^〈最終文書〉
^ー^埼解連運動のまとめと発展的転換
一、はじめに
全解連(全国部落解放運動連合会)は、4月3日に東京で開いた第34回定期大会で、部落問題解決の到達段階と部落解放運動の歴史的教訓を確認して、全国水平社以来の部落解放運動を終結させ、全解連旗をおろしました。全解連は、すでに2002(平成14)年の第32回定期大会で、社会問題としての部落問題が解決していることを示し、発展的転換へのスケジュールを当初の予定を早めて2年をめどに実現するとの方針を決定して転換準備を進めてきました。
そして4月4日には全国地域人権運動総連合(全国人権連)を創立し、発展的転換を実現させました。
埼解連(埼玉県部落解放運動連合会)は、全国水平社創立80周年と33年にわたった特別法の終了という歴史的転機で開いた02年の第28回定期大会で、社会問題としての部落問題の解決が埼玉県においても基本的に実現していることを確認し、以後、最終段階での課題に取り組みつつ、中央の転換準備にも参加しながら論議を進め、4月の全国人権連の創立大会には埼解連として参加しました。
本大会は、部落問題解決の到達段階を確認して埼解連を終結させ、人権連の運動へ発展的転換することを決定する大会です。
二、部落問題の解決
部落問題について、1965(昭和44)年に出された「同和対策審議会答申」は、「同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である」と規定しました。
社会問題とは、社会の仕組みの中から起こる労働と生活を脅かす諸問題と言われています。問題の発生には社会的な根拠があり、その解決には社会構造の変革や社会制度の整備が必要とされています。
封建的身分制に起因する部落問題は、わが国に徹底した民主主義が実現せず、近代社会への移行の際に社会の仕組みに前近代的なものが再編成された結果、生み出された社会問題です。したがって、部落問題は、前近代的な社会の仕組みが取り除かれ、複合的な社会問題として現れた環境・教育・医療・福祉などでの非人間的な生活実態が改善されれば解決したといえます。
社会問題としての部落問題は、部落差別に苦しむ人々が共通の運命として体験した被差別体験、地域的閉鎖性、非人間的生活実態などが基本的に解消されれば解決したことになります。個別的に一部に部落差別の事象が残っても、それは「重大な社会問題」としてではなく、人権問題の一部として解決をはかっていく問題です。
三、解決の到達段階
「同和対策審議会答申」が指摘した「身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され」ているような状況は今日では見られず、この点からも、部落問題はすでに解決していると言うことができます。
全解連は、1987年の「21世紀をめざす部落解放の基本方向」で、部落問題の解決=国民融合が実現した状態をみる「4つの指標」を示しました。すなわち、(1))'部落が生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正されること、(2)部落問題にたいする非科学的認識や偏見にもとづく言動がその地域社会で受け入れられない状況がつくりだされること、(3)部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服されること、(4)地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現すること、の4つです。
この「指標」を念頭に置きながら、1993年の「全国同和地区生活実態把握等調査」(総務庁調査)の結果を見ると(この調査からすでに10年が経過していることから、現在の状況はさらに進んでいると考えられます)、部落問題が基本的に解決していることが数値としても明らかです。
現在の到達段階状況をまとめると、次のようになります。
(1)生活上の格差は基本的に解消
同和地区内外の住宅・生活環境、就労、教育などの格差の問題は、部落住民自身の努力と33年間・国と地方あわせて16兆円をこす同和対策事業の実施により、埼玉県においても基本的に解決しています。就労、教育などで一部に課題があるとしても、それは部落だけの問題でも、部落問題に起因する問題でもなく、同和対策で対応できる問題ではなくなっています。
(2)偏見の克服も前進
「最後のかべ」と言われてきた結婚でも、93年の総務庁の「実態調査」で 埼玉県では、60歳以上では8割以上が地区内どうしの結婚であったのが、30歳未満では19%になるという大きな前進を示しています。 結婚に対する親の意識も、 結婚拒否の回答が埼玉県ではわずか 4、8% です。 となり近所との交際でも、埼玉県では90、2%の人が「同和地区の人であることが分かった場合」でも「これまでと同じように親しくつき合う」と答え、「わだかまり・つき合い拒否」は8、8%です。
このように、結婚はもとより付き合いでも、もはや9割をこえる人々がこだわらない状況になっています。しかも、こうした数字はあくまでも「意識」の回答であって、「結婚拒否」や「つきあい拒否」の事実を示すものではありません。
(3)解決の主体的条件でも前進
地域社会から長年排除されてきた結果として、被害者意識や前近代的な同族意識からくる排他的な傾向や閉鎖性、社会的常識の弱さなど一部に問題がみられました。こうした状況も、就労構造の激変、高学歴化の進行、地区外とのつき合いや結婚の増加などにより、前近代的な共同体意識を弱め、部落外の生活習慣や生活態度が注入され、生活のあり方が大きく変わったことにともなって、問題状況はうすれています。
(4)「部落」の瓦解現象の進行
部落(旧・同和地区)では、地区で混住が進む一方で、若者をはじめ多数の人たちが地区外に出ており、さらに部落内外の結婚の増加がともない、部落の枠組みが大きく崩れて、かっての状況と大きく変化しています。
このように、すでに「非人間的な生活実態」はなく「深刻にして重大な社会問題」とされるような状況は解決されています。
四、最終段階の課題
本来の部落問題そのものではなく、そこから派生した問題を克服する課題として、同和行政と同和教育・啓発の終結、エセ同和問題、「解同」問題などがあり、最終段階の課題としてその早急な解決が求められています。
(1)同和行政と同和教育・啓発の終結
同和行政は、同和地区の生活実態や国民の意識のなかに残されている旧身分を理由にした差別の残りものを早急に取り除くために、一般対策を補完してとられた行政上の特別措置であり、それを必要としない状態が実現すれば終結が必然のものです。同和行政は、地域住民を分離する性格を本来的にもっています。目的が達成されているにもかかわらず同和行政を継続すれば、住民の融合を妨げ、部落問題の解決を妨げます。
これまでの同和行政は、生活上の格差を是正する上で大きな役割を発揮してきましが、「解同」の不当な圧力に屈した自治体も少なからず生み出され、不公正な行政運営の温床ともなってきました。国の特別対策が終結したもとで、行政の主体性の確立、自治体レベルでの特別対策の終結が、自治体での住民自治と民主主義の課題になっています。
(2)エセ行為の排除
同和問題を口実に行政機関や企業などに不当、不法な要求をするエセ同和行為も問題です。同和をバックとする土建業者の問題や高額書籍の押しつけ被害など、具体的な対処が必要です。
同時にこの問題は、「同和問題を口実に行政に不当、不法な要求をする」ことで利権の温存をはかることが許されているところに問題の本質があり、「確認・糾弾」がその背景になっています。「解同」などによって引き起こされてきた数々の事件が歴史的事実としてあり、それがさまざまな形で現在も続いています。「密室行政」と言われるような行政運営こそが、エセ同和行為の温床になってきたのであり、それを正すことがエセ同和行為の根絶に不可欠です。国税の同和減免を含めて、早急に解決することが必要です。
(3)「解同」問題の解決
「解同」の支配方法は、(1)国民、住民の批判を許さず、言論を封じ込める、(2)「確認・糾弾」の名のもとにどう喝を行う、(3)行政とのゆ着・特権構造を築き上げる、(4)「解同」流の偏向教育を横行させる、(5)権力の政治利用をたくみに活用しながら、反共のせん兵役を担い政治的ひ護を得ようとすることです。
「解同」問題の性格は、わが国における自由と民主主義、住民自治の問題であるとともに、新しい差別主義として部落問題の解決を阻害している問題です。
「解同」問題の解決とは、(a)行政とのゆ着、特別の関係をなくする、(b)政治的どう喝を通用させない、(c)社会的世論のもとで「確認・糾弾」行為をできなくする、(d)教育分野での「解同」支配を打ち破る、ことです。
このように「解同」問題は、私たちの運動だけの課題ではありませんが、「部落解放運動」や「人権」の名で策動が繰り広げられている以上、私たちが社会的に大きな役割を担うのは当然です。
(4)行政主導のニセ「人権」とのたたかい
「人権」の名で国民を「差別者」扱いし心の中に踏み込む、行政主導の「啓発」体制を打ち破っていくことが必要です。
政府の「人権啓発」・「人権教育」の特徴は、真に人権問題の解決を考えているものでなく、欺瞞的なすり替えとごまかしを行っていることです。この欺瞞性とすり替えを徹底して暴露することが、いま大きな課題になっています。
政府の「人権啓発」「人権教育」には、(ア)国民を「差別意識」の持ち主と独断し、もっぱら上からの教化の対象にのみに位置づけていること、(イ)人権問題の原因を権力との関係でなく、国民相互間の問題にすり替えていること、(ウ)国民の教育権ではなく、国家の教育権が前面に出ていること、(エ)国民の内心を問題にすることから、権力が国民の内心に踏み込む構図となっていること、(オ)いかにも人権問題の解決を「教育・啓発」で可能なごとく描いていること、(カ)これを行政が特別の体制をもって推進しようとしていること、の問題点があります。
五、部落解放運動の歴史的教訓と
埼解連の果たした役割
(1)部落解放運動の歴史的教訓
水平創立80周年を迎えた2002年の第28回県連定期大会で、先に開かれた全解連の大会決定をうけて、「長年の部落解放運動の歴史から教訓を学び、今後の運動に生かしていく必要があります」として、 「水平社以来80年の運動の教訓」を次のように整理しました。
1、全国水平社の創立が、部落住民の人間的自覚、民主的力量の成長のもとで、社会の底辺から突きつけた人間の「権利宣言」として、日本社会に人間の尊厳と平等の価値を認知させ、非人間的な身分秩序の上にそびえ立つ天皇制権力をも揺るがす社会的意義をもつものであったことです(社会的意義をもつ運動)。
2、要求の正当性と社会性を堅持しながら、運動の土台に住民の諸要求をすえ、会員と住民に依拠し、地域における一部のボスや団体の支配とたたかい、部落を民主的な地域に変革していく地域づくりに取り組んできたことです(民主的地域づくりの取り組み)。
3、歴史の発展法則を踏まえ、これを集団運動の力で押し進め、社会問題としての部落問題を解決させてきたことです(集団運動の力による社会問の解決)。
4、日本帝国主義の暗黒支配と侵略戦争のもとで、全国水平社が解体した経験から深く学び、自由と民主主義を破壊する政治反動とたたかい、日本国憲法の平和的民主的原則を守り、社会進歩をめざす一翼として運動を前進させてきたことです(平和、民主主義、社会進歩をめざす運動の一翼)。
5、部落問題の解決と人権と民主主義を守る立場から、部落内外の国民を分離・分断する「解同」の部落排外主義の思想と行動の誤りをただし、このたたかいを通じて思想・信条の自由、内心の自由を守る先頭に立ってきたことです(思想・信条の自由、内心の自由を守るたたかい)。
6、この部落解放運動にたいして支配勢力が一貫して分断と懐柔の政策を押し進めてきたことから、時代を超えた共通点は、部落問題解決の主体的な担い手である部落住民に、運動を通して、その主体者にふさわしい民主的・社会的力量をつちかっていくことです(住民自治)。
(2)埼解連の果たした役割
正常化県連結成(1975・昭和50年)以来30年の埼解連の運動は、水平社運動に学びながらその優れた伝統を継承すること、科学的な国民融合理論にもとづいて、住民の諸要求の実現を柱に民主主義運動の一環としての部落解放運動を実践することであり、その努力の連続でした。
県内の労働組合や民主団体をはじめ多くの人々の支援と協力を得て取り組んできた埼解連の運動が果たしてきた役割とその成果として、
1、同和行政の「窓口一本化」の打破をはじめとして、一貫して同和行政の公正・ 民主化、同和行政の民主的改革に取り組み、その実現に貢献してきたこと、
2、 部落問題を早期に解決するためにとられた特別対策の有効な活用を促進させ ることを通して、住環境整備をはじめ地域の生活向上に寄与したこと、
3、国民融合をめざす運動を展開して、部落内外住民の融合と連帯の促進に貢献 してきたこと、
4、部落問題について自由に意見を述べあうことの重要性を強く指摘・実践して 自由な意見交換を促進させてきたこと、 5、懇談会・研修会・研究集会・研究会・各種会議等での発言や日常の会話、機 関紙での記事などを通して、部落問題の正しい理解を県民の間に普及してき たこと、
6、「確認・糾弾」をはじめとする「解同」などの部落排外主義の理論と運動を きびしく批判し、その社会的克服に努めてきたこと、
7、 部落問題や人権に関する理論を深化発展させる取り組みに実践者の立場で 参加し貢献してきたこと、
などをあげることができます。
端的に言えば、全解連・埼解連が存在せず、部落排外主義の理論と運動だけが横行しつづけていれば、今日のような展望は開かれなかった、と言っても過言ではありません。
六、 部落解放運動の発展的転換
1、 部落解放運動の終結
部落解放運動は、部落問題の解決を目的とする運動です。したがって「重大な社会問題」としての部落問題が基本的に解決している状況のもとで、部落解放運動はその歴史的使命と社会的役割を終えることになります。残された課題があるにしても、それは、地区内外を問わず、共通基盤にある者が共同して取り組みを前進さ
せるものであり、部落住民を主体にした部落解放運動の本来のあり方を越える性格のものです。
この点からも部落解放運動が地域住民運動へ発展的転換を図る必然性があります。
さらに、旧賤民身分の部落とここに住む住民を対象にした部落解放運動は、歴史的使命が達成された後も、これを存続させれば、部落と住民を旧身分で固定化させる歴史的逆行者の役割しか果たさないことになります。すでに、「部落」や「部落解放」の名称での取り組みが、地域や家庭から敬遠・忌避される状況が見られることにも、部落解放運動が時代に合わないものになっていることが示されています。
2、地域住民運動への発展的転換
全解連は、部落解放運動の終結を組織の「解散」とせず、これまでの運動の歴史が培ってきた実績と経験、組織を生かして、全解連が母胎になり、新たな目的と性格をもった運動体へ連続的に発展させるとして、全国地域人権運動総連合を創立しました。
全国人権連は、地域社会が生み出す住民の独自の課題と要求を基盤にして、悪政による矛盾が集中している地域社会で、人権と民主主義、住民自治を実現していく恒常的な組織体です。
埼解連を終結させて、部落問題の残された課題の解決をはじめ、地域社会で人権と民主主義を前進させる新たな運動体に発展転換させること、すなわち、全国人
連の運動に参加する(仮称)埼玉県地域人権運動連合会を創立させることが求められています。
七、まとめ
部落問題解決の到達状況から部落解放運動の発展的転換が必然であることを確認し、これまでの運動の成果と教訓を生かして新たな運動体を創立させること、すなわち埼解連を終結させて、(仮称)埼玉県地域人権運動連合会を創立させることを、本日の埼玉県部落解放運動連合会第30回定期大会で決議することとします。
^^^^^^^^(2004年9月12日^^第30回埼玉県部落解放運動連合会)
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