日々折々




1月12日

成人式か・・・ テレビのニュースで成人式の模様を見ながら思い出した
15、6年も前のことだが自分は成人式には出なかった。
東京で学生生活を送っている中、その日は調布にあるテレビ番組等の撮影道具や大道具を一式貸し出している
会社の倉庫で、スタジオ行きのトラックにそれらを積み込んでいたことを覚えている。
「あぁ、今日は成人式か・・・どうでもいいわ。」と思いながら、せっせと動いていた。

この日になるとメディアでは現代の若者論とか、大人論的なコメントが色々と載せられる
二十歳をとうに過ぎた年増の世代は、上から見下ろしたように現代の若者の軟弱さを拾い集めて
培ってきた経験という名の塩やコショーをふりかけたようなコメントもあるけれど。

今の新成人は考え方が自分らのときより、合理的なんじゃないかなとは思う。賢いと思えるときがある。
自分が二十歳の頃はもっとだらしなかったぞ。
悩んでばかりの暗中模索で息苦しいような、とにかく混沌とした時代だったぞ。
そして、あちらこちらぶつかりながら、知らないうちに月日は流れ気付いたら30代も半ばを過ぎた・・・。
「いやぁ、自分は大人になったなぁ」とは全く思えないんだけど。
ただ、下半身が妙に寒がりになり、モモヒキがないと春・秋・冬が過ごせなくなったことが哀しい。

若者よ、こんな軟弱になった中年世代の為に、良い時代を築いておくれ。



09'1月1日

2009年も幕を明け、2010年も残すところあと1年を切った。

年末は裂きイカを食べながら紅白歌合戦を見ていた。
毎年、見ていない番組だけど。
森進一や石川さゆりなど演歌の大御所の方はさすが存在感があり、テレビという一方向の無機質な箱からでさえ
深いものを感じたのだが、最近のメディアから流れてくる歌にはどうも何かを感じさせる力が希薄のような気がする。
これは自分の感受性が鈍い、あるいは少し歳をとり下の世代の感性をくみとれないという、いわばオヤジ化した
というのもあるのかも知れないがどうもそれだけではなさそうだ。

経済が成長し、国民の生活も豊かになり、大量生産・大量消費の時代が到来し、産業は利益効率優先のもと
あらゆる品物が標準化された規格品として街に溢れてる。消費する側も特別良いものを求めているわけでもなく
使い捨てでもよいので、手っ取り早く自分の経済に見合ったものを本能的に選択しようとする。また、それが
なんの疑問もなく習慣化してくる。

最近、メディアから流れてくる新手のものは、心に残るものが少ないような気がする。
また提供する産業主体側もそのつもりをもって世に出しているようには思えない。
曲も難しくアレンジも洗練されごとく凝っていて技術も恐らく時代を得るごとにハイになっているだろうが
これをカラオケで歌えといわれても、難しくて唄えない・・・。

歌詞つきの音楽であるならば、もちろん言葉は聞き取りやすくあって欲しい。
そして、これは私的偏見の意見を多分に含んではいるがいい楽曲というのは、一回聞いてメロディが
聞き手の頭に引っ掛かるというものだと思う。我々、大人が聞くのみならず小さい子供が聞いても分かり易い
旋律であれば、相当良いものだと思う。繰り返すが、これは私的偏見をかなり含んだ意見である。

何を言いたいのかというと、最近の曲は凝り過ぎていて難しくて分かりずらいということだ。
もう少し、簡単にしてくれれば若い子たちの前でもカラオケで歌えるのにということなのだ。

ただ、メディアから流れてくる音楽に期待するものは特にない。

年末は裂きイカを食べながら紅白を見ていた。
素敵な一年でありますように。



9月6日
最近、スーパー等の店内で「地球環境に配慮し、停車時は車のエンジンキーはなるべく切ってください」
というような趣旨のアナウンスを聞く機会が増えた。
いわゆる地球環境を配慮したエコ方針や活動が企業そして個人の生活まで、浸透してきているご時勢だが、
工業文明が進歩し、経済が発展し裕福になった日本はいわゆる使い捨て文化を助長し、 その過程であらゆる環境が汚染されてきた経緯があろう。
その副産物ととして、僕のようにコンビニエンス ストアがないと生きてゆけないような若者・青年が育ってきた。
使い捨て文化の中で育った自分。エコと言われても中々暮らしにアイディアも乏しいのが本当だ。
しかし、冬はまともな暖房も持たず、寒風吹き込む部屋の中、じっと布団に包まり余計な動きを控え、
また、夏はまともな冷房設備を持たず、車中のように熱が溜まる同じ部屋の中、流れる汗さえ拭くような
余計な動きを控え、喉の渇きを一秒でも先へ延ばし、消費カロリーを抑え、大気に害を出さない自分の暮らしこそ、
エコだし、生命力を養っているように 思える。
でも、本当は生活レベルの問題だ。
理念からではなく、仕方なく生活レベルからエコを実践してる僕は凄いと思う。
チャンスがあればエアコンが欲しい。

8月17日
先日、30代も後半に突入した。
孔子は「40にして惑わず」といったが、あと数年して自分がそういう心境に いたるとは到底思えない。
この歳になると、自分にできるわずかなことと自分にできない無数のことがなんとなくはっきりしてくる。
だから、もう少し若いときのように狙いも定まらず暗闇の中を頑張るような無駄なエネルギーの浪費は減ったかもしれない。
自分にないものやできないことを補う為の、もしかしたら空しい努力に時を費やすならば、
わずかにできることを さらになんとかしようと頑張った方が実る可能性は高いかもしれない。
自分にできないことは、他にできる人がやるからいいのだ。
歳を食った分、少しは陣を見切らんと。