ときめきたい?
折々の雑文 #2
何も変わっていなかった。いや、変わってはならないのだろう。ファミ通に掲載された『ときめきメモリアル2』の画面を見て、そう思った。
前作と同じアニメ絵のイラストレーターの手による、コギャル文化を全く無視したキャラクターたち。八神ひろきのような肉感的なイラストはさすがにあわないだろうが、ガングロ・茶髪の子はひとりもいない。現実に叩き戻されるからだろうか。
この現実からの逃避感が『ときメモ』の魅力なのであろう。きれいな校舎。可愛い女の子がいて、将来への希望に胸を膨らせる三年間。高校時代、ロクな事がなかった私には、まさに『ときメモ』はメルヘンである。
私は『ときメモ』だけは触れてはならない「パンドラの箱」と考えていた。世間のヲタクどもが『ときメモ』に興じているのを醒めた目で見ていた。アニメ絵のプログラミングされたねーちゃんと、ニセモノの恋愛してどこが楽しいねん? と思っていた。
そんな私でも『2』の新機能・エモーショナルボイスシステム(自分の名前を呼んでくれる機能)に呼ばれた「黒河くん……」とか呼ばれて感動するかもしれない。
やはり、『ときメモ』はパンドラの箱だ。
(1999/9/1)
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