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(2)


5月7日

 雨。にもかかわらず、ニトロと純君は朝から泳いでいた。2人を遠くに見ながら朝ごはんを食べていると、昨日タケさんちで会った、民宿に泊っている2人がやってきた。コブ平も起きてきて、誰ともなく、ニシ浜で貝殻や珊瑚のかけらを拾いだす。海から上がったニトロと純君も夢中で足元を見つめる。真っ白い珊瑚のかけらは小枝のように、白いニシ浜にちりばめられていた。
 民宿から来た2人は今日石垣に帰るということだった。雨で特に予定もないため、みんなでパナヌファ(食堂)にお昼を食べにいくことにした。
 お昼を食べ終わるころには激しく雨が降ってきた。帰り支度のため民宿に戻るという2人と一緒に、コブ平も彼女に会いに行ってしまった。私とニトロと純君は、雨の中、寒くて行くあてもないのでとりあえずタケさんちに行くことにした。どっちにしてもこの雨で、今夜もタケさんちで夕飯だろうと考えていた。
 途中、商店で昨日の釣り人に会った。彼も雨で早めに切り上げてきたらしく、一緒にタケさんちにいくことになった。タケさんは留守だったが、もちろん家は開け放たれていた。かまわず上がり、私はお茶を、男の子達はオリオンビールを飲みはじめた。
 釣り人は28歳の在日韓国人で、キムという名前だった。日本で生まれ育ったが、籍は韓国にあるという。いつも独りで行動しているせいか、話し出すと止まらなく、それが可笑しかった。いつもどこか不思議な話で忘れられない。彼は決して自分のペースを崩すことなく、一方的によく喋るけど、必要以上にこちらへ踏み込んでくることは絶対なかった。一見自分本位に見える彼は、実は純粋で子供のような性格なのではないかと私は思っていた。何か人を惹き付けるものが、彼にはあった。
 夜の宴会に誘うとキム君も参加すると言った。少し嬉しい気がした。自炊をして、そのあと一人でゆっくり来る、という彼らしいやり方だった。

 私達はキム君の持っていた「ゴーヤちんすこう」を食べながらすっかり話し込んでいた。もう夕方だった。一旦キャンプに戻って夕飯の材料を調達する。私とニトロは明日石垣へ帰るので、お米やらパスタやらの余った食料を使って荷物を減らしたかった。雨の中、3人でニシ浜まで歩いているとおもむろに後ろからコブ平が走って来た。
「おう、彼女は?」とニトロが聞くと、「帰った」というのでそれ以上誰も聞けなかった。帰ったということは、この島を離れ石垣に帰ることを意味していた。タケさんちでの夕飯を誘っても、歯切れの悪い返事だった。そうか.......彼の旅先の恋は終ったんだなと、みんななんとなくそう感じた。
 キャンプまで戻ると案の定コブ平は自炊してからタケさんちに行くと言った。私はニトロのMTBの後ろに乗っけてもらい、再びタケさんちへ向かった。
 勝手に上がってご飯を作っているとタケさんが帰ってきて、ニトロ、純君、タケさんと私の4人だけの夕食となった。しばらくしてキム君がやってきたが、コブ平は何時になっても現れる気配はなかった。
 そして話のはずみで、私が結婚している事を話した。当然かもしれないけど、ものすごく驚かれた。しばし質問攻めにあう。まあ、あまり標準的な行動ではないと自覚してるけど、みんなの反応がすごかったので、逆に面白かった。
 私はこの旅で、結婚指輪もはめてなかったし、結婚しているということを言いたいとも思わなかった。聞かれたら答えようと思ってたけど、さすがに聞いてくる人はいなかった。旅の間、私はなんの肩書きももたない、私自身だけでいたかった。でも不思議に、結婚していると言ったことで自分の気持ちは楽になっていた。
 そんな話をしていると、タケさんも、自分が離婚して沖縄に来たことを話してくれた。子供もいるという。自分の新しい人生を歩きたいという気持ちと、いつまでも子供達の父親であり続けたいという気持ちで揺れる、と言っていた。 みんな、いろんなものを抱えて、波照間にやってくるんやなあとキム君が言った。

 そんな時、突然誰かが急患だといってタケさんを呼びにきた。タケさんは行ってしまい、私達はそのままそこでお喋りを続けていた。
 するとそこに小さなペンライトを持った誰かがやって来た。昨日来ていた、みのる荘に泊っている、仙台から来た19歳の女の子だった。世間知らずな幼い感じで、とても一人旅をするようには見えない雰囲気だった彼女は、高那崎をひとりで歩いていると自殺志願者に間違われたというエピソードの持ち主だった。
 「部屋にゴキブリが出るんです.....」と、消え入りそうな声で話す彼女。どうやらコブ平の彼女と同室で、夜中にゴキブリが出て、退治することもできず、怖くて眠れないのだけど、彼女がまだ戻らないからここに探しに来たらしい。すでに午前1時を過ぎていた。ということは、コブ平と彼女は一緒にいる?彼女はまだ島に残っていたんだ。
 親切なニトロが「ちょっと見てくるわ」と言って、ゴキブリ退治に行った。残された私と純君とキム君は部屋を片付け、食器を洗い、帰り支度をした。今日はみんなでタケさんちに泊る約束をしていたが、そのタケさんも帰ってくる気配もないので、キャンプに戻りたいと思っていた。

 そのうちにニトロが戻ってきた。ゴキブリは無事退治したらしい。彼はタケさんちに残ると言った。帰ってきて誰もいないのも寂しいだろうし、将棋をする約束をしたから、と。酔って脱ぐところ以外は、彼は本当に信頼できるいいヤツだと思った。

 キム君と純君と私は浜に向けて歩きだした。浜までは2キロ、キャンプまでは3キロといったところか。真っ暗な島の道を、月の薄明りだけで歩いた。雨は上がっていたが、空は相変わらずどんよりと雲がたれこめていて、星は全く見えなかった。
 他愛もないことを小さな声で話しながら、すっかりおぼえた島の帰り道をぽつぽつと歩いた。ずっとずっと何日もこうしているような、それはとても自然なことに思えた。解き放たれて、穏やかで満たされた気持ちになった。島の大らかな空気に包まれているせいか、私たちはとてもちいさく、時間はとてもやさしく流れているように感じた。
 浜の入り口に着き、砂浜を歩いていると、後ろにちいさな光が見えることに気付く。光は揺れながら、どうやらこちらへ向かってきているようだった。こんな真夜中に誰かな?と不審に思って、3人とも一応立ち止まってしばらく待ってみた。なんと走ってきたのは、例のコブ平の彼女だった。
 「コブちゃんにちょっと話すことがあって....」といいながら、私達に会えてちょっとホッとしている様子だった。「でももう帰ろうかな」と心にもないことを言う彼女を「ここまで来たんだったら」と促すと、今度は私達を抜かして、走って行ってしまった。民宿から浜まで2キロはある道のりを、ちいさなペンライトひとつで真夜中にやってくるなんて、恋の力は偉大やね、などと冗談を言いながら、そんな2人を少し羨ましくも感じていた。キャンプに着くと少し奥の方で2人は話していた。
 私達はそれぞれのテントにもぐりこみ、目を閉じた。2人の話し声は波の音にかき消されて、聞こえてはこなかった。



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