移植入院から退院まで{1}
 
一般病棟{大部屋}
 

00年
12月
18日














 

 とうとう、入院してしまいました。帰りたい。病院に着く前、このままつれて帰ってほしかった。すでにホームシック。これから長い入院生活やっていけるのか。 主治医は前と同じOO先生
 午後から教授回診らしんだけど。私の処遇がちょっと変で現在私は第二内科の患者らしい、1月1日より病院に移植部ができ私はそこの患者になるらしい。輸血部と言うのがありそこの先生がきて2週間後に私たちの方に来るのでちょっと見ときましょうと見てくれた。その輸血部の先生が移植部にいくみたいだ。後で第二内科の先生が来るので詳しく見てもらってくださいと言われた。それで第二内科の先生を待っていると、なかなかこない。電話をしていて部屋の前に先生の一団が見えたので、慌てて電話を切り部屋の前に行くとOK先生がいて、「頑張ってください」とだけ言われた。詳しく見てくれるのでは?後でOO先生に聞くとOK先生が勘違いしていてすでに私のことを第二内科の患者ではないと思っているらしい。
 望 聡則 義康 どうしてるかな。あ、家内も

体温
36.8
血圧
120/88
身長
172
{170やろ、間違ってない}
体重
88キロ







 

00年
12月
19日













 

 入院2日目 眠れなかった。夜寝られないといやなので昼間頑張って寝なかったのに。咳も出て、同室のおじさんいやな気したのかな。しゃべってくれない。ま、いいけど。それから昨日書くの忘れたけど、たくさんの応援メールが届いてた。とてもうれしく、一人ではないことを実感。11時過ぎにすでに今日の検査すべて終わったに見たい。外出できるみたいなので しょうかなと思ったら、内科の教授検診があるみたい。とりあえず昨日の今日なので我慢しょうと。と思ってたら、今先生こられた。K先生だった。またの間の違和感を訴え見てもらったが心配ないといわれた。外科に見てもらうそうだ。
 STI{慢性骨髄性白血病の新薬}の 話をされた。来年アメリカで市販されそうだと言っていた。移植が必要なくなるかもと言っていた。迷わすようなこと言わないで!移植すると決めたのに。でも、やっぱり、海のものとも川のものとも分からないものを待つわけにはいかない。神の思し召しに任すよ。

















 

00年
12月
20日
「水」


 

 きょう先生より移植についての説明がありました。主治医のOO先生とM先生、看護婦のYさんTさんIさん私と家内。
 GHVDや感染症などの危険性、など話されました。家内もだいぶ心配しているようでした。私はまだ実感がなく落ち着いています。家内の肩をたたきたいぐらいです。
 検査はなにもなく朝からずっとパソコンをしていました。明日なにもありませんので、外出します。

体温
36.8
血圧
128/80


 

00年
12月
21日




 

 今日はなにもないそうなので今から外出します。でも、望が風邪を引いてるみたいです。昨日吐いたそうです。帰って望にチューしたい、でも風怖い。それから、温泉でも行って来ようかな。子供つれて。それから久しぶりにビールー飲むか。4日ぶり。移植後は半年ぐらいアルコールだめみたいだけど、耐えられるかな。考えてみれば二十歳{一様}より37年間4日もアルコール抜いたのはこの前の入院と今回だけおかげで血圧下がってるみたい。








 

00年
12月22日{金}








 

 昨日は久しぶりに子供と銭湯に行った。冬至だったのでユズ湯だった。私の顔を見て義康も聡則もとっても嬉しそうなのがよく分かった。勿論 望も。昼から半日遊んだ。終いには、兄弟で私の取り合いを始めた。後はいつものように弟が泣いて試合終了。今日から三日間外泊。なんか入院の意味わからんな。闘病記なのき病気のこと一個も書いてないな。と言うより何も始まってないから仕方ない。だって全然元気。昨日食事を運んでくるおばさんに元気そうなのになにが悪いのと言われた。「その通り」でもこの元気が懐かしくなってしまうのかな。いや絶対元気になるぞ。今日は外科で痔を見てもらって、歯科で抜いた歯の歯茎はれているので見てもらいます。その後外泊 ルン ルン












 

00年
12月
25日
{月}







 

昨日はクリスマス。三日間ずっと子供と離れませんでした。銭湯にも行き、クリスマスパーティもしました。望が結膜炎になっていて、ちょっと近ずくのが怖かったけど。でもあの可愛さには勝てない。三日分のチューをしてきました。それから今日病院まで家内に送ってもらいました。帰り一人で帰るのがとても不安でしたが、何とか帰ったみたいです。
 教授回診がありました。いつもの通り別になにもなく頑張ってくださいだって。それからOO先生が輸血の同意書を持ってこられた。それには、エイズにかかる確率が100万分の1以下とか肝炎にかかる確率が500分の1から1000分の1{けっこう高いと思う}と書いてありました。そんなこと書かれても輸血するしかないのですから、、












 

00年
12月
26日
{火}








 

今日歯磨きの講習で抜いた歯の横がやっぱりおかしいと言うとちょっと腫れてるみたいだって。この前歯科の先生に同じこと言ったはずなのに。それでまた歯科の先生の予約を入れることになりました。
 昨日気になったことが一つ。初めて移植の経験者で知り合いになったOKさん{関係ないけどOのつく人が多いな}と病院で偶然会いました。移植して3年になるそうですけど見た目ピンピンしてます。私は彼を見て移植しても安心だと思もってました。でも、10日間入院していたそうです。38度の熱が続きヘルペスが口にいっぱいできたそうです。実は移植後入院2回目らしいです。そんなー、OKさんを見て元気になれると思っていたのに。なかなか病院とは縁が切れないのだな。でも、私は元気になるぞー。

体温
36.5度
血圧
130/78








 

00年
12月
27日
{水}


 

 今日は何の検診もありませんでした。でも見舞いに3人も来てくれました。移植して10年になる方も来てくれました。その方は今もGVHDで困ってるみたいでした。改めてこの病気のつらさ、移植後のつらさを知りました。でもとても前向きで、包み隠さず話してくれました。お互い頑張りましょう。
 血圧とてもよい。ほんとかな。ビール飲まないとこんなによいものか。

血圧
110/68
体温
36.8


 

00年
12月
28日



 

痔が心配なので今日見てもらう予定だったのですが、先生がいないと言うことで5日にのびました。一番心配なのに。耳鼻科も行って来ました。鼻から血が出てるので鼻を焼いたそうです。それから鼻水が止まりません。これから火曜木曜と来なさいと言われましたが、たぶん2回ぐらいしかいけないと思う。今日今から帰るし。2001年1月4日まで家に帰ってきます。

体温
36.7
血圧
128/78


 

01年
1月
4日
















 

 とうとう、帰ってきてしまいました。移植もまだまだと思っていましたが、余裕もなくなりました。さあ、始まります。帰ってきたとたんに、薬も増えました。ファンギソン、バンコ、吸引、今までHPで聞いた薬名がついに私も飲むことに。バンコは飲めましたが、ファンギソンは気持ちが悪い。バンコは腸内殺菌で、下痢や吐き気を起こすことがあると言われましたが、すでに私はおとといから下痢しています。どうなるのかな。下痢の上に下痢する薬を飲んで。
 往生際が悪いというか、気が小さいというか、移植が正しいのかまた不安になり、OO先生に言ってみた。答えは同じです。治るなら、移植するべきですね。移植自体に対する不安はありません。しかし、移植が本当に必要なのか、移植をしてしまえば、二度と元の体には戻れない。でも、元の体に戻るといけないわけで、そういう意味でも移植をしなければならない。早く終わって家庭に戻りたい。毎日、利くか利かないか解らないインターフェロンの自己注射するわけにも行かないでしょう。移植をすれば元気な体に戻れる。きっと。早くこの気持ちから脱出できるのである。
 風呂行きたい、温泉に行きたい。昨日までの生活は、どこに。望、退院までお父さんの顔絶対忘れるな。

体温
36.9
血圧
128/78















 

01年
1月
5日
{金}











 

外泊から帰って2日目なのにこの寂しい気持ち。これから何ヶ月も入院生活。やっていけるのかな。早く慣れよっと。昨日から食事は生禁食。別に特別替わったことはない。相変わらず美味しくないだけ。
 ファンギソン気持ち悪いので、隣室のYさん聞くと飲んだ後すぐに水でも飲んで良いそうだ。看護婦は飲んでから30分から一時間飲んだり食べたりしたらだめだと言っていた。看護婦は知らないそうだ。たのむで。Yさんは移植二回目のベテランだ。骨髄バンクのボランテアもしていて仲間も多い。私にいろいろ情報を以前からくれる。本と心強い。
 歯科と外科と行った。歯科は痛いと言っているのに大丈夫と言われた。外科の痔の方だが、痔瘻の方も治っているのであえて手術をすることないと言われた。
 看護婦さんに血圧を測ってもらうと最初110/66と言われ、そんなの初めてというと、2回目計ると138/78と言われた。そんなに替わるもの。
















 

01年
1月
6日
{土}





 

移植について、往生際悪く、ぐつぐつ思ってたけどもう後には引けない。OO先生、M先生移植について話すと、勇気づけてもらった。先生はふつうは移植前にはデメリットを話すそうだが、私の不安を知って、逆の話をしてくれた。言えることは、今の私の病気にとって移植が最良で、治癒率も高く、先生もかなりの自信があって進めていると言うこと。治ると信じなければならないこと。がんばりが必要なこと。
「何とかなるでしょう」早く治って遊びに行きましょう。
 だいたいの予定をもらった。と言ってもここ1週間ぐらいだけれど。退院の予定も入ればいいのに。

体温
36.8
血圧
128/87





 

01年
1月
7日
{日}

 

今日はすごく雪が降ってます。家内にもう今日は来るなと電話しました。寂しいけど仕方ありません。
 テープを体中ぺたぺた貼られました。どのテープがかぶれるか調べるそうです。入院生活で初めての日曜です。とても静かです。先生も少ないみたいで誰も今日は来ません。僕も帰ろか。

体重
88キロ
血圧
128/78
体温
36.8

01年
1月  
8日
{月}祝

歯がやっぱり痛いです。おまけにさっき血圧計ったら158/108と言われた。初めて。もう一度計って下が100越えてたら薬のむかていわれてます。薬の影響か、子供が見舞いに来て少し長く遊んだからか。とにかく頭もボーとする。




 

01年
1月
9日
{火}
{Dayー11}









 

とうとうはげ坊主になりました。中学生に戻ったみたい。中学時代ずっと野球部で坊主でしたから。そんなに気にならない。家内がバンダナ持ってきてくれたけどもって帰ってもらった。
 そんなことより歯の調子。痛さは和らいだみたいでけど、やっぱり気になる。炎症反応がでていないからと先生は言うけれど。明日9時半に歯科に行くことになったけど、また「どないもない」と言われると思う。気にしすぎかな。でも確かに違うような。
 血圧もまた150とか言われた。後で計ると正常に戻るのでよいらしい。でも僕としては血圧が150/100以上なんて、聞いただけでびっくりする。脈も不整脈があるらし、看護婦さんが自分で計ってみ、と言われた計ると確かに1部で飛ぶ。先生に聞くと別に心配ないそうだ。肝臓の数値も上がってきているそうだが、
 だんだん、体が壊れていくような気がする。
















 

01年
1月
10日
{水}
{dayー8}















 

もう今日はいろいろあり過ぎてなにから書いて良いか。とりあえず歯、医者はもうなにもないと言うことで、僕ももう信じて突き進むことにしました。そしてマルク。なんと今までのうちで一番痛くなかった。{思わず先生上手と言ってしまった。}とここまでは良いのですが、これからがさんざん。IVH。{胸、鎖骨からチュウブを入れてそこから点滴や、栄養をとる}入らない。何回も刺され、結局上の先生が来て入れてくれました。1時間以上かかったと思います。麻酔が効いてるのでそれほど痛くないですが、あの恐怖感がずっと続いたことになります。なぜか涙がぼろぼろ出てきて、止まらなくなりました。看護婦に見られて恥ずかしかった。外では望が見舞いに来てて、その叫び声が聞こえてました。誰が悪いのではないのですが、涙が。
 病室を出ると家内と望がいました。私を見るなり飛びつこうとしましたが、家内に止められました。あきらめた様子でしたが、家内の後ろを回って再び抱きつきにこようとしました{いつからこんな知恵が付いたのか、さすが女}。仕方がないので、IVHの傷跡を見せてやると、少し驚いたようでそれから抱きつこうとはず、家内に言われて一緒に膝をさすってくれました。1歳なのに私を気遣う心があるなんて!
 今日の12時からブスルファン{抗ガン剤}始まります。
もう後には引き返せません。神よお願いします。






















 

01年
1月
11日
{木}
{day−7}

あれだけ恐れていたブスルファン、何でもなく飲めた。今のところ吐き気はない。主治医に聞くと1,2目は大丈夫だそうだが3,4目は吐く人があるそうだ。そして5日目からのエンドキサンはしんどいと今、M先生が言って帰った。ビビラセ過ぎか?
 






 

01年
1月
12日
{金}
Dayー6







 

朝方眠れないので、一昨日なぜ涙が出たのか考えていた。今まで白血病と聞いて以来ずっと、白血病について本を読んだり、メールで人に聞いたり、自分なりに勉強したつもりでした。看護婦さんが持ってきた薬について、詳しく先生に聞いたりしていた。気が張っていたのだと思う。
 しかし、IVHが入らないだけで、私にはなにもすることができず、ただベットの上でその痛みと恐怖感に耐えていることしかできなかった自分に、悔しかったのだと思う。ドクターに任すしかない。もう今日からは、気を張らず自分にできることだけに専念しょう。たとえば薬をしっか{言われたま}飲む、とかうがいをしっかりする。ドクターに勝てる分けないのだから。
 













 

01年
1月
13日
{土}
Dayー5



 

まだ移植まで5日もあるのに、今日急にしんどくなった。予定より早い。吐き気は吐き気止め点滴だすぐ止まったが頭痛いのが残った。主治医のOO先生が来てくれたので伝えると、赤血球が減ってきているかのしれないからだって。
 3日前のIVHのことをまた考えていた。今まで元気に人と同じように遊んでいたのに、IVHにつながれることによって、それとの決別になるから涙が出たにかな。とりあえずこんなもの早く取りたい。
 窓に写るハゲ頭、恥ずかしい。









 

1月
14日
{日}
Dayー4


 

ついに明日から無菌室。食事も今日でしばらくお別れ。
今日は朝からしんどかった。今やっと楽になったところです。
みんなが言うように、2日酔い状態。頭が痛い。2日酔いなら昼頃までに治るが、これがずっと続くのか。吐き気もありましたが、吐き気止めはよく聞いた。でもTVがみれない。TV見ると頭が痛い。
 







 
無菌室入室から退出まで
 

01年
1月15日
{月}
Dayー3







 

すごくしんどい。字を書いてるとしんどいのでやめる。だいぶエンドキサンきいとる。
 <18日rote>無菌室にはいる前にお風呂に入れてもらいます。厳重に管理された無菌室の中にそれはありました。扉をくぐって、扉をくぐって、またくぐって、でも僕は見ました、更衣室の端に隠されたところにゴキブリホイホイがありました。無菌でもゴキブリはいるのか?{そんなばかな}。3畳ぐらいの部屋に通された。TV、ベット、だいたいの物は揃ってる。シャワーがあり、看護婦さんが説明でここの水は「絶対飲まないでください。」「見無菌室ないを循環していますから。」だって。さっき風呂の洗い場で”おしっこ”したのに。












 

01年
1月16日
{火}
Dayー2

<18日ロウト> とにかくしんどい、致死量を超える大量の抗ガン剤をなめていた。

 




 

01年
1月17日
{水}}
Dayー1

初めて熱がでた。
<19日rote>昨日書こうと思ったが、一気なはしんどかったので今日にした。でも別にない。
 

体温38.0


 

01年
1月18日
{木}
Day0



















 

<移植当日>
いよいよ待ちに待った移植ではあるが。人のHPなどでは「第二の誕生日とか」「ルートから幹細胞が流れて来るとあつく感じたとか」人によっては「海の匂いがした」など言っているので私も感動できるもんと思っていたが、「先生が終わりました」だって。
 もうおわったん?なんおと20分ぐらいかな、あっけなく。成分を選んで採血して、それをまた元気のいいやつだけ体に入れるからだそうだ。」「医学の進歩も時には冷たい」
 結局期待していた感動なできず、医学の進歩せいか、僕の自己中心的な考えがいけないのか
 でも、手術は始まったばかりである。外科手術などは当日切開などをして、成功か失敗かはそのときわかり、後は快復を待つだけ、などが多いと思うが、内科手術の場合、手術はすぐ終わるが、結果に何年のかかる、今のところその一段階、抗ガン剤、移植が終わっただけでこれからである。生着、移植後100日までの急性GVHD{拒絶反応、臓器移植などとは反対に血液が私の元からの臓器などすべての物に拒絶する}、感染症{肺炎、ウイルス、など}、慢性GVHDに気をつけ元気な体を取り返したい。生存率がほぼ横ばいになるのが3年以上かかる。
 元気なることが、アドバイスをくれた白血病の仲間、家族、友人、お世話になったすべてのかたに恩返し。と自己中心的に考える。

体温
36.7度





















 

01年
1月
19日
{金}
Day1



 

今日突然持病の胸の苦しみが始まった。水分を取るとすぐ治る。以前から主治医には話していたが、3ヶ月に一回か半年に1回だったのが最近は1月に1回起こることあった。それかおとといあり、そしてお茶を飲んで治り、そして今なり、お茶を飲んだが治らない、びっくりして主治医に来てもらったが30分ぐらいで治った。主治医は「様子を見ようだって」。「頻回に起こるようでしたら、胃の活動や内臓の働きを弱める薬をだす」。いわいる対処療法。白血球が下がり、胃や食道の粘膜がなくなったとき心配だ。

血圧158/88






 

01年
1月
20日
{土}
Day2
 

持病の胃の痛みが21時頃来た。10分ぐらいで治まった。やはり心配だ。昨日望にあった。とても久しぶりのような気がした。俺は待ちに待ったのに、彼女は売店に行きたがっているみたいだった。こんな檻の中にいる父親は、なにもしてくれないから当然と言えば当然かもしれない。
 お腹が痛い。ずっと下痢、何の薬入れてるんだろう。






 

01年
1月
22日
{月}
Day4




 

無理して日記毎日書くのをやめることにする。パソコンを見ると頭が痛くなる。
 今日初めて輸血しました。背に腹は代えられない。白血球も下がってきたし、熱もでてきた。体もしんどい。吐き気はすごい。オエー、オエー 。移植らしくなってきました。
 血圧が高い。頭が痛いのはこのせいか。



 

白血球
300
赤血球
202
血小板
5.6
血圧
150/98
体温
37.2

01年
1月23日
{火}
Day5




 

昨日に比べると今日は幾分まし。体が楽になってくると、すぐ食べ物が頭に浮かんでくる。そんな良い物ではない。いり卵におかいさん。だけでよい。餅も食べたいの。たこ焼き。煎餅などおかしもいい。望が来て前でポリポリ食べる、羨ましい。
 今まで私の家は、子供から「お父さん」と呼ばれていたが望だけ早く言ってほしいので、「パパ」と呼ばせることにした。案の定すぐ言えたが、なんかしっくりこない。やっぱり「お父さん」にしようかな。









 

01年
1月24日
{水}
Day6









 

のどから出血しているみたいだ。タンを吐くと血が混じってくる。のどの粘膜がなくなるから、そうなると言っていたような。舌が痛い。今日の血の検査まだだ。早く知りたい。早く生着してくれないかな。顔が真っ黒になってきた。抗ガン剤やけ、薬やけかな。病室でみんな黒いかをしていると思っていたが、私も仲間になりました。元から黒いのに。
 血液検査の結果がでて、血小板輸血と赤血球の輸血となりました。驚いたことに、血小板は色がバナナ色。
 みんな見舞いに来てくれるのは嬉しいのだが、結構疲れる。別に無理して元気そうにしているわけではないが、どっか力はいってるねやろな。面会の後は必ず、ベットに潜り込んで1時間はでてこれない。家内も最近は15分ぐらいで帰ってもらう。冷たいようだが。

白血球
100
赤血球
230
血小板
2.5
血圧
138/78
体温
37.0



 

01年
1月25日
{木}
Day7










 

さっき、K先生が来てくれた。OO先生に聞いたがわかりにくっかた質問をしてみた。見事僕の質問に答えてくれた。僕の移植治療自体がまだまだ研究中であると言うことだ。
 K先生の話で、僕の白血病細胞と言う物、治療でなにを目指すのかがよく分かった。兄の造血肝細胞<血を作る血>と入れ替わり、GVHD{拒絶反応}をいかに押さえるかが目的である。それに対し、ステロイドや免疫抑制剤を使う。3年も5年もかる。と言うことであった。GVHDは起こらない場合、再発などが起こる可能性はあるが、私のなど血縁者からの場合は再発してもリンパ球輸注など方法があるらしい。いずれにしてもまだまだ研究中で、この病院最先端を言ってると思う。ここを選んで良かった。
 とりあえず先は長い。

 


血圧
152/88
体温
36.8









 

01年
1月26日
{金}
Day8





 

髪の毛が抜けだした。やっぱりハゲへのみち。人にさんざんハゲハゲゆうたからな。
 <モルモット>
今3畳ぐらいの部屋の中で、心臓の横の静脈に針{IVH}を刺して、そこから何か分からない薬や栄養を入れられて生きています。でもホントのモルモットはいろんな実験に使われて殺されていく。そんなモルモットのおかげでもあるわけだ。うーんこれからはネズミにも感謝をしなくては。
 今日も血小板輸血した。
 

白血球
100
赤血球
245
血小板
2.0
血圧
138/88
体温
36.8

01年
1月27日
{土}
Day9












 

<生着?>
なんと白血球があがりました。嬉しい。早い人で10日から2週間と言われてる生着が9日できました。朝から髪の毛どんだけ抜けるねんと思ってました。その代償がありました。まだまだ確信はできませんが、明日もあがっていればまず間違いないでしょう。ホントは主治医のOO先生「月、水、金で採血しましょ」と言っていたので、月曜まで分からないなと思ってました。土、日病院休みやし。が、M先生が来て、「一番大事なときなので採血しましょ」「君も知りたいやろ」と言うので採血してくれました。ありがとうM先生。明日も日曜だけど採血してくれます。今月中に飯食べさせてもらえるかも?
 <筋肉減退>
 体重がどんどん落ちてきます。いつもなら嬉しいのですが結局筋肉が落ちてるみたいで、手ばなしでは喜べません。何せこの2週間3歩以上歩いたことがありません。寝起きにトイレに立つと、ふらふらします。 

白血球
1500
赤血球
259
血小板
3.8
血圧
140/88
体温
36.8
ヘモグロビン
10.9




 

 01年
1月28日
{日}
Day10








 

<生着>
 どうやら生着{兄からもらった血を作る細胞が私の体で血を作り始めること}したみたいです。まずは、第一段階突破かな。今後はGHVD{兄からもらった血を作る細胞からできた血が私の体を異物と見なして攻撃すること。拒絶反応の逆}に気をつけて、免疫抑制剤を使い、感染症にも気をつけ頑張っていきます。
 と言うメールを朝一に送ろうと思ってましたが、今日は体調が非常に悪く、朝5時に起きるとお腹がすごくいたかった。下利便でたまらなく、布団にくるまっていた。腰はズキン、ズキンと痛み、熱が37.7度ありました。薬をもらって、座薬をもらって、ようやく昼過ぎに落ち着きました。もうとても苦しかった。

白血球
3700
赤血球
273
血小板
3.7
血圧
130/80
体温
37.7


 

01年
1月29日
{月}
Day11







 

<腹痛>
やっぱり朝お腹が痛い。下利便を5回ほどして薬をもらって昼からまた治ってきた。とても辛い。いよいよ口から物が食べられるかなと思ってるのに、この調子じゃ。
 白血球が驚くほどあがった。上がり過ぎである。でもみんな1度あがるみたいだ。明日からグラン{白血球だけあげる薬}やめるそうだ。
 明日から阪神高速東大阪線止まる。月末も重なるし。しばらく家内に見舞いやめとけ言おうか。心配やし。


 

白血球
15900
赤血球
263
血小板
3.7
血圧
138/68
体温
36.2
ヘモグロビン
10.9

 01年
1月30日
{火} 
Day12











 

<生命予後>
お腹が痛いのはGHVDかもしれない。「GHVDだと1度2度は別によいが4度になると非常に生命予後が悪い」と言われた。その言葉にまたビクッとした。抗ガン剤治療以来元気な体になった僕は忘れていた。今だやっぱり僕はとても危険な状態であるのだと言うこと。そうでなきゃこんな個室入っていないもんな。先生は簡単に生命など命の言葉を出す。患者にとっては遠いものでそんなに身近にないが、医者にとっては、患者の死は日常茶飯事なのであろう。
<マルク&生検>
と言うことで昼からマルク{胸骨または腰骨に中より血を作る血を採ること}&生検{皮膚など体の一部を切り取りGVHDか調べる。}です。今日は手のひらを切り取るそうですけど、場合によっては、肝生検{肝臓の皮膚を直接切り取る}その他の臓器生検、唇の生検などあるみたい。コワーイ。
















 

01年
1月31日
{水} 
Day13















 

<病室移動>
めでたく準無菌室に移れました。次の目標は無事に大部屋移動です。準無菌室は歩けます。ローカにもでられます。2週間3歩以上歩いたことがなかったので、部屋移動だけで少し疲れた気がします。{オーバーかな}
<生検>
昨日皮膚科の先生来たのですが、あんまり赤くなってないので中止になりました。
 
白血球がまだ下がりません。グランやめたのに。
昨日心配しているだろう人にTELしました。「ほら大丈夫やろ」と言われた。分かり合えない。
<かゆみ>
実は今日は体調が良くない。昨日寝ていない。痒くて体中。GVHDらしい。GVHDと言えば腸が心配だ。今日も下痢でパンツ汚した。今日からお粥がでる食べれらるか?
 
あんまり美味しかったので書き足します。今お粥を食べました。美味しい。7部粥でも美味しい。美味しい。嬉しい。
 

白血球
26500
赤血球
260
血小板
5.5
血圧
138/78
体温
37.1
ヘモグロビン
10.8







 


















































































































































































































 
 
準無菌室から大部屋まで{1}

 01年
2月1日
{木} 
Day14

 

<腹痛>
やっぱり下痢である。3時、6時、8時と今までに3回。お腹が痛くないのが救いである。
<快適>
無菌室に比べここは快適である。気分も明るくなる。体も調子が良くなるのも分かる。






 

  01年
2月2日
{金} 
Day15













 

<下痢>
相変わらず下痢である。あれかれ、22時、6時である。量も結構多い。お腹が痛くないのが救いだ。
<お歯黒>
無菌室の間、ずっとお茶でうがいをしていたにで、歯がお第1章歯黒。ハゲより気持ち悪い。歯磨き粉を使う許可がでたので、一生懸命磨いてます。
<相変わらずオーバーなやつ>
昨日兄に心配しているだろうと会社にTELしら、「無菌室ゴキブリがいてるねんて」と聞かれた。そんな分けない。僕が書いたのは、無菌室にはいる前の無菌棟の中の浴室にゴキブリホイホイが置いてあっただけだある。彼にかかると話は倍で聞かない。情報を伝えたやつは僕の友達ならすぐ分かるはず。
<気をつけて>
今婦長さんが入ってきた。元気にパソコンをしている姿を見て、「よかったね」と言った後「今からがまだ勝負よ。気をつけてね。」と言われた。ありがとう。

白血球
15000
赤血球
268
ヘモグロビン
10.1
血小板
7.2
体重
84.4
体温
37.0
血圧
142/90



 

01年
2月3日
{土} 
Day16






























 

<喉元すぎれば熱さ忘れる>
あんなに美味しかったお粥が美味しくなくなってきた。すみません。とても同じものとは思えない。元々、病院食まずいとおもってたからな。
<味覚>
塩味は分かるのですが、甘みが感じられない。昨日家内に桃の缶詰を買ってきてもらって食べたが、甘みを感じられなかった。絶えず口の中が塩辛い。
<看護婦>
友達から看護婦さん可愛い人いるかと聞くので、少しふれておく。はっきりって、そんなことはしんどいときどうでも良いことであった。看護婦さんは看護婦さんとしてしか見ず、むしろベテランの看護婦さんが側にいてくれるだけで安心した。少しでも僕のしんどさが分かってくれそうで。 最近、余裕がでてきて1年生看護婦さんとも仲良く話ができるようになった。1年生看護婦さんは患者とコミュニュケーションがとれるととても嬉しそうだ。人見知りする1年生看護婦さん、1度こちらから声を掛けるとその後喜んで声を掛けてくる。1年生看護婦さんもそれなりに頑張ろうとしている姿勢がよく分かる。
<補助婦さん>
看護婦さんより感心するのは補助婦さん。この病棟に4人ぐらいいるのですが、シルバーセンターから派遣されてくるような、おばさんなんですけど、よく働きます。掃除をしたり、配膳したり、リネンの交換、ベット移動、時には、看護婦さんに頼まれて、医療機器を取りに行ったり、薬剤部まで薬を取りに行ったり。
 若い{そのおばさんから見て}僕がベットで寝ていて、その周りをおばさんが掃除をしている。でもおばさん楽しそう。同じ年代で、何年もベットにずっと寝て卑屈になっているようなおじさんもいる。そら、おばさんだから寄っては、ぶつぶつ言ってるのでしょうけど、基本的には楽しそう、給料もきっと、看護婦さんに比べてもずっと低いだろう。でも幸せそう。「おばさんもいるお陰で、私も闘病生活させていただいてます」



































 

01年
2月4日
{日} 
Day17













 

<下痢2>
頻回な下痢は治まってきた。下痢は下痢だ。先日から睾丸が痛いのは、下痢の副産であると看護婦さんに言われて気付いた。よく拭かないからだそうだ。もらった薬は全然効かないし心配していた。睾丸が下利便で炎症を起こしていた。痔も痛いのでそこまで気が廻らなかった。
<味覚2>
感じないのは甘みだと思っていた。塩味は感じると思っていたが、昨日「ぼんち揚げ」を食べた。美味しくない。僕の知っているぼんち揚げとはかけ離れ、塩味のないぼんち揚げとなっている。悲しい。
<NHKの大河ドラマ、北条時宗>
私は大河ドラマが大好きで、昔からずっと見ている。今年から放送の「北条時宗」に渡辺謙が出演している。詳しくは知らないが彼も骨髄移植をしているらしい。これも何かの縁かなと思う。移植がどうのこうのと聞くより、移植患者が元気に社会復帰をしている姿は、なによりも勇気づけられる。でも、何でずっとハゲなのかな?


















 

01年
2月5日
{月} 
Day18

















 

<下痢3>
毎日下痢の話からで恐縮です。回数は減りました。1日3回ぐらいになりました。便の量計らなくて済みそうです。それより痛いのは睾丸。ひりひりで昨日は夜中も眠れないぐらいでした。
<血圧>
毎日、3回看護婦が脈と血圧、体温をはかりに来ます。脈と体温は誰が測っての同じですが、血圧は看護婦によって高く測る人、低く計る人がいます。全く信用ならない。昨日なんか158/102とか言われびっくりしていました。その後150/98とか言われ、看護婦が替わったとたん130/78とか言われました。確かに血圧は変動するけどその看護婦はいつも高い。
<HPの更新>
昨日昼からずっとやっていた。もう目が疲れて仕方がない。一太郎で最初作っているのですが、アクセスカウンターなど対応していないものがあり{使い方が分からないだけかもしれないけど}表紙はそのまま上書きできません。そのためいちいちHTMLタグを直接打たなければならない。しかもどこに打つか探しながら。実にめんどくさい。
 それから、写真は今年沖縄行ったときのものです。別に大意はございません。リンクも作りました。

白血球
11300
赤血球
300
血小板
10.1
血圧
158/98
体温
36.8
ヘモグロビン
12.1









 

01年
2月6日
{火} 
Day19




















 

<造血>
昨日の血液検査で白血球はまだ高いが、赤血球も血小板も順調に作られているみたいだ。もう輸血は必要ないだろう。後はこの新しい兄の血が私の体とどれだけ仲良くしてくれるかだ。あんまり仲良くしすぎても困るらしい。一番良いのは私の体の残存の白血病細胞とは中悪く喧嘩して、消滅させ、その他臓器などとは仲良くしてくれれば。そんなにうまくいかないかも。
<その他、血液検査>
サイトメガロウイルス{ウイルス感染症の内の1つ、日本成人の80%から90%は抗体陽性で体内でウイルスのゲノムを持っている。移植後再活性化によって発症する}は陽性であった。この時期陽性になったり、陰性になったりするらしい。
 肝臓の数値が悪いG-GPTは230位有った。{通常は10−65}でも徐々に下がっているらしい。
 血圧がやっぱり高め下が100越えるのはやっぱり高すぎ
<HP更新>
タイトル募集と書いてあるのに誰も相手してくれないので、「元気1番」に決めた。単純明快。それと今HPの引っ越しをしているinfowebからniftyにinfowebの都合で変えることになった。全く邪魔くさい。
 カップヌードル食べたが、水くさい。悲しい。いつになったら味覚戻るのか?

























 

01年
2月7日
{水} 
Day20



















 

<Yさん大丈夫かな>
私がこの病院に入院する前からいろいろアドバイスをくれているYさん。体調が良くないらしい。昨日看護婦が言っていた。急性リンパ系白血病で3年前に移植し、再発して今回僕より1月半ほど先行して再移植されていた。移植中の元気な姿を見せてもらっていた。私が無菌室にいるときも病室から見舞いに来てくれたりして、そのときすでにIVHも外れ、もうそろそろ退院されるのかとも思っていたのに。とても心配。早速病室向けてメール送ったが。
 内科はこれが怖い。外科と違いいつ体調が替わるか分からない。大部屋にいるときも、昼間とても元気っだたおじいさんが、夜急にせき込んで、酸素マスクを付けられ、ナースステーション横の特別室につれて行かれてた。
 きっと入院中の死亡率も外科と内科では、内科の方が多いだろうな。その代わり外科は、包帯をグルグル巻きにされていたり、ギブスをはめさせられたり、固定されて生活しずらしそうだが。実は同じ階の横の病棟が第二外科なので。
<点滴減少>
サンデミン{免疫抑制剤}、高カロリー液の500カロリーぐらいになりその他の抗生剤も減ってきた。この分だと今週中になくなるかも?
<味覚3>
森永ミルクチョコ甘くない。コーンスープ水くさい

白血球
8800
赤血球
284
血小板
10.1
血圧
160/98
体温
37.3
ヘモグロビン
11.4
LD
322
尿素窒素
25
体重
83.2





 

 01年
2月8日
{木} 
Day21














 

<点滴減少2>
24時間点滴ではなくなりました。朝晩2回の点滴となりました。昼点滴棒を持たないで、トイレに行ったときもうスキップでもしたい気持ちでした。
<準無菌棟からでても言い許可か>
準無菌棟からでても良い許可かでました。と言ってもこのフロアーだけなのですが、売店などはまだ行けません。
<娘再会>
無菌棟からでる許可かでたので、早速、愛児望ちゃんと合いました。何か最初敬遠していたみたいでしたが、次第になれてきて帰りには、僕の所にこようとして、無理矢理妻に離され寂しそうでした。でも私は久しぶりに触れただけで大満足。いつチュウ出来るかな?
<味覚4>
ヤキソバUFOを食べた。プラスチックを食べてるみたいだ。もっともプラスチック食べたことないが。蜜豆缶詰の密、直接舐めたら少し甘みを感じれた。前より少し進歩。えびせんも少し塩気があった。
 



















 

01年
2月9日
{金} 
Day22


















 

<Yさん来室>
心配していたYさんさっき部屋まで来てくれた。やっぱり調子悪かったそうです。一気にGVHDがでたそうです。おまけに肝臓の数値が悪く肝生検をしたそうです。ああ、痛そう。お腹刺すんやろな?今は元気になっていました。Yさんの知り合いの方ご心配なく。結構有名人だから。最後にいつものように私に退院してからの注意事項などをアドバイスして部屋に帰った。
<味覚5>
チョコ甘み感じてきた。えびせん昨日よりもまだ塩味感じた。昆布はゴムみたい。ゴムは舐めたことあるで。準無菌室でかってこれだけ間食している人おるかな。でも楽しみないもん。
<退院っていつ出来る?>
先生に退院の基準は有るのかと聞くと正確にはないらしい。私としては今どこも痛くも痒くもないのに、何で寝ているのかと思うこともある。最初の説明で入院は移植前1月移植後3月と聞いていたが?でもYさんみたいな事もあるしな。その前にいったい俺は病気か?
<HP更新>
リンク先だいぶ充実させました。医療機関関係では慢性骨髄性白血病につき分かるようにし説きましたので、いっぺん見て。

白血球
9000
赤血球
287
血小板
10.3
血圧
150/90
体温
37.1
ヘモグロビン
11.4
ΥGT
123
LD
290
AST
22
ALT
59
尿素窒素
25
 

01年
2月10日
{土} 
Day23













 

<プルトルコ?>
以前このH医大病院の私の入院先が1月より造血幹移植部と名を変えたこと言ったけ?結果的に新しく名を変え私が移植第一号となったわけである。その後1週間に1〜2人のペースでやっています。2番目の方、3番目の方が同じ慢性骨髄白血病の同じ慢性期、兄弟間、大体同じ年齢なのですが、それぞれ移植のやり方が違ってます。私が末梢血幹細胞移植、2番家の方は骨髄移植、3番目の方は末梢血幹細胞移植、私もなのですが別にどのやり方でしてくれと望んだのではありません。にも関わらず何で違うのだろうと話してました。
 教授が回診の時よく「あなたの場合」と言われますので大学の方でやっぱりいろんなパターン研究しているのだと感じてきました。別に嫌なことはありません。むしろ嬉しく思います。こんなに元気にしていただいて、なおかつこれから白血病となる人のためにも成るのならこんなに嬉しいことはありません。私も今こんなに回復が早いのは、先人の移植患者のお陰だと感謝しております。


















 

01年
2月11日
{日} 
Day24

























 

<やっぱり僕は病気だった、ショック>
昨日、ビックリしました。朝はいつものように元気にHPの更新してたのに昼から急に膝が痛くなり、悪寒がしてきて39.5分まで発熱しました。トイレに行こうと起きあがると膝が痛くて立てない。看護婦が「車椅子持って来ましょか?」ウーン。それは断った。何とか足ひこずってトイレまで行った。子供と一緒で土曜の昼からの発熱。当直の先生が来てくれて、採血し、抗生剤の点滴、高カロリーの点滴、解熱剤、で夕方にやっと38度代まで戻りました。また点滴生活に戻ってしまいました。IVHからの感染かもしれないと言うことで抜きました。IVHがとれる日を楽しみにしていたのに、こんな形で抜くとはやっぱり初めからIVHとはそりあわん。それで腕からの点滴。また入れるの痛い。もうあっちこっち針刺さないで!
 一歩後退かな?もう元気なので退院いつ出来るかばかり考えてたのに。
<家族全員の見舞い>
夕方学校休みなので子供たちもみんな見舞いに来てくれた。家内の反対を押し切り、少しだけの約束で準無菌棟の外で待つ子供たちに足引きずって会いに行った。
 長男、義康。実に2週間ぶり「熱あんの?」のと聞いた後、塾の漢字テストで高得点を取ったのでゲーム買ってだって。自分も頑張ってることお言いたいのだろう。
 次男、聡則。ひたすら心配そうに私を見ていた。彼はホント心根の優しい人間だ。
 長女、望ちゃん。「ギャーギャー」吠えてた。可愛い。
<また、発熱>
ここから、11日。また熱でてきた。と言っても37.5分。寝よ。さっき先生が来て、今まで何もなかったらちょっと気を付けろと警告かもしれないだって。






























 

01年
2月12日
{月} 
Day25

 

<熱下がりましたよ>
心配掛けてすみません。一様下がりました。時々37.0〜37.2ぐらいになりますが、心配ないでしょう。
<見舞い>
今日は祭日でもあるので、たくさん見舞いに来てくれた。みんな気を使わないでね。僕は元気だから。






 

2001年2月13日(火)
Day26




















 

<HPの更新>
ああ疲れた。一太郎めっちゃくわしなった。今、「完治に向けて私の目指す所って」作っていますから、また出来たら見て。今出来ました。結局3日掛かりました。久しぶりに気合いを入れて文章を書きました。
<肝臓の数値が上がってきた>
肝臓数値が上がってきましたね。この前の発熱のためだと良いですが、GVHDだとちょっと。肝臓にでたら肝生検なんて嫌ですからね。先生もGVHDの数値ではないと言ってたが。根拠も持っておられたし。聞いたけどよくわからんかった。まあ、大丈夫でしょう。今、熱もなく元気なんだから。CRPはやっぱ少し上がってますね。なんか、ウイルスやったんでしょう。土曜の熱は。3日経ってるから、だいぶ下がったのかな。









 

白血球
6600
赤血球
290
血小板
6.7
血圧
138/78
体温
36.7
ヘモグロビン
11.6
ΥGT
164
LD
326
AST
75
ALT
216
尿素窒素
22
CRP 1、3