* 霊 界 2 *
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宣  言 カルマの法則 カルマの「業」

地獄界

飢餓界

畜生界

修羅界

人間界

天上界

声聞界

縁覚界

菩薩界

仏陀界

浮游霊

憑依霊

悪 魔

悪魔契約

前 世

来 世

オーラ

心 眼

 心 

神と共

宣  言
汝が世に生まれ出し時より、サタンも汝から目を離さぬ。この世が物質的世界に汚染されし時には、多くの予言は滞り停滞する。物質的執着を捨て、人を愛せ!人の歓びは汝の歓びなり。
カルマの法則
人は死ぬ。そして生まれ変わる。人は生前色々な行動をし、それらの行動が良い行動、悪い行動、良くも悪くもない行動に分けられる。それらの業を魂に刻み込んだまま肉体を離れそして悪い業とは逆の生まれ変わりを行う。人に与えた苦しみや卑屈を今度は自分が味わうことになる。肉体を離れて霊界に行くことになるが、何処に階層に行くかは生前の行いによって決められてしまう。人に感謝を受ける行動ばかりの人と人から憎しみばかりを買った人では全く違ってしまう。
カルマの「業」
生前行った行動が全て自分の業として魂に刻まれています。生まれ変わりはそれらの業によって定まります。霊界では全ての意識が解放され全てが判ります。人の心も丸見えです。自分が与えた苦しみは業として魂に刻まれそれは自分自身に降りかかります。その体験をするが為に生まれ変わりを行います。反対によい業が刻まれていればその良い業も自分自身に降りかかり良い生まれ変わりを行うことになります。今の自分の境遇から有る程度予測は出来ます。良い業と云ってもそれは人間界の法律に準じた行為ではありません。意識の問題ですから「人間界の発展」「命の発展」です。

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地獄界
補とが最も苦しみ悶える階層です。目を覆いたくなるような光景が仏典に描かれています。必ずしも仏典の光景が繰り広げられているわけではありませんが象徴的な光景です。実際この世の中でも戦争や地震等も地獄ですがそれらの外的要因には何らかの力で立ち向かいも出来ます。しかし、心の中には人の力では立ち向かえません。自身の問題です。心の中がドロドロの灼熱・・・自分のエゴから引き出される恨みや妬み、煮えたぎるような心の中の怒りです。これらの心の中には歓びが感じられません。悲しい心の枯渇です。
飢餓界
むさぼりの状態です。仏典では痩せ細り腹だけを大きく膨らませてがつがつと食べている姿です。これは欲望ののめり込みだと思います。お金や性欲、食欲など物質だけに凝り固まった物欲や権力名誉など。それらばかりを追い求めている生命には飢餓の業が刻み込まれてしまいます。欲望は常に求めています。生まれ変わりでは飢えや枯渇求めても手に入らない状態が待っています。
畜生界
動物や獣の状態です。人としての知性や感情がない状態です。これは本能に支配された行動に原因があるでしょう。欲しければ手に入れ、殺したければ殺し、感情だけに支配されて人を傷つけたり。自己中心的な行動しかできない人です。思考や考えることを拒んだ世界です。誰にも愛されることを知らない世界でしょう。
修羅界
これは争いの世界です。目を吊り上げ髪を逆立てて飛びかかる。自分のエゴからの欲望に掻き立てられた行動です。人の足を引っ張ってでも昇ろうとする自分さえよければよいと云う自己中心的な行動です。人を踏み台にする情けない心の象徴です。それらは業となり一生波乱の絶えない人生になってしまいます。

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人間界
人としての最低条件を満たしているに過ぎません。人の意見にも一応は耳を傾け自分のエゴや欲望にもそれ程のめり込むことはないだけです。しかし心の中には何時でも前出の世界に落ち込む可能性を秘めています。何らかのきっかけで落ち込んでしまうかも知れません。常にそれらの誘惑や衝動に駆られ危険をはらんでいます。しかしこの状態を持ちこたえれば一応普通の生まれ変わりが期待出来ます。
天上界
人が歓びに満ちあふれている状態です。権力を手に入れたとか地位を得たとか大きな財産を得たという状態です。ある目的を達成して夢を実現できた喜びの状態などを云います。しかしこれらの喜びも人を押しのけて憎しみの中に得たものであれば業としては飢餓界や畜生界と変わりません。ただ阿喜びの状態だけは天界です。しかしそれらの喜びが人としての生命を得る歓びであれば生まれ変わりが喜びに満ちたものになります。ただし、これらの喜びもえてして人は他人を嘲り傲慢に陥ったりします。さらに大きな成功を夢見て血眼になったりもします。こう云った欲に支配されてしまうとこの天上界から一気に飢餓界や地獄界、修羅界に落ちてしまいます。権力を持った人が一番危険です。 通常人はこれらの地獄界→飢餓界→畜生界→修羅界→人間界→天上界の6つの世界を周回すると云われています。人として一番大切なことがらに目覚めない限りこれらの世界を何回も何回も生まれ変わり続けると云われています。
声聞界
これまでの六道界を一歩抜け出した状態です。地位や権力、財産と云った欲望だけではなくそれ以外に何か大切なものがあるのではと感じ始めた状態です。今までとは違った人生の深みを探っている生き方です。この業は積み重ねることで良い業として魂に刻み込まれそれにふさわしい生まれ方が出来る。
縁覚界
真理と高い次元への入口です。学問と技術を積み重ね人としての真理を知り人としての歓びを感じられる次元です。精神的な満足感を得られる状態です。人間界や天上界で得られる満足感とは質が違います。言い換えれば頭脳的な満足感と云いましょうか?精神的な満足感です。しかし、それを鼻にかけるようでは下位への転落があります。

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菩薩界
人としては最高位です。自身の為でなく人の為に心血を注いでいます。とても高い次元です。自分の生活の充実や自身の戦いではなく他人の生命のために働くボランティア精神です。その事が自身の喜びになる精神です。たとえそれが苦しくとも深い時点では充実感に繋がる、生命の幸福感に満ちあふれている精神です。物質的文化に左右されない状態です。これらの人は良い状態で素晴らしい人生に生まれ変われます。
仏陀界
何物にも動じない大きな精神。菩薩よりも一段高い状態です。人間性は全てプラスに開かれ智慧と人徳により周りには人が溢れている状態です。人々の心のよりどころとして存在し、人として大切なことを知っている人です。永遠の喜びです。 人は誰しもこの仏陀界になれる可能性を秘めています。ただ周りに溢れる誘惑に惑わされ、それらをいかに克服して行くかが問題です。これらの世界が「十戒」と云われています。
浮游霊
人は死ぬと肉体との別離をしなければなりません。しかし魂が肉体への執着が強かったり、死と云う事を受け入れられない場合はこの世に居座り続けます。霊界に行けないのです。死んだ場所にとどまり何時までも待ち続けています。場所にとどまり続ける霊は自縛霊と云われます。それらの魂は死んだと云うことが判らず理解できないのです。既に肉体はないにも関わらず現実魂として実在しているのですが魂と云う事も判らない状態です。それらの魂を浮游霊と云います。 場合によっては危険な霊となり得ます。
憑依霊
人は死ぬと霊界に行きますが人によっては地獄に行かされる場合があります。それは生きていた状態によりますが恨みや妬みや怒りに支配された生活であった場合業として地獄界に彷徨うことになります。しかし地獄界の魔王はわがままです。威張りくさって鞭打ち制裁の連続です。それらの所行に魂は逃げ出すことばかり考えています。その逃げ出す道が魂の生前の墓標だったりします。それらの場所から逃げ出した魂が現世にさまよっている訳ですが、憑依とはそれらの魂と人の魂の波動が一致した場合に起こります。当然、逃げ出した魂は地獄界や餓鬼界から逃げ出した魂ですから憎しみや怒り、欲望やエゴの塊です。人の魂がそれらの波動に満ちあふれていると魂が同調し一緒に居るようになります。し、人の方が悪い魂を呼び寄せてしまいます。そうなるとそれらの魂に人は影響され病気になったり原因不明の苦しみに支配されてしまいます。

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悪 魔
悪魔の囁きは「楽をしろ」「楽しく生きればいいじゃないか」「一度の人生、楽しくやれ」です。人のことなど考えず自分勝手に楽しくやればよいと言う囁きです。欲望のままに生きエゴを満足させ、金銭欲や名誉欲、情欲と物質的な欲に満ちあふれている偽善者です。悪魔の目的はこの世の中を地獄と同じ世界にすることです。悪魔は人の心の中で囁きます。悪魔の妖力で素晴らしい未来を見せられます。それらに惹き付けられ妄想の想念をつくり魔王の波動に乗ってしまいます。そうなれば好き放題をし闘争と争いを繰り返して優しさや自費とは無縁の心となってしまいます。社会的にある程度の成功を得てしまうと益々悪魔のロボットと化して堕落の一途を辿ってしまいます。人は苦しい努力よりも楽な密にひかれてしまいます。しかしそれは罠です。いずれは苦しんだあげく悲惨な状態に落とされてしまいます。
悪魔契約
悪魔の契約は「もし〜なら〜」と云う交換条件です。仮定形が悪魔の条件です。神の施しには交換条件や仮定の話はありません。「もし〜なら、私は〜しよう」という条件を必ず言います。これは自分自身に都合の良い自己満足的な話しかけです。この甘い言葉に人は騙されてしまいます。神の慈愛は仮定形の条件はありません。権力や地位や名誉と云った身分分けや差別はないからです。尊敬と信頼の絆で結びついているから仮定形の疑いが必要ないからです。人の喜びは自身の喜びでもあるという慈愛が満ちあふれていれば、自己満足的な欲望を持つ必要がないからです。階級や差別などの物質的なものや形式的なものに支配されていると妬みや怒りがこみ上げてきます。心は病んでしまいます。 悪魔に心を支配されると欲望を満足出来る代わりに心を売り渡した状態になります。悪魔は人の欲望を満足する変わりに人の慈愛の心を奪ってしまいます。甘い交換条件には乗らないことです。

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前 世
自分の前世は想像することが出来ます。今の状態を省みれば自身の前世を想像出来ます。生まれ変わりは前世の反対に生まれて来ます。今不自由だとか不便だと思っていることは前世で恵まれていたのかも知れません。しかしその事に気づかず感謝を忘れその恵まれた状態にあぐらをかいて人を馬鹿にしたり嘲笑したりしていたのかも知れません。父と母の精子と卵子が出会い生命が誕生し、その生命に魂が宿りますが、その生命にふさわしい魂しかはいることは出来ません。自分自身が選んで生まれて来たと言い換えても差し支えないのです。生きている間に行った行為、人をかえりみず他人の生命の幸福感や充実感をないがしろにした分だけ自分の生命の幸福感や充実感が少ない人生になってしまいます。 *今、魅力ある美しい人の場合、前世は惨めな生活を送っていたかも知れない。しかしそれを憎んだりねたんだりせず精一杯生きていたのでしょう。人を慰め癒しの気持ちに満ちあふれていたからこそ今素晴らしい人生を過ごせていると思います。前世で他人の幸福を助けた分だけ現世で魅力ある人生が営めているのです。 *今魅力に欠けているなら、前世では絶世の美女だったかも知れません。しかしその事を鼻にかけた人を馬鹿にしたり嘲笑してつらく接していたのではないでしょうか?その報いの分だけ今の人生に幸福感が伴わないのでしょう。 *物質的に恵まれているなら前世では恵まれない人生だったでしょう。しかしそれを恨みもせずそれなりに充実した人生にしようと努力してのでしょう。その努力がよい業として刻まれ現世では経済的に恵まれた生まれになったと思います。 *反対に物質的に恵まれてないなら前世では何に対しても不自由しない人生だったと思います。しかしそれを有り難いと感謝することもなく不満ばかりを抱いていたのではないでしょうか?自分の欲望の為だけに金銭を使い人のことなど気にしなかった人生だったのでしょう。 *落ちこぼれと云われる人なら前世で知識や学問に無頓着で努力を怠ったか、エリートと云われる人ながらその学問を自分のエゴや欲望のために使った可能性があります。 ただこれらのことも一つのことだけで人生そのものには色々は絡みがあります。一つだけの現象で判断は出来ません。例えば恋愛を見てみても一人の人だけと相思相愛なんて云うのは希です。たいていは何人もの人を愛しそして振られ、ある人には真剣に恋をし、あるいは遊びで付き合ったり。それらのことも全て前世の業と付き合わせてみれば最終的にはハッキリと想像出来るはずです。

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来 世
裏切りをすれば来世で必ずあなたは裏切られます。前世と現世の関わりを考えれば、現世と来世の関わりも見えてきます。今の生活や行いが全て来世に繁栄されるわけです。ただあなたの肉体には関係ないことですが、魂は今の生活の報いを受けるわけです。エゴや欲望へののめり込みは畜生界や飢餓界に繋がります。いかに上手に生きたとしても何らかの汚れがあるものです。欲望を抑えることはとても難しいことです。しかし、決定的に悪い業とそれ程でもない業があります。今だけが良いという考えなら現世で上手いことをやった分だけ来世では同じ事を受けて悩まされることになります。現世の状態を恨まないことが大切です。それは前世での業と考えれば自分自身のせいなのです。その事を恨んだり嘆いたりすることは自他共に心に大きな業が刻まれてしまいます。これらの悩みに絶えその悩みを乗り越えることで人として成長できれば高い人間性として業に刻まれ来世では素晴らしい人生が迎えられます。 現状で心がすさんでいることは自身のマイナスの状態です。ただ、困難は誰にも訪れることです。その困難にいかに立ち向かうかでその後の人生が大きく変わってしまいます。その状態から恨みや妬み、怒りに渦巻いた状態に堕ちて行くことは地獄状態に陥り何時まで立っても良くはなりませんし来世でも同じです。自身をプラスの状態に突き上げる力が必要です。たとえは失業したら誰のせいだとか恨まないことです。そしてそれならもっと良い仕事を探せばよいことですし、仕事も就職だけが仕事ではないです。世の中就職先がないからと自殺してしまう人が居たりします。私には信じられないのですが、人生をそんなに深刻にならずゆったりと生きてみてはいかがでしょう。 ただ正当な怒りを抑える必要はありません。正当な怒りは人の為であり人助けになる場合もあります。常々反省と検挙に居きることが大切です。思い上がりや成功が自分だけの実力と思うことが思い上がりでありエゴに繋がります。感謝を忘れず、成功は周りの協力と感謝することです。

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オーラ
人はオーラを後ろに抱えています。人の心を繁栄した輝きです。大きく美しい心のオーラは光り輝き貧しい心のオーラは鈍い光を放って小さくなっています。エゴや欲望に支配されたオーラは歪に光り怒りに満ちたオーラは鋭い針のように光っています。柔らかく大きな光のオーラは満たされた心のオーラです。
心 眼
機械は所詮機械です。コンピューターも所詮は機械です。物質的文明は素晴らしい発展を遂げましたが心の法が軽んぜられ特権階級の形式的法則に支配されつつあります。闘争的な思想や物質経済に傾倒しつつあります。物質文明が発展するに従い、利己主義で闘争の絶えない世界が出現します。物質に心を奪われ物質的満足でしか判断が出来なくなってしまいます。科学は人が作り上げたものですが、本質は光の波動エネルギーからつくられています。神からの波動エネルギーです。その本質を忘れています。科学の発展により心が安定した幸せな生活を営むことが目的です。心の大きさは全ての人も同じです。ただその性格や個性がありその心の大きさや広さや深さが異なります。光のエネルギーを自らの心に貯え愛と慈愛の心に満たされることが出来ます。その光をどれだけ貯えられるかはその人の考えと行動に関わります。今の社会は経済的な思想に支配され金銭的な経済力で支配関係が出来上がってしまっています。人の社会で争うが絶えないのもここに原因があります。力や経済こそが正義という思想がつくられています。戦争や社会不安や疫病と云った紛争は自己中心的な考えや行動が支配しています。

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 心 
心の全体を100%とすれば潜在意識は90%。表面意識は10%にすぎません。人は表面意識の僅かな心だけで判断されてしまいます。特に物質的に支配されてしまうと目に見えるものだけで判断してしまいます。表面意識と潜在意識が完全に調和されれば、人は己を知り、人格も人としての徳も兼ね備えた人となり得ます。精神はエネルギーです。表面意識とは現在の生活そのものですが、潜在意識とは今まで輪廻転生を繰り返し体験し経験した全ての鏡です。 人は生まれまた新たに一から人としての経験を積んで行きます。そして潜在意識の知識は全て封印されてしまいます。しかし、表面意識と潜在意識は深く繋がり欲望やエゴに揺り動かされても潜在意識の働きにより実現できなかったり、上手く運ばなかったりします。生まれ変わりにより前世と反対の生活を送らざるを得ない、前世で人に与えた苦しみを体験すると言うのはここで繋がっています。表面意識と潜在意識を結ぶ想念帯で心に刻まれた業の浄化を計るわけです。その浄化で均衡が保たれます。そして己のカルマの業を修正しているわけです。怒りや恨みを持たず安定した心であればその心に応じた光を受け取り更に心は澄みきり安定します。守護霊様や神の助言や助けを受けて良い業が刻まれ人として成長できるわけです。しかし、反対に恨みや妬みに支配されていると慈愛の光は届きません。その心の想念は地獄の想念と繋がり地獄に足を踏み入れてしまいます。それでは業を浄化するどころか益々悪い業を刻んで行くことになります。人は全ての判断を表面意識でしか判断できません。しかし、それらを想像し理解することで隠された潜在意識を引き出すことも可能です。己を知ることなのです。心の波動が潜在意識と共鳴したときにインスピレーションや夢と云ったかたちで引き出されることがあります。それが助言であったり悟りであったり。心は大きなものです。そして大きな光のエネルギーに包まれ更に大きく拡がって行きます。プラスに進み始めれば益々プラスエネルギーに溢れマイナスに突き進めば地獄に堕ちてしまいます。それだけ我々の心は微妙です。まずは己を知ることです。物質的意識から離れ恨みや妬みや怒りを忘れることです。それらの欲望は悪霊を呼んでしまいます。

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神と共に
人は常に神と共に生きています。そして全ての潜在意識に自身の全て封じ込め目隠しをされた状態で試行錯誤を繰り返しています。人の後ろには常に「守護霊様」「背後霊様」「指導霊様」先祖霊様」が控え我々に沢山の助言や支えを下さっています。それらを受け取るには心穏やかに慈愛の心に満ちていなければなりません。エゴや欲望に支配されていてはそれらの想念が邪魔となって素晴らしい助けを受けられません。助けと云っても光のエネルギーですから自身の潜在意識から発せられるものです。人は輪廻転生を繰り返し永遠に不滅であることを知り己を知って物質に支配されない開かれた心であることです。そそれら神との想念の交換は開かれた心でなければなりません。開かれた心とは「嘘のつけない心」「穏やかで執着のない心」です。その中に一本の心が通っていることが必要です。にわか造りの心ではすぐにメッキが剥がれます。欲望やエゴは心に曇りをつくってしまいます。これらの欲望は物質に執着している証拠です。いくら物質的に恵まれても精神的な満足は得られないと云うことを悟っていただきたい。慈愛の心は人の歓びです。神はあなたに喜んで貰うために慈愛の心を開いています。同様に人の歓びを自身の歓びに出来る心が慈愛の心です。その心がつくられることで神の慈愛が受けられ心安らかななごみが訪れます。世の中で物知りとかインテリと云われる人はえてして自分が一番と自負し自惚れています。しかし、潜在意識から見れば完全な無知です。それはただの自己満足でしかありません。自分が無知云う事が判る人ほど素晴らしいと思います。その心に神の言葉や光は届きます。

人は誰でも「悩み」「苦しみ」を抱えています。じっと自分の心に留めないで誰かに話すことで心のつかえが和らぐものです。
世の中には同じ悩みで苦しんでいる方も沢山いらっしゃいます。同じ悩みに共感し、少しでも孤立や孤独感から解放されることが大切だと思います。
ここに「匿名投稿掲示板」と「匿名極秘メール」を設けています。何らかの形で悩みから解放されたいと思われる方はご利用下さい。

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