折々の雑文 第6回

ミイラとりはミイラにはなりません。

折々の雑文 #6

 大変、不謹慎な話で恐縮だが、最近ミイラが大流行らしい。
 昨年のライフスペース事件から、次は宮崎の山荘、さらに北海道でも発見されたらしい。全くライフスペースの高橋某という人物はすでにブームの仕掛け人と呼ばれてもいいのではないだろうか。もちろん「ごく一部」で流行しているのだ。それは、どんな流行でも同じ事だろう。

 ところで、私はひとつ大変気になることがある。それは、今まで発見された「ミイラ化した死体」が本当に「ミイラ」であるかだ。――いやいや、別に「彼らは生きている!」とかアホなことを言い出すのではありません。「本来の意味」でのミイラではないと思うのだ。

【ミイラ】 人工的処理や自然乾燥によって腐敗を防ぎ、保存された死体。古代エジプト・南米・日本の東北地方が有名。(日本語大辞典・第1版より)

 辞書の通り、今まで見つかったミイラはただの腐乱死体と呼ぶべきなのである。防腐処理などしているはずがない。だから「ミイラ取りはミイラになる」ということわざは本来間違っている。これでは、あらぬ誤解を与えるであろう。

 しかし、どうして見つかった時はどいつもこいつも口を揃えて「もうすぐ復活する」とかおっしゃるのだろう。オリジナリティーがないぞ。せめて「あと、4日ほど寝かしたら食べ頃なんですよ」とか言って欲しいものだ(不謹慎)。

 確かに、古代エジプト時代、ミイラは「死んだ王が復活するため宗教的な処理」と世界史で学んだ。でも、内蔵を取り出し、腹に綿を詰め、体中に香油を塗って包帯巻いたり。結構大変だ。古代の人の苦労が忍ばれる。そんな努力もなしに、復活してもらおうなんて虫が良すぎるぞ! タカハシ! ――もちろん、そのような処理をしても復活しないだろうけどね。

(2000/2/2)

※ほとんど何も調べずに書いたので、誤解等ミスがある可能性あり。

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