移植入院から退院まで{2}
 
準無菌室から大部屋まで{2}
 
★ここで私が今考えたこと{勉強したこと病気について}
「完治に向けて今後私の目指すところ」1度見てください。
 

 2001年
2月14日  (水)
Day27
















 

<腹痛>
この病気の痛みはいつも突然やってくな。また昼まで何ともなかったのに。おまけにまた悪寒がしてきて4日前お思いだし、あわてて布団をかぶって寝ました。でも熱は上がってきませんでした。37.1度微熱と言ったとこりかな。良かった。お腹は便がたまってるような感じの痛みです。ドっ、ドっ、ドっと便がでれば治りそうな感じなのにな。下痢はしていません。カロリー点滴をやめてからは治ってます。
<血液検査>
肝臓の数値は下がってきました。免疫抑制剤の血中濃度は310でこの時期としてはよいそうです。CRPはまだ少しありますね。サイトメガロウイルス、マイナスだったそうです。
<1階まであるいた>
レントゲンを撮りに1階までエレベーターに乗りました。実にこの階からでるのはちょうど1ヶ月ぶり。30歩以上は歩いたでしょう。売店も次いでに行こうかと思ってましたが、看護婦に「まっすぐ帰って来てくださいね。」釘刺された。読まれてる。→今OO先生来てレントゲンどうもなかったって。

白血球
7300
赤血球
288
血小板
6.9
血圧
138/78
体温
37.1
ヘモグロビン
11.6
γGT 159
LD  304
AST   45
ALT  184
CRP 0,5



 

2001年
2月15日(木)Day28










 

<腹痛2>
だいぶ痛みは治まりましたがやっぱり違和感があります。膀胱かもしれません。先生が言うには軽い膀胱炎なら心配いらないそうです。しばらく様子見。
<不安>
ルークトークと言うMLに参加しています。大変役立ちますよ。まるで他人事を自分のこととして喜べることもあります。しかし、「元気ななりました。」と言う報告などもありますが、Day何日目、何年目で再発しなしたとか、重度の慢性GVHDで困っていますとか、時には「残念ながら、ご冥福を」なんても載ってます。昨日なんかは、議論が白熱して「移植後の患者本人が1/3は、失敗し死んだり後遺症で苦しむのですよ」だって、掲示板カキコいただいた方も参加しておられました。私もみんなに負けず頑張らなくてはと思う気持ちと正直不安にもなります。















 

2001年2月16日(金)Day29


































 

<ML、ルークトーク>
 昨日ルークのマイナス面話してしまったので、今日は良いアドバイスと言うか感動したを受けた話をします。前置きが長くなりますが。
 そのときは兄とHLAが合い、移植が出来ると分かった時、普通なら喜ぶべき時期なのに私は移植をしたらどうなるのかと悩むように成りました。普通の生活が出来るのか?普通の人間と同じように生きていけるのか?
 私はこの答えが誰にも分からない事は分かっていました。まず移植がうまくいくか分からないのにその後どうなるかなんて。分かりながらも不安は募るばかりなので、その気持ちを投稿しました。答えはきっと返ってこないと思ってました。3日後返事がありました。アメリカシアトル在住のMさんからでした。
 その答えは
 《、アメリカで「プレゼント」と言う言葉を辞書で引いたら、「時を大切に」と言う意味があるそうです。》
 そうなんです時間は神様からのプレゼントなんです。どうなるかなんて誰にも分かりません。そんなことを考えるより、自分に与えられた時間を精一杯生きることが大切だ。感動しました。(*_*)
<今服用している薬>
●ネオラール{免疫抑制剤}9時、21時1日2回 50mg*2+25mg*1
●メドロール{ステロイド}朝4mg*3、昼4mg*1
●ザイロリック{尿酸値下げる}朝100mg*1
●ジフルカンカプセル{忘れた}朝100mg:2
●ムコダイン錠{タン切り}、ポリミキシンB錠{腸内殺菌}、アプレーシス錠{忘れた}、シプロキサン{忘れた}、アルミサン液{胃薬}が朝昼晩3回
●ガスターD錠{胃薬}寝る前10mg*2
●バクタ錠{肺炎予防?}週2回
☆点滴
●抗生剤朝晩2回。熱出した土曜から。
●ガンマーガード{免疫グロブリン製剤}2週間に50ml*5本{点滴無くなるかと思ったら、退院してからも免疫抑制剤飲んでる間2週間に1度点滴するそうです。じゃまくさ。}

白血球
8400
赤血球
307
血小板
4.8
血圧
117/78
体温
37.0
ヘモグロビン
12.0
γGT 150
LD  279
AST   27
ALT 132
CRP 0,3以下



















 

2001年2月17日(土)
Day30









 

ついにDay1月
<ルート無くなった>
約45日間ずっとあったひも{ルート}から解放された。嬉しい。普通の人間にちょっと近づいた感じ。久しぶりに頭から、シャワーを浴びた。なんと気持ちのいいもんだ。次は早く子供たちと一緒に風呂は入りたいもんだ。
<腹痛>
やっぱきょうも腹痛はある。膀胱が痛いのか、腸が痛いのか、自分でも分からない。微熱もある。37.2やけど。
<肌乾燥>
乾燥しているのか、移植の影響なのか足、腕、太股、ビリビリしてる。すれると痛くなってきた。日焼けや、温泉、皮膚に注意とは、この辺の事かな?













 

2001年2月18日(日)
Day31








 

<隣室、Nさん心配>
 昨晩夜中ずっと、叫び声とか、うめき声とか、聞こえていた。隣室からだ。
 夜中にトイレに3回行った。Nさんの部屋はずっと電気がついてて、中で処置しているみたいだった。明日になったら看護婦さんに様態聞いてみようと思っていた。朝6時トイレに行くと母親と思われる人が面会に来ていた。もう様態を聞くのをやめた。
 9時頃、今度はすすり泣く声とともに、息子さんでしょうか「お母さん、お母さん」と聞こえてきた。私もベットの上で、涙が止まらない。
 












 

2001年2月19日(月)
Day32













 

<隣室>
もう昨日の午後には掃除に入ってた。部屋の名札を見ると、全然知らない名前が掛かっていた。もう入るのかと思っていたら、夕方にはその名前はなくなっていた。ほかの患気を使ってなのか、縁起を担いでなのか{この言い方は失礼だが}?とにかく今は、空いている。 →→後で分かりましたが、Nさんは元気に大部屋にいた。新しい名札の人だった見たい。
<腹痛>
やっぱりお腹痛い。下っ腹が絶えず痛くて、今日は昼食後上の方まで痛くなってきたので、しばらく寝ていた。先生は血液検査の結果は別に悪い所見はでてないそうだ。でも痛いのは事実。教授回診があって、GVHDの可能性があるので、生検しょうと言っていた。整腸剤も出してもらった今だ利かず。

 

白血球
7800
赤血球
321
血小板
9,9
血圧
130/78
体温
36.8
ヘモグロビン
12.6

LD  257
AST   23
ALT 83
CRP 0,3

2001年2月20日(火)
Day33














 

<誕生日写真>
昨日家内が次男の誕生日{1月10日}の写真を持ってきてくれた。我が家ではみんなの誕生日ケーキを買って、なんどもローソクをつけ、歌を歌うのが、決まりである。昔は飾り付け何かしていたが、今はケーキだけであるが。持ってきてくれた写真には、子供3人写ったものがあった。今までは、子供2人に赤ちゃん一人と言う感じだったのに、長女望ちゃんがいちょこに、お兄ちゃんに混じって、子供になっていた。何か変。写真取るときは今までだいたい誰かに抱かれていたのに、3人並んで写ってた。ちなみに彼女はまだピースがサインが出来ない。指が1本なったりパーになったりする。でも本人は、お兄ちゃんと同じピースだと思ってる。
<腹痛>
GVHDかもしれないと言うことでまた免疫抑制剤増えた。50mg*2だったのが25mg増えた。利尿剤、もでた。薬増えてきた。
 


















 

2001年2月21日(水)Day34

















 

<皮膚生検>
結局腹痛がGVHDかも分からないと言うことで、昨日手のひらの皮膚切りました。初めて手術台の上に寝ました。大きなライトがあって、BGMなんか流されて、ちょっとオーバーとちがうんと思いました。
 若い女医さんが入ってきました。電気をつけて初め出すと、「手袋するの忘れた」「先生見てもらって」とかなり緊張していました。僕も怖くて、「痛い」「手はグーが良いのパーが良いの」聞いてるのに答えてくれません。処置中もずっと、先輩先生の方ばかり見ていました。きっと始めてでは。
 別にそれは仕方ないことですが、あなたも先生として、医療の現場に立ってるのですから、もっと患者の方を見るべきだ。教科書見て授業しているのではないですよ!。
 昨日TVで医療ミスのニュースをやってました。簡単な手術で済むのをわざわざ最新の手術を医師がしたくて、慣れなくて失敗したとして、裁判になってます。きっとこれと同じだと思います。患者サイドで治療を見ないで、医師サイドで治療を行う

 





















 
 
大部屋から退院まで

2001年2月22日(木)
Day35










 

<大部屋に戻りました>
昨日の夕方急に大部屋に戻ることのなりました。きっと準無菌の部屋が必要になったのでしょう。私としてはどっちでも良かったのですが。ま大部屋も気晴らしになるし。でも朝9時頃来て、ばたばた追い出されたって感じかな。
<泌尿器科>
いろいろ調べてくれたけど、特に悪いことないって。でも痛いのはなぜ?膀胱。薬もくれた。お尻に指入れられた。この病院に来て、3回目。
<体重>
体重結局入院前に比べて10キロ減。このままどこまで下がるのか。足も細いし、顔も小さくなった。健康なときはなんぼやっても痩せなかったのに?
 

白血球
7100
赤血球
340
血小板
10.5
ヘモグロビン
12.8
γGT 87
LD  219
AST   20
ALT  56
体重
78.0

2001年2月23日(金)
Day36




 

<新人さん>
昨日一人、今日一人同室に新人さんが入ってきた。おひとりは同じCMLで移植らしい。ちょうど一ヶ月後。みんな同じだ。移植までのアドバイスなんかしちゃって、先輩になった気分と、今の不安な気持ちよく分かる。もう一人の方は今日初めてマルクするとびびっておられた。これもよく分かる。「大丈夫ですよ」と言ったものの、私も初めてのマルクの時、あの恐怖感を想い出した。








 

2001年2月24日(土)
Day37









 

<腹痛>
だいぶ治まってきました。まだ完全ではないですけど。胃のどーっと言う痛みは有ります。でも食事が食べれるようになりました。半分ぐらいだけど。
<体がだるい>
雨のせいかとも思ってましたが、ここ2,3日ずっとだるい。半日寝てます。移植の先輩たちに聞くと、みんなそうみたいですけど。私は気合いが足りないのかと、すぐそんな考えになりますけど。
<空気清浄機>
退院したときのために、どうせなら早くほしいとかないも言うので、今ヤフーのショッピングで空気清浄機を買いました。やっぱり安いは。メーカーの直より安い。何でか?













 

2001年2月25日(日)
Day38





 

<腹痛>
だんだんましになってると思うんだが、希望的観測が入ってるのかな?これが治ったら退院したい。かっての決めてるけど。大部屋に来ると、下界が近づいたみたいで、早くでたい。
<日曜の病院>
検査も何もないので、静かなようだが、うるさくもある。見舞いの人が結構ローカなど、動き回ってる。子供とかもたくさん来るし。









 

2001年2月26日(月)
Day39







 

<腹痛>
やっぱり痛いので、胃カメラ飲むことを承諾しました。でも腸だったらまた腸の組織切るために、何かするのかな。でもとりあえず、これも乗り切らないと退院は見えてこない。
<体だるい>
このだるさはなんだろう。ステロイドを減らしためではないだろうか、先輩移植患者さんが昨日来て言っていた。だんだん慣れた来るらしい。同室の先輩は、そらまだ移植して、1月ちょっとだから、そんな症状がでるのも当たり前と言っている。

白血球
4000
赤血球
305
血小板
9.5
ヘモグロビン
11.3
血圧
138/90
 

2001年2月27日(火)
Day40














 

サイトメガウイルス
陽性だそうです。しかも高い。46000分の145。普通3〜5/23000ですよね。と言うことで急きょデノシンの点滴開始。また点滴生活が始まりました。デノシンは骨髄抑制が掛かるそうです。5日やって2日休む。そんなやり方で行くそうです。もう退院のことばかり考えていたのに、一歩後退ですね。ま、ボチボチ行きましょう。腹痛もサイトメガロウイルスのせいかもしれません。
<850円オムライス>
今日CTの検査があったので、昼抜きでした。2時過ぎに家内が来たので、一緒に念願の病院のスカイレストランのオムライスを食べに行きました。もう普通の人と同じにご飯が食べれると思い、わくわくしていました。しかし、味が違う。移植前に食べたオムライスの味が感じられませんでした。辛い。しかも、移植前は5口ぐらいでぺろりと食べたのに、半分ぐらい食べたところでもう食べられませんでした。年頃の女性じゃ有るまいし、情けない。がばがば、食べる僕はどこに行ってしまったか。


















 

2001年
2月28日(水)
Day41



 

<腹痛、だるい>
腹痛い。今日は一日寝てるような。レントゲン取りに行った以外は。何でこんなに体がだるいのか。元気になれるのか。いつだ。



 

白血球
2800
赤血球
301
血小板
8.8
ヘモグロビン
11.0

2001年
3月1日(木)
Day42















 

<胃カメラ>
なんと苦しい。以前にも飲んだことがありますがその時は、3分ぐらいだったと思います。なんと今日は30分ぐらいに感じました。6カ所ぐらい細胞を取られました。その後初めて車椅子に乗りました。終わった後立とうと思ったら立てなかったのです。あまりの嘔吐にお腹の腹膜が、痛くなりました。その後ずっと部屋で寝てました。
<生禁解除>
昨日から、生禁解除になり、普通の食事がでています。お腹痛いのに大丈夫か心配です。またこんなに早く、解除されるの聞いたことがないと、同室の方言ってました。先生に、生禁解除と言うことは、「ケーキとかシュウクリームとかもいいの」と聞くと良いと言われました。でもお腹が痛いので食べる気しない。ついでにほんなら、「刺身とかも良いの」と聞くと答えはいいだって。あんまり好んでたべることは進めないがと言われましたが。
 昨日夕食にグレープフルーツ出てました。これいけないのん違うん。先生に聞くと、あんまり好んで食べるものでもないが、良いよと言われました。今まで人から聞いて多話と違うな。怖いので結局残しましたが。




















 

2001年3月2日(金)
Day43









 

<ゲーム>
HPの更新も飽きたし、最近はパソコンのRPGのゲームをしている。これが結構難しい。メモと鉛筆を片手にやっている。家で子供も同じものをしている。子供と競争しています。子供とメールで、何面まで行ったとか、こうして攻略するのや、なんて。このときだけ、子供もお父さんを尊敬するみたい。もっとほかのことで尊敬してくれ。
<腹痛>
胃カメラの中間報告で、やっぱりサイトメガロが関係しているそうです。結構数値が高いみたい。 


 

白血球
3500
赤血球
295
血小板
7.9
ヘモグロビン
10.6
γGT 127
LD  224
AST   22
ALT   64
CRP 0,5

2001年3月3日(土)
Day44






 

<ひなまつり>
今日はひな祭り。家内が見舞いに来たので、ひな人形出したと聞くと、お内裏様とお姫様だけ出したそうだ。家内も忙しいから仕方ない。望ちゃんごめんね。来年はお父さんが出してあげるから。
<サイトメガロウイルス>
結果まだでないらしい。早く知りたい。血液中のウイルスが無くなっても、胃の中には有るかも分からないので、今日先生に、後2,3回カメラ飲んでもらうと言われた。思わず「えーえ」と大きな声を出してしまった。










 

2001年3月4日(日)
Day45

 

<腹痛>
毎日こればかり。胃が痛くなったり、腸が痛くなったり、膀胱が痛くなったり。あちこっち変わる。みんなサイトメガロウイルスのせいだろうか。金曜日の検査では、24/26000でした。





 

2001年3月5日(月)
Day46














 

<腹痛>
まだ痛みますが、だいぶ楽になってきました。デノシンの点滴で骨髄抑制は起こってなく、血液の数値はそんなに下がってません。2週間続けるそうです。微熱がずっとあります。デノシンの副作用かもしれません。37.0から37.5ぐらいです。
<だるい>
体がすごくだるいのです。最近1日中寝てるような。朝7時半に起きて、ボーとして、ご飯食べて、歯磨きして、ごたごたして、10時頃からしんどくて寝ます。12時に昼ご飯で起こされまっす。それから昼ご飯食べて、歯磨きして、ごたごたして、2時頃からまた寝ます。3時半頃から起き出してようやくからだが動きます。消灯が9時ですが、この時間頃が一番元気です。11時頃寝ます。こんだけ寝たら、夜寝られないかと思ったら、またよく寝られる。このだるさは、薬のせいか、移植のせいか、はたまた気合いが足らないのか。準無菌室にいたときの方が、元気やった気がする。

白血球
4200
赤血球
293
血小板
8.4
血圧
138/66
体温
37.5
ヘモグロビン
10.5
γGT 115
LD  214
AST   30
ALT   65

 

2001年3月6日(火)
Day47













 

<ステロイドで元気?>
準無菌室の方が元気だったのは、ステロイド剤{メドロール}のお陰だったのでしょうか?あのときは。朝3錠、昼から2錠飲んでいました。その前は点滴で入ってましたから。食欲も有りましたし。結局は薬で元気だっただけなのでしょうか。今は1日1錠しか飲んでません。今が私のホントの姿なのでしょうか。体が1日中だるくて、食欲がありません。パソコンもしんどい。HPの更新などとんでもない。
でもと気が立てばきっと元気を取り戻せるはずです。焦らず、何もないのが不思議なのだから。頑張るぞ。
<サイトメガロウイルス>
昨日の検査の結果は24/26000でした。だいぶ減ったというか、これだけというか。もう一週間になりますよね。この数値でも普通はかなり高いことになります。胃の方もサイトメガロウイルスのせいで、GHVDは起こってないそうです。

















 

 2001年
3月7日  (水)
Day48






 

<だるい>
この原因 
1,サイトメガウイルス
2,サイトメガウイルスをたたく、デノシンの点滴のせい
3、ステロイド薬の減量。{準無菌の時は、寝られなく   ても元気だった。今はよく寝られるのに}
4、移植の影響{抗ガン剤の影響}
どれかだろう。デノシンの点滴は2週間するそうだが、もし陰性にならなかったらどうするのか。徐々に減ってきているみたいだが、今日またお腹痛いで。前と同じ感じ。食欲全くない。昼飯全部残した。晩飯もいらんわ。











 

2001年3月8日(木)
Day49














 

<インフルエンザ>
家内がインフルエンザに掛かったらしい。近くの診療所でそういわれたらしい。怖い。私も感染してないか心配で、もしかかっていたら、同室の人に迷惑掛けないか心配だ。先生に調べる方法ないのか、というと、症状が出る前に調べるのは難しいらしい。
<血液検査>
数値はそんなに下がってなくて良かった。でも赤血球が低いので、これ以上下がったら輸血しましょうとのこと。サイトメガロのデノシンの点滴は、きっちり2週間やり、その後減量するか、他の薬にするか考えるらしい。まだまだ退院は遠そう。
体重は下げ止まり 76.0s{入院時よりー12s}
<胃の痛み>
持病で持っている胃がギュウと痛くなるのが昨日の夜中と、今日の11時頃起きた。胃、腸はまだ痛いが、カップしること、どらやきを、売店で買って食べた。胸がいっぱいになった。吐きそう。これで晩飯は食べられないだろう。

白血球
4000
赤血球
295
血小板
7.3
ヘモグロビン
10.5
γGT 124
LD  239
AST   32
ALT   65
CRP 0,4




 

2001年3月9日(金)
Day50














 

<胃の痛み>
 今朝も5時頃から胃がギュウと痛み出して、朝食を食べると今度は、おへその上あたりが痛くなってきます。夕方を過ぎると痛みはなくなります。体も比較的元気になります。先生に言うと、特効薬みたいなものはないな。とりあえず様子見。
<サイトメガウイルス>
3/16000。何とか利いてきたみたい。ほっとした。このまま月曜の血液検査では、陰性になってるでしょう。
<FISH>
細胞103個中3.9個にbcr−Abl遺伝子と言うことでまずは合格。でもどうして、カンマが付く数字が出るのだろう。
<家内の風邪>
電話でかなりしんどそうだった。病院に行って点滴してもらうそうだ。子育て今まで2人だったのが、あの子供3人を今一人で見なければならないのだから、そら疲れるは!とりあえず兄に子供の面倒頼んだ。今一番の心配事。


















 

2001年3月10日(土)
Day51





 

<家内も入院>
風邪で家内も入院したそうだ。とりあえず月曜まで、入院するそうだ。一番下の望は家内の妹夫婦に、上2人は私の兄夫婦にいそうろう。家族バラバラって感じ。負けてたまるか。
<体調>
相変わらず、午前中はだめ、胃が痛く、お腹も痛く、体もだるい。朝早くいつも通り、胃が締め付けられる。午後からは大変調子がいい。もう退院できるのではと思うぐらい。









 

2001年3月11日(日)
Day52

 

<体調>
午後からは、体調が良い。午前中お腹が痛かったけれど、ハーゲンダッツのアイスクリームを食べた。味はやっぱり少し違う。あいかわらず食欲なし。
昨日、また悲しい出来事があり。





 

2001年3月12日(月)
Day53




 

<体調>
今日は元気な方。お腹も痛くはないがだいぶまし。家内の代わりに、母親が着替えを持ってきてくれた。70を前にした母親に迷惑掛けるのは辛い。でも母親は結構嬉しそう。今までもしょっちゅう見舞いに来たかったのだろうが、家内に気を使って、これなかったのだと思う。やっぱり母親にとっては、3,4つの子供と同じように思っているのでしょう。








 

2001年3月13日(火)
Day54








 

<帰りたいな>
 だんだん帰れるのではないかと思ってきたら、帰りたくて仕方なくなってきた。でも今日またお腹が痛くなった。昨日はずっとましだったのに、いったいどうなんだろう。サイトメガウイルスはどうなんだろう、先生早く教えてよ。家内はどうなんだろう、子供たちどうなんだろう、早く一緒に遊びたいよ。移植54日もう退院した方もいるのに、僕は、どうなんだろう。
デノシンで骨髄抑制は掛かってないが、肝臓の数値上がって来たんちゃうん。もうやめてや。早く家かいらして。

 

白血球
5000
赤血球
303
血小板
7.4
ヘモグロビン
10,5
γGT 159
LD  246
AST   30
ALT   63

2001年
3月14日  (水)
Day55











 

<爪生え替わってきた>
 爪、すべて生え替わるそうです。知りませんでした。今爪真っ黒です。両方の親指だけもう下から爪生えてきてます。皮膚の皮もすべてむけ変わるらしいし。今まだらに黒くすごく汚い。
<サイトメガウイルス>
1/23000で陽性。1個でも陽性は陽性らしい。デノシンの点滴は続く。陰性になって2回陰性が続かなければデノシンはやめられない。採血は今週に2回だから、少なくても再来週まで続くことになる。と言うことは、再来週まで外泊は出来ない。
<家内退院しました>
おかげさまで家内は退院しました。久しぶりに我が家に、明かりがともったことになる。家内も子供に会いたくて仕方なかったらしい。でももうすでに長男ともめたらしい。羨ましい限りです。
















 

2001年3月15日(木)
Day56













 

<腹痛>
痛くはないのだが、お腹が冷えてるような感じ。胃の方は相変わらず、胸一杯。何か上がってくる感じ。今日で3日間誰にもあっていない。別に寂しくないが、変化のない生活なので、つまんない。子供が抱きたいな。
<病院食>
久しぶりに朝ご飯、昼ご飯全部ではないが8割ぐらい食べられた。もっとも朝はお粥さん、昼はうどんだったので。夜はもうサンドイッチ買ってきた。今日は鮭らしい。米がまずいのよ。海苔で巻くか、お茶付けにするか、しないと食べる気しない。いつももったいないと思うが、最近はもう慣れてしまった。でも私だけでなくほとんどみんな残して、残飯となっている。



 

白血球
5000
赤血球
285
血小板
8.0
血圧
138/78
体温
37.1
ヘモグロビン
10.0
γGT 163
LD  231
AST   27
ALT   51
CRP 0,3

2001年3月16日(金)
Day57









 

<外出許可>
朝晩デノシンの点滴があるので、外泊は出来ませんが、気分転換に散歩でもしてきたらと言われました。近くに大きな川があるので。でもそこまで行って帰ってくる自身はありません。
<風呂>
今日シャンプーを使いました。髪の毛有りませんが{前の髪の毛がちょろっと残ってます}やっぱり頭はシャンプーでないと。
 髪の毛は生えてきませんが、ひげが生えてきました。
<速報>
今サイトメガロウイルスが陰性になりました。でも後2回陰性が続かないとデノシンの点滴はとれないそうです。













 

2001年3月17日(土)
Day58




 

<食欲不振>
胃が痛むので、食べる気はしない。すぐに胸がいっぱいになる。昼に売店で240円のいなり寿司と巻きずしのセットを買った。いなり寿司3個、巻きずし3個、2個ずつ食べたところで、お腹一杯になったが無理して全部食べた。その後、苦しくて苦しくて、わずか240円のすしが食べられない。情けないことです。でもお腹はへっこまない。腕や太股が細くなっただけである。








 

2001年3月18日(日)
Day59






 

<長男の誕生日>
明日は長男の誕生日。最初Day60日で退院が目標だったので、長男に誕生日一緒にやろうね。と言っていた。退院が無理でも、外泊は出来るだろうと思っていたが、だめだったので、昨日それを伝えると、長男はがっかりしていた。冷蔵庫に、3月18日僕の誕生日と書いたその横に、3月?日お父さんが帰ってくる日、と子供が書いているらしい。
<体調>
体調はけっこいい。胃が痛いのと、食欲がないのをのぞけば、ほぼ完璧。










 

2001年3月19日(月)
Day60










 

<食欲不振>
相変わらず、米を見ただけで胸が一杯になる。無理して食べて1/3です。朝ご飯のお粥は全部食べられるのですが。もっと動けば食べられるのか?
<頻尿>
1時間に1回位トイレに行きます。行っても少ししかでません。我慢すると膀胱が張ってきて痛くなってきます。だから、頻回に行きます。





 

白血球
4000
赤血球
294
血小板
10.0
体温
37.0
ヘモグロビン
10,1
γGT 178
LD  225
AST   27
ALT   46

2001年3月20日(火)
Day61






 

<見舞い>
3時頃親戚のおじさんおばさんが、4時半頃友達が、6時に家内と子供が。友達が来てくれたらやっぱり面白いな。久しぶりに笑った。望ちゃん、聡則、彼らを見ると、力が沸いてくる。頑張るぞーって感じかな。それから家内が、かにちらし寿司を買ってきてくれた。しかし、半分しか食べられなかった。かに、いくら、放すのがとても辛かった。
<サイトメガロウイルス>
今看護婦に聞くと、陰性だったらしい。外泊が近づいたかな。










 

2001年3月21日(水)
Day62









 

<ついに外泊できそう>
サイトメガロウイルスが2回続けて陰性だったにで、点滴が朝だけになります。と言うことは、朝点滴して次の日の朝まで、何もない日は外泊しても良いって事。おー、ついにしゃばが拝めるぞ。でも帰れるかな?ちょっと心配。
<口の中、変>
絶えず、何か味がしている。最初イソジンかなと思っていたが、みんなに聞くと、うがいをしたらイソジンの味は残らない。味と言っても何かドロッとした感じ。
<尿道こそばい>
おしっこをするとき、また終わった後、座っていても、おしっこをしたくなったときも、なんかこそばいような変な感じ。痛くはないんだけれど、これも尿道炎なのかな。













 

2001年3月22日(木)
Day63








 

<ついに外泊>
朝の点滴があるので、朝には帰ってこなければ成りませんが、明日に朝から、あさっての朝まで家に帰ってきます。と思っていたのですが、土曜日曜と病院休みなので、明後日、点滴だけ打ってそのままかえることになりました。だめで元々と思っていって見たら、OKが出たのでラッキーです。それと先生の口からもう退院なと言う言葉が出ました。嬉しくもあり、正直心配でもあります。膀胱痛いし、食欲ないし、えづくし。


 

白血球
4200
赤血球
300
血小板
11.3
ヘモグロビン
10.4
γGT 170
LD  237
AST   23
ALT  38

2001年
3月23日から
3月26日
Day64
Day65
Day66
Day67










 

<外泊>
楽しかったと言うか疲れたというか。でも、私の本当の居場所が分かりました。私は家族の一員であり、また会社での一員であり、親、兄弟がおり、社会の一員でもある。病院にいるのが、当たり前ではないのである。{当たり前か}
 家だと食事も結構食べられたし。と言うか子供と一緒なので、わーわー言いながら、自分がどれだけ食べられたのか、解らない。
 お風呂も一緒に入れた。望の頭を洗うと髪の毛が伸びていた。3ヶ月の間にずいぶん伸びていた。夜は私があんま機で横になっていると、そのお腹の上に乗ってきて、いつの間にか寝ていた。夜中に、目が覚めたのか私を捜して泣いていた。私を見つけると、すかさず抱きついてきて、一緒に布団に入った。顔の前で「ゴホン、ゴホン」されたり鼻を付けられたりした。昨日の晩もお父さんを捜しているのでは?可愛そう。
 兄二人もとても嬉しそうにしてくれた。調子に乗って、外でサッカーボールの蹴りあいをした。その反動が今来て、とても今日はしんどい。

白血球
3500
赤血球
295
血小板
10.5
血圧
138/78
体温
37.3
ヘモグロビン
10.2
γGT 163
LD  258
AST   25
ALT  36
CRP 0,3

 

 2001年
3月27日(火)Day68



 

<吐いた>
 昨日の夜、11時頃久しぶりに吐いた。昼も夜も食事二口ほどしか食べてないので胃液しか出ませんでしたが。ずっと吐き気はしていましたが、吐いたのは無菌室以来。そして今朝、また吐いてしまった。唯一食べられる朝のお粥さんを全部吐いてしまった。と言うことは一日何も食べていないことになる。体がだるい。みんなこんなものなのか?
家では一様3食、食べられたのに。








 

2001年
3月28日 (水)Day69









 

<食欲不振食>
外泊から帰ってから、食事で栄養が取れてないと言うことで、食欲不振食に変えてもらいました。そんなのがあるとは知らなかった。どんなのかなと楽しみにしていたら、普通の食事に、ご飯が少なくなって、代わりにデザートが増えていた。やはり見ただけで、吐き気がしてくる。先生には聞け止めをもらって、それを飲んで、吐き気が治まっている内に、ガーと食べてしまおうとしたが、作戦失敗。一向に吐き気が止まらない。でも今日は昼子供が来てくれたので、一緒に食堂でピラフを半分ぐらい食べられた。子供の食べる勢いにつられるのか。小学2年の次男はラーメンとカツ丼を食べていた。望ちゃんは私の残り、お兄ちゃんの残り、お母さんの残りみんな食べていた。半分は床に落としていたが。














 

2001年3月29日(木)
Day70














 

<また、金、土、日外泊します。>
うれしい。もうまた3日普通人に戻れる。今日の採血で結果が悪かったら、呼び戻すかもわからんと言われたけど。もうそのまま病院に帰らなくてもええんちゃうん。
<無菌室見舞い>
 先日まで同室だったTさんを見舞いに、無菌室に面会に行った。元気そうで何よりだった。移植後一週間だった。エンドキサンがやっぱり一番しんどく、私の言ってた通り二日酔い状態になったそうだ。2ヶ月半前私もこの部屋にいたことが、まるで夢のように感じた。面会通路から中が割とよく見えることに驚いた。
<尻痛い>
今日も泌尿器科でお尻に指入れられた。いったいこの病院に来てから何回お尻に指入れられただろう。外科では痔を見るのに、カメラも入れられたし。
<血液検査>
 デノシンやめたから上がってるかと思ったけど、逆に下がってる。血液って本間わからん。

白血球
2900
赤血球
292
血小板
9.9
血圧
138/78
体温
36.8
ヘモグロビン
9.9
γGT 161
LD  254
AST   30
ALT  39

 

2001年
3月30日から
4月1日(日)
Day71
Day72
Day73













 

<外泊切り上げ>
 一昨日まで引っ付きまくってた望ちゃん、昨日の3時頃から昼寝をして、起きてきたら熱いと言うことで、熱を計ると38,5分。耳の後ろが痛いというので{お多福風邪?}ビックリして休日診療所につれていくと、お多福風邪かどうかは、2,3日経って膨れてきたら当たり。と当直の先生に言われたらしい。「病院から外泊で主人が帰ってる」と言うと、先生「ご主人もお多福風邪掛かってるでしょうし、大丈夫。」「それが骨髄移植をしたんです」と家内。先生「すぐ病院に帰ってください」と言われたらしい。たまたま、血液内科の先生だったらしい。
 でも家内が帰ってくると、もうp。m9時すぎていたので明日にしようと言うことになり、それから、望も私も別々の部屋、彼女は一階私は二階に、閉じこもり。下から「お父さん、お父さん」と何度も聞こえた。朝、私が二階にいることを知っていて、何度も階段を上がり、途中で家内に連れ戻される。そのたびに、「お父さん」と泣き声が。彼女にとっては、いったい何が起こったのか、かいもく分からなかったであろう。病院へ友達に送ってもらうとき、望のいる部屋の前を通ると、気づかれ、部屋から出てこようとして、家内に扉を押さえられ、それでも、家内を押しのけ足の間から必死に顔を出す。もう少しの我慢。






















 

2001年4月2日(月)
Day74






















 

<胃カメラ2>
 昨日突然看護婦が「明日胃カメラ、絶食ね」ダチョウ倶楽部じゃないけれど、そんなん聞いてないょ と言いたくなりました。こんなに吐き気がしている状態で、カメラ飲んだら、よけい悪くなる。
 10時頃諦めて胃カメラ撮りに行きました。いつものように苦しく、オエー、オエー。やっと終わった。しかし細胞取ってないぞ!心配で「先生細胞取らないの」と聞くと「こないだ取ったから良いの。」それじゃサイトメガロウイルスが居てるか解らないのと違うん。ちょうど終わったときに、主治医が来て、結局細胞が必要なので、もう一度胃カメラ飲むことに。冗談にしてよと思ったが、事実だった。1日に2回も続けてカメラを飲み私の胃はゲボゲボ。今も苦しい。
<吐く>
昨日外泊から帰って、昼、夜併せて食べたのはパン半分。そして今日は朝は胃カメラのため絶食、昼は胃が痛くて食べられず。夜、昨日残ったパンの半分を食べた。ここまでは良いのですが、今日唯一の食料パンを吐いてしまった。2日でパン半分か。こんな感じでもいいのかな。みんなこれぐらいかな?
<望ちゃんお多福ではなかった>
 今日小児科に行ったらしい。診断は風邪でリンパが張れてたらしい。これは喜んで良いのか悪いのか。お多福でも風邪でも危険?。これからも子供が熱を出すたび避難しなくては行けないのか?


























 

2001年
4月3日  (火)Day75










 

<きいてないよ〜>
 昨日「看護婦に明日何かあるの」「歯科か入ってる。」そんなん聞いてないで、今頃歯医者何するのかな?もしかして、唇生検。次の朝一番に主治医の先生に聞くと、診てもらうだけで、生検は来週。ま仕方ないか。
 と思って歯科に行くと、「来週にしようと思ってたけど、ついでに今日しましょか。」「エー、聞いてないよ」と私。「連絡したんですけど主治医の先生居なくて」「どうします。今やっても来週やっても痛さは同じですよ」そら解ってるけど、心の準備が。と言いながらも、渋々同意した。やっぱり痛かった。シクシク(;_;)



 

白血球
3000
赤血球
302
血小板
6.9
体温
37.1
ヘモグロビン
10.0
γGT 209
LD  290
AST   46
ALT   42
 

 2001年
4月4日  (水)
Day76






 

<退院決定>
 今週の末、金曜日に退院できるそうです。バンザーイと手放しに喜びたい所ですが、不安も残ります。私は退院するときは病気が治って、元気な体に戻っていると思ってました。しかし、違いますね。血液の状態も悪くなってきているし。
 今の症状は、ご飯が食べられない。吐き気が止まらない、だるい。それと尿道が痛い。頻尿。
 でも、家族みんなに囲まれたら、気分も変わるでしょう。
<マルク>
退院記念にマルク。仕方ないか。











 

2001年
4月5日  (木)
Day77











 

<退院延期>
 何じゃそれ!。こうゆう予感もなきにしもあらず。Day77とラッキーな日にも関わらず。理由は昨日私の心配していたことそのまま。そんなん患者が先に気付いてんのに。前日になった延期だなんて。具体的には
1、血小板だけがさがり続けている。
2、免疫抑制剤の血中濃度が下がらない。高すぎる450  ぐらい有るそうだ。今日の晩と明日の朝ネオーラルカ  プセルをやめて、血液状態を診るらしい。
3,腎臓の数値が急に上がってきている。クレアチニンが  2.79。尿道痛いって前から言ってたでしょ。
 以上の理由で、しばらく数値が落ち着くまで、延期。
ま、僕としてはどうせ、火曜日に唇生検の抜糸、木曜に泌尿器科、金曜に内科、土曜に患者会の予定だったので、入院してる方がましか。と思って諦めた。
 やはりこの病気との戦いはまだまだこれから。

白血球
3900
赤血球
328
血小板
4.4
体温
37.1
ヘモグロビン
11.1
γGT 223
LD  286
AST   30
ALT   27

 

2001年
4月6日(金)Day78













 

<やっぱり数値下がってる。ガックリ>
 このまま血小板下がり続けたらどうなるのか。どうして下がっているのかと聞くと先生も解らないらしい。そして痛い目をして取ったマルク、あまり良くないらしい。細胞数が移植後すぐのマルクからあまり増えてないらしい。昨日の晩と、今日の朝の免疫抑制剤抜いています。血液中の濃度が下がると、吐き気が止まるかも。と期待したが、全然変わらず。いつ帰れるのか。明日外泊できるのか。?とりあえず子供の顔が見たい。先生この気持ち解って!だいたいいつから飯食べられなくなったのか。今ずっと日記見直してみると、ご飯の食べられないのは、もっと前だが、吐き出したのは、外泊から帰って初日から。{今また急に吐き気がして、トイレで吐いてきた。もう嫌だ。治るのか?なんて弱気はダメダメ。}きっと病院に対して拒絶反応。病院に対しての免疫抑制剤ないかな。なんて
 あ、鼻血が出てきた。血小板まだ下がってんで。

 

白血球
3000
赤血球
279
血小板
3,6
血圧
148/98
体温
36.8
ヘモグロビン
9.4
γGT 234
LD  291
AST   34
ALT  26
クレアチニン
2.63

2001年4月7日(土)
Day79







 

<血小板たのむは>
 他の数値は上がってるのに、血小板だけ下がってる。毎日0.8万ずつ下がっている。3万以上有れば外泊させてもらえるという約束でしたが、2.8万でした。もう完全に帰るつもり出したので、先生に頼み込んで、外泊させてもらうことになりました。病院にいたって、家にいたって下がるものは下がる。でも不安一杯。
 一昨日のマルクまだ痛い。退院できると思って胃カメラも唇生検もマルクも耐えたのに。

 

白血球
4400
赤血球
303
血小板
2.8
ヘモグロビン10.2
CRP 1.1
クレアチニン
2,26

2001年
4月8日(日)Day80

<今帰ってきました>
 うーん。やっぱり家に帰ると病人ではなくなる。娘と風呂2日も入ったし、今日は近くの公園に花見も行けたし、頭がはげてる以外は、一般人。




 

2001年4月9日(月)
Day81















 

<苦しい>
今日3回吐いた。薬を飲むたびに、吐いてしまった。微熱が続き{37.4から37.6}体がだるい。一日寝ていた。血小板下げ止まり。














 

白血球
5100
赤血球
297
血小板
2.9
血圧
138/92
体温
37.6
ヘモグロビン
 9.9
γGT 311
LD  286
AST   40
ALT 23
CRP 2,2
クレアチニン
2,1

2001年
4月10日(火)
Day82











 

<少し回復>
 昨日は結局5回戻してしまった。今日はえずきはしたものの今のところまだ吐いていない。なんと言っても熱が下がった、体がうーんと楽になりました。朝のパンも食べたし、昼のお粥さんも半分は食べた。{晩は食べられそうにないが}
 ネオーラルカプセル{免疫抑制剤}昨日から25mgが朝晩2回になりました。血中濃度がまだ高いらしい。先週の土曜日に50mg*2に減らしたとこである。こんなに短期間に減らすならもっと早くに減らしたら、内臓の負担少なかったのではないだろうか?結果論。
 今一番心配なのは、おしっこが少ないこと。先生に水を沢山飲めと言われ、1日1リットルは飲んでいるが、その割に、出る量が少ない。色も濃い。ネオラール一時抜いた土曜日曜はよく出たのに。吐くとともに、おしっこが濃くなった
















 

2001年
4月11日  (水)
Day83















 

<おしっこでだしたのに>
 昨日の晩よりおしっこでだしました。きっとこれでクレアチニンは下がるだろうと思っていたのに、なんと上がっていました。残念。しかも、血小板1.3万になってしまった。月曜から0.8づつ下がってたのしょうか?輸血を考えなければと言われていたので、明日も採血して結果見ましょう。となった。一週間に4回採血するのは、生着確認以来。
<もう血液検査に一喜一憂するのはやめた>
 だいたい肝数値にしたって、腎数値にしたって、聞かなければ解らないこと。自覚症状内ですからね。
<もう一度入院生活エンジョイします>
 一度退院と言われ、{来週ぐらい帰れるかな}ぐらいのことを考えていましたが、なんぼ焦ったって、数値は下がりません。もう一度腰を落ち着け、入院生活エンジョイします。
 <血中濃度まだ高い>
 ネオーラルカプセルを25mg*朝、晩でも301もありました。それで、今日の晩と明日の朝ネオーラル抜くことになりました。炎症反応も高いな。

白血球
3100
赤血球
261
血小板
1.3
体温
36.8
ヘモグロビン
 8.7
γGT 293
LD  254
AST   48
ALT  28
CRP 4.5
免疫抑制剤血中濃度
301
クレアチニン
2.38

2001年
4月12日(木)
Day84

















 

<チョト下がった>
 昨日ネオーラル抜いたので気持ち下がった。誤差の範囲かもしれないけど。ま、素直に喜ぼう。今日泌尿器科受診で、免疫抑制剤ネオーラルからFK506{タクロリムス}などに変えたらと提案があった。ネオーラルはどうしても腎障害があるから。明日、腎移植専門の先生が有られるので、受診することになった。
<内科のカンファレンス>
 看護婦が何も言わずに、ネオーラルの薬25mg、朝、晩と書いた薬持ってきたので、これやったら一緒やんか、と憤慨していたら、主治医が来て、とりあえず薬を確保しといて、飲み方は、先生方のカンファレンスで決めることになった。
 結局、カンファレンスでは、今日の晩も抜いて、明日の朝から、一日25mg1回飲むことになった。明日の採血では、クレアチン下がってるで。問題はその後。
 骨髄抑制{血小板が下がってること}については、マルクをして、PCR法でサイトメガロとかウイルス感染を調べるというので、それは待ってくれ、「私は、幹細胞分裂が弱く、自然に戻ってくるから、月単位ぐらいで見てくれ」とお願いした。マルクが嫌なせいもある。
 バクタ今日{明日}からしばらく抜くことに

白血球
3300
赤血球
278
血小板
2.0
体温
36.8
ヘモグロビン
 9.3
CRP 4.0
クレアチニン
2.11








 

2001年
4月13日 (金)
Day85














 

<血液検査結果>
 やっぱり昨日の数値は、誤差の範囲。今日はまたダウン。流石にクレアチンは、二日間ネオラールを抜いたので、1.83まで下がった。シクロスポリンの血中濃度も98まで下がった。GVHDが怖いが私はこれで良いと思う。今日の朝からネオーラル25mg /日。あと土曜、日曜これで行って、月曜の検査でどうなるか。それまでGVHD起こらないように、神様お守りを!
<今週は外泊諦める>
 いつも外泊から帰るとしんどくなるので、今回はやめることにした。やっぱりどうしても、子供にまつわりつかれる。{どっちが、まとわりついてるかは、別として}病院に行ったって仕方ないのだが、この血小板だし、辛抱して早く退院をめざそ。




 

白血球
2400
赤血球
271
血小板
1.5
ヘモグロビン
 9.1
γGT 292
LD  273
AST   47
ALT  27
CRP 3.4
免疫抑制剤血中濃度
98
クレアチニン
1.83