い靴履いてた女の子、
異人さんに連れられて行っちゃった。

横浜の波止場から船に乗って、
異人さんに連れられて行っちゃった。
山下公園を経てフランス山に上ります。
山の上が港の見える公園です。
今ではマンションが立ち並び
僅かに横浜ベイブリッジが見えるだけでした。
公園の外れに大佛次郎記念館がありました。
代表作の鞍馬天狗が展示されていました。
直ぐ近くに横浜外人墓地がありました。
入り口を入ると資料館があり、
その奥は立ち入り禁止になっていました。
外から墓地を撮影、
外国人の墓地が並んでいました。
生麦事件で殺傷されたリチャードソンの
お墓に行きたかったのですが
残念!でした。
横浜赤バスが市内観光地を巡回しています。
横浜外人墓地⇒みなとみらいの横浜赤レンガ倉庫へバス移動です。
1回、¥100.也 これは便利でした。
明治末期から大正初期に建設され、横浜港の物流拠点として活躍、
時の流れで新港ふ頭に物流機能が移り倉庫として利用されなくなり、
現在では地区のシンボルとして保存され、各種イベントで賑わっています。
気持ちよく晴れ上り、気分爽快、
徒歩でよこはまコスモワールドです。
少し温まった身体に海からの微風が
最高に気持良かったです。
汽車道を通って、
日本丸メモリアルパークへ到着、
帆船日本丸です。1930年に建造された
商船学校の練習帆船で約54年間活躍した
とありました。
隣が現在日本一高い横浜ランドマークタワーです。
早速、最上階の展望室に上がりました。
横浜ランドマークタワー最上階の展望室からの眺望です。
好天に恵まれた冬だけの澄み切った眺望は1年で数日と限られているそうです。
ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルと
よこはまコスモワールドです。
横浜港と横浜ベイブリッジです。
横浜スタジアム界隈です。
JR桜木町駅⇒JR北鎌倉へ移動、
北鎌倉から鎌倉まで歩きました。
26歳で結婚、ここで所帯を持ちました。
懐かしい散策になりました。
北鎌倉駅の近くにある円覚寺です。
1282年、執権北条時宗が宋から招いた
無学祖元を開祖として創建されました。
鎌倉五山第二位の臨済宗の名刹です。
鎌倉に向うとやがて建長寺です。
鎌倉五山第一位の臨済宗の大本山です。
北条氏の権勢を誇示し、
禅寺を建て京都の公家文化に
対抗しようとしたそうです。
更に進むと、鶴岡八幡宮です。
鎌倉のシンボルであり、
幕府の儀式や行事はすべてここを中心に
行われたそうです。
鶴岡八幡宮の境内を経て、10分程で
白旗神社の奥に頼朝の墓がありました。
階段を上ると、源頼朝の墓です。
静かな細い路を辿り横須賀線の踏み切りを渡ると寿福寺です。
鎌倉五山の第三位、臨済宗のお寺で栄西が開山したとありました。
総門から中門までの参道と裏山の墓地は公開されています。
北条政子と源実朝の墓と伝わる五輪塔がありました。
鎌倉駅から江ノ電で3つ目が長谷駅です。
駅から10分程で長谷寺です。
木造日本最大(9.18m)と言われている十一面観世音菩薩が有名です。
長谷寺から由比ガ浜が見下ろせます。
由比ガ浜と七里ガ浜の間にある
稲村ヶ崎が見えます。
明治43年、ボート訓練中に
逗子開成中学生徒12名が遭難、
全員が死亡しました。
追悼大法会で歌われたのが、この歌です。

≪七里が浜哀歌≫
真白き富士の嶺 緑の江の島
仰ぎみるも 今は涙
帰らぬ十二の 雄々しきみたまに
捧げまつる 胸と心
更に10分程で高徳院です。境内に本尊の国宝、鎌倉大仏があります。
始めは大仏殿のなかに安置されていましたが、室町時代の津波で建物が倒壊、
以後露座になっているとありました。
奈良の大仏に比べて、史料が殆んど無く歴史的な裏付けが無いとの事です。
日も暮れ始めたので、江ノ電で鎌倉に出て衣笠への帰路に着きました。
2008年8月29日(金)
『日本の旅』関東へ愈々旅立ちです。
準備は万端、今日の予定は
約400km高速道路走行の足柄SAです。
途中浜名湖SA⇒富士川SAを経て足柄SAへ
夕方足柄SAです。温泉に入り疲れを取り、
夕食はレストランで焼肉定食としました。
今夜はこのSAで車中泊です。
雨が降り始めたのが少々気がかりです。

本日の走行距離   357.8km
SAの足柄の水です。長期間の旅行では毎回ここで水の補給をします。
夏場にこの水を1ヶ月程飲み続けた事があります。実にいい水です。
足柄SA⇒横浜町田IC⇒JR桜木町駅へ、
日本で始めて
新橋と横浜間をおか蒸気が走りました。
横浜は現在のJR桜木町駅です。
駅の近くに鉄道発祥の地 記念碑がありました。

汽笛一聲新橋を   はや我汽車は離れたり
愛宕の山に入りのこる   月を旅路の友として
最初は学生時代の友人達4名で
房総半島の旅です。
横浜ランドマークタワーの
ロイヤルパークホテルロビーにAM.10
集合です。
遠くて心配していた雨宮が最初に
続いて真野・沢田が到着、皆元気なので
やれやれでした。会うと思い出すのが
我々の出世頭で社長で定年、退職後直ぐに
他界してしまった関戸の事です。
毎年、小生の『日本の旅』に合わせて
呉れる事に感謝です。
首都高速湾岸線でアクワラインを目指しています。一際高い横浜ランドマークタワーが遠ざかっていきます。
東京湾のど真ん中の海ほたるに到着です。
まるで巨大な船上にいる様な錯覚をします。
天気が今一で対岸の木更津が霞んでいます。
歳を重ねて幾つになっても、
直ぐに青春時代の気持ちになれるのがいい、
でもお互い随分歳をとったものです。
富津中央ICで下りて東京湾観音に到着です。
南房総の大坪山に全世界の戦死戦災者の慰霊しと
世界永遠の平和を祈念するために建立された
高さ56mの大きな仏像です。
材木商で財をなした個人が建立したそうです。
東京湾を一望出来るビューポイントの筈が
生憎の曇天で残念でした。
約20kmで鋸山の麓に到着です。
石を切り出した跡が鋸の刃に似ているので
名前が付いたとありました。
山頂へはロープウエーです。
関八州、駿豆二州を一望できる山頂からの眺めは360°の大パノラマの筈が
生憎の天気で 麓の海岸が見えるだけでした。
東京湾沿いに約4kmで日本寺に到着です。
行基によって開山された関東最古の勅願所で鋸山全体が境内です。高さ日本一31mの大仏です。
2639段の御影石の参道は日本一の規模との事、息を切らせながら一段一段上ると、
沢山の仏像が出迎えて呉れて仏の世界が開けて来ます。
約5kmで 『食事処ばんや』 です。保田漁協の直営店で鮮度の良い地魚が食べられます。
ここの名物はイカの掻揚げ丼、¥800.です。量と味は成る程でした。ここはお勧めです。
約50kmで今宵の宿、いこいの村館山に
到着です。

本日の走行距離   228.7km
翌朝、天気は回復傾向です。部屋からの展望と出発前の記念撮影です。
約15kmで
房総半島最南端の野島埼灯台です。
台風の通り道で時々登場します。
東京湾を出入港する船舶にとって、大切な道標になっているとありました。
約35kmで名勝仁右衛門島です。
島には小船で渡ります。
1180年伊豆・石橋山の戦いに敗れた
頼朝が安房に逃れた際、
平野仁右衛門に助けられ、このの洞窟で
一時身を隠し、巻き返しを図ったと言う
歴史に登場する島です。
仁右衛門島から湾を隔てて、
鴨川が望遠出来ます。
海岸沿いに約6kmで鴨川に到着、
遅い昼食をして、鴨川駅で解散しました。
又来年も元気に会いたいものです。
何時の間にか天気も回復、
以後一人旅を続けました。
約20kmで勝浦海中展望塔です。
階段を下りて海中へ、
潮が濁っていて視界が効かず小さな窓から
小魚しか見れなかったのが残念でした。
海岸沿いに約10km程で
御宿の月の砂漠記念館です。
童謡の『月の砂漠』は御宿海岸を
モチーフにして作詞されたそうです。
海岸には童謡をイメージして、
ラクダに乗った王子様と王女様の像と
三日月の歌碑がありました。
九十九里ビーチラインで
30km、1時間の気持のいいドライブです。
夕方、オーシャンスパ九十九里太陽の里に
到着しました。天然温泉で砂風呂まである
宿泊施設です。
疲れた身体を癒すには最高でした。

本日の走行距離   113.9km
果てし無く続く九十九里浜で
日の出が見たくて早朝に出発しました。
AM.5:15 日の出です。
犬吠埼への途中の愛宕山山頂に
地球の丸く見える丘展望館がありました。
水平線が丸みを帯びている様に見えます。
愛宕山を下ると犬吠埼です。
先端に白亜の灯台があります。本州で一番最初に初日の出が見られる岬として知られています。
銚子港から利根川を約55km上ると、
香取神宮に出ました。
朱色の大鳥居から総門を経て
玉砂利の参道で桜門へ、・・・
桜門をくぐると拝殿です。
出雲国の拓殖氏族によって農耕神として祀られたのが起源とありました。
近くに伊能忠敬記念館があり、佐原の町並みが保存されていました。
佐原で商売をしていた忠敬は
50歳を過ぎてから全国測量の旅に出たとの事、
当時の測量器具や地図が展示されていました。
10kmで潮来、対岸にある佐原加藤洲十二橋の船乗り場です。
シーズンには民家の軒や生垣の狭い水路と与田浦を女船頭さんが見事な竿さばきで
漕いで行く光景がTVニュースで見られます。
約30kmで道の駅、たまつくりです。
霞ヶ浦を縦断して霞ヶ浦大橋が架かっています。
以前は有料でしたが現在は無料になっています。
対岸まで渡ってみました。
流石、我が国第2位の面積を持つ湖です。
広い事、広い事、・・・
湖岸沿いに
常磐自動車道の千代田石岡ICへ
那珂ICで下りて、110km走行、
道の駅、奥久慈だいごに到着です。
道の駅の温泉で汗を流して、レストランの
トンカツ定食が夕食です。
今夜はこの道の駅で車中泊です。

本日の走行距離   279.6km
早朝、23km山岳ドライブして竜神大吊橋へ
全長446m、歩道専用の吊り橋としては
日本一の長さを誇るそうです。
吊橋の近くに面白い巨石がありました。
看板には
若ガエル石
この石をなでると若返るといわれています。
又無事に帰ることを願ってくれます。
とありました。
勿論、何度もなでましたよ!
来た道を20km程戻ると袋田の滝です。華厳の滝・那智の滝と共に日本三名瀑と言われています。
第一デッキ(44m)、第二デッキ(48m)、第三デッキ(51m)に観瀑台があり滝の全景がみられます。
滝と滝の遠景と第一デッキ(44m)からの袋田のです。
第二デッキ(48m)、第三デッキ(51m)の観瀑台からの袋田の滝です。
約80kmで宇都宮へ
日光宇都宮道路で徳次郎ICから今市ICへ
日光市役所の近くが日光の杉並木です。
ここから鬼怒川温泉に向います。
鬼怒川温泉を過ぎると直ぐに龍王峡です。
虹見橋からの龍王峡と虹見の滝です。
鬼怒川温泉の奥5kmで川治温泉です。
地元の人も利用すると言う露天風呂、薬師の湯です。推理小説にも登場しました。
湯船の直ぐ傍をながれる男鹿川から心地良い微風があり自然いっぱいの露天風呂でした。
川治温泉の奥5km程で、五十里ダムです。
更に5km程で川治ダムです。
更に奥へ進むと黒部湖に出ます。黒部湖を過ぎた所,標高720mに掛け流しの湯、四季の湯がありました。
温泉は湧き出してからの時間の経過で老化が進み、効能が薄れるとの事、ここ四季の湯は沸き出し口が
直ぐ横にあり、そのまま掛け流しているので最大限の温泉効果を享受出来るとありました。
温泉が大好きなので、本日2回目の入浴です。
一山越して10km程で標高1200mに
広大な草原が現われます。
やがて観光牧場の大笹牧場に到着です。
暖かい牛乳で小休止です。
両側が牧場の中を10km程下ると
ニュー霧降キャンプ場です。シーズンオフの為
流石にキャンパーの姿は無く
一人だけのキャンプになりました。
¥1500.也
静かで山好きの小生にとって最高でした。
夜中には満点の星空となり、星が多くて
星座を見付けるのが大変でした。
夕食は久し振りにビーフカレーにしました。

本日の走行距離   215.0 km
早朝に朝食を済ませて、5kmで霧降の滝です。華厳滝、裏見滝とならんで日光三名瀑と言われています。
落差75m、岩に当たって飛沫が霧の様になるので名付けられたそうです。
駐車場から遊歩道で5分程下った所が観瀑台です。滝の近くに行けないのが残念でした。
山を下る事6kmで、世界遺産の日光東照宮に
到着です。徳川家康を奉祀し創建されました。
家康のお墓です。
当初遺骸は駿河国、久能山東照宮に葬られたが、
翌年に下野国日光へ改葬されたとありました。
『日光を見るまで結構というなかれ』と言う諺通り、
絢爛豪華な建築は正に世界遺産です。
国宝の陽明門と左右の回廊です。
左甚五郎の国宝、眠り猫と重要文化財の三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)です。
重要文化財の奥社(家康のお墓)です。
いろは坂をどんどん上ります。
雲が切れて男体山が顔を出しました。
いろは坂を上る事、16kmで明智平です。
ここからロープウエーで一気に頂上です。
明智平からの男体山です。
次々に雲が流れて直ぐ姿を消してしまいます。
いろは坂を歩いて登って来る人がいました。中々の健脚で凄いなあ!と感心していました。
程なく明智平まで来ましたので、一緒にロープウエーで頂上へ、中禅寺湖から落下する華厳の滝が
目前に広がり、絶景かな!絶景かな!でした。 何時しか話す様になっていました。
新潟市の大沢さんと言う方で、仕事の合間に休みが取れたので歩いているとの事でした。
大沢さんは大変な才能をお持ちで、見る見る内にスケッチをして水彩画を仕上げてしまいます。
実は画の写真を撮らせて貰いたかったのですが、余りにも失礼なのでご遠慮しました。
今日は奥日光まで35km程歩くそうです。本人の御了解を戴きUPしました。
旅の続きがあり失礼しましたが又何処かで会えるといいですね!
後日、大沢さんが送信して呉れた絵です。
明智平から更に上ると、2.5kmで華厳の滝です。地下100mにエレベーターで一気に下ります。
トンネルを歩いて滝壺の目前の観瀑台に出ます。前日までの降雨で水量が極めて多いと言っていました。
5km程で中禅寺湖に到着です。
この湖には数え切れない程来ています。
ウイークディなので観光客も少なく、
静寂で自然の中に直ぐ融け込みました。
湖畔沿いに6km程で竜頭の滝です。天に昇る龍の姿を形容して付けたといわれていますが
何時見ても龍の姿が想像できません。降雨で水嵩が増し激流になっていました。
更に5km程で戦場ヶ原です。
男体山の噴火で出来た標高1,395メートル、面積400ヘクタールの湿原です。
名前の由来は神話伝説から来ているとありました。
道路を隔てて三本松茶屋です。
綺麗に晴れ上がったので男体山をバックに
パチリです。
戦場ヶ原から4km程で湯の湖です。
湖岸には散策路があり静かな湖畔を
堪能しました。
湖岸から山道を10分程下ると湯滝です。
滝壺の傍に売店があり、そこから見上げる
滝の全容は豪快そのものでした。
どんどん高度を上げると、金精峠です。
栃木県と群馬県の県境です。
振り返ると男体山とさっき通って来た
湯の湖が眼下にありました。
菅沼・丸沼・大尻沼を過ぎ18kmで、
日光白根山ロープウエー山麓駅です。
ロープウエーで一気に標高2000mへ、雲が発生して視界はききません。
山頂の天空の足湯で暫く休憩して下山しました。
標高2000m、日本一高所にある足湯です。
日光白根山の山麓道路、
日本ロマンチック街道を20km程下ると
街道沿いに白根温泉大露天風呂、
薬師乃湯がありました。
大きな露天風呂が2箇所ありました。今夜は尾瀬の入口、鳩待峠で車中泊の予定なので、
時間の調整を兼ねてゆっくりと休養する事にしました。
PM.5時に予定通り鳩待峠に到着です。
既に10台程車中泊の車が停まっていました。
夕食は途中のコンビニで仕入れた
オニギリ、(おかか、鮭、コンブ、赤飯、)
デザートが桃缶、食後の缶コヒーです。
明日に備えて、早寝早起きとしました。

本日の走行距離   108.5km

次の1月11日(日)は 【尾瀬-1】050 です。 

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