折々の雑文 第10回

ギルガメッシュは遠すぎる

折々の雑文 #10

 僕の好きな推理小説の一つに、ハリィ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」という小説がある。文庫版でも15ページほどの短編で、ニッキイ・ウェルトなる人物が「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」という文書から可能な限りの推論をして、最後には殺人事件をスピード解決するという内容の小説である。いわゆる「黄金期」のような大げさミステリではなく、あっさりとしているので、金田一少年や古畑からミステリに首を突っ込んだ人も読みやすいと思う。

 ニッキィ・ウェルトの推理法は少し変わっている(今ではいろんな小説家がパクっているから珍しくないかもしれないが)。事件の現場に行かず、徹底的な推理によって真相を暴くのだ。この推理法は日常生活に応用できない少し試してみる。

「深夜番組『ギルガメッシュないと』は、なぜそのようなタイトルが付いたのか」

 「ギルガメッシュないと」とは、数年前に終わってしまったが、土曜日の深夜にあった「お色気」番組である。飯島愛、イジリー岡田など様々なタレントを輩出した番組としても名高い。番組打ち切りにはPTAなる日本の闇組織の暗躍があったらしいが、そんなことはどうでもよい。
 これは僕にとって、数年の謎であった。おそらく語源として考えられるのはメソポタミアの最古の文学「ギルガメッシュ叙事詩」である。しかし、なぜ?
 詳しくは黒河の貧弱な本棚にある、数少ない歴史書のひとつである「青木世界史B講義の実況中継(1)」から引用してみる。

(前略)『ギルガメッシュ』は最古の文学といわれるものです。土曜の夜の変な番組のタイルでもありますが……。君達は見ていないよな。僕も見ていませんよ(笑)。この中に、ティグリス・ユーフラテス川の大洪水が出てくるわけですが、これは旧約聖書の内容にも影響を与えることになります。あの「ノアの箱船」の話だよ。

 ――すいません、全然詳しくないですね。でも、「ノアの箱船」とセットであることだけはわかった。これは推理に重要なヒントになるだろう。さらに、図書館で調べた百科事典によると、ギルガメッシュとは古代の王様の名前らしい。さらに、いろいろな神様が出てくるのだが、それは割愛させていただく。

 では、そろそろニッキイ・ウェルト的な推理してみよう。まず問題の仮定から始める。

第一の仮定
「ギルガメッシュないとのタイトルはスタッフの適当なネーミングでないことを仮定する」
 本当に適当なネーミングあっても、それは面白くないから否定する。別に真実がどうであってもうよい。さらに、「語呂がいいから」とか画数占いで大器晩成だからなんて理由ではないことにする。

第二の仮定
「ギルガメッシュの言葉には、猥褻な意味を含まないものである」
 例えば、「ギルガメッシュは古代の性技術を書いたものである」なんてウソを書いて、安易に落とすことを自ら禁じた。自ら墓穴を掘るようなかもしれないが、これは当然の仮定であろう。

第三の仮定
「『ギルガメッシュないと』の番組名は、PTAを欺くダミーではないことにする」  これも、墓穴を深く掘り、さらにはカンオケを用意するような行為だ。

 では、そこから推論していこう。

第一の推論
「このタイトルを付けた人物は歴史つまり、ギルガメッシュに少し知識がある」
 この場合の知識とは、高校の世界史の教科書程度の知識のことだ。名付けた人物(以下X氏と呼ぶことにする)番組デイレクターかプロデューサーのX氏は、大学でメソポタミア文明を専攻したとは、まず考えられない。
 前記の通り、関西では「大人の絵本」なんてそのまんまなネーミングの番組があったし、見たことがないが「11PM」だってあまりに予想のつく番組名だ。「ミニスカポリス」もそのままだ。なぜそこまでヒネる必要があったのか? これは重要なヒントではないのか。だいたい、ストレートな番組名は視聴率競争で強力な武器ではないのか。中学生の頃、新聞のテレビ欄の「それっぽい宣伝文」に騙され、深夜まで何のために起きていたのかと自己嫌悪に陥ったことがある人もたくさんいるだろう(僕じゃないですよ)。

第二の推論
「実はX氏はエロ番組制作が嫌だった」
 これは自信がある。この意味のないヒネリには、そのような意味があるとしか思えない。ただし、X氏はプロです。嫌な仕事も事務的のこなしたでしょう。

第三の推論
「『ギルガメッシュないと』の『ないと』の部分は別人物がつけたものである」
 さあ、やっと「意外な事実」がでてきました。この別人物を便宜上、Y氏と呼びましょう。もちろん、Y氏はX氏の上司であることはまず間違えないでであろう。
「ギルガメッシュ? なんやそれ」
「世界最古の文学です」
「は? なんで深夜のお下劣番組に、そんな名前つけるんや。こんな名前やったら、アホな視聴者は気付かないやないか」
「出演者名でわかりますよ」
「……まあ、ええわ。でも『ギルガメッシュ』の後になんかつけないとかっこつかんやろ」
「はあ」
「例えば、『ギルガメッシュナイト』やったら、カタカナばっかりで目立たないから、『ギルガメッシュないと』と『ないと』の部分はひらがなでやったほうがええ。なんとなくいやらしいやないか。やっぱり日本人なら、ひらがな使わなあかん」
「はあ」……
おそらく、このようなやりとりがあったに違いない。

第四の推論
「X氏は、いわゆる窓際族である」
 テレビ業界に窓際族がいるかどうかは知らんが、まずテレビ東京の社長や偉いさんにに信頼される人物ではない。僕はさっき「ギルガメッシュ叙事詩」は、ノアの箱船の元ネタであると書いた。ご存じの通り、ノアの箱船とはノアとかいう偏屈な爺さんが神様から言われたとおりに箱船を作って大洪水から助かる話である。X氏は社内での自分の立場を、ノアに見立てたのではないだろうか。ノアの箱船とエロ番組――まず無関係な二つの糸がが、ここで一点でつながった。

結論
「『ギルガメッシュないと』はX氏の一種の『告発』である」
 何を告発したかったのかはわからない。ただ、いろいろ考えられる。「ギルガメッシュないと」は教育的には全くよくない番組である。当然、視聴者から新聞のテレビ投稿欄的な抗議もあるであろう(それやったら、見なかったらいいのに)。当然、責任の矛先はX氏に向けられる。彼は、その責任を甘んじて受けたのではないか。視聴率競争の特攻隊員のようだ。これは彼のテレビ業界への遺書とも言えるメッセージだったのだ! おそらく

(2000/3/27)

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