「むらむら」の問題
折々の雑文 #8
考えれば考えるほど、日本語は不思議な言語である。あたしゃ19年ほど生きてきたが、いまだによくわからない。一応人並みにコミニケーションをすることはできるが、たとえば、なぜウサギは「一羽、二羽」と数えるのか納得できない。小学校の頃聞いた話によると昔、ある生臭坊主が鳥を喰うことは許されていたが、ウサギを喰うことは許されていなかった。そのため、奴はウサギを「一羽、二羽」とカウントしたらしい。たかがウサギを喰うためだけに日本語の法則まで改竄してしまう奴の執念には敬意を払うべきかもしれないが、やはり奴は日本語をややこしくした極悪人の一人である。
かの坊主には「そんなにウサギは旨いのか?」とりあえず訊いてみたい。擬態語も不思議である。「ワンワン」とか「にゃーにゃー」などの擬声語はまだわかる。擬態語でも「顔がヒリヒリ痛い」ときは、たしかに「ヒリヒリ痛い」としか言えない痛みである。
だが「ムラムラしてきた」だけは個人的に頂けない。この語は「性欲が反乱を起こしだした」か状態を表す語である。これには、誰も異論がないと思う。ただ、「ムラムラ」ではその状態を客観的に表現できていないと思う。年中いやらしいことを考えている19歳のわたしには、リビドーがわき起こっている時は、火山の噴火のような「いてもたってもいられない」有様になる。わたしが若いからでしょうか? わたしが思うに「ムラムラ」ではまだ冷静な理性が残っているのではないだろうか。この状態は火事で言うなら、ボヤである。まだ消化可能だ。したがって、痴漢やレイプ犯が「ムラムラしてつい……」とかいうのは不適当だ。彼らの欲望はそんなチンケなものではなかった筈だ。それとも、年を取るごとに性欲のバクハツが「ムラムラ」に近づいてくるのだろうか。わたしの年頃を「ドッカーン」とするなら、「ドカドカ」「メラメラ」「ムラムラ」「ヒタヒタ」「ポツポツ」と到り「……」と静寂の中に性欲は闇に消えるのだろうか。どうやら、消えないらしいが。
また、女性も同様にこのような性欲の変化するとは考えられない。「あたし、ムラムラしてきた」とは絶対いって欲しくない。別の語句を使うべきだと思うが、フェミニズムの見地から問題がありそうだ。このようにどう考えても、不適当な「ムラムラ」と言う言葉がなぜいまだに使われるのだろうか? 個人的な意見だが、「ムラムラ」という言葉は「いやらしい言葉」と考えられているからだろうか。確かに、一般男性が女性に「ムラムラ」と囁いたなら、これは大多数の女性がセクハラ行為と思うだろう。これがセクハラ裁判でセクハラ行為のひとつとして、原告が論ずれば、裁判官も「それはセクハラだ」と思うであろう。
ちなみに手元の辞書に「ムラムラ」は「怒りがわき起こってくる状態」としか記載されていなかった。これにはわたしは仰天した。「俺、ムラムラしてきた」なんて絶対ケンカ相手にいわないだろう。余計な勘違いされる。
やはり、日本語は難しい。(2000/2/24)
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