04. 天草経由南九州(熊本県・鹿児島県・宮崎県)
植木ICで高速を下り約15kmで、
田原坂です。
熊本市植木町豊岡一帯の地名です。
園内には西南戦争時の激戦の跡を
遺した資料館があります。
激戦地に立つ美少年の像です。

雨は降る降る 人馬は濡れる  
越すに越されぬ 田原坂
(熊本民謡、田原坂より)
             
復元された弾痕の家です。
西南の役の最大の古戦場です。
当時は昼尚暗き森林の中の主要道路で、
大砲や弾薬を運ぶにはほかに道はなく、
落差60mの切通した田原坂に
官軍、薩軍双方の一進一退の攻防戦が
展開、結果は薩軍が敗退、この間7日間は
みぞれまじりの雨の連続だったそうです。
西南の役戦没者慰霊の碑です。
薩軍・官軍の戦没者名が県別に記されていました。

官軍   6923名
薩軍   7186名
殉難者    29名
約18kmで水前寺公園です。熊本藩藩祖細川忠利公像です。細川忠利が小倉から熊本に移った頃、
清らかな泉が湧くこの地には寺が開かれていました。水前寺と名付けられた由縁だそうです。
後忠利公は水前寺を他の土地に移させ、茶屋を設け別荘として使った大名庭園とありました。
庭園は東海道五十三次を模しているそうです。
泉水に浮かぶ小島、富士山に見立てた築山等々見方を変えると結構面白いものです。
約3kmで熊本城です。
熊本城への交差点に
加藤清正の銅像がありました。
熊本城は、
1588年肥後半国の領主として熊本に
本拠を置いた加藤清正によって築かれました。
日本三名城の一つに数えられています。
天主閣です。清正が1600年の関ヶ原の戦い後、7年の歳月をかけて完成した城とありました。
首掛石の悲話です。
怪力自慢の横手の五郎という若者が、数人がかりで運べなかったこの巨石を、
首に掛けて一人で運んできたと伝えられています。
この五郎は、天草の仏木坂の戦いで清正に殺された木山弾正の息子で、
熊本城の築城を手伝ったのは、父の仇討ちをするためでした。
ある日清正公を襲った五郎は、家来達に取り押さえられて、 古井戸に投げ込まれてしまいます。
古いどの上から大きな石を次々と投げ込まれましたが、五郎は片手で石を受け止めて足元に置き、
段々上へと上ってきたそうです。
そこで、こんどは砂を投げ込まれ、とうとう生き埋めにされたそうです。 悲しく残酷な話です。
天草へ向かいます。約40kmで、三角築港記念館です。荷役倉庫として使われていた建物で、
築港当時のたたずまい. を残しています。現在は三角町営の軽食レストランです。
約9kmで天草四郎メモリアルホールです。16才で島原の乱の指導者となり、
幕府軍と戦い、原城で討たれた、島原の戦いの歴史資料館です。
自由と平等を求めたキリシタンの思いを伝える天草四郎像です。
メモリアルホール前の島原湾です。
約6kmで天草五橋(天草パールライン)です。朱塗りの橋は5橋目の松島橋です。
約15kmで道の駅有明です。
ここには温泉施設『有明温泉さざ波の湯』があります。一汗流して休息としました。
約16kmで殉教公園です。天草本渡市を
一望できる丘陵の上にある公園です。
元天草氏の本戸城があったとされています。
天草の乱で亡くなった方は埋葬されておらず、
島内各所から集めた墓碑を集積した
キリシタン墓地との事です。
天草最初の殉教者 アダム荒川像です。
約35kmで天草切支丹館です。
南蛮文化、天草・島原の乱、
代官行政・隠れ切支丹と天草400年来の
切支丹の史資料を一堂に展示する
総合資料館です。
キリシタン館の前庭の天草四郎像と天草市内です。
約25kmで、下田北パーキングです。夕日のビューポイントで有名です。
約6kmで妙見浦です。奇岩、海食洞、岩礁と真っ青な海と夕日が有名です。
妙見浦の十三仏です。
十三仏とは十三の仏を祀っている
御堂があるからです。

天草の十三仏のやまに見る
海の入日とむらさきの波
(与謝野晶子)
約3kmで、白鶴浜海水浴場です。
一面に広がる白い浜と緑濃い松原の
コントラストが美しい熊本県下有数の
海水浴場です。
フェリーで天草の先端、牛深港から根占港へ渡ります。約40分の船旅です。
遠くに見えるのが牛深港です。
フェリーで天草の先端、牛深港から根占港へ渡ります。約40分の船旅です。
根占港から海岸沿いに市来ICへ、
鹿児島自動車道を経て、九州自動車道で
約120kmで桜島SAです。
今夜はここで車中泊です。
夕食はレストランで焼肉定食にしました。
約15kmで、西郷公園です。
この銅像はかなりの男前で、
鹿児島空港を見ています。
約40kmで、鹿児島市立美術館の
傍の西郷隆盛像です。
この風貌は上野公園の銅像に
似ています。
実は西郷隆盛は写真嫌いで、
容姿不明で上野の銅像とこの銅像は
弟の写真で創られたそうです。
後年奥さんが銅像を見て
全く似ていないと話していたそうです。
西郷公園の風貌が本物かも・・・
傍の公園にあった島津忠義公像です。
薩摩藩の第12代最後の藩主です。
指宿スカイラインの展望所です。
錦江湾に浮かぶ桜島です。
今噴火活動中です。
指宿スカイラインで約40km、知覧武家屋敷です。
薩摩の小京都といわれ、生け垣と石垣が美しく、完璧に手入れされ心がスキットしました。
7庭園は国の名勝に指定されています。
7庭園の内、森氏庭園は築山泉水式庭園・他の6庭園は枯山水式庭園です。
約3kmで知覧特攻平和館です。
太平洋戦争(大東亜戦争)末期に
編成された大日本帝国陸軍の
特別攻撃隊に関する資料を
展示しています。
遺書や家族への手紙には
涙・涙・涙でした。
管内は撮影禁止です。
彼達の犠牲の上に現在があります。
一度は尋ねるべきと思いました。
知覧教育隊之記念碑です。
現在当時の姿をのこしているのは給水塔と弾薬庫のみとありました。
約23kmで、火の神公園です。
高さ42mの立神岩は
昔から漁業繁栄の守り神として
崇拝されていたそうです。
園内から海越しに開聞岳の雄姿が
望遠できました。
約3kmで、枕崎のお魚センターです。
昼食は海鮮丼です。
¥800.お値打ちでした。
鹿児島ロマン街道、開聞岳です。
開聞岳は登る山ではなく、
山麓で眺める山である
とつくづく思いました。
約35kmで、指宿枕埼線の
JR日本最南端の駅です。
開聞岳が真近でビューポイントでした。
JRの最北端     稚内駅
    最東端      東根室駅
    最西端     佐世保駅
    最南端     西大山駅
全て制覇しました。
約7kmで長崎鼻です。長崎鼻パーキングガーデンが在り、
ここでは日本で初めて熱帯・亜熱帯植物を屋外で育成しています。
約16kmで、池田湖です。九州最大の湖で、最大深度233mのカルデラ湖です。
過っては世界有数の透明度だったとありました。
ネッシーの噂が有った頃、イッシーの噂が流れました。とても静かな湖でした。
約17kmで指宿砂むし会館です。
天然の砂むし温泉が波打ち際で楽しめる温泉施設です。
砂浜に寝そべるとおばさんがスコップで砂を掛けて埋めてくれる。
海でも眺めてゆっくりする積りが、
直ぐに全身汗まみれになりました。
よくよく考えると砂には多くの人の
汗が浸み込んでいて、余り衛生的で
無いのでは?と思いました。
指宿港から大根占港までフェリーの予定が
不採算で3月で営業中止との事、
仕方無いので鹿児島港フェリー乗り場まで
戻りました。錦江湾沿いに約50kmです。
フェリーで鴨池から垂水へ、約40分です。
フェリー桜島の直ぐ傍を通ります。
丁度桜島が噴火しました。
桜島が激しく噴火しています。鹿児島湾沿いの荒崎パーキングでの夕日です。
約15kmで、道の駅、たるみずです。
今夜はここで車中泊です。
夕食は途中のコンビニで仕入れた
冷し中華とマンゴーの缶詰です。
早朝の桜島です。早々に焼餅で朝食、
佐多岬に向かいました。
錦江湾沿いに50km、約2時間で、
途中の道の駅、根占です。
遠くに開聞岳が見えます。
約30kmで、大隅半島の先端、
佐多岬です。日本本土最南端です。
鹿児島湾越しに開聞岳が望めました。
佐多街道を鹿児島湾沿いに北上、
道の駅たるみずを過ぎて約100kmで、
黒酢の瓶畑が続きます。
同じ黒酢の瓶が数えられない程
沢山並んでいる様は壮観そのもの
でした。
約25kmで、霧島神宮です。坂本竜馬と妻おりょうはここ霧島神宮をお参りしています。
これが日本最初の新婚旅行と言われています。
境内の君が代に出て来るさざれ石です。石灰岩が雨水で溶解し、石灰質の作用により、
小石がコンクリート状に凝結して固まってできるそうです。
約13kmで、高千穂河原です。
高千穂の一の鳥居です。
古事記や日本書記にも登場します。
高千穂峰は神々の宿る山として
多くの人々の崇拝を受けています。
鳥居から500m程石段を上ると 霧島神宮古宮址の斎場があります。大きな石の跡地です。
噴火で全焼した後、霧島神宮を現在の地に遷宮・再興したとありました。
はるか昔、神々がこの世を治めていたという神話の時代、天上界から神が地上に降り立った
といわれる天孫降臨の第一歩を高千穂峰に記し、日本の建国神話とその歴史が始まった
と伝えられています。
高千穂峰(1,574m)の登山を開始、真っ赤なガレ場を直登、約1時間でお鉢に到着です。
風が強く、道の細い馬の背の上では、御鉢の底に吸い込まれそうになります。
足場の悪いお鉢を辿り30分で背門の丘へ、更に30分急登で高千穂峰(1,574m)の頂上です。
高千穂峰頂上の天の逆鉾です。
大きさは1.5m位で大きなものです。
坂本竜馬が新婚旅行でここ訪れているようです。
その際にこれを妻と二人で引きぬいたことが
姉にあてた手紙に書かれているそうです。
思うにこれは眉唾ものです。
触って見ましたがとてもとても無理でした。
約12kmで、えびの高原です。標高1200m、四季を通して自然が楽しめます。
高原を散策して見ました。
後方の韓国岳(からくにだけ)1700mと常に美しいコバルトブルーの湖色の不動池です。
現在大噴火中の新燃岳です。
途中まで登りましたが有毒ガスが発生、
現在登山禁止とありました。
えびのICを経て,55kmで
宮崎自動車道の山之口PAです。
今夜はここで車中泊です。
久しぶりに、自炊です。
インスタントの焼きそばと赤飯です。
翌早朝、味噌汁の雑煮です。今日は長距離運転になるので、早々に済ませて出発としました。
約41kmで、青島です。ビロウ樹や
ハマカズラなどの亜熱帯植物が茂り、
周囲は鬼の洗濯岩となっている
南国的な島である。
青島には青島神社があり
神話、海幸彦 山幸彦の発祥の地と
言われています。
日南海岸を南下約4.5kmで、
道の駅フェニックスです。
フェニックスやジャカランダ、
ブーゲンビリアなど、
南国ムード万点の道が続きます。
海岸沿いに南下約4kmで、
鬼の洗濯板です。
約13kmでサンメッセ日南です。
南太平洋に浮かぶイースター島の
世界文化遺産である、モアイ像7体の
完全復刻がありました。
モアイの大きさは5.5mです。
実に大きな石像です。
イースター島長老会から世界で唯一
許可されたとありました。
約4kmで鵜戸神宮です。
日本神話の山幸彦・海幸彦の伝説の
舞台となった場所です。
日向灘にのぞむ鵜戸崎の断崖中腹の海食洞に建つ
優美な神社で、景色のいい素晴らしい場所にありました。
男は左手、女は右手で運玉を投げ、その中にうまく入ると願いごとが叶うという
中々難しく、1個も入りませんでした。
約26kmで、道の駅、なんごうです。
都井岬はもうじきです。
途中の海岸から
都井岬が見えて来ました。
約26kmで、都井岬です。
都井岬灯台は岬の標高240mの断崖上に立つ、白色の大型灯台です。
灯台から見る太平洋と日南海岸や志布志湾など最高の景観でした。
岬では色々な場所で野生馬が草を食べています。江戸時代に高鍋藩が軍用馬飼育のため、
放牧を始めたものが、後に半野生化したものであるとありました。
来た道を日南海岸沿いに北上、
145kmで美々津です。
美々津は
国指定 重要伝統的建造物群保存地区で
江戸時代の回船問屋や明治・大正・昭和
の商家などが数多く残されれていま
又ここは日本海軍発祥之地とありました。
神武天皇率いる水軍が
この地より出発したので、
碑文によると、日本海軍発祥 の地と
言うようです。
約10kmで道の駅、日向です。
夕食はレストランでお刺身定食、温泉施設で一汗流して今夜はここで車中泊です。
朝食は昨日コンビニでしいれたサンドウィッチと缶コーヒーで済ませて早々に出発、
今日も暑くなりそうです。
約62kmで、道の駅青雲橋です。
水面からの高さ137m、隣接して
青雲橋公園があり道の駅と橋で
つながっています。
約17kmで、天岩戸神社です。岩戸川を挟んで東本宮と西本宮があります。ここは西本宮です。
あの神話に登場する天岩戸は東本宮の近くの断崖にあり人は近付けません。
殆ど西本宮から川向こうの天岩戸にお参りします。
天照大神と天手力男神です。アマテラスが隠れた天の岩屋の戸をぐいと開け、
中からアマテラスを力づくで引っ張り出した力の強い神さまがタヂカラオです。
天の岩屋にこもってしまったアマテラスを何とかして引き出そうとたくさ んの神さまたちが
話し合いました。その場所がここ「天の安河原」です。西本宮から川沿いに約1kmです。
天安河原には八百万(ヤオヨロズ)の神々がいるので、
沢山の石を積み重ねて祈願すると
願い事がかなうとの信仰、慣習があるとの事です。
約8kmで、高千穂神社です。写真は神楽殿です。天照大神が天岩戸ごもりのときに、
天鈿女命(アメノウズメノミコト)が舞った踊りが神楽の起源とありました。
高千穂神社.は杉の巨木の中にあり、
沢山の絵馬がありました。
夫婦が手をつないで周囲を三度周ると
夫婦円満 家内安全 子孫繁栄の願いが
叶うそうです。
約1kmで、名勝高千穂峡です。昨夜来の豪雨で水量が増し、
ボートの貸し出しは中止になっていました。
悠久の時の流れがつくり出した絶景で、TVでは必ず登場します。
約38kmで白川水源です。
毎分60トンの湧水で日本一うまい水と
評判です。
約14kmで地獄温泉、清風荘です。
秘境温泉神秘の湯で、阿蘇五岳の一つ、
鳥帽子岳に湧く秘湯ムード満点の宿です。
鄙びた足元に湧出のすずめの湯が
人気の宿です。湯治する部屋が1つ、
キャンセルされたとの事です。
早速泊まる事にしました。¥3500.也
湯治場の宿泊始めてです。部屋は奇麗だし、
TV・プロパンガス・水道付きの台所があり、
共同のコイン洗濯機がありました。
自動車販売が来ましたので卵・牛肉・豆腐を
仕入れ、今夜は豪勢にスキヤキです。
量が多かったので、お隣さんにお裾分け、
仲良くなり話が弾みました。
始めての湯治場泊まりは最高でした。
すずめの湯と露天風呂です。本当に極楽・極楽でした。

次の3月04日(金)は 【地獄温泉の日の出・阿蘇山麓へ】09です。

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