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後編
お昼を済ませ、寛平隊長一行は滝からさらに上流へと登り始めた。 「帰りたかったらここで帰ってもいいよ」そう言われたが、ここで帰る私ではない。 元々そういう無茶が好きな性格なのだ。女の子もいるのだし、まさかそんな危険なことはしないだろうと高をくくっていた。しかしその甘い考えは見事に打ち砕かれた。まさに手付かずのジャングル、道なんかあるわけがない。自分で瞬時に歩けるところをみつけて登っていくしかない。途中で歩ける所がなくなると川に飛び込む。そうしてまた岩につかまり這い上がる。2メートル以上の巨岩に道を阻まれても、隊長やダイスケがどこからともなく木や石を持ってきて登れる状態をつくっている。こういうのも才能、っていうんだろうか。苔の生えた熱帯の森は予想以上に滑りやすく、ちょっとでも気を抜くとたちまち派手にコケた。 もう、何度コケたかわからない。コケるたびに、西表の自然に笑われているような気がした。こんなハードな探検をするのに、底の滑りやすいスポーツサンダルに裸足、という私のいでたちは、みんなから同情されるほど、あまりに軽装すぎた。せめて靴下でもはいてればと後悔したけどもう遅い。木の枝でスリ傷、苔が生えた岩で滑り向こうずねも強打、それも同じところを3度も強打!して死にそうになりながら、必死に歩いていた。 「滝だー!」先頭を行く寛平隊長が言った。ここでしばらく休憩するようだった。おそらく名もない滝、こんな滝を見ることができるなんて貴重なのだろう。私は疲れていたが、ここまでの道のりで彼等にだいぶ馴染んでいたので気分は楽しくなっていた。座り込んでいる私に「泳ごうよー」の声。ダイスケをはじめ、元気な男の子達は滝壷で泳ぎ、さらに元気な寛平隊長は気が付くと滝の上まで登っていて(!)写真を撮ってくれていた。
休憩後、さらにジャングル探検は続く。どうやら分水嶺あたりまで行きたいと思っているらしい。うまくいけば山を越えた島の反対側に出られるかも、と隊長は考えていたようだった。しかし川は上流にさしかかり、岩場はさらにきつくなっていった。 「これって縦走よりきついよ、だって縦走はまだ道があるもん」一人がつぶやく。 「そうや、ここでコケて骨とか折っても、誰も助けられへんで。自力で山降りてもらわんと」ダイスケが言う。 ホントそうだ、無事に帰ってこそ想い出だ。一瞬の気の緩みが大怪我につながる。こんな所でそれだけは嫌だと、なにしろ必死で這いつくばって、歩くことだけに神経を集中させていた。突然のスコールがさらに足場を悪くし、ペースの早さはボディブローのように、じわじわと私にダメージを与えていた。もう足には力が入らず、手の力だけで岩場を登っていた。みんなの口数もすっかり減っていた。そんな時、先頭を歩いていた寛平隊長とダイスケが見えない、と誰かが言い出した。2人のペースが早すぎて、あとの7人が付いていけていなかったのだ。 一気にみんなに不安がよぎる。 どうしよう、どうなるんだ.....。でも川に沿って登るしかない。川に沿って行けば、道に迷うことはない、そうみんなで言い合った。探検と遭難のギリギリのところ、生命の危機を感じた。まったく「自然」って、こんなに痛くて、恐くて、骨の折れるものなのか。それでも、美しくて素晴しい......そんな普段当たり前に言っていることを、自分自身の体全部、細胞ひとつひとつで実感していた。 しばらくして、寛平隊長とダイスケに合流した。2人は少し先まで行って、みんなでこの先登り続けて大丈夫なのか、時間と距離を図りに行っていたのだ。帰ってきた寛平隊長があっさり結論を下した。「今日はもう無理やな、引き返そう」...... え、...引き返す?今まで登ってきた道を?引き返すの?...........全身の力が一気に抜けた。 すでに夕方といわれる時間にさしかかっていたように思う。何時間もかけて、いままで死ぬ思いで登ってきた道を、今さら引き返すなんて...。さすがにみんなも呆然としていた。他に何か方法はないの?、今までどれだけ登ってきたか........。しかしそんな私達を抜かして、当然の様にさっさと寛平隊長は来た道を戻ろうとしていた。おそらくその判断は正しかったのだろう。 仕方なく隊長について帰り道を歩き出した。ヒナイサーラの滝や、船浦大橋が果てしなく遠くに感じた。既に私の足は度重なる打撲と靴ずれ、スリ傷でぼろぼろになっていた。全身の筋肉が痛い。自分の足で最後まで歩けるのかと真剣に思った。気力だけで歩くというのは本当にこの事だ。 それでも下りは登りよりも気を張っていないといけない。とにかくコケないように、かすかに残る握力で必ず何かに掴まって歩こうとしていた。
「ミ、ミナコさん、そんな細い枝に掴まっても....」そう後ろを歩いていた男の子に言われ、ふと我に返った。「ミナコさん、さっきから折れそうな細い枝ばっかりに掴まってる。それ、あんまり意味ないと思うんだけど...」あ、ほんまや。疲れ過ぎて、どこか抜けてるのかな。気が付くと小枝のような、か細い枝にばかり掴まっていた。精神的に、とにかく何かに掴まらないと歩けない状態だったのだ。自分では全く気付いてないことが妙に可笑しかった。 しかしその後も癖はなおらず、それからずっと後ろを歩く彼に笑われていた。 すっかり潮の引いたヒナイ川を歩く頃には、自分でも意識が朦朧としていたように思う。7時すぎにようやく船浦大橋にたどり着いた時にはすでにバスはなく、そこからユースホステルまで、5キロの道のりを歩いて帰らなければならなかった。でも無事に帰ってこれたという安堵感と、大変な1日を一緒に乗り切ったみんなに心地よい連体感を感じていた。それは彼等も同じようだった。 「突然こんなことになって、後悔してるでしょう?」冗談めかしてそう言われたが、心底彼等と来てよかったと思っていた。身体は疲れきっていたが、ゆっくりとした私達のお喋りは途切れることがなかった。 1キロ程歩いたところで、目の前をバンが通り過ぎていった。「まさか乗せてくれへんよなー」そう話していると、バンは10メートルほど行ったところで止まった。何と、どろどろの私たちを乗せてくれるというのだ。助手席に乗っていたのは元大工だった。バイトの帰りに送ってもらっていたのだという。感謝しきりの私達に、「俺が乗せてやれって言ったんだよ」と誇らしげに元大工は言った。本当に有り難かった。 みどり荘ユースホステルでみんなと別れ、キャンプ場に着いた頃にはすっかり暗くなっていた。真っ先に熱いシャワーを浴び、ようやく生き返った。この時の気持ち良さはちょっと忘れられない。身体の泥を洗い落とすと、思ったより打撲や怪我がひどいことに気付いた。同じ所を3度打撲した向こうずねは腫れ上がり出血、くるぶしは2枚皮がめくれていた。土踏まずはみみず腫れ、足の親指は爪も割れて落ち葉が突き刺さっていた。よくこんな足で歩いていたものだと自分で感心した。でも不思議にとても気分が良かった。さっぱりすると急に空腹を感じたが、とても自炊する気力はなかった。その日はシャワーの隣のレストハウスで食事をし、記念に星の砂のTシャツを自分に買った。ほんとはあと何泊かする予定だったが、変更して、とりあえず明日は石垣へ帰ろうと思った。 その日の夜は元大工と、2人のキャンパーだけで静かな夜だった。長い長い一日、数時間前にジャングルの中にいたことなど、信じられなかった。明日の筋肉痛をコワイなーと思いつつ、私は早めにシェラフにもぐりこんだ。自分が生きてきた中で、間違いなく最もハードな一日。無事に戻ってこれたこと、そして彼等と一緒に行けたことに感謝した。ひどく疲れているはずなのに、目を閉じてやってきたのは睡魔ではなく、昼間見た美しい景色の数々だった。 終わり
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